第570話
ギルバート達の戦いは、一旦停止されていた
アーネストの投げ掛けた言葉に、勇者が興味を引かれたからだ
仲間を突然殺されたと聞いていたが、どうも様子が違っている
そして後方では、隊長が不穏な言葉を放っていた
隊長の言葉に、勇者アルタイも不審感を感じていた
仲間を心配して鼓舞するのでは無く、詰る様な言葉を放っていた
しかもそこには、アーネストも指摘していた、人質を取っている様な発言が混じっていた
それでアルタイは、隊長を睨みながら詰問する
「クズ共とは誰の事だ?」
「ぐうっ
妖魔に負ける様な役立たずは、クズと言われても当然だろうが」
「そうか…」
隊長は何とか、苦しい言い訳を述べる。
しかしそれでも、部下の騎兵達をクズ呼ばわりするのは、勇者としては見過ごせなかった。
しかもその後に、彼は見過ごせない言葉も放っていた。
「それでは…
家族共々処刑と言うのは?」
「聞こえていたのか?」
「ああ
あれだけ大声を上げていればな」
「貴様には関係無い!」
隊長は虚勢を張ってか、金切り声を上げる。
しかし声が裏返っているので、その声には迫力は微塵も無かった。
「関係無くは無いだろう?
この討伐部隊は、オレが任された…」
「貴様が?
平民風情が何を勘違いしている」
「何?」
「貴様が呼ばれたのは、私が成果を上げる為だ
この部隊を任されたと思ったのか?」
そう言って、隊長は唾を吐き捨てる。
「何を勘違いしたのか知らんが、貴様の様な平民が仕官できると思ったのか?」
「何だと?」
「貴様は私の、戦果を挙げる為の保険だ
役に立たなければ、殺しても構わんという指示も出ている」
「何だと?」
「はははは
逆らうなよ?
逆らえば貴様も、育てた老夫婦が殺される事になるぞ
くひひひひ」
「な!
あの人達は関係無いだろう!」
「そんな事は無いさ
現にこうして、貴様は逆らえ無くなっているからな」
隊長は邪悪な笑みを浮かべて、勇者の顔を見ている。
その表情は喜悦に歪んで、嬉しそうに勇者を眺めていた。
「くそっ!
卑怯だぞ!」
「卑怯?
それは負けた者が言っても意味が無いな
貴様は黙って、私の言う事を聞くしか無いんだ
くひひひひ」
「ぬう…」
「勇者様…」
「アルタイ様…」
騎兵達は最初、アルタイがどうにかしてくれると期待していた。
しかしそのアルタイも、人質が居ると聞いて戦意を失っていた。
それで絶望した表情で、ギルバート達の方を睨み付ける。
「こうなれば、どうせ死ぬなら!」
「そうだ!
あいつ等も道連れだ!」
「あ!
おい!」
騎兵達はアルタイの制止を振り切り、騎兵達に向かって行った。
「アーネスト様!」
「くそっ!
止むを得んか」
「なるべく殺すな!」
「はい」
「しかし仕方がありませんよ」
騎兵達はそう言って、向かって来る敵兵に相対する。
殺すなと言われても、向かって来る以上は仕方が無い。
それも殺す為に、命を投げ出している騎兵達だ。
生半可な攻撃では、こちらの方に被害が出てしまう。
騎兵達は止む無く、敵の騎兵を迎え撃っていた。
「アーネスト!」
「仕方が無いだろう
こっちがやられてしまう」
「しかし…」
「くそ!
人質を取るなんて、卑怯な奴等だ」
「人質?
あの男がそうしているのか?」
「違う
その向こうに居る隊長と呼ばれている奴だ」
「最初のあの男か?」
ギルバートはそう言われて、アルタイの向こうに立つ男に気が付く。
そこには確かに、最初に襲い掛かって来た男が居た。
彼が隊長で、どうやら人質を取って従わせていると気が付く。
そしてギルバートは、その場で足元に転がった槍を拾った。
それは騎兵達に殺された、敵の騎兵が持っていた槍だ。
木製の棒に鉄の穂先を付け、簡単な造りになっていた。
ミスリルで作られている、こちらの武器とは比べ物にならない。
ギルバートはそれを持つと、向こうに向かって狙いを着ける。
「ギル?
どうする気だ?」
「こうするのさ!
むううん!」
ビュオッ!
隊長はアルタイに、侮蔑の表情を浮かべる。
そのまま優位に立った事で、挑発的な言葉を並べる。
人質が居る事で、相手が手を出せないと分かっているからだ。
「ほら
お前もさっさと行ってこい」
「ぐうっ…」
「それとも老夫婦が、なます切りにされても良いのか?
ん?」
「き、貴様…」
「おっと!
私の一言に掛かっているんだぞ?
げひゃひゃひゃ…やぎゅ!」
「え?」
ズドシュ!
アルタイの横を突き抜けて、槍が隊長の頭に突き刺さる。
そのまますっ飛んで、隊長は向こうへ飛んで行った。
「な、何が…」
突然の出来事に、アルタイは理解が追い着かなかった。
「隊長!」
「大変だ!
隊長がやられたぞ」
「しかしこれで…」
脅していたのは、隊長と呼ばれていた男にだ。
これで彼等は、戦う必要が無くなった。
アルタイは周囲を見回してから、声を上げて騎兵を制止させようとする。
「お前達!
戦いを止めるんだ!」
「しかし隊長がやられたのでは…」
「良いから止めろ!」
アルタイの呼び掛けに、戦っていた騎兵達は一旦身を引く。
そして武器を構えたまま、アルタイの周りに集まる。
「アルタイ様」
「勇者様」
「もういい
何も言うな」
「しかし…」
「お前達も武器を仕舞え」
「はい」
「これで戦いが終われば…」
ギルバートはそう言いながら、勇者と呼ばれる男を見ていた。
「どうしますか?」
「ああ
隊長は…
あの男は死んだ」
「しかし、私達は…」
「そうですよ
家族を人質に取られています」
「それは本当なのか?」
「はい」
「従軍も家族を人質に…」
「私は婚約者を…
それで従うしか無く…」
「くそっ!」
アルタイはアーネストの方を向くと、頭を下げた。
「すまない
オレの国のくだらない事に巻き込んで」
「アルタイ様」
「止めてください
悪いのはあいつ等でしょ?」
「そうでも無いかも知れない
そもそも妖魔を、彼等は従えて居ないだろう?」
「それは見えないだけで…」
「もう良い
そんな事はどうでも良いんだ
奴は居なくなった」
「しかし隊長が戦果を挙げなければ…」
「家族が殺されます」
「何だと?」
騎兵達の言葉を聞いて、アルタイは驚いていた。
そもそもがこの人質が、隊長であるテムゼンが戦果を挙げる事が前提なのだ。
彼はこの遠征が、成功すると信じて疑っていなかった。
何せ女神の神託だし、勇者も従っているのだ。
だから彼は、負けるなどとは思ってもいなかったのだ。
だから人質も、兵士が必死に戦う様に手柄と引き換えになっていた。
このまま帰還しても、無事な保証は無いのだ。
いや、彼が死んでしまった今、殺される可能性の方が高かった。
「殺されるだと?
何故だ?」
「あの男が…」
「テムゼンが活躍する事が条件なんです」
「それに死んでしまった今は…」
「あ…」
アルタイは事態を理解して、顔面を蒼白にする。
彼等の家族の解放に必要な、テムゼンが殺されてしまったのだ。
当然命令されていた者は、彼等の家族を殺すだろう。
彼等が任務を失敗した、見せしめとして…。
「おい
どうしたんだ?」
「ああ
どうやらお前が殺した男が、向こうでは重要な人物だったみたいだ」
「え?」
「だから迂闊な行動は…」
「しかしあの男が…」
「だからって殺さなくても…」
「しかし奴が指揮していたんだろ?」
ギルバートの言い分も尤もだった。
あの隊長が指揮していたので、騎兵は仕方なく戦っていた。
それを倒せば、彼等も戦う必要が無くなる。
そう考えれば、ギルバートの判断も間違いでは無かっただろう。
そこに別の事情が関わっていなければだが。
「どうしましょう?」
「このまま戻っても…」
「しかしこれ以上、ここで戦う意味は無いだろう?
肝心のテムゼンは死んだんだ」
「そうですが…」
「奴の死体を回収しろ
それから仲間の遺体も、なるべくな…」
「はい」
騎兵達は沈んだ表情で、仲間の遺体を集め始めた。
ギルバート達の騎兵も、それを手伝い始める。
そして奥の方では、その様子を見てドワーフ達も手伝おうと考えていた。
「ギルバート殿
ワシ等も…」
「そうだな
人手は…」
「止めておけ」
「アーネスト?」
「アーネスト殿?」
「あいつ等はあんた達を、妖魔と呼んでいた
そのあんた等が出て来たら、どうなると思う?」
「それは…」
「気持ちは分かるが、これは仕方が無い
あいつ等にバレない様に、そのまま隠れておいてくれ」
「分かりました」
「くそっ
歯痒いな…」
「仕方が無いだろう
彼等にとっては、亜人は人間じゃ無いんだ」
アーネストはそう言いながらも、彼等が何処の国の出身か考えていた。
帝国ですら、ドワーフは亜人の仲間と考えていた。
人間と同列には扱わないが、さすがに魔物扱いはしていなかった。
それに、魔法の事を妖術と呼んで蔑んでいた。
その事も、この周辺の国では珍しかった。
魔導王国が在った為に、周辺国では魔法はよく知られていた筈だ。
それを妖術などと呼んで、殊更侮蔑するには何か理由があるだろう。
「おい!
お前達は何処の国の者だ?」
「人に物を尋ねるには、先ずは自分達が名乗るべきでは?」
勇者はそう言って、アーネストの侮蔑の視線を向ける。
一時休戦にはなったが、それでも妖術師と見下しているのだろう。
「そちらが先に、問答無用で襲い掛かって来たのだが?」
「ぐうっ!
それは貴様等が…」
「正確には、さっきの男が原因なんだろうな
オレ達の事も、見下していた様だからな」
「それは当然だろう
我等は神に選ばれた、神聖な帝国の者だからな」
「はあ?
帝国は滅びて…」
「何だと?
中国は未だに健在だ!
長く隆盛を誇る大国だぞ!」
「中国?
聞いた事も無いな?」
「な!」
勇者はアーネストの言葉に、ぷるぷると肩を震わす。
「貴様等こそ何処の国の者だ?」
「この近くを治める、クリサリス聖教王国だ
知らないのか?」
「はん
蛮族の治める国など知らんな」
「蛮族…
その割には装備には差があるがな」
「ぐうっ…」
アーネストは敢えて、勇者の挑発に乗ってみた。
どう見ても彼等は、王国に比べると文化が低く感じられた。
真銀の装備以前に、魔鉱石の装備も身に着けていない。
いや、槍や弓に関しても、木を主に使っている。
鉄の採掘量も多い様には見えなかった。
「こっちは魔法金属を使っている
そっちのはどう見ても、ただの鈍鉄だな」
「何を…」
「アルタイ様
確かに負けていますよ」
「あいつ等は硬い鉄を使ってますし、あの武器も…」
クリサリスの鎌は、ミスリル製という事もあって柄までミスリルで作られている。
その点を踏まえても、技術力で大きく差が出ていた。
そして何よりも、彼等の行動にも問題があった。
「そもそも、勝手に他国に侵入しておいて、蛮族扱いとは失礼だな」
「な!
ここは我々が治める…」
「いつからそうなったと思い込んでいる?」
「はあ?
この世界の大地は、我等が主神の治める土地で…」
「だからその主神が、何で勝手にこの土地の主だと?」
「それは神だから…」
「その神とやらが、ここも自分の土地だと言ったのか?」
「そうだ
我々の国に勝手に、妖魔が侵入していると告げられた」
「侵入ねえ…
その妖魔とやらは、数百年前からここに住んでるらしいぞ?」
「え?」
アーネストの言葉に、勇者は思わず騎兵達の方へ振り返る。
しかし騎兵達も、詳しい事は分からないので首を振る。
「どういう事だ?」
「さあ?」
「そもそも国主様が、神のお告げだと仰られて…」
「しかし話では、妖魔が侵入したと…」
「ですがそもそも、妖魔は何処に居るんです?」
「むう…」
ここでドワーフ達の、姿を見せても良いかも知れない。
しかし下手をすれば、それで再び戦闘になるかも知らない。
アーネストは言葉を選んで、彼等を説得しようと試みる。
「どういう事情か知らないが、あんた等はオレ達の国に勝手に入って来た
しかも自分達が偉いと勘違いして、いきなり皆殺しにしようとしてた
どっちが蛮族なんだ?」
「ぐう…」
「そもそも、お前達は何処から来たんだ?
この周辺には、どこの国も無かった筈だが?」
「そんな筈は無い
ここには我らが属国の、ミッドガルドという国が…」
「ミッドガルド?
帝国の昔の呼び方だな」
「帝国?
帝国は我等の国で…」
「どの様な話になっているのか分からないが、帝国はここから退いているぞ」
「え?」
これでアーネストは、彼等の国が何処か予想が出来た。
帝国と繋がりがあるとなれば、東の遊牧民の国が可能性が高い。
遊牧民達は、馬に乗って弓を扱うという記録も残されていた。
彼等が帝国と国交を絶ってから、独自の文化を立ち上げた可能性が高い。
アーネストはそう考えて、彼等にする質問の方向を変えてみる。
「ここから東の国だな?
そこからここまで来たのか?」
「だったらどうしたと言うんだ?」
「その間に、魔物に襲われなかったのか?」
「魔物?
妖魔の事か?」
「そうだ」
アーネストの言葉に、彼等は勝ち誇った様な態度を示した。
「我等は神に守られた民だ」
「妖魔なんぞ、我々の神の威光の前では塵芥に等しい」
「恐れを成して逃げ出しておるわ」
「ふうん…」
「おい
あいつ等は何て言ってるんだ?」
「どうやら東の方から来たらしい」
「東から?
しかし魔物が…」
「ああ
彼等の神が、魔物から守ってくれているんだと」
「何だと?
それじゃあ…」
「ああ
先ず間違い無く、女神が関わっている」
「しかしそれだと…」
女神は人間達が、選民思想や奴隷制を行う事を認めていない。
しかし彼等は、その選民思想を掲げて、ドワーフ達を奴隷にしようとしている。
そんな彼等に、女神が力を貸しているのだ。
明らかにこれは、おかしい事だと感じていた。
「変だな?」
「ああ
妙な話だ」
アーネストは勇者を見ながら、彼等の神が女神なのか判断に迷っていた。
それで彼等に、もっと話してみようと考えていた。
まだまだ続きます。
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