第57話
聖歴35年は、大きな災いも無く、平穏な日々が続いていた
魔物の被害も、33年は大きかったが34年には十分な対策が講じられ、35年にはその数も減少していた
人々は徐々に元の暮らしを取り戻し、新たな幸せを見つける人も増えて来た
そんな幸せな日々の中で、少年は成長して青年となっていた
今日はそんな青年の誕生日のパーティーが開かれていた
聖歴35年の初夏のある日に、ダーナの領主邸宅ではパーティーが行われていた
領主の嫡男であるギルバートの誕生日パーティーだ
会場は邸宅のパーティーホールで、数日前から準備が行われていた
会場には街の有力者が集まり、午前中から歓談が行われていた。
中には娘を連れた者も居り、領主の嫡男に面会させようという思惑も含まれていた。
ここで気に入られれば、その後の婚約者候補への有力な一手になる。
そう思って、娘への着飾りにも気合が入っていた。
そんな娘達がアピールをしようと、ギルバートの周りに集まって居た。
ギルバートは表面的にはにこやかに応対していたが、内心はうんざりしていた。
しかも、今年は去年のパーティーより大人しく開くと言っていたのに、蓋を開けたら派手な会場に大勢の来客、とてもじゃないが落ち着いて楽しめる状況では無かった。
「今日はお父様が、夏らしく水色のドレスが似合うとおっしゃたので…」
「ああ
素敵だね
似合っているよ」
「私は秋に咲くダリアが好きなの
殿下もダリアがお好きですの?」
「ああ
妹が好きでね」
「こちらのローストは家の工房で焼きましたの
御口に合いまして?」
「ああ
美味しいよ」
アーネストはその様子を遠目に見ていたが、機械的に応対する親友の姿を見て、可哀そうにと同情していた。
そのアーネストにも年頃の少女が集まって居り、先の魔物の侵攻での活躍を話してくれとせがまれていた。
アーネストも内心うんざりしていたが、ギルバートの姿が見えるので、それよりはマシだと思っていた。
「ねえ、アーネスト様
それで、魔物はどうなったの?」
「貴女ねえ
当然アーネスト様が倒したに決まっていますわ」
「ねえねえ
どの様な魔法を使われたの?」
キャッキャと騒ぐ女性を前に、アーネストは控えめに答えた。
「オレが使ったのは初歩の魔法さ
魔物はギル…殿下が討伐されたからね」
「ええ?」
「それでも活躍はなされたんでしょ?」
「やはりアーネスト様は素晴らしいわ」
ウットリ…
うーむ…面倒臭い
セリアやフィオーナみたいに大人しければ良いのに
まあ、あの子達も年頃になればこうなるかも知れないが…
幾分失礼な事を考えながら、アーネストは愛想笑いを浮かべる。
それと同時に、日に日に可愛いから美しいに変わりつつあるフィオーナの姿を探した。
これから領主より、重大な発表がされる。
その後に、二人の関係はどうなるのだろう。
普通に考えれば、兄妹として育てられていた二人が、ある日他人と知らされる。
そこから始まる恋物語は、悲恋で終わるのか?
純愛として成就されるのか?
まさに詩人が好みそうな話題だ。
死線を動かすと、パーティーに呼ばれた詩人が、先年の魔物との戦いを唄にして流している。
「そこで勇者が立ち上がり、戦士を率いて立ち向かう…」
勇者って、ギルバートが勇者になって、魔物と戦う話になってるな
魔物を倒したから勇者なのに…
よくよく聞けば、将軍は魔物に討たれた事になっている。
その殺された筈の将軍を探すと、会場の端の方で部隊長夫妻と話している。
あれは…ダナン部隊長とエリック部隊長だな
三組の夫妻が楽しそうに歓談していた。
どやら自分達をネタにした歌には気付いていない様だ。
再び視線を動かすと、ギルバートが助けを求めているのが見えた。
その情けない視線に応え、アーネストは席を立った。
「ちょっと失礼します
殿下が呼んでいる様ですので」
「まあ」
「素晴らしいですわ」
「さすがアーネスト様」
少女達の空々しい賛辞に笑顔で応え、ギルバートの方へ向かって歩く。
親友の顔が、助かったと安堵の笑顔になるのを見て、吹き出しそうになる。
ギルバートを囲む少女達が一斉に振り向き、鋭い視線を投げ掛ける。
うっ、怖い
ウチのメイド達よりも怖いかも…
少女達は無言の視線で圧力を掛け、邪魔するなと睨み付ける。
しかし、アーネストは負けるものかとニコリと笑ってみせた。
「失礼しますね
殿下、あちらに旨いローストが在りますよ
どうです?」
「おお
それは、ありがとう」
もっと上手い言い回しは無いのかよ!
それじゃあ納得させれないぞ
「それじゃあ私が取ってまいりますわ」
「ごめんね
殿下、一緒に行きませんか?」
「ああ
そうだな
ちょっと小腹も空いたし」
少女達の殺気の籠った視線を受けて、アーネストは逃げ出したくなる。
「あ、あははは
それでは、案内しますね」
ギルバートはアーネストに連れられて、無事に少女達から離れる。
「おい
もう少し言い方に気を付けろよ」
「ん?
どうかしたか?」
アーネストが小声で話すが、ギルバートは平然として答える。
少女達から逃げ出せて安堵したのか、状況を理解していなかった。
「お前が上手く話さないと、オレが睨まれるんだぞ
殺されるかと思ったぞ」
「ははは
まさか」
「視線で殺せるなら、間違いなくオレは死んでいた…」
「え?
…まさか」
ギルバートは、まだまだこの手の話には慣れていないのか、少女達の行動を理解していない様だった。
まさか自分が狙われていようとは、思ってもいない様子だ。
「はあ
頼むぜ」
「ん?」
「オレは生きた心地がしなかったよ」
「どうしてだ?」
「お前は戦場に居たんだぞ」
「へ?」
アーネストは溜息を吐きながらターブルの前に着いた。
件のローストされた肉を示し、取り皿を手にする。
「ほら
これは鳥のロースト
あっちは豚のローストだよ」
「ああ」
「なあ、さっきの戦場って…」
「はあ
お前は…
昔からそういうのに疎いからな」
「あ?」
「あの子達はなあ…
お前の未来の嫁さんになりたくて集まって居るんだ」
「はあ?」
ギルバートはアーネストの言葉の意味が理解出来ずに、間の抜けた声を出した。
「誰が正妻の地位を取れるか争っているんだよ」
「正妻って…」
「アルベルト様は娶らなかったが…
クリサリスでも妾は認められているからな」
「はあ?」
「妾は勿論、一番は正妻の地位だからな」
「でも、オレはまだ成人には…」
「そんなの関係無いんだよ
今から懇意に成っていれば、後は既成事実さえ出来れば…」
「既成事実って…」
「子供でも出来れば、後はどうとでも」
「はああ?」
ギルバートは思わず大きな声を出す。
「しーっ!
大声出すと目立つぞ
また囲まれたいのか?」
「い、いや…
しかし…」
「魔物との戦いには慣れたが、こういうのはまだまだだな…」
「え?」
「彼女達にはここが戦場で、獲物はオレとお前だ」
「オレ?」
「そうだ
オレ達という獲物を捕らえる為に、ドレスや香水等を武器にして襲って来るんだ」
アーネストがニヤリと笑うのを見て、改めて先ほどの少女達を見る。
すると、少女達はギルバート達の方を見張っていて、ギルバートの視線に気が付くと愛想笑いを返して来た。
しかし、改めてよく見ると、確かに気が付くまでの視線は獲物を狙う、獰猛な獣のソレだった。
ギルバートはニコリと微笑み返し、ゆっくりと視線を外すと、恐ろしくてブルリと震えた。
「こ、怖い…」
「だろ?」
アーネストはロースト・ポークを数枚と野菜をよそおい、ギルバートに手渡す。
「あれはお前を狙っているな…
お前の態度から勘違いして、もう自分は領主夫人になれると勘違いしてるだろうな」
「はあ?
嘘だろ?」
ギルバートは思わず野菜を吹き出しそうになる。
さっき初めて会ったのに、もう奥さんになる気だって?
アーネストをまじまじと見るが、アーネストは顔を顰める。
「あまりこっち見るなよ
それでなくとも、オレがお前を横取りしたと殺しそうな勢いで睨まれてるのに…」
「そうなのか?」
「ああ
だから、さっきから言ってるだろ
お前の返答次第で、オレを睨み殺そうとするだろうよ」
「うう…」
「そうなると…
あちらの女の子たちは?」
「オレの奥さんになろうと思ってるんだろ」
「オレは領主の息子の親友だし
先の戦いでも活躍した事になってる
それに…」
「それに?」
「成人したら爵位を貰うって話、あれも漏れているだろうよ」
「え?
だってあれは国王からも内密にと…」
「でも、あの様子だとバレているだろね
うわあ…舌なめずりして見てるよ…」
アーネストの言葉に、こっそりとそちらを覗き見る。
少女の眼が爛々と輝き、獲物を狙って目を細めている。
よく見ると、本当に舌なめずりしている様だ。
「オレ達…
今日は無事に生きて帰れるのか?」
「さあ
上手く話して躱さないと、明日の朝日は拝めそうにないなあ」
「はあ…」
ギルバートは、改めて社交場の恐ろしさを教わり、その恐怖を知った。
これは単純な戦闘ではなく、一瞬の油断が命を落とす戦場だと思い知った。
まだ魔物の相手の方がマシだとも思えていた。
「取り敢えず…
領主様が現れるまでは、ここで大人しくしとくか?
あっちに戻っても捕まるだけだからな」
「う、うん
そうするか…」
二人はこそこそと食事をする振りをして時間を潰す事にした。
それでも近寄られそうなら、誰か捕まえて巻き込むしかない。
アーネストは辺りを見回すと、一点を見詰めてニヤリと笑った。
それは実に悪い笑みで、魔物でも裸足で逃げ出しそうな笑い方だった。
「どうせなら…
おじさんを巻き込むか」
「へ?
あ!」
アーネストはスタスタと歩き、将軍の前へ移動した。
その隙を見て、チャンスと見たのか少女達が移動を開始する。
ギルバートはそれを見て、慌てて将軍の方へ向かった。
「ちっ!」
「逃がしたか」
少女達は小声で悔しそうに呟き、離れた場所に移動する。
そして、そこから再び様子を伺っていた。
「やあ
おじさん、久しぶり」
「誰がおじさ…はあ
アーネスト、将軍と呼べと言ってるだろ」
将軍は明らかに目立つ様に大きな溜息を吐いた。
「まあまあ
あなた、良いじゃないの」
「しかしだな、公の場所ではダメなんだよ」
「へへへへ
大丈夫、聞こえない様に注意はしてるから」
「そういう問題じゃないだろ」
将軍は頭を抱える。
いくら親しいと言っても、公の場は別だと理解して欲しいが、それを踏まえてアーネストは揶揄う様に言ってくる。
それは本当は、アーネストが兄の様に慕っているからなのだが、将軍は気が付いていなかった。
「アーネストちゃん、久しぶりね
結婚式依頼かしら?」
「ええ
エレンさんのお邪魔をしては申し訳ないと」
「そうなの?
気を使ってくれてありがとうね」
アーネストが将軍夫妻と話している所へ、ギルバートもそそくさと逃げて来る。
「おや?
殿下じゃないですか?」
「あらあら
殿下も逃げて来ましたの?」
「え?
えーっと…」
「逃げて来た?」
ギルバートの様子を見て、エレンはアーネストとギルバートを睨む。
「もう、二人共ダメじゃない
女の子達も一生懸命着飾って来ているのよ」
「はははは
ギルはまだ初心みたいで」
「あ…
えー…」
「だからって、逃げちゃあダメよ
ほら、見てるわよ」
エレンが促した先に、ギルバートとアーネストを狙ている少女達が、こちらを見張っている。
「あー…
まだ諦めていないみたい」
「ええ!
まいったなあ」
「はははは
お前等、女から逃げてるのか」
将軍は事情が分かり、豪快に笑う。
それを見て、奥さんが叱る。
「あら、ダメよ
あなたからも注意してくださいな
女の子達が不憫ですわ」
「そうは言ってもなあ
あちらのお嬢ちゃん方は手強いからなあ
こいつらだと恰好の餌食だと…」
「あ・な・た」
「はい!!」
今度は将軍の方へ矛先が向く。
その様を見て、アーネストはニヤニヤ笑いを浮かべる。
「なあ
エレンってあんなに怖かったか?」
「ギル
結婚したら、女は変わるらしい」
「ふうん」
「あらあ?
君達、楽しそうなお話してるわね」
ギク!
聴こえないつもりで話してたら、いつの間にか、エレンは背後に立っていた。
三人は暫く、エレンの説教を受ける羽目になった。
アーネストの狙い通りでは無かったが、説教のお陰で、少女達から狙われる事は避けられた。
エレンの説教が終わる頃、領主のアルベルトがホールに姿を現せた。
そして、主催の挨拶をする為に、ギルバートが前へ呼ばれる。
「みなさん、本日はお集りいただきありがとうございます
今日は息子のギルバートの誕生日です
このめでたい日を祝って、息子から挨拶があります」
アルベルトはギルバートを手招きし、ギルバートは前へ出る。
「みなさん、集まっていただきありがとうございます
今日、7月7日は私にとっては大切な日です
強き父と優しい母の間に生まれた、記念すべき日です
今日、この日を祝う事を幸せに思います
本当にありがとうございます」
パチパチパチパチ!
みんなから祝福の拍手が起こり、あちこちで乾杯のグラスが当たる音がした。
ギルバートが後ろに下がろうとすると、それまで優しい笑みを浮かべていたアルベルトが、不意に厳しい顔をして囁いた。
「後で重要な話がある
私の部屋に来なさい」
「え?
父上?」
アルベルトはそれだけ囁くと、会場に手を振ってから下がった。
ギルバートは訳も分からず、その後を追った。
今までに無い、真剣な父の顔に不安を覚えながら。
いよいよ、アルベルトが抱えて来た秘密が語られます
実際に、父親からこんな話をされたら、どう感じるでしょう?
経験が無いので想像でしか書けませんが、表現が変でしたら指摘してください




