第555話
ドワーフの郷の地下で、魔王ムルムルが現れる
無数に湧く死霊は、彼が召喚していた物だった
彼は女神に操られて、記憶も奪われている様子だった
そしてギルバートは、何とか死霊を退けてムルムルに迫る
ムルムルを操っていた魔石は、皇女の細剣で砕けた
しかしムルムルは、両腕を失って胸にも深手を負っていた
出血は止まったものの、傷を癒す回復の魔法は神聖魔法だ
ムルムルは負の魔力で身体を構成しているので、神聖魔法では傷を癒せないのだ
「伯父様…」
「良いんだ
私は一度は死んだ身
再び土に還るだけだ」
「そんな…」
「ムルムル
何とか出来ないのか?」
「ふふふ…
無理なんだよ
魔石も砕けたしな」
「あ…」
「くそっ
やはりそうなのか」
「気に病む事は無い
女神はそれも狙って、私を刺客として寄越したんだ
成功しても、失敗しても、君達にダメージを負わせれると判断してね」
ムルムルは流暢に喋っているが、その身体は崩壊を始めていた。
骨が剥き出しになった腕は、少しずつだが砕けて来ていた。
「くそっ!」
「良いかい
今から言う事をよく覚えておいてくれ」
「おい!
何を遺言みたい…」
「良いから聞け!
私の死は…
存在の消滅はもう、免れない事なんだ」
「聞いてやれ
それがせめてもの手向けだ」
「アーネスト…」
「何とかなりませんの?」
「無理だ
あの魔石がムルムルを死霊にしていた
そして同時に、女神が操る為の魔石でもあった」
「そんな…」
「そういう事だ
だから気にするな」
ムルムルはそう言って、穏やかな笑顔を浮かべる。
「マリアーナ
君の力ではどうにも出来ない
しかし君なら、傷付いた者を癒せる事が出来る」
「はい」
「無理に戦わなくても良い
ただ…
出来るなら後方で、傷付いた者達を癒してやってくれ」
「はい」
「君は本当に…
アラベルに似てるな」
「伯父様…」
「思えばアラベルの娘に、回復魔法である神聖魔法が授かる
これも酷い皮肉だ
せめて私が…
私が死霊魔術では無く、神聖魔法を授かっていれば…」
しかしそれは、たられば論である。
死霊魔術を身に着けたから、アルスサードは多くの者を救えた。
そして同時に、不浄な者として殺されて、女神の使徒となっていた。
それが無ければ、こうして巡り会う機会も無かっただろう。
「ギルバート
君にも迷惑を掛けたね」
「いえ…」
「ハルバートは…
あいつは良い奴だった」
ムルムルは懐かしむ様な顔で、ギルバートを見詰める。
「本当に似ているよな
若い頃の兄貴にそっくりだ」
「え?」
「アルベルトとハルバート
皇宮では有名な悪ガキだったんだ
それが二人して、帝国の在り方に異を唱えた」
「そう…なんですか」
「ああ
そしてあいつ等は、帝国を出奔した
親父は頭を抱えていたよ」
「何か…
すいません」
「おいおい
お前の親父達の事だ
お前が謝る必要は無い」
「でも…」
「はははは
しかしそれで、帝国に蔓延る奸賊達も一掃出来た
むしろ感謝しているぐらいだ」
「でも、それで伯父上は…」
「はははは
言っただろ?
お前の責任じゃ無い
むしろカラガンの馬鹿共の策謀に気付かなかった、私達皇族の不手際だ」
ムルムルはそう言って、ギルバートの頭を撫でようとする。
しかしその腕は、既に二の腕まで消え去っていた。
腕を上げたところで、ムルムルは自分の腕が無い事を思い出す。
「あ…
ははは…
もう、甥っ子を撫でてやる事も出来んか…」
「ムル…
叔父上」
ギルバートは堪らず、大粒の涙を溢していた。
「はは…
泣くな
男だろ?」
「はい」
「お前ももうすぐ、父親になるんだ
こんな事で…
こんな駄目な伯父の事で泣くな」
「そんな!
叔父上は…」
「アーネスト
後は頼んだぞ」
「ああ」
ムルムルは近付くアーネストを見て、ニヤリと笑みを浮かべた。
「お前に…
面白い話をしてやる」
「え?」
「昔親父がな、何人か宮廷の官女に手を出していた」
「はあ?」
「それでな、何人か市井の女として放逐されている」
「ちょ!」
「それでな、その中には魔道具造りの素質のある子供も居た」
「それって…」
「まさか?」
「市井に紛れていたが、親父は気に掛けていた
もしかしたら…」
「止めてくれ!
そんな!
そんな話し…」
「え?
アーネストが?」
「え?
でも…」
「そんな事、考えたくも無い
オレの親父は魔道具職人で、普通の市民だったんだ」
「そうだな…」
ムルムルはそう言いながらも、嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「いや、こいつが皇族の出か?」
「おい!
こいつとか…」
「そうねえ…
それにしては気品が…」
「皇女まで!
くそっ!」
「はははは」
ムルムルの話に、ギルバートも皇女も懐疑的な視線を向ける。
それでムルムルも、面白そうに笑っていた。
アーネストは顔を赤くして、反論しようとしたが、ムルムルを見てそれを止める。
いつの間にか、ムルムルは真剣な表情で三人を見回していた。
「時間が…
どうやらそう長くは無さそうだ」
「ムルムル!」
「伯父様!」
「くそっ…」
気が付けばムルムルの、足は既に消えている。
背中の羽も消え去り、両腕の袖が静かに垂れ下がる。
既に崩壊は、ムルムルの肩まで進んでいた。
「良いか
よく聞け」
「ああ」
「うん」
「ええ」
三人が頷いたのを確認して、ムルムルは真剣な表情で続ける。
「女神は…
いや、あれは女神では無い」
「それは表現としてか?
それとも本当に…」
「本当に違う…
そう思う」
「確証は無いのか?」
「ああ
しかし証拠は掴め無かったが、間違い無い
そもそも、本物の女神様ならば、あんな小細工などしなくても私達を従えれる筈だ」
「魔石の事か?」
「ああ」
ムルムルは頷き、目を瞑って続ける。
「私が神殿に向かった時、あれはそこで待ち構えて居た
本物の女神様は、まだ眠りに着いていたのに…だ」
「眠り?
女神はまだ、眠っているのか?」
「そうだ
間違いない
あれこそ本物の女神様だ」
「しかし…
他の身体を使っていたからでは?」
「勿論、私もそれを考えた
しかしあれは…
邪悪な何かだと思う」
「女神では無いのか?
それじゃあ一体…」
「分からん
分からんがしかし、あれが女神のふりをしているのは確かだ
そうで無ければ、魔石の事も説明が付かん」
「魔石?
それは魔王になる為に…」
ムルムルは首を振って、ギルバートの言葉を否定する。
「そもそも、魔王になるのに魔石は必要無かったんだ
アモンやベヘモットは、元から魔石を有していたしな」
「え?
それじゃあ魔石は?」
「あれの手駒にする為の口実だろう
私は気が付かずに、みすみすそれを受け入れた」
「そんな…」
「甘かった
あれが女神様だと信じていたのだからな」
「それじゃあ本物は?」
「今は眠っておられる
だからあのお方を、眠りから目覚めさせる必要がある」
ムルムルの言葉に、三人は何も答えられなかった。
今まで女神と思っていた者が、実は違う邪悪な存在だという。
しかも女神様は、未だに眠りから目覚めていない。
「どうやって…
どうすれば目覚めさせれる?」
「分からない
それを調べる前に、捕まってしまった」
「はあ…」
「それは…
無理じゃ無いか?」
「そうだな
かなり難しいだろう」
ムルムルは女神を目覚めさせる方法を、調べる前に捕まってしまった。
そして未だに、その方法は分かっていない。
それでは神殿に近付けても、目覚めさせれるかも分からないのだ。
「せめて…
せめて方法でも分かっていたら…」
「そこでだ
アーネスト
アモンからディスクを受け取ったか?」
「ディスク?
これの事か?」
アーネストはポーチから、三枚の薄っぺらい円盤を取り出す。
それは銀色に輝く、円盤状の物体だった。
一見すれば金属の円盤が、何か透明な物質で覆われている様に見える。
しかしよく見ると、その材質は異質で、見た事もない素材に見えた。
「何だ?
それは?」
「アモンが残してくれた物だ
しかし…
これは何だ?」
アーネストは訳が分からず、それをクルクルと回す。
よく見ると円盤の中心には穴が空いていて、アーネストはそこに指を入れて回していた。
しかしそれを見て、ムルムルは慌てて注意を促す。
今まで冷静に話していた、ムルムルにしては珍しい反応だった。
「止せ!
それを乱暴に扱うな!」
「へ?」
「傷でも入ったらどうする気だ?」
「傷って…
覆われているのにか?」
「ああ
それはデリケートな物なんだ
入っていた箱はどうした?」
「え?
ああ…
持っているけど…」
「そこに仕舞って置け
そうすれば傷も入り難いだろう」
「何を慌てて…」
「傷が入ったらな、読み込めなくなるんだ」
「読み込み?」
ムルムルが慌てているのを見て、アーネストは素直に箱を取り出す。
それも透明な物質で出来ていて、まるでガラスの様に透けていた。
真ん中が膨らんでいて、そこにディスクの穴が上手く嵌る。
アーネストはディスクを仕舞うと、その箱も頑丈な箱に仕舞った。
「読み込むって、どういう事だ?」
「それはある装置…
機械と言うらしいが、それに入れて読み込むんだ」
「その読み込むって意味が…」
「その円盤にはな、多くの情報が記されている」
「え?
何も読めないが?」
「ああ
目では見えないが、その機械に入れれば読めるんだ
そう聞いている」
「機械…
それは何だ?」
「そうだな…
魔導兵器に似ているな
あれも機械の一種だと思っている」
「なるほど
魔石で動く、金属の塊
そう考えて良いのか?」
「ああ」
ガンドノフの言葉に、ムルムルは頷いてみせる。
そのガンドノフは、怪我したドワーフ達の手当てをしていた。
主にレイスに触れられて、魔力を抜かれて動けなくなっていた。
治療方法としては、魔力ポーションと神聖魔法が効果を示していた。
神聖魔法に関しては、先ほど作ったランタンで効果を見せていた。
「金属の塊?
そんな物が…」
「実際は中身は、もっと複雑に作られておるのじゃろう?
それで何らかの力を使って、その円盤から情報を読み取る」
「そうだ
そして円盤一つで、山の様な本の情報を保管できる」
「え?
この薄っぺらい円盤でか?」
「ああ」
そう答えながら、ムルムルの身体は遂に胸から上だけになっていた。
顔も崩れ始めていて、もう残された時間も少なかった。
「良いか
ベヘモッ…向かえ」
「え?」
「あいつが…る…」
「ムルムル!」
最期にムルムルは、笑顔で何か呟いた。
それは短くて、さよならともありがとうとも言っている様にも見えた。
そしてムルムルの身体は、完全に砕け散った。
そのまま灰の様に崩れて、その塵も溶ける様に消えて行った。
「ムルムル!
くそっ!」
「伯父様
うわあああ…」
ギルバートは地面を殴り、皇女はその場で泣き崩れる。
そしてアーネストは、黙って振り返ると唇を噛んでいた。
「行こう…
まだ残っておる」
「くっ…
ああ!
魔導兵器を破壊しないとな!」
ガン!
アーネストはそう言いながらも、苛立ちを抑えられずに杖で地面を突いた。
しかしその音で、ギルバートはフラフラと立ち上がる。
そうして皇女に振り返ると、その手をそっと伸ばした。
皇女は首を振ると、涙を拭いながら立ち上がった。
「すまんな
本当はゆっくり…」
「いや、急ごう
このままでは危険なんだろう?」
「ああ
いつ暴発するか分からない」
「特に今は、あの死霊魔術師が…」
「ムルムルだ!」
「ええ
伯父様は魔王として、この地で散って行った
だから魔王ムルムルよ」
「ああ
その魔王ムルムルの魔力で、この辺りの魔力も不安定じゃ」
「いつ魔力が影響して、兵器が暴発するか分からん」
「そうだな
急ごう」
「ええ」
ドワーフ達の指摘もあって、ギルバートは改めて奥へ視線を向ける。
ムルムルが居なくなった事で、負の魔力は随分と少なくなっていた。
その影響か、今まで見え難かった回廊の奥も見えていた。
そこは扉が壊れて、奥は真っ暗になっている。
「奥が見えるか?」
「いや
ワシ等ドワーフの目でも、あの闇は見えん」
「先ほどの死霊魔法とも違うな」
「何やら魔力が濃縮して…」
「そうじゃな
大気が歪んでいる様じゃ」
ドワーフ達は地下で生活するので、生まれつき暗闇でも僅かな光で見える。
しかしこの先の暗闇は、普通の暗闇とは違っていた。
魔力が周囲に集まり、空間に歪みを生んでいるのだ。
それでドワーフでも、扉の向こうは見渡せなかった。
「気を付けてろ
何が待っているか分からない」
「さすがにもう、魔物は居ないだろ?」
「分からんぞ
何せオレでも…」
アーネストは呪文を唱えて、闇の向こうを見ようとする。
しかし魔法を使っても、扉の先は見えないのだ。
「やはり見えないな」
「そうか…」
「ランタンは?」
皇女がランタンを受け取り、慎重に扉に近付く。
しかしランタンを翳しても、扉の中は見えなかった。
「むう…
やはり駄目か」
「これは…」
「行くしか無いだろう」
「そうですね」
覚悟を決めて、ギルバートが剣を引き抜く。
そうして剣を掲げると、そのままゆっくりと進む。
後ろから皇女が、ランタンを掲げて後に従う。
しかし光を翳しても、足元がぼんやりと見える程度だった。
「むう…
見えないな」
「これじゃあ進む事も…」
「待っておれ
確かこの辺に…」
ガンドノフがそう言いながら、壁に近付いて手探りで何かを探す。
ここまではガンドノフも、何度か訪れた事があった。
それで壁の仕掛けも、何となくだが覚えていた。
「ええっと…」
「何だ?」
「何かあるのか?」
「おお!
これじゃ」
パチン!
音がして急に、部屋の中が明るくなる。
そのあまりの明るさに、みんなが思わず目を瞑る。
「うわっ
何だ?」
「眩しい」
「これは?」
「この部屋に組み込まれた、魔力で点く明かりじゃ」
部屋が明るくなった事で、ようやくその全貌が見えて来た。
しかしそれを見て、ガンドノフ以外の一同は息を飲んだ。
「こ、これは!」
「何だって!」
「ひっ!」
その異様な物体に、一同は目を見張るのであった。
まだまだ続きます。
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