第548話
ギルバートが戦意を喪失した事で、様々な弊害が起こっていた
先ずは戦える者が、大幅に減っていた
アモンを失った事で、さらに戦える者が少なくなっている
さらに女神の神殿へ、向かう事が出来なくなっていた
皇女は地下で、アーネストの姿を探した
しかしアーネストは、既にガンドノフとさらに奥へと向かっていた
アモンが残した物を、回収に向かったのだ
この状況下では、何か少しでも戦える力が必要だったからだ
「これがそうじゃ」
「これが?」
ガンドノフが奥から持って来た物は、キラキラ光る円盤が入った箱と、数枚の羊皮紙だった。
円盤の使い道が分からないので、アーネストは先ずは羊皮紙を読む。
しかし数秒も経たない内に、険しい表情を浮かべる。
「これは…」
「ワシは読んでおらん
許可なく他人の物を盗み見する趣味は無いからな」
「いや、そうじゃ無い
これを読んでみろ」
アーネストは羊皮紙の1枚を、ガンドノフに手渡す。
それをガンドノフは読み、頭を抱えた。
「そんな事が…
まさか…」
「ああ
しかし事実ならば…」
二人は無言で顔を見合わせて、目の前の大きな扉を見る。
「封じて当然じゃな」
「しかし壊さなければ…」
「いかん!
それだけは!」
「しかし精霊が囚われている今は、少しでも危険を排除せねば…」
「ううむ…
しかし本当に壊せるのか?」
「さあ?
それはオレにも…」
二人は途方に暮れた様子で、頑丈な扉を見詰める。
「書いてあるのはそれだけか?」
「いや、まだ読んで無いが…」
「他のも見てみろ
何かヒントがあるかも知れん」
「そうだな
あのアモンがこんな間抜けな…」
アーネストはそう言いながら、残りの羊皮紙にも目を通す。
その度に驚いた顔をしたり、怒りに肩を震わせていた。
そしてその都度、羊皮紙をガンドノフにも見せる。
ガンドノフもショックを受けた様子で、頭を抱えていた。
「はあ…
結局…」
「対策は無いのか…」
二人は困り果てた顔で、目の前の扉を見詰めていた。
「しかしこのまま放って置いても…」
「それはそうじゃが…」
「少しだけ開けて良いか?」
「だ、駄目じゃ!
それこそどんな死霊が待ち構えておるか…」
「しかし開けなければ、中がどうなっているのやら…」
「しかしのう」
二人は扉の前で、どうするか議論を始める。
「な、な!
少しだけで良いんだ」
「駄目な物は駄目じゃ!」
「ちょっと出だけ、先っちょだけで良いから」
「いかん!」
「先っちょも中も駄目じゃ」
「どうしても駄目か?」
「ううむ…
せめて死霊さえ何とか出来れば」
「あのう…」
二人が言い争っていると、後方から声が聞こえた。
そこには複雑そうな顔をしたドワーフと、顔を赤らめた皇女が立っていた。
「な!
何じゃ?」
「皇女?
どうしてこんな場所に?」
「いえ、お二人が奥にこっそりと入って、良からぬ話をしていると聞いて…」
「ん?」
「へ?
良からぬ話?」
「そ、それは帝国にも、同性のそういうお話はありますが
何もこんな所で…」
「え?」
「はあ?」
「いえ、良いだろとか、先っちょだけとか聞こえたって…」
「なぬ?」
「あ!」
「いえ、良いんですよ
そういう趣向が好きな方は…」
「ち、違う!
何を勘違いしている!」
「へ?」
「どういう事じゃ?」
「兎も角、そういう意味じゃ無いから」
「はあ?
それじゃあどういう…」
アーネストは顔を赤くしながら、皇女に羊皮紙を差し出す。
「これは?」
「良いから読んでみろ
私がどうしても入りたがっていたか分かるから」
「ええっと…」
皇女は渡された羊皮紙を、細かく読み進める。
次第に表情は強張り、足元も震えて来る。
「こ、こ、これは!
どうしましょう!」
「ああ
だから先っちょだけでも中に入らせてくれと言っていたんだ」
「え?」
アーネストの言葉に、皇女の顔が一旦蒼くなり、それから真っ赤に染まった。
「ち、ち、違うんですう
そう聞こえたから!」
「まさか男女の仲も知らない皇女が、そんな文化に毒されていたとは…」
「何じゃ?
そりゃあ?」
「ええっとですね…」
「言わなくても良いです!
そもそも私は、兵舎で聞いただけで…」
「ほほう?
どんな話を聞いたのですか?」
「っ!」
皇女は益々顔を赤らめて、俯いてもじもじする。
「何の事か分からんが、誤解は解けたのか?」
「ええ
その様ですね」
集まっていたドワーフ達も、何も無いと分かって持ち場に戻って行く。
「あのお…」
「ん?」
「それで、どうするんです?」
「どうすると言われてもな…」
「駄目じゃ!
危険過ぎる!
アモンも居なくなった今、誰が戦うと言うのじゃ?」
「それは…」
アーネストが返答に窮していると、皇女がおずおずと手を挙げる。
「あのお…
死霊でしたら私が…」
「え?」
「何じゃと?
斧もまともに持てない娘っ子が?」
「むう!
剣は持てますよ!」
皇女はそう言って、腰から細剣を引き抜く。
しかしそれは細身の剣で、とても戦闘に向いているとは言えなかった。
「ふん
そんな細っちょろい棒で…ん?」
しかしガンドノフは、何かに気付いてその剣に引き付けられる。
「ちょっと良いかの?」
「ええ…」
ガンドノフは剣を受け取ると、丹念にそれを見る。
剣の刀身にはあまり触れず、重視したのは意匠を凝らした柄や護拳の部分だ。
そこを念入りに調べると、護拳に埋め込まれた魔石に魔力を込める。
魔力が込められた瞬間、刀身は淡く輝き始める。
「やはりそうじゃ
これはツバイクの作の剣じゃ
確か娘に送った物じゃったが…」
「どいう謂れの剣ですか?」
「ああ
あの…カイ何たらの横に居った…」
「アルサード!」
「そう
火の乙女じゃったな
あの娘に送った剣じゃ」
「アルサード様の…」
それはドワーフの剣匠が、当時カイザートの婚約者であるアルサードに送った物だった。
見た目も美しい細剣だが、何よりも特徴は魔石にあった。
属性が込められた魔石では無いが、込めた魔力を刀身に送り込めれる。
それで火の魔法を、細剣に纏わせて戦っていたのだ。
「これが…
てっきり焼失したものと思っていたが…」
「そうですね
帝都の宝物庫に眠っていました
アルマート公爵が、旅に持って行けと…」
「そうか
あの時の剣が…
うむうむ」
ガンドノフはニコニコと頷き、剣を皇女に返した。
「それで先ほどのは?」
「ああ
ここに魔力を込めるとな、刀身に這わせれるのじゃ」
「こうですか?」
「いや
それでは何にもならん
例えば火魔法とか…」
「そうか!
灯
あれ?」
剣はぼんやりと輝くが、それだけだった。
「それじゃあ意味が無いのう
精々灯り代わりにしかならん
ウィンド・カッターとかフレイムとか…」
「何ですか?
その魔法は?」
「知らんのか?
精霊力の応用で…
仕方が無いのう…」
ガンドノフは少し離れた、木箱の山に向かって行く。
そこでゴソゴソと、何かを探し始めた。
その間に皇女は、魔石に魔法を込めてみる。
「癒しの光
うーん…
浄化の光」
ヒール・ライトではいまいちだったが、ホーリー・ライトで効果が出た。
浄化の光が、刀身を薄く輝かせる。
細剣を振るう度に、その輝きは周囲に浄化の光を振り撒く。
「ほう!
それは良いのう」
「ガンドノフ
これなら…」
「ん?
そうか!」
「ああ
死霊に対抗出来る」
「え?」
「幸いオレも、多少なら浄化の光を使える
後は魔法が効き難い魔物でも…」
「ワシ等が斧をや槌を振れば良いか?」
「そうだ?」
「ええっと…」
「これなら奥に入れる」
「そうなんですか?
しかしギルバート殿下は…」
「ギルは暫く放って置こう
どの道あの様子では、戦う事など出来ないだろう」
「ですが強力な魔物が現れたら…」
「その為にも、ここの中を調べる必要があるんだ」
「そうじゃな
中には魔道具も放置されておる
何よりも強力な、魔物の素材が手付かずで残されておる可能性がある」
「そうなるとやはり…」
「ああ
この奥は調べる必要がある」
「はあ…」
皇女はそう聞いて、溜息を吐く。
出来る事ならば、この場に残って騎兵の治療を続けたい。
しかし大まかな処置は終わり、後は時間を掛けて傷を癒すしか無かった。
魔法を使うのも手だが、あまり無理すると治った箇所の筋が強張ったり弊害が出るのだ。
「行くのは良いですが…
危険じゃありません?」
「そうじゃなあ…」
「ああ
しかし、このまま放置も出来ないだろう?
せめて原因だけでも何とかしないと」
「そうですか…」
「今日はもう遅い
明日に有志を募って、中を探索しよう」
「そうだな
騎兵達はどうする?」
「あのオーク達も、暗がりは見えんのじゃろう?」
「ああ」
「それならばここを任せて、ワシ等ドワーフが向かおう」
「良いんですか?」
「ああ
元々ワシ等、ドワーフが招いた事じゃ
それにワシ等には、暗視の力があるからのう」
洞窟の奥に向かうのは、明日人数を集めてからと決まる。
そしてガンドノフは、アーネストに1冊の本を手渡した。
「これを読んでおけ」
「これは?」
「ワシ等の仲間が…
いや、森妖精が元々持っておった物じゃ」
「へえ…
ってこれ!」
本の表紙には、魔導王国の文字で実用戦闘魔法と書かれている。
本の執筆者はエルフらしく、様々な魔法の紹介がされている。
何よりも便利なのが、実戦向けの魔法が主に書かれている事だ。
今までの魔導書は、初心者向けの魔法の解説が主だった。
しかしこの本には、戦闘向けの魔法が多数紹介されている。
「文字は読めるか?」
「ああ
何とかな
とは言っても…」
ここに書かれている文字は、魔導王国で使われていた文字だ。
今の公用語とは違うので、一旦翻訳しないといけなかった。
しかしその手間を掛けても、戦闘用魔法が手に入るのは魅力的だった。
何よりも呪文は、ほとんどがそのまま読み上げる事で使用出来た。
「全ての魔法とはいかないが、初心者向けの攻撃魔法の呪文は載っておる」
「ああ
それだけでも助かるよ」
しかし問題は、中級から上の呪文が載っていない事だ。
出来る事ならば、中級や上級の魔導書も欲しかった。
しかしそんな物は、既にこの世には残されていない。
帝国が行った魔導書の焚書が、現在の魔法文明の衰退を導いていた。
「少しでも覚えて、実戦に使いたいな」
「おい
明日はこの奥に…」
「ああ
だから少しだよ」
「無理はするなよ」
アーネストは魔導書を手にすると、嬉しそうに自分の天幕に向かった。
その様子を見送りながら、皇女はガンドノフを振り返る。
「さて
お前さんには…」
「ええ
これの使い方をお願いします
このままでは、足手纏いになります」
「分かっておるじゃないか」
ガンドノフは、先ほどの剣の輝きを見ていた。
しかしあのままでは、実戦に使うにはほど遠い。
魔力を維持しながら、剣を振り回せる実力が必要だ。
「幸い、お前さんは筋が良い」
「それはどうも…」
「しかし荒療治になるぞ?」
「構いません
王太子殿下があの様な状態では…
私も戦える必要があります」
「うむ
基礎は教えるが、後は明日の実戦で磨くのじゃ」
「はい」
「では、参るぞ!」
ガキン!
ギャリン!
二人はそれから、遅くまで実戦形式での魔力を使った戦いの訓練をする。
とは言っても、戦いながらの魔法の使い方についてだ。
それ以上はさすがに、ガンドノフでも指導のしようが無かった。
それでも皇女は、懸命にガンドノフの言葉に従う。
細剣を振るいながら、隙を突いて魔法を使う。
それは言葉で言うほど、簡単な事では無かった。
「はあ、はあ…」
「ふむ
少しは使える様になったか」
「ええ…
ありがとう、ございます」
皇女は跪き、肩で息をしていた。
「どれ、剣はワシが見ておこう」
「良いんですか?」
「ああ
これはドワーフが作った物じゃ
並みの鍛冶屋では、メンテナンスも碌に出来んじゃろう」
ガンドノフは剣を預かると、それを持って鍛冶場に向かって行った。
皇女はそれを見送ると、その場に座り込んだ。
「ふう…
風呂に入りたいわ…」
少し休んでから、皇女は風呂に向かって歩いて行った。
ここにはドワーフが居るので、鍛冶場の火の力に溢れている。
その余熱を使って、料理や風呂の温めが行われている。
皇女は鎧を脱ぐと、その熱過ぎるぐらいのお湯に浸かった。
「ふう…
こんな気持ちの良い物があるだなんて…」
帝国にも昔は、魔道具を使った風呂はあった。
それも温めだけでは無く、水も魔石で作っていたらしい。
しかし精霊力が枯渇してからは、その様な物は失われて行った。
水を出す事も、お湯を沸かす事も難しくなったのだ。
それに加えて、敗戦での賠償で多くの魔石を失った。
「帝国では、水浴びも容易じゃ無かったからね…」
その帝国の帝都も、先の女神の力で砂の底に埋まってしまった。
「アルマート伯父様…
王国に着いたかしら?」
皇女は不安な気持ちを、押し殺す様にお湯の中に沈む。
そうして汗を流して、髪を絞ってから外に出る。
自分の天幕に戻る頃には、疲れで瞼が重たくなっていた。
そうして眠りに着こうとする時に、何処からか歌が聞こえてきた。
それは物悲しく、それでいて聞いている者達に安らぎを与える歌声だった。
声は優しく、誰かを慰めている様だった。
皇女はその歌声を、聞きながら眠りに着いた。
それは深く優しく、包まれる様な眠りだった。
まだまだ続きます。
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