第547話
ドワーフの郷の入り口で、ギルバートは座り込んでいた
近くには騎兵が見張りに立ち、皇女が心配そうに見詰めていた
ギルバートは戦いが終わってから、ずっとここに座り込んでいた
アモンが死んだ事が、余程に堪えた様子であった
マリアーナはギルバートに近付くと、隣に腰を下ろす
しかしギルバートは、それに無関心で膝を抱えたままだった
まるで小さな子供が、親に叱られて泣いている様に…
ギルバートは膝を抱えたまま、地面を見詰めていた
「どうして…」
皇女が声を掛けても、ギルバートは無反応だった。
「どうするつもりなの?」
「放って置いてくれよ…」
「放って置くの?
それでどうなるの?」
「良いんだ…」
「何が良いのよ!」
皇女はギルバートの正面に回ると、その顔を覗き込む。
「っ!」
その顔は絶望に包まれて、無機質に地面を見詰めていた。
「何で?
どうしてなの?」
「…んだ…」
「え?」
「もう嫌なんだ!」
ここでギルバートは、感情を爆発される。
そして頭を抱えると、激しく嗚咽する。
「うう…
嫌だ!
もう見たくない」
「何を…」
「もう誰の死も、見たく無いんだ!」
ギルバートは暫く泣くと、地面を激しく叩き始めた。
「こんな物!」
「止めて!」
「何の役にも!
何が王太子だ?
何がガーディアンだ!」
「止めて…
キャッ!」
ギルバートは腕を振り回すと、皇女を跳ね飛ばす。
それから再び、激しく地面を殴り付ける。
しかし頑丈な身体が徒を成し、拳はほとんど傷付いていなかった。
皇女は止める為に、必死に後ろからその腕を掴む。
「何が強いだ!
誰一人守れなくて…」
「止めて!
もう止めて!」
「ぐうっ…
うおおおおおお」
ビリビリ!
ギルバートの激しい咆哮に、騎兵達は膝を屈してしまう。
マリアーナも影響を受けるが、何とかしがみ付いてその手を押さえる。
「止めなさい!」
バシン!
皇女はとうとう、ギルバートの頬を引っ叩いた。
「あなたが悲しいのは分るわ
だからって…こんな事してどうなるの?
何か変わるの?」
「うう…」
頬を叩かれた事で、ギルバートは地面を殴る事を止める。
しかしそのまま、地面に突っ伏して泣き続けた。
今までは堪えていたのだろう、その嗚咽は激しく苦しそうだった。
皇女はそんなギルバートを見て、優しく抱きしめていた。
「あーっ!
それはセリアの役目なのに!」
不意に後ろから声がして、パタパタとセリアが駆けて来た。
「え?」
「交代!
お兄ちゃんはセリアが慰めるの!」
「え?
ええ…」
皇女は立ち上がると、そのままセリアに場所を譲る。
そのままセリアは、ギルバートをギュッと抱き締めて背中を撫でる。
「よしよし
いっぱい泣いて良いんだよ」
「うう…
うおおお」
「はあ…」
「その…
ありがとう」
「へ?」
セリアは恥ずかしそうに、皇女を見ながら呟く。
「その…
お兄ちゃんを叱ってくれて」
「え?
ああ…」
「セリアじゃ出来なかったの」
「そうね…」
皇女はそう言いながら、セリアの頭を撫でる。
「ふみゅう…」
「ふふ
あなた達が羨ましいわ」
「うにゅっ?」
二人がギルバートをあやしていると、地下から駆け上がる音が聞こえる。
「何事じゃあ!」
「また魔獣が出たのか!」
生き残ったハイランドオークや、ドワーフが武器を手に駆け上がる。
どうやらギルバートの慟哭を、魔獣の吠え声と勘違いしたのだろう。
それだけ先ほどの、ギルバートの咆哮は凄まじかったのだ。
だから当然、周囲にも声が響き渡っていた。
「どうやら違う様だが…
どの道魔獣が近付いているな」
「魔獣が…」
「アモン様の仇」
「鬱憤が溜まっておったんじゃ
ワシ等も暴れさせろ」
アーネストが魔力察知で、周囲に魔獣が近付いている事を感じていた。
ハイランドオークも武器を手にするが、ドワーフ達も斧やハンマーを構える。
アモンが殺された事で、彼等も気が立っていたのだ。
そこへ魔獣が近付いて来たのだ、鬱憤晴らしに暴れたくなるのも仕方が無いだろう。
「魔獣はグレイ・ウルフが3体だ
無理はするなよ」
「分かっている」
「しかし犬っころなんざあ」
「ワシ等の敵じゃあ無いわ」
ドワーフもハイランドオークも、殺気を放って周囲を睥睨する。
「あっちから1体
向こうから2体だ」
「分かった」
「任せろ」
「私達は避難を…」
「動かんでも良い」
「すぐに終わる」
ガルルル
「うがあああ」
「来いやああああ」
ズバッ!
ドガッ!
先ずは左側から、1体のグレイ・ウルフが襲い掛かる。
しかしハイランドオークが、その爪を受け止めて脚に切り付ける。
怯んだところでドワーフが、その頭に斧を叩き付けた。
ギャイン
「一丁上がりじゃ!」
「油断するな」
ガルルル
グガアアア
今度は左側から、2体のグレイ・ウルフが飛び出して来た。
しかしその前には、見張りに立っていた騎兵達が立ち塞がる。
「させるか!」
「いつまでも殿下の後ろに居ると思うなよ!」
騎兵達が攻撃を防ぐ間に、ドワーフやハイランドオークが前に出る。
「うおおおお」
「があああ」
ドガン!
ズシャッ!
ギャイン
グギャン
1体はドワーフのハンマーで、頭を砕かれる。
もう1体もハイランドオークが、2人掛かりで胴や首を切り裂く。
こうして近付いて来た魔獣は、手早く倒されていた。
しかしこの間も、ギルバートは跪いて震えていた。
「え?
ギル?」
「嫌だ…
もう嫌だ…」
「アーネスト…」
セリアは首を振り、アーネストの方を見る。
「そうか…」
「うん
暫くは進めないね」
「そうだな」
アーネストは肩を竦めると、再び地下へと戻って行った。
ギルバートはドワーフ達に支えられて、地下へと連れて行かれる。
しかし今回は、先ほどまでの様に抵抗はされなかった。
その代わりに、何かに怯える様に震えていた。
「殿下は一体…」
「怖くなったんじゃろうな」
「そんな…」
「小僧は今まで、負けた事がほとんど無かったんじゃろう」
「それが今回は、アモンを殺された」
「ですが王都では…」
「む?」
「その王都とは?」
皇女はドワーフ達に、王都での出来事を話した。
「何と…」
「女神様がそんな事を…」
「ええ
それで王都は一度崩壊して…」
「そんな事が…
それでは王国の人達は…」
「ええ
国王を始めとして多くの方が…」
「そうですか…」
「私も帝都でその話を聞いて…」
「ん?
帝都?」
「そこは何処ですかな?」
「え?」
「そういえば…
王国ってミッドガルドですよね?」
「いえ、それは昔の魔導王国で…」
「昔?」
皇女は再び、今のこの周辺の国を説明する。
ドワーフ達は魔導王国時代に、この洞窟に逃げ込んでいた。
それからずっと籠っていたので、王国が滅びた事も知らなかったのだ。
「そうか…」
「あの王国は今では…」
「誰かお知り合いでも居ましたの?」
「いえ、あの王国には…」
「そうじゃな
恨みこそあれど、仲の良い者なんぞ…」
魔導王国は、ドワーフも奴隷として働かせていた。
だからドワーフ達は、王国から逃げ出せた時にここに来たのだ。
そうしてアモンの協力もあって、ここにあった洞窟を住処にしていた。
「そういえば…
あなた達はどうしてここに?」
「ここには元々、王国の魔導兵器があってな」
「ワシ等の一部は、ここで兵器の開発を強制させられておった」
「そこに黒の猛獣が来て…」
「確か人間も何人か居ったな
カイ…何じゃったかのう?」
「カイザートでは?」
「おう!
それじゃ」
「そのカイなんたらが王国の兵士と戦って、ワシ等を解放してくれたんじゃ」
「それからが大変でのう…」
ドワーフ達は興が乗ったのか、当時の出来事を話してくれた。
魔導王国はここに、危険な魔導兵器を作らせていた。
しかしそれを壊す為に、カイザートがこの地に訪れたのだ。
しかし兵器には、精霊であるノームが囚われていた。
「ワシ等は人間達に頼んでな」
「兵器を埋める事を約束にして、ここを守る事になったんじゃ」
「人間達は本当は、兵器を壊したかった様じゃがな」
「ワシ等が精霊様を殺さない様にお願いしたんじゃ」
「そうなんですね…」
カイザートはノームを生かす代わりに、必ずここを守る様にと言っていた。
アモンは反対したが、結局カイザートの意見を飲み込んでいた。
しかし女神は、それを善しとしなかった。
それでアモンは、カイザートの死後に何度かここに攻め込んでいた。
何とかドワーフを退けて、兵器を破壊する様に命じられていたのだ。
「しかし…
兵器…ですか?」
「魔導兵器と言ってな、何やら強力な兵器らしい」
「その兵器と言うのは?」
「分からん」
「へ?」
「ガンドノフは知っておる様じゃが…」
「ワシ等は加わっておらんかったからのう」
製造の作業には加わっていたが、具体的には何を作っていたのかは知らなかった。
元の設計図には、ガンドノフと数名のドワーフしか関わっていない。
そして関わっていたドワーフの中で、生き残っているのはガンドノフしか居なかった。
だからドワーフ達は、ここに兵器があるとしか知らないのだ。
「それじゃあ何を守っているのか…」
「守っておるのじゃ無い
封印しておるのじゃ」
「これが動けば、一晩で国が滅ぶと言われておった」
「国が?
それも魔導王国時代の国でしょう?」
魔導王国時代の兵器だから、それだけ強力な兵器の筈だ。
魔導王国であるミッドガルドは、高度に発達した魔導文明だった。
その王国を滅ぼすと言うのだから、皇女には想像も出来ない。
しかし少なくとも、それを世に出しては駄目だと感じてはいた。
女神が魔王に命じて、それを破壊しようとするのも当然だろう。
「そんな昔の物が、まだ使えると思うの?」
「さあ?
それはワシ等も分からんのじゃが…」
「どうやらガンドノフの話では、まだ動いているそうじゃ」
「動いている?」
「ああ
精霊様の力を吸って、動き続けるそうじゃ」
「じゃから迂闊に機械を壊すと、精霊様も…」
「きかい?
それが兵器の事なの?」
「ああ
機会と言うのはな、金属を魔石と組み合わせた物じゃ」
「それに魔力を流すと、動かせるんじゃ」
「動くって…
魔物みたいに?」
「さあ?
そこまでは分からん」
「しかしガンドノフは、そんな事を言っておった」
皇女にはよく分からなかったが、どうやら兵器と言うのは動く物らしい。
そしてそれは、金属と魔石を組み合わせた物だという事だ。
それが動くと言う意味は分からないが、相当に危険な物なのだろう。
でなければ、女神が必死に壊そうとはしないだろう。
「そんな物がこの地下に?」
「ああ
正確には、ここのさらに下の方じゃ」
「この奥は迷宮の様な構造で、その中に兵器が置かれているそうじゃ」
「しかしそこから、出て来れた者は少ない」
「生きておるのはガンドノフだけじゃろう…」
「では、他の人達は?」
「ああ
病気に罹ったり、酷い怪我をしておった」
「それが兵器の傷かは分からんがな」
「それにあそこには…」
ドワーフ達は顔を見合わせて、嫌そうに首を振った。
皇女は嫌な予感を感じつつ、ドワーフ達に質問する。
「何があるの?」
「死霊が居るそうじゃ」
「死霊?
それはあなた達の仲間の?」
「いや、詳しくは分からんのじゃが…」
「恐らくはそこで死んだ、同胞や王国の研究者じゃじゃろう」
ドワーフの話では、地下に封じられた迷宮の様な場所がある。
兵器はそこに在り、その周りには死霊になった者達が居る。
それだけでも、その地下を危険視して封じるのは当然だろう。
逆にそこを、破壊して埋めてしまわないのが不思議だ。
それも動力に、精霊を使っているからだろう。
精霊を殺したくなくて、ガンドノフは封じる事にしたのだ。
「カイザート様が協力したって話でしたよね?」
「カイザー…
ああ、人間の事か?」
「ええ」
「そうじゃな
人間達が協力して、地下へ続く階段を壊したんじゃ」
「そうなのか?
ワシはその時は居らなんだからのう」
「ああ
確かに封じた
それにその上に、結界の魔法も掛けておった筈じゃ
簡単には入れんじゃろうて」
「そう…
それなら簡単には出て来れないわよね?」
「ふむ
そうじゃな」
「ああ
あれは簡単には壊せんじゃろう」
カイザート達が、地下への階段を壊して封じている。
しかもご丁寧に、念入りに封印の魔法を掛けた様だ。
それで死霊が出て来る事も無く、そこは未だに封じられている。
後は問題は、そこに女神が近付かないかどうかだ。
「女神は今も、そこを壊そうとしているのかしら?」
「さあ…のう」
「何せ精霊様の寿命も尽きようとしておる」
「ひょっとしたら、女神も諦めておるかも知れん」
「そう
それなら安心なのかしら?」
「どうかのう…」
事実として、ここには強力な魔獣が送り込まれた。
それがギルバートを狙ってか、その兵器を狙ってかは不明だ。
もしかしたら、両方を狙っていたかも知れない。
何にしても、その兵器というのは危険な事には間違いが無い。
皇女はドワーフの話を聞いて、厄介だと思っていた。
「ギルバート殿下の事もありますが…
ここはまた狙われますね」
「そうじゃな」
「女神が諦めたという保証は無いのう」
皇女はそれを聞いて、どうすべきか悩んでいた。
このままドワーフの事は置いて、先に進むべきか?
それとも兵器を壊して、ドワーフを連れて行くか?
しかしそれにしても、兵器とやらを壊せる保証も無かった。
こんな時にギルバートなら、どうするのだろうか?
「私の一存では決めれないわね」
「え?」
「アーネスト達に相談してみるわ」
「ああ」
「そうじゃのう」
皇女はドワーフ達と別れて、アーネストに相談しに向かうのであった。
まだまだ続きます。
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