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聖王伝  作者: 竜人
第十七章 土妖精の郷
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第546話

戦いが終わった後で、騎兵とハイランドオーク達は死体を運んで行く

騎兵もハイランドオークも、50名以上同行していた。

しかし今は、騎兵は30名に減り、ハイランドオークも26名に減っていた。

しかもその中には、怪我を負って動けない者も居た

ギルバートは、戦場跡で空を見上げていた

空には紅き月(ルミナリス)がゆっくりと上っている

この時間は薄暮なので、昼の月(セレネ)は既に沈んでいた

ギルバートは月を見上げて、ぼうっとしていた


「どうだ?

 ギルは…」

「ううん

 食事も取ってくれない…」

「そうか…」


ギルバートの魂に続いて、アモンまで失っていた。

しかも今度は、魔獣の危険は去っていた。

それでギルバートは、何もする気が起きなくて呆然としている。

失った者の重さに、心が耐えられなかったのだ。


「くそっ!

 オレの魔法でも…」

「そうね

 心を鎮める事は出来ても、傷までは…」

「皇女はどうだって?」


セリアは首を振って、駄目だと答える。


「お姉ちゃんでも、心の傷は無理だって…

 それにその前に、お姉ちゃん自身も…」

「そうか

 皇女もショックだろうな」


マリアーナ自身は、アモンとの接点は少なかった。

しかし指導者を失ったハイランドオーク達を見て、心を痛めていた。

魔物を憎んでいた数日前とは、まるで別人の様だった。

彼女が魔物を憎んでいたのも、同じ同郷を失ったからだ。


「お姉ちゃんも、彼等の気持ちが分かるんだろうね」

「そうだな

 あいつ等も辛いだろう」


しかしハイランドオーク達は、不満を溢す事無く死体を運んでいた。

悲しむよりも、今は何か作業をしていたかったのだ。

何かしていないと、アモンの事を思い出すから…。

彼等は作業に集中していた。


「セリア

 お前も休め」

「でも…」

「オレは少し休んで来た

 ギルはオレが見ておく」

「うにゅう…」


セリアとしては、ギルバートが心配だった。

しかし身体がまだ子供に近いので、既に限界に近かった。

こうして見ている間にも、瞼が何度か閉じかけていた。

そうしてこっくりこっくりと、船を漕ぎ始める。


「おい

 寝て来い」

「でも…」

「お前まで倒れたら、ギルはいよいよおかしくなるぞ」

「うにゅう…」


アーネストは騎兵を呼んで、眠そうにするセリアを連れて行かせる。

それから暫く、アーネストはギルバートを見守っていた。

しかしいよいよ我慢が出来なくなって、彼の目の前に移動する。

そうしてギルバートの胸倉を掴むと、その身体を激しく揺さぶる。


「おい!

 どうしたんだ?」

「アーネスト…」

「そんなんじゃあ、アモンが悲しむぞ」

「放って置いてくれ」


ギルバートの言葉に、アーネストは思わず殴り掛かる。


ドカッ!

「ふざけるな!

 アモンはこんな奴の為に死んだのか?」

「放って置いてくれよ…」

「おい!」


アーネストは再び、ギルバートの胸倉を掴む。


「どうしたんだ?

 お前は本当にギルなのか?」

「…るさい…」

「どうしちまったんだよ!」

「うるさい!

 放って置いてくれ!」

「くそっ!」


「アーネスト様」

「ギルを見ておいてくれ」

「はい」

「アーネスト様は?」

「皇女の様子を見て来る」

「分かりました」


アーネストはもう一度ギルバートの方を見てから、肩を竦める。

そうして溜息を吐きながら、その場を後にした。

そうして地下に降りると、皇女を探して奥に入る。

皇女はドワーフの集落で、負傷者の手当てをしていた。


「ここに居たのか?」

「アーネスト様

 私には負傷者の手当てしか出来ませんから…」

「そんな事は無いだろう?」

「いいえ…」


皇女は首を振ると、最後の一人の治療を終える。

これでこの郷では、治療の必要な者は居なくなる。

後は時間を置いて、傷の具合を見ながらの治療になる。

そして皇女は、アーネストの方を向いた。


「それで?

 私を心配して来たの?」

「あ、ああ…

 アモンが死んで落ち込んでいるって聞いたから…」

「お優しいのね

 でも私よりも、殿下の方が大変よ?」

「分かっている

 分かっているけど…」

「その様子では…

 駄目みたいね」

「ああ…」


皇女は溜息を吐くと、アーネストの方を見る。


「仕方が無いわよ

 私だって、怪我人が居なければ…」

「だよな

 だけど、だからと言って…」

「無理も無いわよ

 前日には彼の、中に居た魂も消えたのでしょう?」

「あ…」

「あれでも相当に堪えていたのに、無理して明るく振舞って…

 それでもアモンも死んだんでしょう?」

「そうだな…」


ギルバートは戦いが起こる前日に、もう一人の自分と対峙していた。

アルフリートの魂を封じ込めていた、ギルバートの魂だ。

そこで彼は、全てを任せて消え去ったのだ。

彼が消えた事で、ギルバートは本来の力を取り戻していた。

しかしそんな彼の力を持ってしても、魔獣を倒すのが精一杯だった。


アモンが居なくなった今、ギルバートだけが頼りであった。

騎兵もハイランドオークも、数を大幅に減らしている。

そんな危機的状況の中で、ギルバートは戦う意思を失っていた。

大切な人達を失って、戦う気力を失っていた。


「何だって神様は、あんなにあいつに背負わせるんだ」

「そうね

 でも、事の起こりも女神

 もしかしたら、これもあの女神の策略なのかもね」

「だかっらって…」

ガン!


アーネストは怒りに任せて、手近な机を殴る。

その事でアーネストの、右手から血が滴り落ちる。


「アーネスト!」

「ぐっ」

「馬鹿!

 今あなたが怪我してどうするの?

 もう!」


皇女は立ち上がると、慌ててアーネストの手を握る。

そしてその傷口を、神聖魔法で癒して行く。

しかし魔力の使い過ぎで、途中で意識が遠のく。


「あ…」

「っと

 おい!」

「ごめんなさい」

「いや、すまない

 謝るのはオレの方だ」


アーネストは皇女を椅子に座らせると、そのままポーションを口で開ける。

そして傷口にポーションを振り掛けた。


「っ…」

「ふふふ

 あなたも感情的になるのね」

「そうだな…

 すまない」

「謝るなら、帰ってから奥さんと子供に謝りなさい」

「違えねえや」


「しかし…

 あんたも強いね」

「そうかしら?

 私は少しでも、怪我をした者が放って置けないだけよ」

「そうか?」

「ええ」


「オレにフィオーナやジャーネが居なかったら

 あんたに惚れてたかもな」

「ば、馬鹿!」


皇女が顔を真っ赤にして俯くのを見て、アーネストは笑っていた。


「はははは

 すまない

 あんまり可愛いからな」

「もう」

「あのお…」

「ここは怪我人ばっかりなんで」

「もう少し自重してください」

「あ…」

「え?」


二人の様子を見て、負傷して横になっていた騎兵達がジト目で見ていた。


「そもそもアーネスト様は、奥さんや子供が居るでしょ?」

「そうですよ」

「我々の女神であらせる皇女様まで、取らないでください」

「いや、オレはそんな…」

「そうよ!

 私達はそんな仲じゃあ…」


二人は慌てて否定するが、騎兵達はさらにジト目で見ていた。


「あ!

 オレはギルの様子を見て来る」

「わ、私も替えの包帯を探して来るわ」


二人は慌てて、負傷者の居る天幕から出て来る。

しかし騎兵達は、そんな二人を不審そうな目で見ていた。


「怪しい…」

「フィオーナ様に報告だな」

「ああ

 オレ達の女神に手を出させるな」

「しかし…

 アーネスト様は顔も良いからな」

「お前はどっちの味方だ!」


騎兵達はそんな事を話して、少しだけ笑っていた。

今は戦いに倒れて、暗い雰囲気になっていた。

しかし二人の遣り取りを見て、少しだけ気分が和らいだのだ。


「皇女様を守る為に」

「イーセリア様を守る為に」

「ああ

 早く傷を治して戦線に復帰しよう」

「そうだな

 今の殿下では…」


騎兵達も気が付いていたのだ。

先の戦闘でも、ギルバートは無理をして明るく振舞っていた。

そして信頼するアモンが死んでしまって、その眼が死んだ様に暗くなっていた。

負傷者として運ばれる時に、どれほど不安になったか。

そして励ます事も出来ない自分達が、どれほど惨めに感じたか。

早く傷を治して、殿下の元に行きたいと、騎兵達は思っていた。


アーネストは天幕を出ると、再び洞窟の外に向かった。

怪我した右手は、ポーションで傷は塞がっている。

しかしその傷と心は、未だに痛んでささくれ立っていた。


洞窟を出ると、ギルバートはまだ座っていた。

暫くは騎兵達も、何とか励まそうと声を掛けていた。

しかし無反応な彼に、諦めて周辺を見張る事にしていた。

こうしている今にも、付近には魔獣が居るからだ。


「はあ…

 どうすれば…」


アーネストは頭を抱えて、ギルバートを見守っていた。


そして皇女は、アーネストとは反対方向、ドワーフの資材置き場に向かっていた。

そこには特殊な布に、ポーションの薬効を染み込ませた包帯が置かれている。

これを巻く事で、少しでも傷を癒す事を早めれるのだ。

皇女は負傷した騎兵達に、それを使う為に取りに向かっていた。


彼女の横を、戸板に載せられた死体が運ばれて行く。

それは魔獣に齧られて、身体の一部が欠損している。

中には大型の魔獣に踏み潰されて、原型を留めていない死体もあった。

そうした死体を集めては、一ヶ所に纏めて燃やしている。

灰にする事で、死霊になる事を防ぐ為だ。


「うっ…」

「すまないね

 隠してやる布も少ないんだ」

「いえ

 すいません」


皇女は思わず、死体から視線を逸らしてしまった。

その様子を見て、ドワーフ達が心配して声を掛ける。

しかしハイランドオーク達は、皇女を見て怒った顔をしていた。


「確かに辛いでしょうが、目を逸らさないであげてくれ」

「こいつ等は勇敢に戦って、死者の国に向かったんだ」

「ごめんなさい」

「まあまあ…」


ドワーフ達が間に入り、ハイランドオーク達も無言で去って行った。

彼等からすれば、視線を逸らす事は不愉快だったのだろう。

共に勇敢に戦った仲間が、死して辱められたと感じたのだろう。

勿論皇女には、そんなつもりは無かった。

しかし惨たらしい死体から視線を逸らした事が、結果として彼等を辱める行為に映ったのだ。


「あの…」

「ああ

 気にするな」

「ワシ等だって、あれを見るには勇気が要る」

「辛いよな…」

「ええ…」


「じゃなくて」

「ん?」

「殿下は?

 ギルバート殿下は今どうされています?」

「ああ

 あの小僧なら…」


皇女はギルバートを心配して、ドワーフに尋ねる。

アーネストから落ち込んでいるとは聞いていた。

しかし具体的には、どうしているかは聞いていなかった。

セリアに聞くのも酷なので、こうしてドワーフ達に聞いてみたのだ。


「あれは駄目じゃな」

「駄目?」

「ああ

 心が折れておる」

「余程堪えたんじゃろう」

「そうじゃな

 黒の猛獣も死んだからのう」

「そう…」


「確か外で、月を見上げておったな」

「行って慰めてやれ」

「でも、私では…」

「嬢ちゃんも無理じゃった」

「あんたでも無理かも知れん」

「しかし…」

「分かりました

 行ってみます」


皇女は包帯を手にすると、天幕に戻る。

それから負傷者の様子を見て、今は大丈夫だと確認する。

明日になってから、包帯を変えながら治療を行おう。

それまでにはまだ、時間は十分にあった。


皇女は天幕を出て、洞窟の階段を登る。

もう少しで出口というところで、外で騒がしい声が聞こえ始めた。

最初は魔獣でも出たかと思ったが、どうやら違う様子だった。

男が誰かと、揉めている様子の声だった。


「っ!」


皇女は慌てて、階段を駆け上がった。

先ほどアーネストが、ギルバートの様子を見に行くと言っていた。

もしかしてと思って上がると、そこでアーネストの声が聞こえた。


「いい加減にしろ!」

ドカッ!


「アーネスト様」

「殿下

 大丈夫ですか?」


皇女が外に出ると、そこではギルバートが助け起こされていた。

その前にはアーネストが、顔を険しくして睨んでいる。


「一体どうしたと言うの?」

「皇女」

「いえ、それが…」


ギルバートは何も答えず、そのまま膝を抱えていた。

その様子にアーネストは、さらに苛立った様子になる。


「何なんだよ!

 その腑抜けた様は!」

「アーネスト様」

「落ち着いて」


しかしギルバートは、何も答えずに膝を抱えていた。


「アーネスト!

 これはどういう事なの?」

「どうもこうも無いさ

 こいつが腑抜けているから、活を入れようと思ってな」

「ですからアーネスト様」

「暴力はいけませんって」


どうやらアーネストが、我慢出来なくて殴り掛かったらしい。

しかしギルバートは、そのまま膝を抱えて反撃もしない。

いつものギルバートなら、ここでアーネストに反撃してただろう。

それが面白く無くて、アーネストはさらに憤っていた。


「アーネスト

 良いからここは任せて」

「しかし…」


マリアーナがそう言った時に、ギルバートから冷たい声が響く。


「良いから放って置いてくれ」

「へ?」

「ギル!」

「アーネスト様」

「ぐぎぎぎ…」


アーネストは騎兵に押さえられながら、拳を振り上げていた。


「もう!

 私の事は放って置いてくれよ!」

「ぐ…

 分かった…」


アーネストは拳を下ろすと、ギルバートの方を睨んだ。


「へっ!

 見損なったぜ」

「アーネスト…」

「こんな事で諦めるなんて

 お前はその程度の奴だったのか?」

「お前に…

 お前に何が分かる!」


ギルバートはそう大声を上げて、アーネストを睨む。

しかし再び、膝を抱えてボソリと呟いた。


「もう…

 放って置いてくれよ」

「はっ!

 分かったよ

 もう知らねえぞ!」


アーネストはそう言って、大股で歩いて立ち去る。

そのまま階段に向かうと、地下へと降りて行った。

後には皇女と、見張りの騎兵が残されていた。

まだまだ続きます。

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