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聖王伝  作者: 竜人
第十七章 土妖精の郷
543/800

第543話

大きな魔獣が近付いて来る

それは醜悪で奇怪で、それでいて物悲しい姿だった

見た目は大型の獣のそれだが、その姿は異様だった

複数の獣が混じった姿、それは哀しき魔獣の姿だった

6mを超す巨体を軽々と動かし、その魔獣は洞窟の前に降り立った

魔獣の姿は、大別して元になった獣の姿を引き継ぐ

蜥蜴や狼、熊の魔獣といった物が主な魔獣になる

しかしそれは、そのどれにも当て嵌まらない

複数の魔獣の身体を、強引に混ぜ合わせた生き物

それを人間は、キマイラと呼んでいた


「キマイラ…だな」

「ああ

 道理で極端に魔力が高い訳だ」

「それはどういう…」

「元になった魔獣の、全ての魔力を内包する

 だから魔力は大きくなる」

「しかしその反面、長くは生きられない

 存在しない筈の魔獣の合成された姿だ

 長くはその姿を維持出来ないんだ」

「それじゃあこいつは…」

「ああ

 放って置いても死ぬじゃろう」

ギュガオオオ


魔獣は一声鳴くと、その咆哮で周囲に居る者を恐怖で縛る。

しかし騎兵達は、何とかそれに耐えてみせる。


「ぐうっ…」

「しかし…」

「これしき!」


今までも恐ろしい目には遭って来た。

それに比べると、この魔獣は見た目が不気味なだけだった。

蜥蜴の頭に狼の手足、そして蛇の尻尾と蝙蝠の翼。

まるで切り貼りした様な、不気味な姿をしている。

しかし不思議と、その魔獣からは悲哀を感じさせられる。


「長くは生きられない?」

「それは無理矢理作られた魔獣じゃからのう

 生き物としては不完全なのじゃ」

「ああ

 本物のキメラという魔獣は、もっと完成された化け物だ

 それに比べれば…」

「そういう事か」


しかし短命と聞いても、なかなか簡単には踏み込めない。

見た目からしてグレイ・ウルフの体躯を継承して、その動きは素早いだろう。

それに何よりも、尻尾になっている蛇が厄介そうだった。

見た目こそ違うが、色合いからポイズン・サーヴァントを組み込んでいると察せられる。

下手に近付けば、あの猛毒を吐いて来る可能性が高いのだ。


「良いか

 ギリギリまで引き付けろ」

「はい」

「オレも魔法で拘束するが、どこまで効くか分からない

 油断はするなよ」

「はい」


騎兵は洞窟の入り口で、魔獣と対峙しながら距離を取る。

そうして近付けながら、隙を窺っていた。

ハイランドオーク達も武装して控えているが、彼等には別の役目が待っている。

魔獣は何も、このキマイラだけでは無いのだ。


「よく引き付けろ…」

「今だ!

 ソーン・バインド」

グギャアオオオ


アーネストが魔法を発動して、地面から蔦を這わせる。

それで魔獣の動きは、一旦止める事が出来た。

しかし魔獣は、そのまま力任せに動こうとする。

身体に食い込んだ茨が、ギシギシと軋みを上げる。


ブチブチ!

「くそっ!

 長くは押さえれないぞ」

「しかし、迂闊には…」

「止むを得んな」


アモンが手を挙げて、中に指示を伝える。

その瞬間に、猛烈な風切り音が複数響く。


ビュオオ!

ゴウッ!

ズドドシュッ!

ギャオオオオ


複数の丸太の様な矢が、洞窟の奥から放たれる。

ドワーフが防衛の為に作った、巨大な弩弓(バリスタ)が放たれたのだ。

巨大な矢は唸りを上げて、魔獣の前足と胸に突き刺さる。

しかし頑丈な毛皮に防がれて、矢は浅手を与えて折れてしまった。


「固いな」

「くそっ!

 身体強化か?」

「それだけじゃあ無いな

 元になった魔獣も、グレイ・ウルフの一部なんだろう」


グレイ・ウルフなら、あれだけ大きな矢でも刺さらないだろう。

少しでも刺さったのは、魔力が上手く操作出来ていない為だ。

魔獣が混じっている事が、身体強化のバランスを崩している。


「しかし、まるっきり効かない訳じゃねえ

 行くぞ!」

「はい」

「うおおおお」

「わああああ」


アモンを先頭にして、騎兵達が一気に駆け出す。

そのままの勢いで、魔獣の腕や足に切り付ける。


グワイン!

ギン!

「ぐがっ!」

「固い!」


しかし身体強化が上手く掛かっていないと言っても、魔獣の毛皮は頑丈だった。

ほとんどの騎兵が、その毛皮で鎌を弾かれていた。

上手く切り付けた者も、腕が痺れながら浅手を負わせる程度だった。


グゴオオオ

ブチブチ!

「危ない!

 退避しろ!」

「へ?

 おぶしゃ!」

「ひいっごひゃ」


魔獣が暴れた拍子に、蔦が引き千切られる。

その腕に巻き込まれて、3名の騎兵が無残な肉片と化した。

馬も巻き込まれて、飛び散った肉片が人間か馬か分からないぐらいだ。

残念ながら、3名の命はその一撃で砕け散っていた。


「ぐはっ!」

「ぎゃああ…」


さらに4名ほど、引き千切られた蔦に弾き飛ばされる。

それだけで骨折や、深い裂傷を受けていた。


「くそっ!」

「良いから魔獣の方を向け!

 次が来るぞ!」

ゴガアアアア


魔獣は飛び跳ねると、一気に洞窟の入り口に飛び掛かる。

そのまま右手を振り上げて、入り口に固まる騎兵に振り下ろした。


「させる…」

ガギン!

ギギギギ…!


ギルバートが飛び出して、そのまま爪を受け止める。

しかし勢いに押されて、地面に跡を着けながら後退する。


「ぐぎぎぎ…」

ゴフッ


「せるかあああ」

ガギン!


ギルバートが振り抜くと同時に、魔獣は宙を舞って距離を取る。

そのまま姿勢を低く取ると、ギルバートを警戒して睨み付ける。


「はあ、はあ…」

「今の内だ

 負傷者を運べ」

「はい」


アーネストが指揮して、負傷者を引き離す。

ポーションがあるので、重傷者も何とか助かるだろう。

問題は一撃が強力で、まともに受ければ一撃で絶命する事だ。

いや、アモンやギルバートでなければ、一撃で肉片にされるだろう。


「つ、強い…」

「こんな化け物…」

「ガチガチ…」


騎兵達は今の遣り取りで、半数が戦意を失っていた。

残りの半数も、この戦いの中には入れないと察している。

唯一戦えそうなのは、ギルバートとアモンだけだろう。

後は後方に控えた、ドワーフの弩弓(バリスタ)になるのだが、これも弾込めに時間が掛かっていた。


グリュリュリュリュ…

シャー


魔獣は蜥蜴の口から、狼の様な低い唸り声を上げる。

そして尻尾からは、蛇が威嚇の声を上げていた。


ガルル…

「来い!」

ガギン!


再び魔獣が飛び掛かり、その太い大木の様な腕を振り下ろす。


ギャリン!

「ぐぬう…

 ぎぎぎぎ…」


ギルバートがそれを受け止めて、懸命に踏ん張る。

その隙を突いて、アモンが後ろから飛び掛かろうとした。

しかし次の瞬間、アモンは慌てて空中で軌道を変える。

そのすぐ真横を、紫の液体が飛んで行ったのだ。


「ぐぬっ!」

ベシャッ!


「ぎゃああああ…」

ジュワアアア…


「くそっ!

 解毒のポーションを使え!」

「え?

 でも?」

「良いから掛けてやれ

 少しはマシだ」


避け損なった騎兵の、左腕に液がまともに掛かった。

次の瞬間、騎兵の腕は蒸気を上げながら溶け始めた。

アーネストの指示で、周りの騎兵が慌ててポーションを掛ける。

それで腐食は収まったが、その腕は骨が見えるぐらい溶けていた。


「急いで治療をしてやれ」

「はい」

「しかし…

 厄介な」


魔獣は依然、ギルバートを狙って前足を振るっている。

その後方では、アモンが隙を窺っていた。

しかし蛇の毒が危険で、なかなか踏み込めないでいた。


「くそっ!」

「アモン

 目を瞑れ!」

「はあ?」

「サンダー・レイン」

ズドン!


蛇がアモンに手中しているのを見て、アーネストは雷の魔法を唱えた。

その狙いは的確で、蛇は雷をまともに受けた。

しかしそれでも死んでなく、痺れた身体を動かそうとしていた。


「くはっ!

 でかしたぞ

 はあああ」

ザシュッ!


雷の魔法で痺れていた為、蛇はその動きに着いて来れなかった。

アモンは跳躍すると、両腕の爪で蛇の胴を切り裂いた。

それで蛇を倒す事が出来たが、アモンも無事では無かった。

蛇の毒血を浴びて、両の爪から蒸気が上がっていた。


「ぐぬうっ

 くそ!」

バキン!


アモンは止む無く、腐食する爪を叩き折る。

それで腕にまでダメージは来なかったが、暫く爪が使えなくなってしまった。

武器を失ったアモンは、魔獣から少し距離を取る。

しかし雷と蛇を倒した事で、本体にも少なからずダメージがあった。

それを見抜いて、ギルバートは大きく踏み込んだ。


「りゃああああ」

「あ!

 おい!」

「てりゃあああ」

バギン!

ギャオオオウン


ギルバートは魔獣がよろめいた隙に、前足に深く切り付ける。

それで怯んだところに、大きく振り上げて頭を切り付けた。

しかしその一撃で、剣の限界が来てしまう。

巨人の魔鉱石とはいえ、頑丈なキマイラの毛皮には耐えられなかったのだ。


「くそっ!」

「殿下

 これを使ってください」


騎兵が亡くなった者から、剣を引き抜いて投げ寄越す。


ギャオオオオ

ガギン!

「ふう…」


ギルバートは剣を受け取ると、何とか攻撃を受け止めた。

しかし慣れない小剣なので、そう長くは受け切れないだろう。

早目に隙を突いて、止めを刺さないとならない。


「くそっ

 ギルの武器は長剣か大剣なんだ

 あんな小剣では…」

「しかしそう都合よく…」

「ああ

 予備の武器には良いのが無かったんだ」


ギャオウ

ギャリン!

「ぐうっ」


小剣になった事で、魔獣との間合いも短くなる。

そして何よりも、武器の耐久度も心配だった。

同じ魔鉱石の剣でも、短い分負担が大きいのだ。

ギルバートが攻撃を捌く度に、剣の表面に傷が入って行っていた。


「くそ!

 これじゃあ長くはもたないぞ」

「ですが…」

「ああ

 私の魔法でも、長くは拘束出来ない

 何とか魔獣の隙を見付けるしか…」


アーネストはギルバートに、魔獣が打ち掛かる度に隙を探す。

しかし魔獣は、アーネストの事も警戒していた。

雷の魔法を放ったのが、アーネストだと見抜いているのだ。

そして爪を失ったアモンは、目下危険では無いと判断していた。

魔獣はそれだけ、判断出来るほどの頭も持っていたのだ。


「厄介だな

 強いだけじゃなくて、賢い」

「マズいですよ

 あれだけでも厄介なのに…」

「ああ

 魔獣を自由に産み出せる

 ズルい力だ…」


ギルバートが懸命になって、やっとキマイラを押さえられている。

しかし魔獣は、それだけでは無いのだ。

キマイラの向こうから、さらに何者かの接近を感じる。

それは魔獣と、魔物が増援される気配だった。


「くそっ!

 これ程とは…」

「ひいっ!」

「アーネスト様

 あれは何ですか?」

「ああ

 アーマード・ライノとヒル・ギガースだ」

「アーマード・ライノって、あの大蜥蜴の?」

「ああそうだ

 1体でも集落を潰せるぐらいの、厄介な大食らいだ」


アーマード・ライノとは、大型の蜥蜴の魔獣である。

帝国創成期に、各地で人間を襲った危険な魔獣である。

初代皇帝カイザートが、仲間と共に駆逐させたと記されている。

しかしその魔獣が、再び地上に解き放たれたのだ。


「全滅した筈だったのにな…

 どこかで生きていたのか?

 それとも新たに産み出したのか?」

「何を暢気な!」

「それよりもどうにかしなければ」

「ああ

 お前等、死ぬ気で戦うんだぞ」

「へ?」


アーネストはアーマード・ライノよりも、その奥に身構える魔物を注視していた。


「まさか…」

「我々だけで?」

「ああ

 すまないが、その奥の方が危険なんだ」

「あの…緑のオーガですか?」

「そうだ

 ヒル・ギガース

 伝説上の魔物だ」


アーマード・ライノだけで、6体も集結している。

その上でさらに危険な、ヒル・ギガースも3体現れていた。

アーネストは汗を拭いながら、目の前の魔物の動きを注視する。

幸い魔物達は、ギルバートが戦うキマイラを見ている。

この隙を突いて、一気に騎兵達に攻撃させるしか無かった。


「良いか!

 ギガースはオレが何とかする

 お前等は何としても、あの蜥蜴を倒すんだ」

「い!」

「我々だけでですか?」

「ああ

 他に居るのか?」

「しかしあんな化け物を…」


アーマード・ライノは、身体の大きさだけで6m近くもある。

その家の様な大きな蜥蜴は、名前の通りに頑丈な鱗で覆われている。

普通に考えれば、とても人間が適う様な魔獣では無い。

しかし騎兵達は、ハイランドオーク達との特訓をこなしていた。

そして今は、ドワーフの鍛えた新たな武器を携えている。

万に一つの可能性が、大幅に下がっている筈だった。


「全てを倒せとは言わない

 少しでも弱らせて、ギルに近付けるな」


アーネストはそう言って、呪文を詠唱し始める。

ヒル・ギガースが攻撃に加わらない様に、牽制をする為だ。


「はははは…」

「無茶を仰る」

「しかし、それぐらいは…」

「そうだな

 出来ないとな!」

「うおおおお」


騎兵達も覚悟を決めて、洞窟から一斉に前に出る。

洞窟の守りはハイランドオーク達に任せて、一気に攻勢に出た。

ハイランドオーク達では、攻撃するにはスピードが足らないのだ。

彼等もオークなので、攻撃より守りに向いているのだ。


「行け

 一気に踏み込むんだ

 その間にオレは…

 呪怨の縛鎖(カース・バインド)


アーネストは呪文を唱えて、その両腕から黒い魔力を放つ。

それは地面を這って、奥に控えるヒル・ギガースを包んだ。


グガアア…

ギギギ…

「ぐっ

 がああ…」


魔物も黒い鎖に縛られるが、同時にアーネストの両腕にも黒い蛇の様な模様が浮かび上がる。

それはアーネストの両腕を蝕み、黒い瘴気と共に締め付ける。


「な!

 あれは?」

「馬鹿な!

 何て魔法を使うんだ」


アーネストの魔法を見て、ガンドノフとアモンは驚く。

二人はその魔法を知っていて、それで驚いていたのだ。


「止めろ!

 止すんじゃ」

「小僧!

 それは禁術じゃぞ!

「良い…から…

 早く…

 早く…そいつを…」


アーネストは苦しそうに呻きながら、懸命に歯を食い縛る。

口元には食い縛った歯から、血が流れているぐらいだ。

それでも懸命に抗って、魔物の動きを封じる。

これは呪詛の魔法で、それだけ危険な魔法なのだ。

しかしその分、拘束する効果も桁違いに強力だった。


「アーネスト!

 くそっ!」

グルルルル


ギルバートは叫びながら、目の前の魔獣の隙を窺う。

友を助けたいが、その為には先ず、この魔獣をどうにかしなければならない。

そしてそれは、ギルバートですら容易な事では無かった。

ギルバートは剣を握り締めて、目の前の魔獣を睨み付けるのだった。

まだまだ続きます。

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