第541話
ギルバートは、夜になってもう一度ノームの元へ向かう
ここは洞窟の中なので、昼夜の区別がつかない
今は時間的に夜らしいが、暗く無いので時間の感覚が狂っていた
それで眠れなくて、こうしてノームの元に来たのだ
そこには先客が来ていて、優しい声で話し掛けていた
実は眠れない理由に、彼女の存在も関わっていた
寝ようと思ったら、姿を消している事に気が付いたのだ
それでこうして、こっそりと覗きに来たのだ
「…それでね
お兄ちゃんと会ってみたの
思った通り、彼は悪い人では無かったわ」
セリアはそう言って、寂しそうに蔦の塊を見詰める。
そうしてみたところで、返事は返って来ないのだ。
それはセリアも、分かって行っているのだろう。
しかし彼女は、優しく蔦の塊に話し掛ける。
「でもね、私も困ってるの
このまま彼と一緒に居たら、いつかお兄ちゃんも…
ううん、女神が折れない以上、みんな殺されてしまう」
セリアはそう言ってから、首を振ってから蔦に振り向く。
「駄目ね
本当はもう、覚悟を決めないといけないのに」
セリアは答えを求めて、蔦の塊に語り掛ける。
しかし彼女の中では、既に答えは出ているのだ。
それでも迷っているから、こうして語り掛けているのだろう。
「どうしたら…
良いのかな?」
「そんなの簡単さ
私が負けなければ良い、それだけだろう?」
「うにゅにゅにゅ!
お兄ちゃん!」
「はははは
気付かなかったか?」
「ふみゅう…」
「セリアは心配なのか?」
「うん
だって女神は、私達精霊の力を上回っている」
「それは本当か?」
「うん
ガーディアンだけでも手強いの
それなのに…
女神は多くの魔獣を従えれる」
「しかしそれも、用意出来る時間があればだろ?」
「ううん
もう居るの
この近くにも来ている」
「え?」
セリアは首を振ると、哀しそうに呟いた。
「恐らく女神は、本気でここを潰そうとしている」
「それは確かなのか?」
「うん
近くに強力な魔力を感じる
もう日にちが無いわ」
「それじゃあ…」
ギルバートが言い掛けたところで、セリアはその手を掴む。
「お兄ちゃん
一緒に逃げよう?」
「え?」
「私と一緒に、女神の来れない精霊の世界に…」
「いや、それは…」
「そしたらお兄ちゃんはね、セリアとずっと一緒に居れるの
そこは時間軸が違うから、ずっと二人で居れるよ?」
「それは…」
セリアの提案は、ギルバートにとっては魅力的に感じた。
愛するセリアと、毎日幸せな日々が続く。
それは女神の力も介在しない、精霊の世界での生活になる。
そうすれば、魔物と戦う必要も危険も存在しないだろう。
しかしそれには、何かが欠けている気がする。
「アーネストも連れて行けるのか?」
「うん
でも…」
そこにはアーネストは連れて行けるが、フィオーナやジャーネは連れて行けない。
ここから王都まで、戻る暇は無いだろう。
それに騎兵達の事もある。
何よりも、王都で暮らす者達の事もあった。
「そうだな
とても魅力的な提案だな…」
「それじゃあ」
「しかし、他の者達はどうする?
私達だけ幸せになって…
果たしてそれで良いのか?」
「うにゅう…」
その答えは、セリアにも分かっていた。
そして恐らく、ギルバートがどう答えるかも…。
「そうだね
お兄ちゃんならきっと、そう言うと思っていた」
「ああ
すまないが私は…」
「ううん
良いの
そう言うと思っていた」
セリアは寂しそうな顔をして、すっくと立ち上がる。
「それだからこそ、私はお兄ちゃんが大好き
愛してる…」
「セリア?」
「だから…」
「女王よ
良いのか?」
ノームの声がする。
今まで黙っていたが、どうやら何かを懸念している様子だった。
「うん♪
こうなると思っていたの」
「そうか…
やはり血は争えんな…」
ノームの声がして、不意に周囲に魔力が集まり始める。
それは精霊の力を介して、不可視のフィールドを形成する。
「良いのか?」
「うん
お兄ちゃんならきっと、この試練を乗り越える」
「試練?」
「うん」
セリアはギルバートに向き直ると、短い呪文を唱える。
「Accept
Another self that dwells in the depths of your self
Manifested here」
「セリア?
何を…
うぐっ!」
ドクン!
セリアの呪文に呼応して、ギルバートの心臓が早鐘の様に打ち鳴らされる。
そして苦悶の声が、内側から漏れる様に口を突いて出る。
「ぐ、がああああ…
我を呼び覚ますは誰だ?」
何者かの声が、ギルバートの口から洩れた。
そしてその口から、何か靄の様な物が漏れ始める。
「Ururururuるる…
があああ…」
「げほっごほっ」
靄は人の形になり、次第にその声もはっきりと聞こえて来る。
それはもう一人の、ギルバートの顔をした人物だった。
「ハイエルフの女王よ、何故私を呼び起こす?」
「ギルバートよ
わが夫アルフリートに宿りし魂よ
汝に選択を問う時が来ました」
「ふっ
遂にその時が来たのか…」
白い靄は、顔を歪ませて哀しそうにセリアを見詰める。
「分かっていますよね?
あなたが存在する限り…」
「こいつは使い物にならない」
ギルバートの魂は、アルフリートを見詰めながら答える。
「私が…げほっ
使い物にならない?」
「ああ
貴様の魔力や生命力を得て、私は存在し続ける
それは少量の魔力ではあるが、お前の本来の力を封じる役目も担っている」
「私の?
本来の力?」
「ああ
今のお前なら、本来は魔王も圧倒するぐらいの筈だ
それが半端者のアモンにでさえ、互角か打ち負けている
情けない…」
「な!
何だ…ぐうっ」
ギルバートが思わず、拳を振り上げようとする。
しかしその途中で、ギルバートが動きを封じた。
「アルフリート
前にも言ったよな」
「な、何だ?」
「お前が不甲斐ないなら、私が表に出るぞ」
「ふざけるな
この身体は私の物だ
確かにお前には、申し訳ないと思っている
しかしだからと言って…」
「ふん
青臭いな」
ギルバートはそう言って、アルフリートである身体の自由を奪う。
「ぐっ!
くそっ、動かない!」
「そうだ
いつだって私は、お前の身体を奪う事が出来た
それをしなかったのは、約束を果たす為だ」
「約束?」
「ああ
女王と約束したんだ
いつかお前と白黒つけるとな」
「それがこれだと?」
「ああ
このままお前の意識を消滅させる
その方が苦痛は少ないだろう」
「セリア!」
ギルバートはセリアの方を向くが、セリアは哀しそうに目を伏せる。
そのまま黙って頷くと、成り行きを見守っていた。
「これがお前の望みか?
私の代わりにこいつと…」
「それも良い選択だな
私が代わりに、女王と妖精郷で暮らすか…
悪い結末じゃあ無いな」
「そんな…事…」
「だったらどうする?」
「させるか!」
ギルバートは、いやアルフリートは、裂帛の気合で拘束を打ち破る。
「させるか!
セリアは私の妻だ!」
「だったらどうする?」」
「お前を倒して…
女神を倒す」
「出来るのか?
今のお前に?」
「出来る出来ないじゃあ…無い!
やるんだ!」
ビリビリ!
アルフリートが気合を入れると、さらに気勢が上がって行く。
彼の周囲には、目に見えて魔力の流れが生まれていた。
それは輝く魔力の奔流を生み、アルフリートの身体を包んでいた。
「私と…
戦えるのか?」
「ああ
やらなければ全てを奪われる
それならお前には悪いが…」
「ふっ
掛かって来い!」
「つえりゃああああ…」
「はああああ…」
ガキン!
二人は魔力のフィールドの中で、魔力の剣を持って打ち合いを始める。
アルフリートは長剣の形の、ギルバートは大剣の形の魔力を振り上げる。
そうしてお互いの身体目掛けて、その魔力を振り抜いて切り掛かる。
そこから激しい攻防が、その場で繰り広げられる。
ガキン!
「何でだ!
何で今さら…」
「はははは
お前が愛想を尽かされたんだろう?」
ギン!
「そんな訳があるか!」
「それならどうしてだ?」
「分かる訳が無いだろう
それより貴様だ!」
ガギン!
「何で
何で今まで応えなくて…
今さら!」
「はっ
これでも我慢してたんだぜ
お前の不甲斐なさを見ながらな」
「何が不甲斐ないだ!」
ゴギャン!
ガギン!
二人は打ち合いを続けながら、互いの不満をぶつける。
アルフリートは信頼していたギルバートに、裏切られた事を。
ギルバートはアルフリートに、優柔不断だと感じていた事を。
それぞれの想いを込めて、二人は剣を打ち付け合って行く。
「お前はいつもいつもいつも!
自分の感情を殺してー!」
「仕方が無いだろう
私は王子なんだ!
自分の感情よりも…」
「それならセリアの事はどうだ?
彼女が気持ちを込めて、どれだけお前を待っていた事か!」
「そんな事、お前に分かる…」
「分かるさ!
いつだってお前の中から見てたんだ!
気付かなかったなんて、言わせないぞ!」
「ぐうっ!」
ギャリン!
ギルバートの指摘に、僅かながらアルフリートの気持ちが揺らぐ。
しかしアルフリートも、ここで負けてはいられなかった。
「私だって…
私だってセリアと!
ずっとイチャイチャしたかったさ!」
「だったら何故?」
「お前にも問いかけていただろ!
誰かが、誰かが王都を、世界を守らなければ…」
「それがお前なのか?」
「ああ、そうだ!
私はガーディアン?
力を授かった者なんだ」
ゴガン!
バキバキ!
アルフリートの一撃が、ギルバートを障壁に叩き付ける。
その衝撃で、障壁に亀裂が入ってしまう。
「だったら…」
「あん?」
「だったら何故!
その事をセリアに相談しなかった!」
ゴギャン!
バキバキ!
今度はギルバートが、アルフリートを障壁に叩き付ける。
再び障壁に亀裂が走り、いよいよその維持が困難になってくる。
「うおおおお…」
「うがあああ…」
ガギン!
バチバチ…!
二人は真ん中で、互いの剣を受けて押さえ合う。
力は拮抗して、鍔迫り合いの状態になる。
「何で…
何でセリアを独りにした!」
「そんな事はしていない」
「いいや、している
何で相談しなかった!
信頼していなかったからだろう」
「それは…」
それはギルバートが、アルフリートがセリアを子供扱いしていたからだ。
セリアに心配を掛けたく無いと、そう思って相談出来なかった。
「私にも…
私にも考えがあったんだ!」
「ぐうっ
なら!
どうするって言うんだ!」
ガギギギ…!
二人の力量は互角で、中心で互いを押して牽制し合う。
「女神を倒す!」
「出来るのか?
貴様程度が?」
「出来ないだろうな…」
「ふざけるな!
それなら私が…」
ギルバートが勢いを増して、アルフリートを押し始める。
「私一人の力では、女神には到底敵わない
そんな事はとうに分かっている」
「き…さ…まあ!」
「だがな!
負けるつもりは!
無い!」
ガギン!
アルフリートはギルバートを突き放すと、剣を正眼に構える。
「負ける気が無いだと?
勝てないのにか?」
「ああ
私一人ではな」
「だったら…」
「だから力を集める!
一人で勝てないのなら、もっと勝てる様に力を集める
それが勝つために必要な力だ」
アルフリートの言葉に、ギルバートはニヤリと笑った。
「何だ
答えが出てるんじゃねえか…」
「え?」
「それなら、私に相談なんかしてないで、もっと周りに頼れよ」
ギルバートはそう言って、アルフリートの向こうを指差した。
そこにはいつの間にか、騒ぎを聞きつけて騎兵達が集まっていた。
「殿下!」
「負けないでください」
「そんな白い奴なんか、さっさと倒してください」
騎兵の横には、アモンやハイランドオーク達も集まっている。
そしてその中に、皇女とアーネストの姿も見えた。
「ギルバート殿下
負けないで」
「ギル
こんなところで負けるなんて、絶対許さないからな…」
「はははは…
これは負けられなくなったな」
「ふっ
最初から負ける気なんて無いクセに」
「そうは言ってもな…
さすがに私だ、手強くてな」
「馬鹿な事を言うな
私が本物なんだ、勝って当然だ」
「あん?」
「何だと?」
二人は再び剣呑な雰囲気で、剣を構えて睨み合った。
「つぇりゃあああ…」
「負けるかあああ…」
ガギン!
グワキン!
「お兄ちゃん!
頑張れー!」
「おう!」
「違う!
今のは私への声援だ!」
「どうだかな?」
「ふざけるな!」
ガキン!
激しい攻防が、再び繰り広げられる。
しかし今度は、互いに憎しみ合って切り合っていなかった。
二人は笑みを浮かべて、互いの剣を正面から受け止めていた。
しかし楽しい時間は、不意に終わりを告げる。
「せりゃああ…」
「うおおおお…おっ?」
バキン!
ギルバートの魔力の剣が、不意に音を立てて砕ける。
「時間…切れか」
「え?」
「楽しかったぜ
オレ」
「ちょ!」
「お兄ちゃん!」
セリアは哀しそうに叫ぶと、首を振って答えた。
「もう…
あの人の魔力は無いの」
「え?」
「これが最後の機会だった…
お兄ちゃんと話を出来る…」
「え?
それって…」
「悪かったな
最後の最期で…
でも、楽しかったぜ」
「あ!
おい!」
「これからは、もっと周りに相談するんだ
もう、オレは居ないからな」
「ギルバート…」
「はははは
今日から…お前が真の名に於いてギルバートだ
あの世とやらがあるのなら…
そこで見てるからな」
そう言ってギルバートは、その姿を消していた。
「ば、馬鹿野郎…
こんな、こんな別れ方って…」
「ごめんなさい
彼にお願いされていたの
最後はあいつに、気合を入れてやるんだって…」
「だからって…
くそっ!」
「ギル…」
「殿下…」
「今はそっとしておいてやれ」
「うおおおおお…」
ギルバートの慟哭は、静かな洞窟の奥深くで遅くまで響いていた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。
2月4日の更新予定が狂ったので、本日に2本上げます。




