第540話
大きな空洞の奥に、それは鎮座していた
ギルバートはこれまで、この様な物があると知らなかった
それはこの大空洞の奥を、埋め尽くすかの様に存在している
そしてそれは、ギルバートに優しく語り掛ける
ギルバートはドワーフの、ガンドノフに案内された
彼は彼等の主に、ギルバートを引き合わせると言っていた
だからギルバートは、それが見えるまで予想もしていなかった
それがこの空洞の、主だとは思いもしなかった
「よく来たね」
「へ?」
ギルバートは優しい囁きに、周囲を見回した。
ここにはガンドノフだけが来ていて、他の者は着いて来ていない。
残りのドワーフ達は、入り口で騎兵達の相手をしていたのだ。
しかし誰も居ない筈のその場所で、不意に声が聞こえたのだ。
ギルバートは周囲を見回し、その声の主を探した。
「ふふふふ
ここだよ」
「っ!」
声に合わせて、茨の様な塊の一部が鈍く明滅する。
それは未知の鉱物で出来た、茨の塊に見えていた。
しかしよく見ると、その茨の奥に何かが見える。
そしてその声は、その何かが発していたのだ。
「長老ノームよ
呼ばれていた人間が来ました」
「ああ
助かったよ
私はもう…」
声の主はそう言って、穏やかに息をする。
そうして輝きが増すと、そこに一人の小人が立っていた。
「ノーム様!
何て無茶を!」
「良いんだ
どうせ私の寿命は、あと少しなんだ」
「え?」
小人の幻は、そう言って囁いたかの様に見える。
しかしよく見ると、それは光が見せる幻だと分かった。
声と動きがズレているし、何よりもその姿が透けているからだ。
「あなたがここの主ですか?」
「ああ
と言っても、それも昔の話だ」
「あなたは?」
「それを語りたいが、どうやら残された時間は短いらしい」
「それは無理を成されて…」
「良いんだ
久しぶりにこの姿になりたかったんだよ
彼はあいつに似ているからね」
「ですが…」
「良いんだ…
今は気分が良いから…」
ノームはそう言うと、手を宙に向けて掲げる。
そこには何も無かった筈なのに、何かの姿が浮かび上がる。
「時が来たんだ…
女神も…
それを覚悟している」
「それでは遂に!」
「ああ
封印の鍵が壊される時が来たんだ」
「封印?
鍵?」
「ああ
君達は知らないだろうね
何せ何代も前の出来事だ
精霊と違って、人間には記憶の継承は出来ない」
「それに寿命も短いですからな
彼等はミッドガルドを…」
「ああ
記録に残っている程度しか知らないだろう
だからこそ、君達が正しく導く必要がある
私怨に呑まれない様にね」
「ですが…」
「ギルバートくん…
だったかな?」
「え?
あ、はい」
「君には悪いが、君達ガーディアンの不始末のけじめを着けて欲しい」
「ガーディアンの?」
「ああ
君の何代か前に当たる、ガーディアンがやらかした事のけじめだ」
ノームはそう言うと、先ほど入って来た入り口を映し出す。
「ここから…」
映像は動き出し、遥か東に移動する。
その間にも、森や山岳地帯、それから遺跡の様な物も見えた。
そうして移動した先に、美しい白亜の神殿が見えた。
「随分と離れているが、ここが君達の目的地だ」
「これが女神の神殿だと?」
「そうだね
今は女神が使っている
しかし嘗ては…
いや、今はそれは良いか」
一瞬だが、神殿の入り口に人々が集まる姿が見えた。
しかしそれは、一瞬で掻き消えて、まるで幻でも見た気分にさせる。
「今のは?」
「ああ
女神以外にも、ここは神殿として利用していたのさ
そしてそれこそが、封印された者達なんだ」
「え?」
「私の願いは、彼等を解放してやって欲しい」
「それは一体…」
「すまない
時間の様だ…
また…話に…ザザ…」
声は途切れ途切れで、最後の方はよく聞き取れなかった。
しかしノームは力を使い切ったのか、姿を消していた。
後には静まり返った、不気味な蔦のオブジェが残されているだけだった。
「ふん!
人間よ、主の願いを叶えるのじゃ」
「何でだ?」
「当たり前じゃろう!
貴様等がこうして、主の自由を奪った
そうでなければ、主が国ごと滅ぼしておった筈じゃ」
「自由を奪った?」
「ああ
忘れたとは言わせんぞ
人間がワシ等の郷を襲い、多くの民を殺した事を」
「え?
それはいつの…」
「とは言え…
貴様も知らん可能性が高いのか…
くそっ!」
よく分からないが、この状況は人間が原因であるらしかった。
そしてそれ故に、ガンドノフの様に人間に嫌悪感を示すドワーフが多いのだ。
それはアーネストも、ドワーフが居なくなった理由として話してくれていた。
「嘗て…
妖精狩りが行われていたって
それが原因か?」
「そうじゃ
人間は己の欲望を叶える為に、多くの種族を犠牲にして来た
その結果の一つが、ノーム様の死じゃ」
「死?
でも精霊は…」
「ああ
正確には死んでおらんが、死んだも同然じゃ
その身体は逃げ出せない様に縛られて、ここに留まり続ける
それがどれほどの苦痛か…」
「縛られて?
それじゃあこの蔦が?」
「ああ
主様を…
ノーム様を無理矢理縛り付け、力を奪い続けておる」
よく見ると蔦は、さきほどよりは鈍いが淡く輝いていた。
その光は明滅しながら、地面の下へと向かっている。
どうやらこの光の様な物が、ノームの身体から吸われている力なのだろう。
ギルバートはそれを見て、背中の剣を引き抜く。
「くそっ!」
「何をする気じゃ?」
「こんな物、ぶった切って…」
「出来るならとうにしておるわ!
そもそも、これは魔法鉱石でも切れない特殊なケーブルじゃ
それに下手に切れば、主様の命も奪い兼ねん」
「な…」
ギルバートは蔦に近付き、それに触れようとする。
「あ!
おい!」
バチバチ!
「ぐがああ…」
「離さんか!」
「ぐはっ」
ギルバートが蔦に触れると、たちまち全身から何かを吸われる感じがした。
そして同時に、身体を痺れさせる激痛が走る。
ガンドノフが体当たりをしなければ、ギルバートはそこで絶命していただろう。
「はあ、はあ…」
「馬鹿もんが!
命を粗末にするな」
「こんな激痛を?」
「ああ
主様はずっと受け続けておられる」
「そんな…」
「ワシ等では1日も…
いや、下手すると1刻も持たんじゃろう」
「だろうな…」
激痛は全身を貫き、意識を保つ事も出来なかった。
それと同時に、全身から力を吸われて行くのだ。
ギルバートは数瞬だったが、それでも膝が笑って立てなかった。
あれを1時間でも食らったら、死んでしまうだろう。
「何とか出来ないのか?」
「無理じゃな
既に色々と試して来た」
「そうじゃな
ワシでも無理じゃったのじゃ」
「アモン」
「黒の猛獣…」
「何しに来た!」
「なあに
彼が何を語るのか気になってね
しかし結局は…」
「無理じゃろう
主は既に…」
「そうだな
それも酷か…」
アモンは溜息を吐くと、じっと蔦を見詰める。
「なあ
アモンはここを…」
「ああ
知っている
何度も来たからな」
「そうじゃ無くて…
何で襲っていたんだ?」
「それは…」
アモンは言い掛けて、ガンドノフの方を見る。
それはまるで、言っても良いかと確認している様だった。
「はん
どうせ主様も語ろうとしておった
隠すほどの事じゃあ無い」
「しかしお前達は、それの悪用を恐れて…」
「お前の眼鏡に叶ったんじゃろう?
それならそんな心配はせんさ」
「え?
どういう事だ?」
二人の間にだけ、分かる何かがあるのだろう。
一度は敵対したとは言え、二人はお互いを信頼している様子だった。
「ここにはな、古代の魔導兵器が眠っている」
「はあ?」
「それを使う動力に、精霊力を使っているんだ」
「ちょ!
それって…」
「ああ
それで女神様は、こいつを破壊する様に命じた
そしてこいつ等は、主の死まで守っている」
「はん
下手に壊されても、主様が死ぬだけじゃ
それはワシ等も望んでおらん」
「もしかしてアモンも?」
「壊せないんだ
この私でもな…」
一瞬だがギルバートは、アモンが精霊の為に手心を加えていると思った。
しかしアモンは、これを壊せないと認めた。
だからこそ何度も、壊そうとここに攻めて来ていたのだ。
「可能ならな、この忌々しい機械を壊してやりたい
しかしワシでも…」
「そこの傷が見えるか?
魔王であれじゃ
とても壊せんじゃろう…」
ガンドノフが指差した場所には、幾つかの傷が残されている。
しかしどれも、蔦を破壊出来るほどの物では無かった。
「アモンでも無理なのか?」
「ああ
周囲にフィールドを張っている
それを突破しても、さらに頑丈な魔法金属で覆っている」
バシュッ!
アモンが忌々しそうに、足元の小石を蹴り飛ばす。
しかし小石は、蔦の直前で見えない何かに阻まれる。
そうして強力なエネルギーで、小石は瞬く間に焼き尽くされた。
先ほどギルバートが痺れたのも、このフィールドとやらのせいだろう。
「なるほど…」
「分かったか?
だから不用意には触れるなよ?」
「もう遅いぞ
そいつは触りやがった」
「はあ?」
「あ、いやあ…
触っただけで…」
「大丈夫か?
って…何とも無さそうだが…」
「ワシがすぐに跳ね飛ばした
でなきゃあ、今頃消し炭が転がっておる」
「はあ…」
「はははは…」
「笑い事じゃあ無いぞ
だからあれほど慎重にと…」
「くくくく」
「笑うな!」
「いやあ、懐かしい光景でな
つい、小僧の事を思い出しちまった」
「こいつはカイザートとは違う」
「ああ
だが、お前さんを見てるとな…」
ガンドノフはそう言って、懐かしそうに目を細めた。
「カイザートを…
初代皇帝を知っているのか?」
「皇帝?
あいつ、そんな物になったのか?」
「はあ…
ガンドノフ
ワシは話した筈じゃが?」
「そうか?」
「もう耄碌したのか?」
「ワシはまだ265歳じゃ!
そこまで年を食っておらんわい」
「265歳って…
はははは…」
ガンドノフの歳を聞いて、ギルバートは驚いた。
確かにドワーフは、長命種だとは聞いていた、
しかし260年といえば、まだ魔導王国が在った頃になるだろう。
そんな昔から、この男は生き続けているのだ。
「カイザートが居たのは、もう120年以上昔の事じゃ」
「はあ?
そんなに前じゃったか?
それじゃあ小僧も…」
「とっくに死んどるわい」
「そうじゃのう
人間はすぐに死ぬからのう…」
ガンドノフは悲しそうに、首を振って応える。
「あいつ等は見込みがあったのに…」
「そうじゃな
こことの不可侵条約も、カイザートが作った物じゃ」
「不可侵条約?」
「ああ
ドワーフの郷に、無闇に踏み込まない
それが在ったからこそ、帝国はここには立ち入らなかった」
「え?
魔物が危険だからじゃあ…」
「それは後付けの理由じゃな
元々ここには、立ち入らない契約になっておった」
「そうじゃぞ
それで小僧達には、武器や防具を持たせてやった
当時のワシが、持たせられる最高傑作をな」
「ああ
凍気の剣は最高の切れ味じゃった
残念ながら現存せんがな…」
「何じゃと?
あれを壊したのか?」
「はあ…
その事も話した筈じゃがな…」
どうやらドワーフは、結構物忘れが多いらしい。
余程の事で無ければ、時間と共に忘れるのだ。
彼等はここに籠っているので、その分忘れてしまっていたのだろう。
それから暫く、アモンとガンドノフは話を続ける。
彼等の間には、いつの間にか諍いを起こす気持ちは無くなっていた。
その辺も、ドワーフの気質なのかも知れない。
『宵越しの喧嘩は忘れる、しかし恩は忘れない
それがドワーフの流儀』
そういう言葉もあるぐらいだ。
そしてその後には、困った者は門を叩けと続く。
これはドワーフ達の、もう一つの気質を現わしている。
彼等は喧嘩っ早いが、同時に人情にも篤いのだ。
困っている者が居れば、黙っていられない性質なのだ。
アモンとガンドノフが話し始めて、結構な時間が経過した。
その間もギルバートは、横で二人の話を聞いていた。
「じゃからその国がミッドガルドで…」
「じゃあカイザートは?
小僧は何処の国の…」
「だからミッドガルドは滅んだと言ったじゃろ
カイザートがミッドガルドを滅ぼし、帝国を築いたんじゃ」
「あの小僧がか?
そんなに歳を食ったのか?」
「はあ…
さっき言ったじゃろ
あいつはもう死んだと」
「何じゃと!」
この降りはもう何度目だろう?
さすがにギルバートも、二人の話に飽き始めていた。
そこに可愛らしい声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん♪」
「おう
他のみんなはどうした?」
「んとね、ドワーフのみんなに案内されて休んでいるよ」
「そうか」
「お兄ちゃんも夕食を食べよう」
「もうそんな時間か?」
「うん♪」
セリアを見て、ガンドノフはアモンの方を見る。
「何で妖精の小娘が居る?」
「お前なあ…
入り口で精霊女王を見ただろう?」
「んあ?
そんな事があったか?」
「ああ
あれが今代の精霊女王じゃ」
「あんなちんちくりんがか?」
「ちんちくりんじゃない!」
「セリアは可愛いだろうが!」
セリアとギルバートが、一斉にガンドノフを睨む。
「お、おう…」
「いくらドワーフのお爺ちゃんでも…
ぷんぷん!」
「そうだぞ
言って良い事と悪い事があるだろう」
「すまん…」
「はははは」
「なあ
もしかしてあの二人…」
「ああ
珍しいじゃろう?
人間と妖精の結婚じゃぞ」
「はあ…」
ガンドノフにとっては、それは信じられない事だった。
彼等が地上に居た頃は、妖精や亜人は人間の奴隷になっていた。
そして人間は、己の欲望を満たす為に奴隷狩りをしていた。
しかし二人を見る限り、とてもその様には見えなかった。
お互いを尊重して愛し、大事にしている様子が見られたのだ。
「なあ
今の世界って…」
「いや、彼等の様な者ばかりでも無い」
「そうか…」
「だがな、ワシは希望を持っている」
「ああ…」
手を繋いで歩く二人を、ガンドノフは涙を拭いながら見ていた。
そしてそんなガンドノフを、アモンも優しい眼差しで見ていた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




