第536話
野営地は朝を迎えて、暖かい日差しが差し込む
しかし魔獣の死んだ後は、毒が瘴気の様に淀んでいた
浄化を使ってみたが、地面に沁み込んだ毒には効果が薄い
ギルバート達は、そこから離れた場所で休んでいた
怪我人達は動ける様になったが、毒に侵された者はそうもいかない
毒に侵された身体は癒されたが、内臓に深刻なダメージを負っていた
それで食事も受け付けれず、横になって休んでいる
ギルバートは彼等を見て、進むべきか悩んでいた
「殿下
我々には構わず」
「そうですよ
馬車に乗っていれば…
ゲホゲホ」
「おい!
無理はするな」
毒が抜けたとはいえ、騎兵達の顔色はまだ悪い。
ポーションを服用していたが、内臓を激しく損傷していた。
まだ咳き込んだり、血を吐く者も居た。
このまま移動するのは、彼等にも厳しいだろう。
「ここは見晴らしも良い
魔獣に見付かり易いからな」
「ああ
しかし移動するには…」
「ああ
体力的に厳しいな」
一先ずは様子を見る為に、もう一晩ここに留まる事にする。
それで多少でも、容体が安定すれば良いのだが…。
「周辺には魔獣の影も見られません」
「しかし昨晩の事を考えれば…」
「そうだな
希少な魚を釣ったと、油断していたからな…」
普段の騎兵達なら、もう少し警戒していただろう。
しかし珍しい魚を手にして、魚肉の旨味に舌鼓を打っていた。
それが油断に繋がり、魔獣の接近に対処が遅れた。
また、この辺りの魔獣が気配を隠す事も問題だった。
グレイ・ウルフもだが、ポイズン・サーヴァントも気配を隠していた。
それでアーネストが魔力を感じるまで、接近に気が付かなかったのだ。
気配を察知できなければ、夜間の警戒も難しくなるだろう。
「気配察知か…」
「魔力感知も重要だ
あれがあれば、魔物の接近も察知出来る」
「しかし修得には…」
「ああ
現在の騎兵達では…」
全然出来ない訳では無い。
中には気配察知に加えて、多少だが魔力を感知出来る者も育っている。
しかしアーネストに比べると、それも万全では無かった。
だから昨晩も、魔獣の接近に気が付くのに遅れていたのだ。
「だが、鍛える必要はあるな
今後の為にも」
「そうだな」
アーネストは騎兵を集めると、さっそく斥候役の騎兵に訓練をる始める。
それはアーネストが放つ、魔力を感知する訓練だ。
後ろを向かせて、アーネストが魔力を放ったら手を挙げる。
訓練自体は簡単だが、集中力を要する訓練だった。
「何をしてるんだ?」
「アモン
魔力察知の訓練だ」
「ん?」
「魔力を察知出来れば、魔獣の接近も感知出来る」
「いや、それは魔力を駄々洩れにしてたらだろう?
昨晩のポイズン・サーヴァントは、魔力をあまり漏らさないぞ」
「え?」
「だから宵闇の毒牙と恐れられておる」
「そうなのか?」
アモンの話では、ポイズン・サーヴァントは魔力を抑えて行動する。
だから大型の魔獣が、接近してと気付けないのだ。
しかも夜行性なので、どす黒い紫の体表も闇に紛れる。
それで視認性も悪く、危険な魔獣なのだ。
「昨晩は被害も少ない内に、焚火の近くで見付かった
だから怪我人も少なく、治療する事も出来た
まあ、皇女が居た事もあるがな」
皇女の神聖魔法があったので、浄化で毒の効果を押さえれた。
それが無ければ、彼等はそのまま絶命していただろう。
それ程に魔獣の毒は、危険で強力な物だった。
「小僧も神聖魔法が使えた筈じゃが…
あの状況ではな…」
「ああ」
「そもそも、お前も使える筈なんだがな…」
「え?
あ、いやあ…」
ギルバートも神聖魔法を使える。
それも浄化に関しては初歩の魔法なので、ギルバートでも使える筈なのだ。
しかしまだまだ不安定で、発動しない事もあった。
アーネストの方が、魔法を使い慣れている分上手だった。
しかしアーネストは、そこまで使いこなせていない。
「小僧はあくまで、ある程度使えるだけだ
神聖魔法に特性が合っている訳では無い」
「ああ」
「しかしお前は、皇女と同じで神聖魔法に適性がある
上手く訓練出来れば、回復や浄化と役立てる筈なのじゃが…」
「オレの…
アルフリートとしての適正か?」
「ああ
それを阻んでいるのが、ギルバートの魂じゃな
今もお前の中に眠っておる」
アルフリートには、元々ガーディアンの素質があった。
だからこそ、女神はアルフリートを抹殺したかったのだ。
それを禁術を使って、ギルバートの魂で上書きしていた。
だから女神から見ても、ギルバートにしか見えないのだ。
彼女がそれに気付いたのは、禁術を使った痕跡に気付いたからだ。
それが無ければ、王都の襲撃はもう少し遅れていたかも知れない。
「魂の封印か…
随分と非道な事を…」
「しかしお前の父達は、それでも護りたかったのだ
王子というお前の存在を」
「しかしそれは…」
「決して許された物では無いな
だからこそ女神様はお怒りになり、お前の中のギルバートも恨んでおる」
「ああ
そうだな…」
「しかし…
変わったな」
「へ?」
「お前の中の魂だ
以前は世界中を恨んで、憎しみの黒い炎を燃やしていた」
「そう…だろうな」
「ああ
しかし今は…」
「え?
今は?」
「その怒りの炎は、収まっている様に感じる
勿論、依然として怒りはあるじゃろう
しかし憎しみとは…
何か違う意思を感じるな」
「それは魂が変質したという事か?」
「いや、そうじゃ無い
魂が変わったというか、気持ちが変わった?
考え方が変わったのか?」
「どうなんだ?」
「いや、さすがにワシにも分からん
一度機会を持って、話し合ったらどうじゃ?」
「話し合うって…」
そんな事が出来るのなら、ギルバートとしてもしたかった。
しかしやり方も分からないので、そのまま放置になっている。
ギルバートとしては、己の中に眠る彼と、一度話し合ってみたかったのだ。
「そうじゃな
ここでは無理じゃが…」
「何か方法があるのか?」
「ううむ…
無くは…無いと思う」
「随分と歯切れが悪いな」
「当たり前じゃ
こんな事は前代未聞じゃろうし…
いや、前例はあるのか?」
「どっちなんだ?」
「いや、どの道簡単な事では無いし、協力者が必要じゃ
それも死霊魔法に精通したな」
「ムルムル!
しかしムルムルは…」
「そうじゃな
生きておれば協力を仰げたが…」
ムルムルは女神に殺され、既に滅び去っている。
女神は彼の羽を、見せしめとしてギルバート達に見せた。
その事からも、彼が亡くなっているのは確かだろう。
いや、既に死んでいたので、消滅したと言う方が正確だろうか?
「まあ、端末が…
生きている端末があれば試せるかもな
それも含めて…」
「ん?」
「いや
この先は上手くいったらじゃな
まだそこにも辿り着いておらん」
「何処かに向かう必要があるのか?」
「ああ
素材の加工に当てがあると言ったじゃろ」
「そこに何かあるのか?」
「ああ」
「しかし今は…」
「そうじゃな
あいつ等が先ずは、元気になる必要がある」
何処に向かうにしても、騎兵達の回復が先だ。
彼等が傷付き倒れている以上、今は動かす事は出来なかった。
「先ずは一晩、様子を見るか」
「そうじゃな
急ぐ旅とは言え、無理は禁物じゃ」
アモンも兵士を大事にしていたので、ギルバートの気持ちは分かった。
だから焦って出発せず、療養に時間を作ることにする。
しかし当の騎兵達が、それを申し訳無さそうにしていた。
「殿下
オレ達なら、もう…
ゴホゴホ」
「こら!
無理をするな」
「しかし出発が遅れて…」
騎兵達は申し訳無さそうに、病床からギルバートを見上げる。
「ただでさえ訓練に時間を使って…」
「そうですよ
それで倒れてたんじゃ」
「良いから
早く良くなる様に休んでおけ」
「しかし…」
「いっその事、置いて行ってください
その方が…」
「馬鹿な事を言うな!
お前等を置いて行けるか!」
「しかし!」
「それならカザンに戻って…」
「それまで無事なのか?
この周辺には強力な魔獣が潜んで居るんだぞ」
「ですが…」
「良いから休め!」
ギルバートはきつい口調で、騎兵達に命じた。
騎兵達はその事で、益々落ち込んでいた。
「あらあら
落ち込まないで
それだけ殿下は心配しているんですよ」
「ですが…」
「それにね
私の事はどうでも良いのかしら?」
「へ?」
「え、いやあ…」
皇女はそう言って、寝ている騎兵達を見る。
「私もあなた達の事が心配なのよ?
浄化をして、薬も飲ませて…
それなのに死にたい様な事を言うなんて…」
「いえ!
決してその様な…」
「だったら大人しく寝てなさい
それが出来ないと言うのなら…」
皇女は笑顔だが、目が笑っていなかった。
騎兵達の身体を心配しているのに、当の本人達がそうでは無いのだ。
皇女が怒るのも仕方が無い事だろう。
しかもそれを、ポーションを作っている目の前で口にしたのだ。
ギルバートの前では怒らなかったが、目は完全に怒っていた。
「こっちのポーションは超絶不味いのよね…
身体の治りは早いけど、暫く心に傷を負う事になるわよ」
「ひいっ!」
「だ、大丈夫です」
「大人しく寝てますから」
「そう?
それじゃあ静かにしててね
手元が狂ったら、顔に掛けるかも知れないわよ
ふふふふ」
「ひいいい」
皇女の凄みのある笑顔に、騎兵達は圧倒される。
そうして騎兵達は、大人しく寝ておく事になる。
その隣では、鼻歌を歌いながら皇女が薬草を擂り潰す。
ゴリゴリという音と、奇妙な鼻歌がマッチして独特な雰囲気を醸し出す。
それを見て、騎兵達は逆らわない方が良いと判断した。
しかし騎兵達は、翌日にはまた騒ぎ出す事になる。
動けない申し訳なさもあるが、何よりも皇女が怖かったのだ。
普段の聖女のイメージと、ポーション作りのギャップが怖かったのだろう。
それを直接言えないので、遠回しに出発を提案する。
「殿下
この通りスープを飲めるまで回復しました」
「そうですよ
そろそろ出発しましょう?」
「だがなあ…」
「大丈夫です
馬車の中で大人しくしておきます」
「そうですよ」
「ううむ…」
ギルバートは騎兵達の真剣な懇願に負けて、主発をする事にした。
毒で倒れた騎兵は8名に上り、そんな彼等を馬車で運ぶ事になる。
当然その間は、馬は他の騎兵達が引き連れる事になる。
しかし確かに、時間は惜しかったのだ。
「止むを得ないか」
「ううむ
しかし、何であいつ等は必死なんじゃ?」
「さあ?
そこがよく分からないな」
騎兵達もまさか、皇女が怖いから出発したいとは言えない。
それでその事は黙って、兎に角出発したい事を強調した。
多少不自然であったが、彼等の熱意はギルバートにも届いていた。
それで急にではあるが、出発する事となった。
「次の目的地は?」
「この北の小川の上流になります」
「もう少し進みますと、小さな岩山があります」
「ふうん…
それで岩山まで?」
「いえ
そこまでは距離がありますので、今夜は手前の川のほとりです」
「大丈夫かな?」
「それは行ってみないと…」
「そうだな」
ハイランドオークに確認して、行き先を北に決める。
それから登り始めた太陽を基準にして、北に向けて出発する。
負傷している騎兵達は、そのまま馬車に乗せて運ぶ事になる。
しかし1台には乗り切れず、アーネストと皇女の馬車にも乗せる事になる。
それを聞いた騎兵達は、引き攣った表情で皇女の方を見ていた。
「あ、あのう…」
「皇女様と同席なんてとても恐れ多くて…」
「何言ってるんだ?
これまでも看病とかしてもらっただろう」
「それはそうですが…」
「そもそも、私を敬っていないだろう?
それが皇女に遠慮だと?
何を考えている?」
「い、いえ」
「別にそんな訳では」
騎兵達は顔を引き攣らせて懇願する。
しかし馬車に余裕が無いので、騎兵の2名が皇女と同乗する事になる。
アーネストも一緒に乗っているが、彼は動じずにポーションを作る。
そして皇女は、、予想通りに険しい表情でポーションを作っていた。
「ん?
どうした?」
「いえ…」
「何でも…」
しかし騎兵達の様子がおかしくて、アーネストは事情を察する。
「ははん…
なるほど…」
「はははは…」
「殿下にはご内密に…」
「ああ
確かにあれは…」
鬼気迫る物があると思うが、それを悟られる訳にも行かない。
確かにアーネストも、皇女のポーション作りは不気味だと思っていた。
しかしさすがに、それを口には出して言えなかった。
「ん?
何ですか?」
「いやあ、何でも無いよ
はははは」
「そうですか?」
ゴリゴリ!
これは…
確かに怖いかもな
アーネストは納得すると、自分もポーション作りに集中する。
騎兵達には悪いが、ここで時間を無駄には出来ない。
少しでもポーションを作って置かないと、また何が起こるか分からないのだ。
騎兵達の生存率を上げる為にも、上質なポーションは必須なのだ。
「悪いが我慢してくれ」
「はい」
「しかし…」
「アーネスト様がいらっしゃるとはいえ…」
黙々と皇女は、険しい表情で薬草を擂り潰す。
それはまるで、薬草が親の仇であるかの様だった。
そして擂り潰した薬草に、怖い表情で魔力を注ぐ。
それから怖い表情のままで、それを瓶に流し込んで行く。
この様子を見ていれば、騎兵達が居心地が悪いのも納得だった。
「はあ…
これは確かにな…」
「え?」
「いや、何でも無いよ」
「そうですか?
さっきから何か…」
「気にするな
彼等も遠慮しているんだ」
「そうですか?」
皇女は疑問を持った顔をして、アーネスト達を見る。
しかし理由が分からずに、そのままポーション作りに戻った。
一行はそのまま、無言のままで過ごす事になる。
そしてそれは、目的地に着くまでの間続くのであった。
まだまだ続きます。
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