第534話
ギルバート達は小高い丘の、小さな湖のほとりに居た
そこには大きな蛇の魔獣が居て、突如騎兵達に襲い掛かった
ギルバートが咄嗟に前に出て、その攻撃を防いだが、脅威は依然健在だった
ギルバートはクリサリスの鎌を構えて、魔獣と正面から睨み合っていた
ギルバートの一撃が、蛇の尾を途中から切断する
それで痛みを感じたのか、蛇は激しくのた打ち回っていた
湖の端は、暴れた蛇の血と泥で濁っている
尾を失った事で、蛇は体力とバランスを失っていた。
「はははは
面白い事をしてるな」
アモンはそう呟くと、馬から降りて姿勢を低くする。
剣は抜かずに身構えて、その両腕の爪を鋭く伸ばす。
ジャキン!
「はあああ…」
アモンは身体強化を使うと、一気に湖に向かって踏み出した。
そのまま加速すると、のたうつ蛇の頭部に目掛けて飛び上がる。
「せああああ」
ザン!
激しく暴れる蛇の頭部を、鋭い爪が切り裂いた。
首はほとんど切れて、蛇の動きは一瞬止まった。
そしてそのまま、力無く藻掻き始めた。
「はっはあ!」
「な!」
アモンは歓声を上げて、そのまま宙を跳んで行く。
「何て奴だ
一撃で切り裂くなんて」
「しかし殿下…」
「あの先は…」
「あ…」
アモンはそのまま、加速した勢いで湖の上を飛んでいる。
そしてその先は、湖の真ん中であった。
「あ…」
ボシャン!
「アモン様!」
「何て事だ!
アモン様は泳ぎが苦手で、犬かきしか出来ないんだ」
「それよりも、他の魔獣が居るかも知らない」
ハイランドオーク達がその様子を見て、慌てて動揺していた。
アモンは気まずそうに、湖から頭を出す。
そしてそのまま、犬かきで移動しようとする。
しかし犬かきなので、その移動速度は遅かった。
「あ!
アモン様」
「後ろ!
後ろ!」
犬かきで進むアモンの、後ろから何かが浮かび上がる。
「ごばがが」
アモンはそれに気が付き、慌てて犬かきで進む。
身体強化で、必死になって水を掻く。
しかしその効果は、お世辞にもあまり見られなかった。
「何だ?
あれは?」
「恐らく魔獣です」
「くそっ
誰か弓で攻撃を!」
「はい」
騎兵達の内の何人かが、矢を番えて放つ。
シュバッ!
キン!
カキン!
「え?」
しかし矢は、魔獣に刺さる事無く弾かれる。
水の中なら、速度が落ちて威力も落ちるだろう。
しかし矢は、水面に近い魔獣の身体に弾かれていた。
「魔鉱石の矢が効かないだと?」
「何て硬いんだ」
しかし矢を受けた事で、魔獣の追う速度が落ちた。
アモンはその間に、何とか蛇の魔獣の近くに戻る。
そして魔獣の血に惹かれて、魔獣達は蛇の死体の方に向かった。
「ぜえっ、ぜえっ
はあ、はあ…」
「大丈夫か?」
「あ、ああ
問題、無い…」
アモンは肩で息をすると、魔獣の死体の方を見る。
「陸でなら簡単なのだが、さすがに水の中では…」
「水の中に住む魔獣か?」
「ああ
ダイヤ・フィッシュだ」
「ダイヤ・フィッシュ?」
「ああ
ダイヤモンド…
金剛石という鉱石がある
あれはそれに近い、頑丈な鱗を持った魚じゃ」
「魚?
魚の魔獣も居るのか?」
「ああ
アモンの言う通り、魚の魔獣だな」」
アーネストが近付き、アモンに呆れた顔をする。
「しかしまあ…
水が苦手なのに飛び込むなんて…」
「はははは
勢いが余ってな」
「馬鹿だろ?」
「そうだな
考えなしに向かうなんて」
アーネストはそう言いながら、チラリとギルバートを見る。
「私は違うぞ
水の中に何が居るか分からないからな
ちゃんと加減して攻撃したぞ」
「どうだかな…」
「ふむ
加減したから逃げれたのか
ワシはいつも全力じゃからな
ふはははは」
「やはり馬鹿だ」
「はあ…」
「それで?
あれはどうする?」
「そうじゃな
しかし鱗が硬いからのう」
「ううむ…」
「しかし肉は食えるぞ」
「そうか
魔獣と言っても、魚だもんな」
しかし鱗が硬いので、どうすれば良いか分からない。
「陸に打ち上げれば、息が出来ないから死ぬな」
「そうは言ってもな…
そもそも鱗が硬いなら、どうやって調理するんだ?」
「あ…」
「おいおい
考えなしかよ」
「いや、ワシの爪なら…」
「ならアモンが捌くか?」
「う…」
「簡単だろう?
死んだ後に鱗を剥がせば良い」
「しかし硬い鱗なんだろう?
並みの武器なら…」
「まあ、今は倒す事が優先だな
それは後で考えよう」
アーネストはそう言いって、呪文を唱え始めた。
「お?
何か考えが…
って、それって拘束の魔法じゃ?」
「ソーン・バインド
言っただろう?
考えがあるって」
アーネストは魔法を発動させると、蔦を器用に伸ばして行く。
そうしてその蔦を、食事に夢中な魚に向けて伸ばした。
「よし
拘束出来た」
「おいおい
拘束出来ても…」
「後はお前達の力が必要だ
この蔦を引っ張って、魔獣を釣り上げてくれ」
「なるほど
それで陸に上げるのだな」
「へえ…
よく思い付いたな」
「魔法は創意工夫で、色々と使えるからな」
アーネストが拘束魔法を、この様な使い方をするには訳があった。
王都が崩壊した時に、建物の再建に使おうとしたのだ。
しかし蔦は、魔力が切れたら消えてしまった。
そこでアーネストは、解体や支える時に使う事にした。
それで作業効率が上がり、王都の再建に一役買ったのだ。
「さあ、思いっ切り引っ張ってくれよ」
「任せろ」
「行くぞ!
ふぬぬぬ」
二人は身体強化を使って、暴れる魚を引っ張った。
ダイヤ・フィッシュは硬い鱗だけでは無く、その力も強かった。
しかし魔王と王太子は、身体強化で強力な膂力を持っている。
何とか引き摺ると、そのまま魔獣を陸に引き上げた。
ビチビチ!
魚は力強く跳ね、その頑丈な鱗を動かす。
しかし魔法で作った蔦は、その危険な鱗でも切り裂けなかった。
「後は死ぬのを待つだけか?」
「ああ
危険じゃからな
死ぬまでは迂闊に近付くな」
金剛石の様な硬い鱗なので、人間の皮膚も容易く切り裂ける。
しかも力もあるので、近付いて跳ねられたら危険だろう。
魔獣の数が3体と少なかったのは幸いだった。
「アモンでも危なかったな」
「ワシはあんな魚になんぞ負けんぞ」
「どうかな?
泳げないみたいだし」
「泳げなく無い訳じゃない!
苦手なだけじゃ」
「ふうん…」
「ニヤニヤ笑うな!」
ギルバートはアモンを見て、ニヤニヤと笑っていた。
強い魔王にも、苦手な弱点はあるものだと、ギルバートはアモンを見て笑っていた。
「ウオーター・サーペントも上げるぞ
アーネスト」
「ああ
ソーン・バインド」
アーネストは蔦を伸ばすと、蛇の魔獣の身体を縛る。
今度は死体なので、抵抗して暴れる事も無い。
そのまま死体を縛ると、ギルバート達に引っ張らせる。
そうして蛇の魔獣の死体も、何とか陸に引き上げた。
「しかしこんな魔獣が居るとは…」
「魚まで魔獣になるとは…」
「でも、これだけ大きければ…」
ダイヤ・フィッシュの大きさは、人間の大人に近い大きさだ。
これが頑丈な鱗を持って向かって来るのだ。
水の中では非常に危険な存在だろう。
しかし陸に上がれば、泳ぐ事も呼吸する事も出来ない。
強力な魔獣も、後は死を待つだけだった。
「身体は大きいが、食べれる場所はあるのか?」
「そうだな
毒は無いから大丈夫だろう」
内臓は危険だから捨てるが、肉は食べれるだろう。
後は鱗は素材として使える。
口元の牙も鋭いので、鏃に使えそうだ。
大人しくなったところで、近付いて鰓の隙間に剣を突き立てる。
少し暴れるが、それもやがて大人しくなる。
「よし
水で洗って解体だな」
「ああ
これを使ってくれ」
「これは…」
それはアーネストが、護身用に持っているナイフだった。
ダガーほど大きくは無いが、白い熊から作ったナイフだ。
切れ味は十分だろう。
しかし問題は、この魔獣の鱗の硬さだ。
「刃がもつのか?」
「先ずは試してみろ
そのナイフなら、壊れても問題無い」
「しかしお前の護身用の…」
「予備はある」
よく見ると、同じ様なナイフが5本もある。
アーネストは念の為に、このナイフを複数本作って置いたのだ。
自身では投げられなくても、投擲用にも使えるからだ。
ギルバートは安心して、ナイフで鱗を剥がそうとする。
バリバリガキン!
「あ…」
しかし3枚剥いだところで、ナイフは掛けて折れてしまった。
「そんな…」
「やはりな」
「やはりって…
アーネスト」
「安心しろ
今度は身体強化を、ナイフにも使うんだ」
「え?
ああ、うん」
ギルバートは集中して、ナイフにも魔力を込める。
ガリガリギャリン!
「おお!」
今度はナイフは欠けず、鱗は上手く剥げた。
剥げた鱗は飛んで、地面に落ちて突き刺さる。
「こりゃあ…」
「後で拾って回収しないとな」
「ああ
それに慎重にしないと危険だな」
剥げる事が分かったので、今度は騎兵達に任せる。
騎兵達の中にも、武器に魔力を流せる者は居る。
そんな彼等に、鍛錬代わりに鱗剥ぎを任せるのだ。
騎兵達は慎重に、鱗を飛び散らせない様に剥ぎ取る。
ギャリギャリギャリ!
「これは危険ですね」
剥げた鱗は、あちこちに飛んで突き刺さる。
人が居ない方に飛ぶ様に、騎兵達は慎重に鱗を剥ぎ取る。
「皮も結構固いぞ」
「ああ
この鱗と皮を使えば、良い鎧が作れるだろう」
「しかし職人がな…」
「そうなんだよな」
「何だ
職人が必要か」
話しを聞いて、アモンが会話に加わる。
「ああ
武具を作れる職人が居ない
折角素材が増えてもなあ…」
「そうか、人間は専門の職人が必要なんじゃな」
「ああ
そういうお前達は?」
「ワシ等はファクトリーがあるからな」
「そのう…
私達も使えないのか?」
「無理じゃな
この近くには無いし、女神様が許さんじゃろう」
「そうか…」
ギルバートはガックリと肩を落とす。
そのファクトリーとやらを使えば、エルリックが食事を作っていた様に武具も作れるのだろう。
しかし使えないのなら、それは期待出来ない。
「武具職人が必要なんじゃな」
「え?」
「当てがあるのか?」
「うむ
しかし少し遠いぞ」
「構わない
良質な武具が増えるのなら」
「そうか
それならそれまで、素材を増やしておかんとな」
「ああ」
「言っておくが、素材が欲しいからと寄り道は…」
「大丈夫じゃ
行く途中の集落に立ち寄るだけじゃ」
「集落?
そこに職人が居るのか?」
「ああ
偏屈じゃが、頼れる職人じゃ」
「なら、そこには是非とも立ち寄ろう」
「ああ
ワシも暫く立ち寄って居らん
久しぶりに見に行くか」
「だから寄り道は…」
「固い事言うなよ
武器が増えれば安心出来る」
「それはそうだが…」
「そうと決まれば、素材を集めるか」
「あ!
おい!」
ギルバートは騎兵達を連れて、湖に何が居るのか調べに向かった。
その様子を見て、アーネストは溜息を吐く。
「はあ…
良いのか?」
「ん?」
「女神に元に向かうのが、それだけ遅くなるぞ」
「構わんさ
あまり死なれるのも気分が良くない」
「ああ…」
アモンは騎兵達が、この先死んでしまう事を心配していた。
それ自体はアモンが心配する事では無いが、ギルバートに影響が出るだろう。
最悪な事態は、それで負の感情に囚われる事だ。
それだけは絶対に、避けたい事態なのだ。
「しかしお前は…
アモン
時間が無いんじゃないのか?」
「むう?
何故それを?」
「何となくな
しかしやはり…」
「案ずるな
全てが終わるぐらいには、時間はまだ残されている」
「しかし…」
「気にするな
これはワシにとっての、贖罪でもある」
「カイザートのか?」
「ああ」
アモンはそう頷くと、哀しそうに首を振る。
「これはワシの思いじゃ
気にせんで良い」
「そうか?」
「ああ」
アモンはそう言って、片手をひらひら振ってその場を後にする。
それからロープを使って、ダイヤ・フィッシュを釣ろうとするギルバートの方に向かう。
「ワシも混ぜろ」
「あ!
おい!
騒ぐなよ」
「殿下
魚が逃げます」
「くそっ!
あと少しで食い付いたのに」
「ならばそいつを餌にしてはどうだ?」
「え?
それは…」
「殿下!
目が怖いです!」
「オレ達美味しくありませんよ」
アモンはわざとらしく、馬鹿なふりをしている様に見えた。
アーネストは肩を竦めると、呪文を唱え始める。
「良いから魚を誘き寄せろ
何匹居るんだ?」
「アーネスト様?
オレは餌には向いて…」
「そうじゃ無い
良いから誘き寄せろ」
「は、はい」
それから暫く、日が暮れるまで魚釣りが行われる。
餌は用意され無かったが、水をバシャバシャ叩いて魚を誘う。
そこにアーネストが茨を放ち、魚を縛っては引っ張らせた。
魚はダイヤ・フィッシュ以外にも、大きな魔獣の魚が釣れた。
毒を持った魚が居なかったのが幸いして、肉を確保する事が出来る。
しかしダイヤ・フィッシュの様な、素材になりそうな魚は居なかった。
釣れるのは魔物になった、鯉や鯰の類だった。
「ダイヤ・フィッシュは最初の3体だけか…」
「ああ
しかし肉は手に入った
それで十分だろ」
「ああ
素材も欲しかったんだがな…」
「それは他で探そう
ここには魔獣が多く住んで居る」
「そうだな」
釣った魚は、騎兵達が捌いて行く。
料理に使わない肉は、そのまま外に干して乾燥させる。
欲し魚に出来れば、少しでも保存食が増やせる。
一行は天幕の外に、魔獣の魚肉を吊るして乾燥させた。
しかしその行為が問題だったのだろう。
肉の匂いに釣られてか、魔物が近付いてしまった。
それは暗くなってから、宵闇に紛れて襲って来た。
まだまだ続きます。
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