第533話
ギルバート達は小川のほとりで、簡単に天幕を張って野営をする
ここは平原なので、魔物からは簡単に見付かる
それに旅の途中なので、柵を作ってまで陣を築く意味が無い
魔物が襲撃して来れば、倒すか逃げれば良いからだ
野営地の中では、焚火が幾つか置かれている
篝火を用意するほど、本格的な野営では無いからだ
朝になれば引き払い、また他の場所で野営をする
だから灯りに関しても、焚火の灯りで十分だった
「ふむ
ウオーター・サーペントか
確かにランクEの魔獣になるな」
「危険なのか?」
「いや、それほどでも
むしろ居るのなら、是非とも狩りたいな」
「え?」
「実は肉が旨いんだ」
「肉?
なるほど…」
「ああ
グレイ・ウルフでは食用に適さない
そうなって来れば、食べれる魔獣は希少だ」
「しかし居ないんじゃあ…」
「ああ
わざわざ探すほどでもない
しかし居たら…」
「ああ
肉だと思って狩らせてもらう」
ギルバートはニヤリと笑い、蛇の肉を想像する。
「どんな味なんだろう?」
「淡泊な味だが、甘みがあるので味付け次第だろう」
「具体的には?」
「そうだな
鳥の肉に近いから、塩焼きが適切かな?」
「鳥ならタレを掛けたり、煮込んだ方が…」
「おいおい
ここは野営地だぞ」
「そうか
そこまでの料理は期待できないか」
旅で訪れているので、食材もそこまで豊富では無い。
だからこそ塩焼きが、一番適した調理方法だった。
「しかしウオーター・サーペントか…
ギルなら問題無いが、騎兵達には注意しておこう」
「そうだな
馬や人間を一飲み出来そうだからな」
「出来そうじゃない
それがその魔獣の攻撃手段だ」
「え?
毒や噛み付きは?」
「ううむ…
噛み付きも脅威だが、丸飲みの方が確実に危険だな
そして毒だが、こいつは持っていない」
「そうか
毒は無いのか」
「ああ
しかし気を付けろよ
似た様な魔獣で、毒持ちも居る
そいつはかなり厄介だ」
アーネストはそう言って、魔導書を取り出した。
もう何度も見ている、魔導王国の発行した魔物の図鑑だ。
それを開くと、大きな蛇のイラストが書かれたページを開く。
「こっちがウオーター・サーペントだ
肉は淡泊だが、栄養価は高いと記されている」
「へえ…」
「で、こっちがポイズン・サーヴァント
毒を持ったサーペントの上位種だ」
「上位種か
確かに厄介そうだな」
「ああ
実際に厄介だぞ
鱗も強度が上がっているし、何よりも毒が厄介だ」
アーネストは魔獣の説明を読み上げる。
「腐敗した沼地や毒草の自生地を好む
毒は敗血性の毒で、臓器や皮膚を蝕んで破壊する」
「敗血性?」
「ああ
血液の中を流れて、血を腐らせて臓器や皮膚をボロボロにする
そして血を吐きながら、ショック死をする」
「うげえ…
最悪な死に方だな」
「ああ
だから噛み付かれたり毒液を浴びたら、素早く毒を消さないといけない」
「毒消しのポーションは?
アモンに言われて作ったんだろう?」
「それは簡単な毒に対してだ
こいつの毒は猛毒で、必要な素材が違っている」
「素材?」
「ああ
ポイズン・サーヴァントの血が材料に必要だ」
「それじゃあ…」
「倒す為には、こいつを狩って血を回収する必要がある
だから厄介なんだ」
「なるほど…」
強力な毒なので、解毒には血が必要となる。
そして倒すには、その毒を何とかしなければならない。
確かに討伐には、かなり厄介な相手だろう。
「そしてその毒には、滋養強壮の効果も確認されている
それで魔導王国の貴族は、奴隷を使って狩っていた」
「滋養強壮って…元気になるって事か?」
「ああ
毒にも使い様があってな
少量ならば体内の血を活性化させて、疲労回復や傷の治りを早めるそうだ
だから薬草と併せて、リジェネレーションのポーションを作れる」
「リネ…
何だそれ?」
「リジェネレーション
身体の傷を時間を掛けて治す効果だ
そして予め服用しておけば、多少の怪我なら癒してくれる」
「おお!
便利じゃ無いか」
「そうだな
しかし便利な反面、色々と制約がある」
「制約?」
「ああ
先ずは他の傷薬が効かなくなる」
「げ!」
「そしてポーションによっては、効果が逆になる可能性もある」
「って事は、それを飲んでる間は…」
「ああ
ポーションが毒になる可能性がある」
一見便利そうなポーションだが、使い方を誤れば毒にもなる。
しかし薬という物は、元々そういった物が多い。
「まあ、遭遇したとしても、逃げた方が良いな」
「そうだな」
「薬の材料としては魅力的だが、危険過ぎるからな」
アーネストは説明を終えて、書物を懐のポーチに戻す。
「なあ
薬として便利なのか?」
「ああ」
「それなら機会があれば、狩っても良いか?」
「おい!
何を馬鹿な事を…」
「いや、身体に良い薬になるんだろう?
滋養強壮だっけ?」
「ああ
だが、お前には必要が無いだろう?」
「いや、バルトフェルド様にあげようと…」
「ん?
ああ、そういう事か」
バルトフェルドは激務をこなし、王城ではよく灰になっている姿を見掛けていた。
そんな疲れ切った彼に、元気の出る薬をあげたいのだろう。
しかしそれは、そもそもが間違った判断なのだ。
「あのなあ
バルトフェルド様が疲れ切っているのは、そもそもお前が原因だろう?
心配は掛けるわ、仕事は増やすは…」
「い、いや
私のせいばっかりじゃあ…」
「いいや
お前が早く王位を継承すれば、バルトフェルド様の負担も減る
それにリュバンニにも戻れるしな」
「いや、私が王になっても、バルトフェルド様は戻れないだろう?
宰相は誰がやるんだ?」
「それなら目星が着いている
お前は安心して、早く王位に着くべきだ」
「え?
誰が居るって?」
「それは内緒だ」
アーネストはいつか、ギルバートが王位に着いたら宰相になるつもりでいた。
その為に勉強もしていたし、国王からの委任も受けていた。
サルザートが亡くなった事は、アーネストにとっても誤算であった。
その為に引継ぎや、細かい仕事を教わっていなかった。
しかしバルトフェルドを手伝った事で、今は王宮の仕事も覚え始めていた。
「え?
誰だよ?
そんな優秀な人なんか居たか?」
「ああ
お前が仕事をしてないって事が、よく分かったよ」
「う…」
「しかし、滋養強壮って言っても、バルトフェルド様には酷だぞ
さらに頑張れって事か?」
「いや、そんなつもりは…」
「オレはてっきり、お前が必要なのかと思ったぞ」
「え?」
アーネストはニヤニヤ笑いながら、ギルバートを見る。
「この強壮薬は、どっちかと言うと夜の仕事の薬だからな」
「夜の仕事?」
「ああ
子作りとかな」
「子作りって…
あ!」
ギルバートは意味が分かって、顔を赤くして狼狽える。
「私は別に…」
「そうだよな
セリアは満足してるみたいだし」
「う、うるさい」
「どっちかと言うと、オレが欲しいよ」
「え?」
「フィオーナの相手も大変でな…」
「へ?」
「さすがにオレも、一晩に何回も求められると身体がもたないよ」
「な、なんだかすまん…」
「いや、良いんだよ
オレも嬉しいし」
「しかし何回もか?
でもお前は、もう娘が…」
「そうじゃあ無い
愛情を確かめたいんだろう
だから求めてくるんだ」
「そうなのか?」
「ああ
だからお前も、セリアに嫌われない様に頑張れよ」
「くっ!
うるさい」
アーネストがニヤニヤ笑っていると、ギルバートは照れ隠しか怒ってその場を離れた。
「ポイズン・サーヴァントか…
確かに薬は魅力的だが…
出ないでくれよ」
しかしアーネストの願いも虚しく、それは現れる事になる。
それはもう少し先の事にはなるが…。
夜が明けてから、一行はさっそく天幕を片付ける。
次の目的地は、ここから北東にある草原の湖だ。
灌木や植物が自生していて、薬草も多く手に入るそうだ。
ハイランドオークの地図を手に、ギルバートは太陽の位置から方角を決める。
「こっちが北だから…
この向きで良いんだな?」
「ええ
このまま暫く進みますと、やがて小高い丘が見えます
そこに湖がありますので」
「そこには昼過ぎに着くんだな?」
「ええ
しかし次の目的地までは…」
「そうなると今夜は、そこで野営すべきか」
「そうなります」」
水場の位置も考慮して、次の目的地には今日中には着けそうには無い。
ここは平原なので、暗闇を無闇に進むのも危険だ。
月が出ていればマシだが、それでも過信は出来ない。
安全を考慮して、確実に進む事にする。
「行くぞ!」
「はい」
一行は平原を進み、目的地の丘を目指す。
道中には魔物の姿は見えず、順調に進んでいた。
「魔物の姿は見えませんね」
「ああ
平原で視界は開けている
魔物が居れば、一目瞭然だろう」
しかし平原を見回しても、今日は何の姿も目にしなかった。
この辺の魔獣も、昨日のグレイ・ウルフだけだったのだろう。
一行はそのまま、馬上で昼食も済ませる。
干し肉と黒パンを、水で流し込むだけの簡単な昼食だ。
「順調ですね」
「ああ
しかし油断はするな」
「はい」
そのまま進んで、昼過ぎには左前方に丘が見えて来た。
どうやら目測より、南に進んでいた様だ。
「あれが目的地の丘ですか?」
「その様だな
他には目印も無いからな」
見渡す限り一面の平原である。
目印になる様な物は何も無かった。
仮に森があったとしても、それは目印には向かなかっただろう。
山や丘に比べると、森は枯れたり広がったりする。
それで何年か経つと、場所が微妙にずれている事もあるのだ。
「丘の上の辺りに、小さな湖があるそうだ
今夜はそこで野営する」
「はい」
「先ずは周辺を探索して、周りに危険が無いか確認するぞ」
「はい」
「しかし何もありませんね」
「あの丘以外には、目印もありませんし」
「だからこそ危険だ
魔物に見付かり易いからな」
魔物の姿が見えないのも、向こうも移動しているからだろう。
これだけ見通しが良いので、当然獲物の方も簡単に姿を見付けられる。
だから魔物達も、獲物を求めて移動しているのだろう。
それが幸いにも、ギルバート達が向かう方向からズレているのだ。
「どうします?
湖の周りに柵だけでも…」
「昨日も言ったが、それは時間と資材の無駄だ
どうせ明日には移動する」
「しかし危険では?」
「大丈夫だろ?
周りには居ないし」
ギルバートはそう言いながら、周辺を見回す。
確かに、魔物どころか野生動物の姿も見当たらない。
「しかし移動して来れば…」
「それはこっちも同じだろ?
向こうが見えるって事は、こっちからも見えるんだ」
「それはそうですが…」
騎兵達の懸念も尤もだが、気にしても仕様が無かった。
いくら警戒していても、襲われる時は襲われる。
ましては狼の魔獣なら、簡単な柵では意味も無かろう。
「さあ、丘に近付いたぞ」
そこは開けた土地が、小高く盛り上がっていた。
湖の周りには灌木もあるが、それ以外には森も林も無かった。
あるのは野草の自生地ぐらいで、ここからの見晴らしも良かった。
「枯れた灌木の枝を集めてくれ」
「はい」
「それから湖の…」
「殿下!」
ギルバートが湖の、調査を命じようとしていた。
魚や甲殻類が居るだろうし、何よりも危険が無いか調べる必要があった。
魔物や魔獣が、近くに住み着いて居る可能性もあるのだ。
しかし油断した騎兵が、水を飲もうと近付いてしまった。
「魔獣です!」
「で、でかい蛇だ!」
水飛沫を上げて、大きな蛇が湖の中から鎌首を擡げる。
近付いた不用心な獲物を、一飲みにする為だ。
「っ!」
ギルバートは馬から飛び降りると、そのまま駆け出した。
馬から降りたのは、馬が警戒して近付かないからだ。
それに下手に近付けば、馬が殺される可能性もある。
ここで足を奪われるのは、移動速度にも影響が出るのだ。
「りゃああああ」
ギルバートは掛け声を上げながら、一気に騎兵達の前に躍り出た。
「ギル!」
「殿下!」
それは一見すると、あまりにも無謀な行為に見えた。
蛇の大きな口は、ギルバートなど一飲みに出来るだろう。
しかしギルバートは、勝算を持って行動していた。
相手が蛇と聞いて、自身があったのだ。
「はあああ…」
蛇が鎌首を振り下ろすよりも早く、ギルバートはその場に踏ん張った。
そして地面を蹴り付けると、そのまま蛇の正面に跳躍する。
「はあっ!」
「馬鹿!」
「何でわざわざ?」
周りから見ると、ギルバートの行動は愚かに見えた。
わざわざ口を大きく開けた魔獣に、そのまま跳躍して向かって行ったのだ。
後は魔獣が、そのまま一飲みにするだけだ。
しかしギルバートは、そこから鎌を大きく振り抜く。
「喰らええええ」
ザシュッ!
大きく開けた魔獣の口の中を、鎌はザックリと切り裂いた。
大量の血飛沫が舞い、蛇は苦痛で首を振り回した。
「せいっ!」
ドガッ!
その首を蹴りつけて、ギルバートは湖の外に着地する。
「はあ…」
「何て危ない真似を…」
ギルバートの行為を見て、アーネストは溜息を吐く。
「相手は蛇の魔獣だ
痛覚も鈍いし動きも素早い
注意して…」
「危ない!」
魔獣は湖から、大きな尾を振り回した。
それは騎兵諸共、ギルバートに向けて放たれる。
「ふうん!」
ガイン!
しかしギルバートは、身体強化を使ってそれを受け止めた。
受け止めた衝撃で少し下がるが、何とか騎兵達には攻撃は届かなかった。
そしてそのまま、蛇の尾に向けて鎌を振り下ろす。
ザシュッ!
「はっ
負ける気がしないな」
蛇の尾っぽは、ギルバートの一撃で途中から切断される。
それで痛みを感じたのか、魔獣は大きくのたうち回った。
「はははは
面白い事をしてるな」
アモンは笑い声を上げると、ニヤリと笑って馬を降りる。
そしてそのまま、姿勢を低くして身構えた。
まだまだ続きます。
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