第529話
ギルバート達は、竜の瞳城の麓に集まっていた
いよいよ女神の待つ、神殿に向かう為だ
女神は北の大地にある、女神の神殿で待ち構えて居る
そこに辿り着くのも困難なのだが、さらに強力な魔物や魔獣が待ち構えて居るらしい
騎兵達は準備を済ませて、麓で隊列を組んでいる
馬車を操縦する兵士だけが、同行する事になっている
他の歩兵達は、ここでハイランドオーク達と訓練する事になっている
ハイランドオーク達も、どこから用意したのか馬の様な魔物に乗っていた
「あの馬みたいな生き物は?」
「あれはスレイプニルと呼ばれる、小型の魔獣じゃ
気性は荒いが、慣れれば馬よりも体力がある」
「へえ…」
「言っておくが、人間では乗りこなせないぞ
ハイランドオークだから乗れておる」
「そうなのか?」
ギルバートは気になったのか、スレイプニルに近付いてみる。
「あ!
おい!」
「危ないですよ!
こいつは気性が荒いんですから」
アモンだけでなく、ハイランドオーク達も慌てる。
しかしギルバートは、平然としてスレイプニルに近付く。
ブルルル
「お?
よしよし」
ブルルル
スレイプニルは最初は警戒していたが、すぐにギルバートに。懐いていた
そのまま鼻面を押し当てると、嬉しそうに顔を擦り付ける。
そして尻尾を振りながら、ギルバートに身体を預ける。
「はははは
よしよし」
「信じられん
あのスレイプニルが人間に懐くだと?」
「そうですね
しかし完全に…」
「これは懐いてますね」
スレイプニルが懐いている様子に、アモン達は驚いて呆れていた。
「嘘だろ?
あのカイザートも蹴られたんだぞ」
「へ?」
「お前…
本当は人間じゃ無いんじゃ無いのか?」
「おい!」
「そうですね
とても人間とは思えません」
「こら!
人を人間じゃないみたいに言うな」
ギルバートが憤慨していると、眠そうに目を擦りながらアーネストが来る。
その後ろには皇女も居て、二人でだるそうに歩いて来た。
「おい
大丈夫か?」
「ああ
魔力の使い過ぎだ
寝てれば治る」
「そうか?」
「ええ
ポーションを作ってましたから」
二人は馬車に乗るので、中で眠っていても問題は無い。
それに起きていても、ポーションを作るぐらいしかする事が無いのだ。
セリアは先に来て、既に馬車に乗り込んでいる。
外で待っていても、退屈だったのだ。
「それにしても…
何だ?
この馬みたいな…」
ヒヒーン
「危ない!」
「うおわっ!」
「言ったじゃろ
これが普通の反応じゃ」
「そうだな
凄く警戒している」
スレイプニルはアーネストが近付くのを嫌って、距離を取って鼻を鳴らす。
「おい
何だ、この馬は」
「ああ
スレイプニルって言うらしい」
「スレイプニル?
馬の魔獣じゃ無いか
確か3mぐらいの大きさじゃあ…」
「ああ
こいつ等はまだ子供でのう
甘えたい盛りなんじゃ」
「甘えたい?
それにしてはオレに…」
スレイプニルは警戒して、アーネストを睨んでいる。
「どう見ても甘えている様には…」
「人間には甘えんぞ
ワシ等獣人や魔物にしか懐かん」
「それにしてはギルには…」
ブルルル
スレイプニルは甘えて、ギルバートの服の裾に噛み付く。
「ん?
どういう事だ?」
「そうなんじゃ
何故かこいつには懐きおって…」
「はははは
やっぱり人間辞めてるからな」
「おい!
人聞きの悪い…」
「くくく…
そうじゃのう
人間を辞めておるからのう」
「アモンまで」
ギルバート達が話していると、離れた場所でも鼻を鳴らす音が聞こえる。
ブルルル
「あのう…」
「え?」
「はあ?」
何と皇女にも、スレイプニルは甘えて擦り寄っていた。
しかもギルバートよりも懐いて、身体を擦り付けている。
「この子はお馬さんにしては大きいですね」
「皇女
これはスレイプニルという魔物で…」
「まあ
魔物ですの?」
しかしマリアーナは、気にする事なく嬉しそうに撫でていた。
スレイプニルも嬉しいのか、尻尾を振って喜んでいた。
「アモン様…」
「ああ
どういう事じゃ?」
「人間には懐かないんじゃ無いのか?」
「ああ
カイザート達が手懐け様としたが、散々と蹴らておった
それに聞いた限りでは、こんな事は今まで無かったぞ」
皇女に甘える様子を見て、アモンは首を傾げていた。
しかしどう見ても、スレイプニルは皇女に甘えていた。
それを見て、アーネストが真剣な表情をする。
「まさか女好き?」
「馬鹿か
そんな筈があるか」
「しかし…」
「確かにな、清らかな乙女に懐く魔獣は居る
しかしこいつには、そんな習性は無い
人間の魔力の波長には慣れておらんから、警戒して懐かない筈じゃ」
「それにしても…」
「清らかな乙女?
ふふふふ
お馬さんも私の事を見抜いたのね?」
「そんな訳あるか
そもそも清らかな乙女って、しょ、処女の事だろう?」
「まあ!」
「処女って何だ?」
「…」
「…」
ギルバートの質問に、その場は凍り付いていた。
「殿下!」
「ギル…
お前なあ…」
「はあ…」
「…」
「え?
何?
私は何かマズい事を言ったか?」
その場の全員の視線が、冷やかにギルバートを見詰める。
「アーネスト様も大概ですが…
さすがに…」
「おい!
オレを一緒にするな」
「失礼でしょう!
年頃の乙女に、あんな事言うなんて」
二人が言い合いをするのを見て、ギルバートはこっそりアモンに質問する。
「なあ
処女って何だ?」
「ワシに聞くな」
「なあ…」
「答えかねます」
「皇女に怒られますよ」
「うう…
気になる…」
ギルバート達が馬鹿な事を話している間に、兵士達の準備はすっかり仕上がっていた。
騎兵達は整列して、その隣には同行するハイランドオーク達も並んでいた。
「殿下
そろそろ…」
「ああ
すまない
アーネスト!
マリアーナ皇女!」
「おう
すまない
すぐに馬車に乗る」
「すいません
行きますわ」
二人は言い合いしながら、いそいそと馬車に向かう。
「仲が良いな」
「そうか?」
「フィオーナが嫉妬しなければ良いが…」
「人間はすぐにそれだな
そんなに好きなら、複数人でも構わないだろうに」
「ん?
アモンはそうなのか?」
「ワシと言うか…
獣人や魔物は複数婚も寛容的じゃな」
「そうなんだ」
「お前はどうなんじゃ?」
「私か?
私はセリアが居るからな」
「そうか?
王族が子孫を残す為に、複数婚をするのは重要だろう?」
「いやあ
クリサリスは小国だからな」
「そうか?」
バルトフェルドや側近からすれば、早く王子の産まれるのを望んでいた。
その為には、セリア以外の王妃を娶る事が望ましい。
しかしここまで引き延ばされたのだ。
今さらそんな事は言わなかった。
ギルバートが奥手と言うか、その様な知識に乏しい事が問題だからだ。
そもそも、王族は早目に後継者に関しては求められる。
王に何かあった際に、代わりの王が必要になるからだ。
だから二人の王女も、そういう教育は早目に行われていた。
ギルバートが教育されていなかったのは、ダーナで領主の息子として育てられたからだ。
領主の方が、後継者に関しては緩かったのだ。
「しかし処女も知らんとはな…」
「なあ
それって…」
「むう…
ワシに聞かれても困る」
「え?
そんなに重要な事なのか?」
「ああ
後で小僧に、こっそり教えてもらえ」
アモンはそう言って、さっさとハイランドオーク達の前に移動した。
「早く出発の合図をしろ」
「あ!
おい!」
「全く…」
ギルバートは文句を言いながら、全体が見渡せる正面に移動する。
それからみなが準備を出来たのを確認する。
「これから女神の住む、神殿に向かう事になる」
ギルバートは声を張ると、全体を見回す様に首を動かす。
「これから向かう先は、人間にとっては未知の場所になる
そしてそこは、とても危険な場所になる」
「そこには強力な魔物が巣くい、とても苦しい旅になるだろう」
ギルバートは再び見回して、騎兵達の表情も見る。
少し険しい表情だが、みな決意を持って真剣に聞いている。
「ここでアモンが…
魔王が協力してくれた事はとても大きいと思う
諸君らも鍛える事が出来て、王都に居た頃よりも強くなっていると思う」
「その力を、是非ともこの旅に使って欲しい
出来れば私は、誰一人欠ける事無く帰還したいと思う
それはとても難しい事だと思うがな…」
最後の方は呟く様な声だったが、みなは真剣になって聞いていた。
だからギルバートの気持ちは、騎兵達にはよく伝わっていた。
周りで聞いていた兵士達も、悲しそうな顔をして聞いていた。
「だが、みなは生きる事を優先して欲しい
確かに魔物から、私を守ってくれる事は嬉しい
それは需要な任務なのだろう」
「だが、私の事よりも生きる事を優先してくれ
これから先は、本当に危険な場所なんだ」
兵士達に決意を決めさせる為に、ギルバートは少しだけ時間を置く。
「さあ、出発するぞ」
「おう!」
「騎兵隊、前へ」
先ずは騎兵が先行して、カザンに向かって進んで行く。
このままカザンに向かっても良いのだが、そこから北東に向かって進む事になる。
しかし森を抜けると魔物が居るので、一旦南に抜けてから森沿いに進んで行く事になる。
森に沿って北東に向かえば、砂漠に入らずに北の地に入る事が出来る。
そこから先は、ほとんどの人間が踏み込んだ事の無い場所になる。
騎兵が進んでから、馬車がハイランドオーク達守られて進んで行く。
ギルバートとアモンも、その隊列の中に加わっていた。
「なあ、アモン
その北の大地ってどんな場所なんだ?」
「そうじゃな…
先ずは森の先には、平原が広がっておる」
「平原が?
あれ?
しかし荒れ地が…」
「ああ
帝国の者達が、どこから入ったのかは知らん
しかしそこは、肥沃な土地である平原じゃ」
「そうか…
しかしそれなら、何で開拓をしないんだ?」
「それはな、魔物が多く住むからじゃ」
カザンに近い場所は、比較的開拓し易い平原が広がっている。
しかし王国に居た魔物よりも、強力な魔物や魔獣が住んでいる。
それで人間は、開拓には入っていなかった。
いや、そもそも立ち入ろうともしなかったのだ。
「魔物が?
しかし魔物は…」
「それは今の話じゃろう?
以前はコボルトでも、危険な魔物と認識されておった」
「そうか
魔物が居るだけで、危険と判断されるのか」
「そうじゃ
魔物が住む森に入るなど…
お前等ぐらいじゃろう」
帝国の兵士達でも、無理に魔物とは戦おうとしなかった。
それが結果として、帝国の弱体化を招いてしまった。
コボルトやオークと戦っていたら、帝国の兵士はもっと強かっただろう。
「それじゃあその平原には?」
「そうじゃな
コボルトやオークもじゃが…
ランクEの魔獣が多く住んでおる」
「魔獣?
それじゃあ肉が…」
魔獣と聞いて、ギルバートは期待した表情になる。
魔獣の肉は総じて、美味い物が多かった。
特に魔力を多く含んだ肉は、普通の獣の肉よりも美味しかったのだ。
「残念じゃが…
食えない魔獣も居るぞ」
「え?」
「グレイ・ベアはまだ食える箇所はあるが…
グレイ・ウルフは筋張っておるし、肉は少ない」
「狼か…
確かに狼の肉は、食い難くて美味しく無いな」
肉が食えないと聞いて、ギルバートは落胆していた。
それを見て、アモンは苦笑いを浮かべる。
「肉が食えんとがっかりするのは、お前とアランぐらいじゃな」
「アラン?」
「カイザートの親友にして、憂剣の騎士アランじゃ」
「六大神のアランか」
「ああ
あいつは食いしん坊じゃったからな」
「へえ…」
ギルバートはアランと聞いて、帝国の六大神を思い浮かべる。
皇帝カイザートを守る、5人の勇者達。
彼等の活躍があったからこそ、帝国は魔導王国を破って帝国を樹立させた。
そして周囲の魔物を平定して、魔導王国の王都を帝都として治める事になった。
彼等は皇帝の死後、それぞれに散って何処かへ去って行った。
彼等の偉業を称えて、六大神の像が帝都に建てられた。
そして彼等を神と称えて、六大神教が帝国に普及した。
そんな彼等を、アモンは知っているのだ。
「アモンは六大神をよく知っているのか?」
「そうじゃな
奴等と暫く旅をしたからのう」
「例の魔物を退治したって話か?」
「ああ
帝国を作るに当たって、周囲の魔物が危険じゃったからのう
適当に間引く必要があったのじゃ」
「へえ…」
帝国の周囲の魔物を狩る為に、アモンはカイザートの旅に同行していた。
勿論魔王の身分は伏せて、一獣人の戦士として同行していた。
そして彼等の側で、危険が無い様に見守っていたのだ。
それは女神から、カイザートを守る様にお願いされていたからだ。
「女神様はあいつを気に入っていたからな
それでワシは、兜を被って旅に同行した」
「そうなんだ」
「しかしあそこで…
今でも悔やまれる
旅を終えたワシは、安心してカイザートの元を去った
それがいけなんだ」
アモンが去ってから暫くして、カイザートは帝都で毒殺された。
正確にはアモンの話では、毒で弱ったところを切り殺されたらしい。
複数人で囲まれては、さすがにカイザートでも無理だったのだ。
毒で弱ったところを、無残に切り殺された。
それも復活を恐れて、遺体は切り刻まれて肉片になっていたそうだ。
「酷い事を…
遺体は無数に刻まれて、肉塊と化していたそうじゃ」
「酷いな…」
「そしてアルサードも狙って、奴等は悲しむ彼女に手を掛けようとした」
「くっ!
聞くに堪えられん内容だな」
「すまん…」
「いや、悪いのは当時の帝国の奴等だ
それはとても許される事では無い」
「ああ
アルサードが怒るのも当然じゃな」
「そのアルサードも…」
「ああ
自害するのに、炎の魔法を使った
それで帝都は炎に包まれて、ほとんどが消失しておった
ワシが辿り着いた時には、ほとんどが灰になっておった」
アモンはそう言って、悲しそうに首を振った。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




