第527話
竜の瞳城の山道で、アーネストは息を切らせながら登っている
そのかなり下の方で、皇女も這いずる様に登っている
二人は身体強化を使わずに、この山道を登っていた
そうする事で、基礎の体力を身に着ける為だ
アーネストは息を乱して、何とか山頂の城の前に着く
皇女も必死に登るが、既に足腰は立たなくなっている
そのまま這いずる様にして、何とか城の前に辿り着く
心配したハイランドオーク達が、冷たい水とタオルを持って駆け寄る
皇女はそれを、身振り手振りで感謝しながら受け取っていた
「はあ、はあ…
何で?」
「ん?」
「何であんたが、平気、なのよ?」
「ああ
オレは子供の頃、少し身体を鍛えていたからな」
「だから、って…」
「それに…
ギルが何するか、分からないからな
よく動き回るんだ」
アーネストはそう言いながら、何とか呼吸を整える。
冬の冷たい空気が、火照った身体に心地良い。
風邪を引かない様に、ハイランドオーク達が心配してタオルを渡す。
アーネストはそれに感謝して、タオルを受け取って汗を拭う。
「はあ…
気持ち良いな」
「はあ、はあ
うっ…」
「無理はするなよ?
皇女様は聖女で、そんなに体力は無いんだろ?」
「そんな、事は!
うっ…」
皇女は吐き気を堪えながら、涙目でアーネストを睨む。
何で私がこんなに苦しいのに、この魔術師が平気なの?
皇女は不満そうに、アーネストを睨んでいた。
「私は、帝国の、勇者…
うえっ」
「無理すんなって
はははは」
皇女らしくない吐きそうな声を聞いて、アーネストは精神を落ち着かせる呪文を唱える。
触媒に使う薬草の香りが、皇女の気持ちを落ち着かせる。
「ほら
回復の魔法を使って」
「そんな、事…」
言われなくても分かっているわと、皇女は思いながら呪文を呟く。
神聖魔法の効果が出て、少しだけ呼吸が楽になる。
疲労を和らげる魔法なので、そこまでの効果は出ない。
しかし魔法が効いたので、呼吸は幾分かマシになった。
「あら?
この香りは…」
「鎮静の魔法の触媒さ」
「お茶の葉の香りと同じね」
「ああ
これはお茶の葉や香にも使われるからね」
アーネストはそう言って、薬草を干した束を見せる。
「確かにそうだわ
これでお茶を淹れると、気分が落ち着くの」
「そうだな
この魔法の触媒は、単独でも気持ちを落ち着かせる
しかし呪文と組み合わせると、より効果を上げるんだ」
「へえ…」
アーネストは呪文を教えて、薬草を皇女に手渡す。
「皇女は気性が…」
「うるさいわね
好きでこんな性格じゃ無いわよ
それに帝都では、静粛な聖女として通っているのよ」
「は、へえ…」
「なによ!」
聖女の言葉に、アーネストは思わず顔を引き攣らせる。
それは王都に置いて来た、妻の姿を重ねていたからだ。
フィオーナも貴族の子女の間では、貞淑な婦人として通っていた。
それに母親のジェニファーも、淑女の鏡と言われている。
彼女の過去を考えると、淑女とは何かと考えさせられる。
「…我が願いに応え、静謐な風を起こせ
鎮静の風」
「お?
やはり上手く行った」
「え?」
皇女の周りに、芳しい薬草の香りが漂う。
「え?
私…
魔法が使えたの?」
「ああ
これは基礎の生活魔法に近い物だからね
適正に関係無く、使える可能性の高い魔法なんだ」
「そ、そうなんだ…」
「神聖魔法や属性の魔法は、適性が必要なんだ
皇女は神聖魔法が使えるけど、他の魔法は使えないよね?」
「ええ…」
皇女は王都に滞在する間に、何度かアーネストにお願いをしていた。
魔導書を貸して欲しいとか、魔法を教えて欲しいと言うお願いだ。
しかし適性を試しても、皇女は神聖魔法以外の適性を見いだせなかった。
「生活魔法…
種火を着ける魔法は使えますよね?」
「ええ
あなたも見ていたでしょう?」
「そうです
しかし炎の魔法は使えないでしょう?」
「ええ
それも見てたでしょう?」
「でも、これは神聖魔法ではありません」
「そうね
セロから聞いた事も無いわ」
「でしょうね
これは帝国以外の国が、独自に開発した魔法です」
「へえ…
そうなんだ」
「はい
ですから皇女が知らないのも当然です」
アーネストはその他にも、幾つか薬草を取り出して見せる。
「ちょ!
一体幾つ持って…
いや、そもそも何処に仕舞っていたの?」
「え?
ああ、そうか」
アーネストはローブの前を開けると、ポーチを外す。
「ちょ!
何こんな所で…」
「はははは
下にはチュニックを着てます」
「そう…
それは残念…」
「へ?」
「い、いや
何でも無いわよ
何でも…」
「はあ?」
「それより、何?
そのポーチの数は?」
「え?
魔術師なら普通でしょ?」
「普通じゃ無いでしょ?」
「そうですか?」
アーネストは答えながら、ポーチの中身を取り出す。
薬草、薬草、香草…。
「へえ…
そこに…」
「ええ」
「ちょ!
何でそこに入っているの?」
「へ?」
ポーチの中から、魔術師用の杖が出て来る。
「そんな物、そこに入らないでしょう?」
「へ?」
アーネストはポーチから、さらに魔導書も2冊取り出す。
「何でそんなに物が入っているのよ?」
「え?
普通でしょ?」
「普通じゃ無いわよ
異常よ!」
「そうですか?
帝国にもマジック・バッグはあった筈ですが?」
「魔道具?
魔道具なの?」
「ええ」
「いや、だって
そんなに沢山の物が…」
アーネストのマジック・バッグを見て、皇女は呆れた顔をする。
「そうかな?」
「もしかして…」
「ん?」
「そのポーチ全部、マジック・バッグって事は…
いや、さすがに無いわね?」
「え?
マジック・バッグだよ?」
「何ですって!」
「お、おい!」
皇女は思わず、声を上げて驚いていた。
「そ、そそ、そんな
沢山のマジック・バッグ?」
「え?
マジック・バッグって、そんなに複雑な物じゃ無いでしょ?
魔獣の皮を使えば…」
「え?
それ、作った物なの?」
「ええ」
アーネストの言葉に、皇女は顔を引き攣らせた。
「そ、そんな…」
「え?
帝国にはマジック・バッグは無いんですか?」
「ある訳無いでしょ
戦争の時に大量に紛失したし
そもそも作れる物だなんて…」
「え?
それじゃあ帝国では…」
「魔導王国時代の物を、大事に使っていたわよ」
「そうなんですか?」
アーネストはそれを聞いて、唸り声を出す。
「うーん…」
「へ?」
アーネストはポーチを幾つか外すと、中身を取り出し始めた。
そして中身を幾つかに分けて、改めてマジック・バッグの中に仕舞った。
そして2つのマジック・バッグを、皇女の前に差し出した。
「これ、あげますよ」
「な、何言ってるのよ!
そんな貴重な物を…」
「いや、全然貴重じゃ無いし
なんなら王都の魔術師達なら持っていますよ」
「え?
マジで?」
「マジです」
皇女はおずおずと手を伸ばすと、アーネストのマジック・バッグを受け取る。
「それは最近作った物ですので、まだまだ収容量は少ないです」
「少ないって、それでも杖が…」
「ああ
毎日魔力を流し込んで馴染ませると、もっと入りますよ」
「もっと!」
アーネストの言葉を聞いて、皇女はふらふらと倒れそうになる。
「おっと」
「あ…」
アーネストが慌てて支えて、鎮静の呪文を唱える。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ…
ちょっと衝撃過ぎて…」
「そうですか?」
「そうよ!
最早マジック・バッグは、製造方法も分からないロスト・マジックアイテムなのよ!
それを幾つも持っていて、作れるだなんて…」
「そ、そうですか…」
マジック・バッグの製法は、王国では細々と伝えられていた。
アーネストの実の両親も、その製法を伝えられた者の一人だった。
だからアーネストは、両親の残した書類から製法を知っていた。
そして小さい頃から、自分用のマジック・バッグも作っていた。
これはアーネストが、類稀な魔術の才能を持っていたからだ。
「はあ…
でも、ありがとう…」
「え?」
「何でも無いわよ」
皇女は小声で感謝を呟く。
それから、アーネストを再び睨んだ。
「だからって、これは非常識よ!」
「え?」
「私はまだ良いけど…
他の国の者には見せない方が良いわ」
「何で?」
「戦争に使われるわよ」
「戦争?」
「ええ
これが簡単に増産出来れば、武器の持ち運びが簡単になるでしょ?」
「ああ
しかしそれには、魔術師も必要になるぞ」
「何で?」
今度はアーネストが、皇女を呆れた顔で見る。
「あのなあ…
マジック・バッグは魔道具だろ
魔力が必要になるんだぞ」
「え?
だって魔力は…」
「ああ、そうか
帝都に住んでいる者は、魔力持ちが多いのか
西方諸国では、魔力持ちは少ないんだ」
「そうなんだ」
「ああ
だからフランシスやイベリアは、王国の魔術師を狙っていたんだ」
「そういえば、私達との戦争の後に揉めていたわね」
帝国が和平を申し出た後、クリサリスの国境付近は紛争が絶えなかった。
隣国のフランシスやイベリアが、王国の領土に侵攻して来たからだ。
それは王国を認めないとか、領土を求めての戦争だった。
しかしその際に、魔術師の捕獲も狙われていた。
西方諸国には、当時は魔術師が少なかったのだ。
「今はどうか知らないけど、魔術師が少なかったからね」
「そりゃそうでしょう
元々魔術師や魔導士が居ないから、あんた達は苦戦してたんでしょう?」
「ええ
ですから西方諸国では、騎馬を使った戦術が盛んになりました
ですが今は…」
王国では魔術師の育成に力を入れて、少しずつだが魔術師は増えていた。
フランシスとは紛争後に、和平を結んで国交は回復している。
しかしイベリアは、少し距離があるので情報は少なかった。
「フランシスにも魔術師は、少しは居るみたいだけど?」
「でも、王国は魔術師を育成しているのよね?」
「ああ
ギルドに情報を流しているからね」
「魔術師ギルド?
はあ…
帝国にもあれば…」
帝国には魔術師ギルドは無かった。
戦争の後に、魔術師の数はほとんど残っていなかった。
それに加えて戦後の補償で、多くの魔石が国外に流出していた。
その為に魔道具も失われて、帝国では魔術師は流出して居なくなっていた。
「帝国の魔術師達は?」
「ほとんどが居なくなっていたわ
残った魔術師達も、平原に散って行って…」
「ああ
魔石が失われたから…」
「そうよ
それが無ければ、まだ少しは居たのに…」
「それじゃあ魔術師は…」
「今は居ない筈よ
それで魔法自体が、帝国では失われた技術になっているの」
「そうか…
それじゃあ魔道具も…」
「そうよ
そもそも、何でマジック・バッグなんて簡単に作ってるのよ!」
「そりゃあ魔獣の皮と魔石で作れるから…」
「そうなの?」
「ああ」
「それなら魔獣を狩れば…」
「そんな暇は無いぞ
女神の下に向かうんだから」
「そ、そうね…」
アーネストは溜息を吐きながら、皇女の方を見る。
「そもそも、何でそんなに必要なんだ?」
「それは魔道具があれば、旅は便利になるし…
それに王国の特産品に…」
「いや、売れないだろ
戦争に使えるって、さっき皇女が言っていただろ?」
「あ…」
「そんな物を売ったら、こっちが攻められる原因になるだろ」
「それもそうね…」
「それに作ったとしても、すぐには使い物にならないぞ」
「え?」
「さっきも言ったけど、毎日の様に魔力を流す必要がある
それで少しずつ、容量を拡張するんだ
最初は普通のポーチと変わらないぞ」
「それじゃあこれも?」
「それはこれまで、オレが魔力を流していたからね
だけど使える様にするには、皇女の魔力を馴染ませないと」
「馴染ませないとどうなるの?」
「試しに入れてごらん」
皇女は言われるままに、マジック・バッグに渡された杖をいれようとする。
「あれ?」
「入らないだろ?」
「ええ」
「魔力が馴染むまでは、ただのポーチと変わらないんだ」
皇女は杖を入れようとしたが、すぐに底に当たって入れれなかった。
魔力が馴染むまでは、魔力による拡張の効果は使えないのだ。
「馴染ませるには?」
「そうだな…
1週間ぐらい魔力を流して、バッグに魔力を浸透させるんだ」
「魔力を…浸透?」
「魔石を使う様に、魔力を流してごらん」
「こうかしら?」
「ああ
そうやって魔力を満たすと、それ以上入らないだろ?
それを時々繰り返すんだ」
「本当だ
これ以上入らないわ」
皇女は魔力を流して、マジック・バッグに魔力を満たす。
しかし試してみても、杖は入らなかった。
「駄目ね…」
「そんなに簡単に馴染まないさ
何回も繰り返さないと」
「そうなんだ」
皇女は頷くと、2個のポーチを肩から下げる。
そして嬉しそうに、クルクル回ったりして確認する。
「まあ、女神の神殿に行くまでには馴染むだろう」
「そうね」
「さあ
下に向かうか」
「え?」
「まだまだ日は高いぞ」
「まだするの?」
「そりゃそうさ
訓練だろ?」
「う…」
アーネストはそう言って、再び山道を降り始める。
皇女も慌てて、アーネストの後を追い掛ける様に着いて行く。
「何で平気なのよ」
「言っただろ?
普段からの行動だ」
「だって不公平でしょう」
皇女は不満を言いながら、アーネストの後を追って降りて行く。
いつの間にか、彼女はすれ違うハイランドオークに嫌悪感を抱かなくなっていた。
アーネストはそれを横に見ながら、山道を降りて行った。
まだまだ続きます。
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