第525話
クリサリス聖教王国の北東に在る、竜の顎山脈
その中の竜の瞳という場所に魔王城がある
ギルバート達はそこで、城主である魔王アモンに稽古を受けていた
このまま女神の神殿に向かっても、途中で命を落とすだろうと言われたのだ
竜の瞳城の麓にある、野営地では兵士達が眠っていた
その天幕の一つから、ギルバートはこっそりと抜け出す
そのまま周囲を見回すと、城へ続く石段の前に来る
今日は星が綺麗で、ギルバートはそれを見上げていた。
「まさか一人で行く気では無いな?」
「うわっ!」
背後から急に声がして、ギルバートは思わず驚く。
「何だ、アモンか…」
「何だじゃない
こんな夜中に…」
「はははは…」
「眠れぬのか?」
「ああ…
まあな」
「皇女の事は気にするな」
「へ?」
「あの娘が本気で無い事ぐらい、ワシも承知しておる」
「ああ…」
「でも…
正直なところ、ショックだったな」
「そうか?
あれが普通の反応じゃろう?」
「いや、あれだけ選民思想を嫌っていた皇女が…
あんな事を言うなんて」
「そうかのう?」
「人間は自分が大事じゃからのう
お前等が特別なんじゃ」
「そうなのか?」
ギルバートはそう言いながら、哀しそうな表情をする。
「そんな悲しい考え方が、無くなれば良いのに…」
「そうじゃな
カイザートもそんな事を言っておったな」
「カイザート?
初代皇帝がか?」
「ああ」
カイザートの名前を聞いて、ギルバートはアモンに質問してみる。
「なあ
カイザートってどんな人だったんだ?」
「ん?
あ奴か?
うーむ…」
アモンは暫く考えた後、ボソリと呟く。
「そうじゃな
一言で言えば、変な奴じゃった」
「変な奴?」
「ああ
お前と同じじゃな」
「おい!
それはどういう…」
「魔物が怖くないと言ってな
ワシ相手にも物怖じしなくてな」
「へえ…」
アモンは懐かしそうに、思い出しながら語る。
「最初は…
魔物と戦っておった時じゃな
戦いたく無いから、兵を下げろと言いおった」
「え?」
「タイマン勝負じゃとか、男らしく勝負しろとか…」
「え?」
アモンは思い出しながら笑う。
「ワシにタイマンじゃとか言うのは初めてでな」
「それで?
お前は受けたのか?」
「勿論じゃ
しかもあ奴は、当時からワシと互角に戦いおった」
「え?
互角にか?」
「ああ
獣人化しておらんかったとはいえ、ワシから一歩も引かなんだ
それが初めての事でな」
「獣人化ってあの時の?」
「ああ
あれを食らって死ななかったのも、あいつが初めてじゃ」
「そんなに何回も戦ったのか?」
「ああ
魔物の軍を率いてな、今の帝国か?
あそこの国境付近で何度かな」
「へえ…
強かったのか?」
「うーむ
奴自身はそこまで…
しかし奴には、仲間が居ってな」
「六大神…」
「ああ
強かったな…」
アモンは懐かしそうに、頷いてみせる。
「どんな人達だったんだ?」
「そうだな
精霊に愛された男
魔法に秀でた気性の激しい皇妃
変わった奴等だったな」
「へえ…」
「あいつ等は魔物の存在を認めておって、殺すだけが正しいとは思っておらなんだ
だからワシは、あいつ等との旅に同行した」
「え?
六大神達とか?」
「ああ」
「あいつ等は魔獣の危険性を重んじてな
帝国を作る前に、魔獣討伐の旅に出たんじゃ」
「そうなんだ」
「ドラゴンやサンドワームを狩って、平原を安定させたんじゃ」
「え?
サンドワーム?
しかし今も居るけど?」
「ああ
一時は居なくなっておったのじゃ
当時は砂漠も少なかったからのう」
カイザートの居た頃は、まだ帝国は平原が主になっていた。
しかしカイザートが亡くなってから、砂漠化が深刻になっていた。
精霊達も言っていたが、非道な魔術の実験や、選民思想が原因だった。
それで精霊が去って行った為に、帝国は深刻な砂漠化に悩まされた。
「カイザートは魔獣を減らしてな
帝国に平和を築いたんじゃ」
「そうなんだ」
「しかしな、あいつ等が…」
ギリギリ!
アモンは思い出した様に、激しく歯軋りをする。
「何が帝国の存続の為じゃ!
その為にカイザートを毒殺しおって!
おまけにアルサードにまで手を出そうとしおった」
「え?」
「カイザートの亡骸に縋るあの娘を、無理矢理手籠めにしようとしおった」
「な!
聞いていた話と違うぞ!」
「そうじゃろうな
歴史とは、生き残った者達に都合の良い様に書かれる
カイザートの最期も違うじゃろ」
「え?」
「カイザートは毒では死ななんだ
あ奴が並みの毒なんぞで、簡単に死ぬ訳が無かろう」
「それじゃあ…」
「ああ
毒で苦しむあ奴を、卑怯にも数人掛かりで囲んで切り刻んだんじゃ」
「そんな…」
「それでは皇妃の最期は?」
「ああ
さっきも言った様に、ガーディアンの血筋じゃ
奴等にとっても喉から手が出る存在じゃった」
「それで無理矢理?」
「ああ
子供が出来れば、自分が皇帝になれる
そう考えておったんじゃろう
しかし…」
「それじゃあ皇妃が帝都を焼いたと言うのも…」
「そこは本当じゃな
あ奴は己の身を守る為、そしてカイザートの仇を討つ為に、帝都ごと焼き尽くしたんじゃ」
「そうなんだ…」
「ワシも近くに居ってな、思わず剣に手を掛けておった
しかしアルサードが己ごと燃やしおってな
ワシは慌てて逃げ出した」
「え?」
「元々気性の激しい娘じゃったがな
まさかあんな規模の魔法を使うとは思わなんだ」
「魔法使いだったのか?」
「うーむ
正確には違うんじゃが、まあ似た様な物か」
「アルサードが使った炎の魔法は、3日3晩帝都を焼き続けた」
「え?
そんなになのか?」
「ああ
それで焼き払われた平原は、そのまま砂漠になってしまった」
「凄まじいな」
「ああ
しかしあの小僧も覚醒すれば、そのぐらいの魔法が使える筈じゃ」
「小僧?
アーネストの事か?」
「ああ
あの小僧にも、ガーディアンの血が流れておる」
アモンの言葉に、ギルバートは驚いていた。
「そういえば前にも…
そんな話を聞いた様な…
しかし何でだ?」
「ん?」
「どうしてそう思うんだ?
確かにアーネストは、並外れた魔力を持つが…」
「簡単な事じゃ
ガーディアンの血が流れておる」
「え?
何でそう言い切れるんだ」
「ああ、それはな
覚醒したガーディアンは同じガーディアンの力を感じられるんじゃ」
「そうなのか?
私はそんな事は…」
「お前はまだ、完全に覚醒しておらん
完全に覚醒したら、ワシを超えるかも知れんな」
アモンはそう言って、ニヤリと笑っていた。
「アモンを…超える?」
「ああ、そうじゃ
今のお前は、まだ伸びしろがある
その上で覚醒すれば…」
「しかしお前は…
あなたには獣人化だっけ?」
「ああ
確かに獣人化は強力だ
一気に能力が倍に跳ね上がる」
「それじゃあ…」
「寿命を犠牲にしてな」
「え?」
その言葉を聞いて、さらにギルバートは驚いていた。
「寿命を…犠牲に?」
「ああ、そうじゃ」
「何て物を!
それじゃあ女神はそれを知って!」
「慌てるな
女神の加護がある内は、寿命はかなり長くなる」
「しかし!」
「それにワシは、300年近く生きてきた
友や仲間は死んで行き…
カイザートや嘗ての王たちもみな死んで行った…」
「そんな…」
「寂しく…無いのか?」
「寂しい?
そんな半端な気持ちじゃ、魔王なんぞ出来ないさ
死んで行った奴等の為に、ワシはそれこそ血を吐く思いで頑張って来た」
「そんな!
それじゃあ今の状況は…」
「ああ
ワシの願いは虚しく、女神様は破滅の道を進んでおる
何とかお止めせねばな」
「そうだよな
あなた達の思いを考えれば、止めなくっちゃ」
アモンの言葉に、ギルバートも拳を握って頷く。
やはり倒すのでは駄目だ!
何とか女神を止めなくては
ギルバートは改めてそう思い、拳を握り締める。
「とは言え、今のお前達では、神殿に辿り着けないじゃろう
先日も言ったが、このままでは周辺の魔獣に食い殺されるのが落ちじゃ」
「ぐうっ…」
「せめてワシの部下と互角に戦えて…
お前自身が、ワシと戦えるぐらいにならねばな」
「そこも女神の狙い通りなのか?」
「かも知れんな」
「分かったよ
明日からの訓練も、気合を入れて行うよ」
「ああ、結構な事だ
精々ワシに殺されぬ様に、しっかりと気張れよ
はははは」
アモンはそう言って、ゆっくりと城に向かって登って行く。
「そういえばあいつ、わざわざ降りて来たのか?
まさかな?」
たかだか悩んでいる自分の為に、魔王がわざわざ会いに来る。
そんな都合の良い事は無いだろう。
ギルバートはそう思いながら、天幕に戻って行った。
セリアは寝台で、気持ち良さそうに眠っていた。
その横に入りながら、ギルバートはその頭を撫でてやる。
「むにゃむにゃ
うみゅう…」
「セリア
私は必ず、女神を説得してみせる
そしてお前と…」
「みゅふふふ♪」
ギルバートはそう言いながら、眠りに着くのであった。
その頃天幕の外では、起きていた騎兵と兵士達が話し合っていた。
「聞いたか?
今の話」
「ああ
やはりオレ達が…」
「くそっ
足手纏いなのか」
「そうじゃねえ」
「え?」
「あの魔王様が言ってたんだぜ?
このままではと」
「ああ、そうだよ
魔獣に食い殺されるって」
「そうだよな
オーガには勝てても、巨人には…」
「あんな大型の魔物が出た時に、オレ達じゃあ…」
「諦めるのか?」
「え?」
「ここで諦めるから、オレ達は強く無いんだろう?」
「おい?
何を言ってるんだ?」
「せめてハイランドオークに勝てる様に
そう言っていただろう」
「ああ」
「だったら先ずは、そのハイランドオークに勝てれば良いんだ」
「だからな、それが出来ないから…」
「出来ない事は無いだろう
魔王が言っていたんだぞ?」
「そりゃあそうだが…」
騎兵達が議論している所に、兵士がおずおずと手を挙げる。
「あのう…
私達では?」
「そうだな…」
「先ずは訓練不足だろう
こればっかりは、時間が必要だからな」
「しかしお前達は、頑張ろうって気持ちがある」
「へへへへ
何だか少しずつなんですが、確かに慣れてきているんです」
「うんうん
そうだろうな」
「オレ達も漸く、息が上がらなくなってきたんだ
お前達も…」
「それだ!」
「ん?」
「あのハイランドオーク達も言っていただろ?
この場所に慣れれば、平地でも十分に強くなるって」
「ああ
確かに言っていたな
それがどうした?」
「だからこの空気に慣れれば、オレ達も戦えるって事じゃ無いか?」
「確かにそうなんだが…」
「あのハイランドオークって、名前負けして無いんだよな」
「確かに強いんだ」
「しかしそれでも、巨人ほど大きく無いし、強くも無いだろう?」
「ん?」
「確かに…」
仲間の言葉に、騎兵達もやれる気がして来ていた。
「そうだな
実際にそこまで大きく無いんだ」
「そうだよ
確かにオレ達よりは大きいけど、巨人ほどでは…」
「それならこの魔素だっけ?
慣れて来れば…」
「ああ
きっと勝てる筈だ」
騎兵達は希望が見えて来たのか、やる気を見せ始めていた。
「お前達も頑張れば、きっと強くなれる」
「ああ
まだ武器に振り回されているが、慣れればそんなのすぐだ」
「そうでしょうか?」
「ああ
先ずは身体強化に慣れないとな
あれは必須だから」
「はい」
自分達に光明が見えたからか?
兵士達にも先輩面してアドバイスをする。
そうしてやる気を見せたところで、交代の時間が来た。
「お前等やる気を出すのは良いけど、キチンと休めよ」
「交代の時間だ」
「ああ
明日から頑張るぜ」
「おうさ!
いつまでも負けっぱなしじゃ無いぜ」
「うるさい!
さっさと寝ろ!」
「夜中に迷惑だぞ」
「すまん…」
他の兵士達から、うるさいと苦情が出てしまった。
兵士達はそのまま、仮眠の為に天幕に向かう。
明日から本気を出すぞと、そう思いながら。
「アモン様
大丈夫ですかね?」
「ううむ…
少しはやる気は出たんだろうが…」
アモンもその光景を見て、ポリポリと頭を掻く。
どうやら騎兵達は、まだまだ危機感が足りない様子だ。
しかしハイランドオーク達には、恐怖心が和らいで来た様子だった。
夕刻の皇女との遣り取りが、少なからず影響しているのだろう。
「皇女には感謝せんとな」
「え?」
「皇女が騒いだお陰で、お前達への恐怖心が和らいだ様子だ」
「そうなんですか?」
「ああ
見てみろ」
周辺を警戒する兵士達も、ハイランドオーク達を見ても武器を構えなくなっていた。
「あまり警戒をしないのも問題じゃが…」
「そうですね
昨日までの様に警戒してませんね」
昨日までは、ハイランドオーク達を見ても武器を構える者が多かった。
しかし今は、気軽に挨拶をする者まで居た。
それはハイランドオーク達を、兵士達が仲間と認めたという事だ。
経緯はどうであれ、皇女とギルバートの言い合いが原因だろう。
「これなら明日からの訓練、奴等の動きも変わるかもな」
「それなら良いんですが…」
「今まではどうしても、どこか遠慮して打ち掛かっていましたからね」
「そうじゃな」
兵士達は自分達が、魔王の城に居る事を意識していた。
それでハイランドオーク達に打ち掛かる時も、全力で打ち掛かっていなかった。
うっかり怪我をさせてはと、気にしている様子が見えていた。
それがハイランドオーク達に対して、勝てないという気持ちにさせていた。
「一度でも当てれれば、化ける可能性もある」
「そうですか?
人間は弱いですよ?」
「その考えが驕りだと、小僧も言っていただろ?」
「え?」
「あ…
そうですね」
負けないという思いが、いつの間にかハイランドオーク達にも蔓延していた。
それがハイランドオーク達の自信にも繋がり、騎兵達を圧倒していた。
その感情が無くなれば、騎兵達もそれだけ戦い易くなるだろう。
要は気持ちで負けていたので、その気持ちを乗り越えれば良いのだ。
「動きは悪くない
後はきっかけがあれば良い」
「それならわざと…」
「それは止めておけ
すぐにバレるし、後々恨まれるぞ
お前もされたら嫌だろ?」
「はい…」
アモンは明日に期待して、自分の居城に戻って行った。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




