第523話
ギルバート達は、竜の瞳で訓練を受けていた
今のままで女神の下に向かっても、途中で死ぬだろうと言われた
そしてアモンは、そんなギルバート達を鍛える事を申し出た
女神と戦う事は不満が残るが、せめて女神に会えるだけの力が必要なのだ
アモンは快く、そう申し出てくれた
竜の瞳城の周りには、靄が渦巻いていた
それは標高からでは無く、魔素の影響だった
ここで激しい動きをすると、それだけ魔素を吸ってしまう
それは普通の人間では、大きな負担になる事だった
「先ずは魔素に慣れなければならない」
「魔素?」
「はあ…
さっき言っただろ?」
「魔力の元になる物だ
ここは濃いから、こうして靄になっている」
「え?
この靄が魔素なのか?」
「あのなあ…
何だと思ったんだ?」
「いや、ここは高いから…」
「阿呆か
この程度の高さで、靄が発生するか」
「いや、竜の背骨山脈では…」
「あれはあそこが寒いからだ
ここは寒く無いだろう」
「あ…
確かに」
「この靄だが、そのまま吸い続ければ苦しくなる
空気よりも魔素を吸う事になるからな」
「そうなんだ」
「ああ
だからここで訓練すれば、それだけ身体が鍛えられる」
「おお…」
「そして魔素が充満しているから、魔力の回復も早い」
「え?
って事は…」
「魔力切れになり難い筈だ」
「そう言われれば…」
「上がる途中はしんどかったけど、ここに来てからは楽だな」
兵士達も身体強化で、ここまで上がって来ていた。
それで多少の魔力の消費はあった訳だが、ここではそれも補充される。
それで倦怠感や、魔力切れの苦しさも感じられ無いのだ。
「そういう事だ
だからここで全力で戦えば、それだけ鍛えられる
特にそこのひ弱い奴等はな
はははは」
騎兵は幾分かマシだったが、歩兵は身体強化も満足に使いこなせていない。
ここで鍛える事が出来れば、身体強化を安定して使える様になるだろう。
しかしそれには、安定して使える魔力量が必要だ。
それも長く鍛えれば、ここでなら上げられそうだ。
「なあ、アーネスト
この靄が濃くなった物が…」
「ああ
瘴気になる」
厳密には違うのだが、アーネストも説明が面倒なので頷いていた。
魔の森の瘴気は、魔力汚染で負の魔力を多く含んでいる。
それで靄の色も、灰色やどす黒い靄になっている。
その原因は魔力災害で、犠牲になった魔導士達の怨念だろう。
急な死が受け入れられず、その怨念が今も森に渦巻いているのだ。
その事を説明しても、恐らくギルバートは理解出来ないだろう。
だからアーネストは、その事を特に触れなかった。
西の大陸にも、瘴気が満ちているという話だった。
しかしそれに関しては、アーネストには知識が無かった。
どの様な経緯でそうなったかは知らないが、瘴気と言う以上は恐らく有害だろう。
そして負の魔力に満たされた、黒い靄になっている可能性が高い。
「以前に…
フランドール殿と戦っただろう?」
「ああ
死霊になっていたな」
「あの時、死霊の周りに黒い靄が漂っていただろう?」
「ああ、そういえば…
もしかしてあれが?」
「ああ
瘴気と呼ばれる物だ」
「ううむ…」
ギルバートはそう言われて、目の前の靄と比べてみる。
確かにこの靄は、不快な感じや気持ち悪さを感じない。
それどころか、確かに触れていれば何らかの力を感じる。
その力こそが、魔素と呼ばれる魔力の源なのだろう。
「アーネストもこれには…」
「ああ
強い魔力を感じる
それはこの土地も関係しているが…」
「アーネスト?」
「いや、何でも無い」
アーネストは首を振って、考えを止める。
それからギルバートに、変わった提案をする。
「なあ
何か瓶でも無いかな?
これだけの魔力の塊があれば…
さぞや強力な魔法が…はあ、はあ…」
「おい
目付きが怖いぞ」
「それはお勧め出来んな
何かの入れ物に入れたとしても、魔力は放出される
すぐに何も残らなくなるぞ」
「え?」
「魔素を固定できるのは、魔石だけだ」
「ああ
そういう事か
これは魔石と同じなのか」
「そうだ」
「ぐう…
これだけの魔素があれば、常時魔力が回復出来るのに…」
「はははは
そう甘くは無いさ
それにここに長居すると…」
「ん?」
「身体強化が切れたら大変な事になるぞ」
「あ…」
アーネストもここに居る間は、常時身体強化を使っている。
そうしなければ、倦怠感や息苦しさで倒れてしまうからだ。
魔素という物は、それだけ人間には有害な物なのだ。
「しかしそれなら、ここで訓練をするのは危険では?」
「ああ
それならば、魔素が入らない場所もある
そこで休めば良い」
アモンはそう言って、下の広場を指差す。
確かにそこは、魔素の影響が無い場所だった。
しかしそこまで下りるには、結構時間が掛かる。
「下とここを行き来するだけで、結構な訓練になるぞ」
「そうだな
歩兵には、先ずはそこからさせるか」
「ええ!」
「ここを行き来ですか?」
「ああ
身体強化を使えば簡単だろ?」
「それは殿下だからですよ
騎兵の方々でも、結構へばってますよ」
「ん?」
ギルバートが視線を向けると、騎兵達は慌てて視線を逸らした。
そうして歩兵達に、余計な事を言うなと睨む。
「え?
お前達へばってるのか?」
「い、いえ
そんな事は…」
「そうだよな
良かった
さっそくハイランドオーク達と手合わせをするか」
「無理無理無理!
とても敵いませんよ」
「そうですよ
そもそも平地であっても、我々では彼等には…」
「そうか?
でも倒す事が目的じゃあ無いから」
「無理ですって」
ギルバートは騎兵達の肩を掴むと、ニッコリと笑った。
「これは王太子の命令な」
「そんな~」
騎兵達はハイランドオーク達と、外の開けた訓練場に向かう。
ここではハイランドオーク達も、毎日の様に戦闘訓練を行っている。
魔王であるアモンを守る為に、懸命に訓練に励んでいるのだ。
その訓練場で、騎兵達と身体強化を使った模擬戦形式の訓練を行う。
「助かった…」
「お前達はこっちな」
「ひいっ」
「アーネスト様」
「オレも一緒にやるから、精々へばるなよ」
「ひいっ」
歩兵達もアーネストに捕まり、下に向かって走らされる。
魔素が濃い場所なので、走るだけで息が上がって苦しくなる。
しかし身体強化を使わなければ、ここでは呼吸するのも大変なのだ。
その状況で、歩兵達の体力作りの鍛錬が行われる。
「ふむ
それじゃあワシ等も」
「ああ
始めようか」
ギルバートとアモンは、剣を使った実戦訓練を行う。
少しの油断が命取りになりそうだが、その分得られる経験も違って来る。
二人は剣を構えると、さっそく激しく打ち合いを始めた。
「はっはあ」
ガキン!
「こなくそ」
カシャン!
二人は騎兵達から離れた場所で、互いの隙を窺いながら切り合う。
少しの油断が危険なのだが、そんな事は気にせず、平気で打ち合っていた。
「おい…」
「よく平気で打ち合えるよな」
「殿下だからな」
「ああ
しかし…」
騎兵達は少し打ち合っただけで、すぐに息が上がっていた。
一方でハイランドオーク達は、平然とそのまま動けていた。
長くここで訓練しているので、魔素が濃いくても平気なのだ。
「はあ、はあ
くそっ」
「何でこいつ等、平気なんだ?」
「ぐうっ
はあ、はあ」
「それはみなさんが、魔素に慣れていないからでしょう」
「ここで慣れてしまえば、魔素が無い場所では飛躍的に強くなりますよ」
「そういう事です」
「ぐぬう」
「負けてられるか」
騎兵達は息を整えると、再びハイランドオーク達と打ち合いを始める。
魔素が濃い為に、すぐに苦しくなって動きが鈍る。
しかし魔力の回復が早いので、身体強化もすぐ使える様になる。
そうして呼吸を整えると、再び身体強化を使って打ち合いをしていた。
「はははは
中々に気骨のある奴を集めたな」
「ああ
お陰様でな
これ以上王国を荒らされたく無いと、みな死に物狂いで鍛えている」
「それは…
良い事じゃ」
ガキン!
ギルバートとアモンは、そう言いながら激しく打ち合いを続ける。
今度は命の奪い合いで無いので、純粋に技量を比べる戦いになっている。
そうした戦いの中で、ギルバートはより素早い攻撃を繰り出す。
しかしアモンは、そうした攻撃を軽々と弾き返す。
「くそっ!
不公平だな」
「そうか?」
「ああ
お前の膂力なら、私の攻撃も軽々と弾ける」
「そうは言っても、お前の攻撃も厄介だがな」
「どうだか?」
アモンは軽々と弾くが、それでも手数は圧倒的にギルバートの方が上だ。
それでも防げるのは、ギルバートの剣筋が真っ直ぐだからだ。
それで攻撃を先読みして、アモンは剣で弾いていた。
「何だってそんなに簡単に…」
「それはお前が、フェイントを使わないからだ」
「フェイント?」
「ああ
お前の気性は真っ直ぐだ
しかし真っ直ぐ過ぎて、次にどこを狙うかが丸分かりだ」
「なるほど
しかしそう言われても…」
「そうだな」
アモンは一旦剣を引いて、ギルバートに攻撃の仕方を伝授する。
「ここで真っ直ぐに突っ込むだろう?」
「ああ」
「だが、身体を右に捻ってから左に切り付けるのは?」
「え?」
「それがフェイントというものだ」
「難しいな…」
ギルバートはアモンに教えられながら、左右に重心を移してみる。
「違う!
そうじゃ無い」
「え?
どうやるんだ?」
「こうして、ガっと動いて…
それからこうシュバッと…」
「えっと?」
「違う違う違う!
そうじゃ無い」
アモンは分かり易く教えているつもりだが、擬音語が多くて理解し難い。
本人が獣人の魔王な為に、本能に従って戦う感覚派なのだ。
フェイントの仕方を教えようとしても、上手く伝わらないのだ。
アモンは擬音語を交えて、一生懸命にフェイントを解説する。
「こうしてズザっと…」
「え?
ズザっと?」
「そうじゃ無い」
「アモン様
それじゃあ分からないのでは?」
「そうですよ
アモン様は教えるのは下手ですから」
「うるさい!」
「言葉よりも、実際に見せた方が良いのでは?」
「それだ!
よく見ておけよ」
「ああ」
「こうしてシュバッと身体を動かして…」
「え?
ええ?」
アモンは実演してみるが、なかなか上手く伝わらない。
動きは何とか捉えられるが、それをどうやっているのか分かり難いのだ。
そもそも分かり難いからこそ、フェイントになり得る。
それに加えて、アモンの動きはギルバートのそれより遅かった。
「ああ!
イライラする」
「えっと?
こうして…」
「だからそうじゃ無いって…
ただ早く動くんじゃ無くて…」
「はあ…」
「あの方はお強いのだけど…」
「頭の方は…」
「そっちも大変なんだな」
「ええ」
騎兵とハイランドオーク達は、休憩の合間に二人の様子を見ていた。
ギルバートは少しずつだが、重心の移動を覚え始める。
しかしそれが、何で相手を翻弄するのか分からなかった。
ギルバートの動体視力では、アモンの動きは見抜けていた。
「殿下
フェイントってのは相手を騙す事です」
「右に行くと見せて、違う方向に行く
そういう感じですよ」
「うーん
よく分からん」
「相手を騙す為に、体重を向かう方向とは違う方に向けるんです」
「そんな事したら、バランスを崩さないか?」
「そうならない為に、何度も練習して覚えるんです
反対に体重を傾けても、転ばない走り方ってあるんですよ」
「へえ…」
「そうじゃ
ワシが教えてるのは、まさにそういう技術じゃ」
「え?
そうなの?」
「だからお前が飲み込みが悪いから…」
「いや、教え方も問題があるぞ」
「何じゃと!」
「何だよ!」
ガキン!
二人は睨み合い、再び剣をぶつける。
「それならどっちが正しいか」
「決着を着けようじゃ無いか」
ガキン!
「うわっ
結局打ち合いを始めたよ」
「どっちも脳筋だからな」
「ああ
教えるのも学ぶのも、両方脳筋じゃな…」
「誰が脳筋だ」
「そうじゃぞ
こいつと一緒にするな」
「何を!」
「何じゃと!」
「はあ
似た者同士か」
「それで仲が良いんですね」
「一緒にするな」
「そうだぞ」
「はいはい…」
ギルバートとアモンは、文句を言い合いながら打ち合いを続ける。
しかし漸く理解したのか、ぎこちないながらもギルバートはフェイントを試してみる。
「せりゃあああ」
「む!
そうじゃ、そうやって翻弄するのじゃ」
「でも、上手く行ってないぞ」
「それはお前が、まだ上手く使いこなしておらんからのう」
ギルバートのフェイントは、まだまだ相手を騙せるほどの物では無かった。
しかし慣れてくれば、手数が多い分相手を翻弄出来るだろう。
アモンは打ち合いを続けながら、体重の移動なども教える。
「違う
そっちじゃ無くてこっちじゃ」
「いや、そっちこっちじゃ分からんだろ」
「分かれ!」
「無茶言うなよ」
カキン!
「はあ…
まだまだ無理そうですね」
「しかしあれが上手く行ったら、厭らしい攻撃になるぞ」
「そうですね」
「うりゃあああ」
「甘い
もっと体重を傾けても良いぞ
それで蹴り足に力を入れるんじゃ」
「こうか?」
「そうじゃ
しかしまだ甘いのう」
ゴギン!
それからギルバート達は、暫くここで訓練する事にする。
歩兵達は基礎訓練をして、騎兵達は実戦形式の訓練を行う。
ギルバートとアモンと戦う事で、より洗練された剣技を学んでいた。
食料は持って来た物と、合間にハイランドオーク達が森に集めに向かった。
騎兵達はへばっていたが、ハイランドオーク達はこの程度は平気だった。
そして下に控えていた兵士達も、その様子を見て訓練に参加した。
基礎訓練の山登りになるが、黙って見ていられなかったのだ。
彼等もまた、自分達の未熟さを痛感していたのだ。
「はあ、ひい…」
「きつい…」
山道の上り下りだけなのに、息は上がってくらくらと眩暈もする。
それでも必死になって行うのは、カザンを守りたいという思いがあるからだ。
ここで力を着けれれば、ギルバート達が去った後も自分達が戦える。
兵士達はそう思って、苦しい訓練に自主的に参加していた。
そうしてギルバート達が来てから、10日が経とうとしていた。
まだまだ続きます。
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