第522話
ギルバート達は、魔王アモンの居城に訪れていた
女神からの挑戦で、アモンと戦う為だ
そこでアモンと戦った訳だが、今は謁見の間で話し合いをしていた
女神が何故、この様な行いをしているかについてだ
今までの魔王や使徒の話でも、女神は人間に無償の愛を授けていた
しかしここに来て、突然滅ぼすと言って来た
その理由が分からず、こうして話し合っていたのだが、アモンが気になる事を語り始める
嘗て古代魔導王国を設立した、勇者と呼ばれる者の話だ
アモンは立ち上がって腰のポーチをまさぐると、一巻の羊皮紙を取り出す。
それをアーネストに放って寄越すと、話をし始めた。
「今こそ語ろう、若き英雄の物語を
それは彼の半生を、記した物語になる」
「これが?」
「ああ
思えば女神様が、眠りに着く様になったのはそれからだ
彼の死が、未だに女神様を苦しめているのだろう…」
アモンはそう言うと、苦々しそうにその巻物を見詰める。
これは彼にとっても、嫌な思いが詰まった物なのだろう。
アーネストは巻物を手にすると、その表を見てみた。
そこにはイチロ・スズキと、勇者の名が書かれていた。
「イチロ・スズキ?」
「ああ
それが勇者の名前だ」
「聞き慣れない名前だな
古代魔導王国の名前か?」
「いや
彼は王国の出では無い
彼が王国を作ったんだ」
「へえ…」
「それじゃあ、当時はこんな名前が?」
「いや、それも違うな
彼は何処か違う世界から、女神様によって呼び出された」
「呼び出された?」
「ああ
詳しくは知らないが、そう伝承されている」
アモンは咳払いをすると、古代の物語を語り始める。
「彼の者の名はイチロ
異界より女神に呼ばれし勇者
彼はこの地に降り立ち、竜と精霊の加護を得ん」
「何だか難しそうな話だな」
「我慢しろ
ワシはエルリックみたいに、詩人の素養が無い
そこに書かれた物語を、語って聞かせる事しか出来ない」
「ん?」
「すると何か?
このグネグネしたのは文字で、その物語を記しているのか?」
アーネストは呆れ顔で、アモンの渡した羊皮紙を広げる。
表には魔導王国の文字で書かれていたが、中は見た事が無い文字がびっしりと書かれている。
それを手渡されても、恐らくは読めなかっただろう。
「え?
それは公用語で、読めない筈は…」
「いつの公用語だ?」
「ん?」
「いや
お前にしても、エルリックにしても
いつの時代の話をしているんだ?」
「アモン様
今の公用語は違います」
「私らも違うと進言したでしょ」
「…」
「兎に角
今から語って聞かせる
それで良しにしろ」
「あ!
誤魔化した」
「お兄ちゃん
これはセリアも読めるよ」
「そうか
それは良かった」
ギルバートはそう言いながら、セリアの頭を撫でる。
一瞬間を置いてから、アーネストが驚いた顔をする。
「って!
おい!
読めるってどういう事だ?」
「んとね
これは妖精の国でも使われていたの
だからセリアも、何とか読めるよ」
「そ、そうか…」
「ふむ
其方は精霊女王か
それなら読めるであろうな」
アモンは頷いてから、再び語り始める。
「勇者イチロ
彼の者は遍く種族を束ね、女神の王国を作る
彼は種族の代表を従え、不変の平和を求める」
「ふむ
人間以外も従ったって事か」
「ああ
ワシも会った事が無いが、全ての種族がそこに集まったそうじゃ」
「へえ…」
「彼の者は六人の妻を迎え、彼の地に平和を齎さん」
「六人の妻?」
「ああ
詳しくは知らないんだが、獣人や魔族も妻として迎えたらしい
そうする事で、勢力バランスを保ったのだ」
「なるほど
各種族の代表を妻にして、人間との共存を図ったのか?」
「その通り
そしてその平和は、長く続くと思われていた…」
「思われていた?」
「勇者は国を興し、平和を約束した
しかしその平和は、勇者によって壊される
斯くて再び戦乱が訪れ、各種族は散り散りに離れ去った」
「え?」
「勇者がやったのか?」
「ああ
そこにも詳しく書かれていないのでな
ワシも詳しくは知らない
しかしその事が原因で、女神様は眠りに着いたのじゃ」
アーネストは羊皮紙を見詰める。
確かに書かれている文字の量から、それぐらいしか書かれていない様だ。
しかしそれなら、勇者が何をしたのかが分からない。
「一体…
何をしたんだ?」
「さあな
女神様もその事に関しては、決して口には出されなかった
しかしあの悲しそうな表情を見ると…
余程の事があったのだろう」
羊皮紙の下の方には、何かの肖像画描かれている。
「これは何だ?」
「ああ
何だか封印がどうとか…
ワシも詳しくは知らん」
「知らんって…」
「女神様がお話ししてくれんのじゃ
ワシも気になっておるが…」
「はあ
これが分かる者は生きていないだろうし…」
アーネストはセリアを見るが、セリアも首を振る。
「文字は読めるけど、意味や出来事までは…
セリアが産まれるより、ずっと前の話でしょ?」
「そうだな
ざっと500年ぐらい昔かな?」
「500年?
それじゃあアモンも?」
「ああ
ワシが300歳を越えているが…
まあ、それよりも古参の魔王なら、何か知っているかもな」
「そんな者が居るのか?」
「ああ
確か西の大陸に…」
「無理じゃ無いか」
西に大陸があるという事自体、初めて聞く事だった。
そこに住む魔王と話をする事など、出来そうも無いだろう。
「そうじゃな
そもそもが人間では、西の大陸に渡れんじゃろう」
「ああ
どのぐらい遠いのか…」
「いや
そもそもが無理じゃ
あそこは瘴気が強いからのう」
「瘴気?」
「ああ
ここと違って、魔素が強いからのう
瘴気になって漂っておる
そんな所に人間が行けば…」
「そうだな
死霊の瘴気でも危険だ
それが漂っている場所なんて、とても生きられないだろう」
クリサリス聖教王国や西方諸国には、比較的魔素が少ない。
そして魔素の濃い場所となると、魔の森などがそういった場所になる。
そして魔素が少ない場所は、帝国の様に生物が育たない場所になってしまう。
魔素がある事で、生き物は魔力を有して生きれるのだ。
ある程度魔素が全然無いと、魔法の発動が困難になってしまう。
しかし有り過ぎると、今度は有毒なガスとなってしまう。
それが魔王の言っている、瘴気と呼ばれる有毒ガスだ。
魔素は少なくても、多過ぎても駄目なのだ。
「そんな場所に魔王が?」
「ああ
そこには魔族という…
そうだな、瘴気が平気な人間?
そんな者達が住んでいる」
「へえ…」
「魔族か
魔導王国の文献にも、ほとんど書かれていなかったな」
「そうだな
恐らくは、その勇者の件があった後に、西の大陸に渡ったのだろう」
「なるほど
それで何となくは書かれているが、詳細が分からないのか」
「それで?
勇者の件は分かったが…
それと今回の事は?」
「ああ
そうじゃな…」
アモンは深く考え込んでから、一言発した。
「ワシが考えられるのは…
女神様の後悔」
「後悔?」
「ああ
初代皇帝カイザート
あれは良い男じゃった
気さくで勤勉で…」
「はあ…」
「しかし周りの者はそうでも無かった
その事が結果として…」
「皇帝の暗殺?」
「ああ
そうして皇妃であるアルサードも、帝国を道連れに果てた」
「帝国黎明期の悲劇ですね」
「ああ
あの時も、女神様は深く悲しんでおられた
カイザートを皇帝にしなければよかったとさえ仰られた」
「そうですか…」
「それと勇者イチロ
彼もまた、女神様によって勇者にされた者」
「ああ!」
「そうじゃ
勇者にならなければ、他の道もあったやも知れん」
「しかしそのイチロ?
彼は異界から勇者として呼ばれたんでしょう?」
「そうじゃがな
そうならなければ、彼も悲劇を起こさなかったじゃろう」
「そうですね…」
「しかし一体何が…」
「恐らくじゃが、皇帝の時と同じじゃろう
人間を至上として、他の種族を下に見る
その事で、何か諍いが起こった…」
「しかし何故?
それなら彼は、女神様の為に…」
「いや
恐らく勇者は、人間の側に着いたのじゃろう
それで女神と対立して…」
「あ!」
「そういう事じゃ
だから勇者の遺体が、封印されておるんじゃろう」
「封印…
これはそれを示しているのか?」
「あくまでワシの推測じゃがな」
羊皮紙に描かれた肖像は、六人の乙女が祈っている様にも見える。
その中心に描かれているのが、恐らく封印された勇者なのだろう。
「そう考えると、彼の妻だった者達も?」
「ああ
一緒に埋葬されておるのじゃろう
それがその肖像画じゃと、ワシは考えておる」
アモンはそう言って、溜息を吐いた。
「それじゃあ何か?
女神は後悔していて、自分を殺して欲しいと?」
「そうじゃな
本当に神が、殺せる存在なのかは分からない
しかし少なくとも、ワシにはそう見えるな」
「ううむ…」
女神は自分が指名した勇者が、二度も失敗を犯した。
そうして彼等の悲劇に耐えられずに、眠りに着いてしまった。
しかし今は、再び目覚めている。
「なあ
どうして滅ぼされたいんだ?」
「ん?」
「ギル…
お前なあ…」
アーネストは頭を抱えてギルバートを見る。
「お前は自覚が無いのか?」
「そうじゃぞ
ワシの力に近付いておる」
「え?
しかしアモンは、まだ本気じゃあ…」
「お前もまだ余力があるじゃろ?
そういう事じゃ」
「…」
「ギルがガーディアンと呼ばれていただろう?
恐らくそれが、皇帝や勇者に近い存在なのだろう」
「うむ」
「え?
私が?」
「自覚無しか…」
「ええ
こいつは王族の自覚も無いんですよ」
「苦労しておるな」
「ええ」
「ちょと待て!
どういう意味だ」
「そのまんまだよ」
アモンとアーネストは、一緒になって溜息を吐く。
その様子を見て、ギルバートは苛立って睨み付ける。
「お前が自覚が無いのが問題なんだ」
「そうじゃぞ
そもそも、ここに来る事自体間違っておる
王族ならば、部下を先ず向かわせるべきじゃろ」
「おい!」
「それはアモンも自覚が無いんじゃないか?
お前はそもそも、王都を滅ぼし掛けたんだぞ
そんな奴の所に、誰を向かわせるんだ?」
「え?
えっと…
そんな事もあったかのう」
「おい!」
「兎も角じゃ
ここに来たのは間違いじゃな
ワシは既に、魔王の資格を失っておる」
「え?」
「女神様からは、ここでこいつ等の面倒を見ろと言われた
それだけじゃ」
「え?
人間を滅ぼせとか…
私と戦えとは?」
「あのなあ、ギル
そもそもアモンは、狂暴化もされていない
女神は本当に、アモンを解放したんだろう」
よく見れば、確かにそうだった。
アモンの顔には険しさが無くなり、以前より柔らかな笑顔になっていた。
「狂暴化していない?
それじゃあ何で?」
「恐らくだが…
二人を戦わせる為だ」
「共倒れを狙ったと?
それにしては…」
「いや、そうじゃ無いだろう
恐らくはお前を鍛える為に…」
「ああ
そういう事か」
アモンが納得した様な顔をする。
「そうだな
このままでは、お前も部下も死んでしまうな
それでか」
「ああ
多分そうだ」
「おい
何にを二人だけで納得して…」
「あのなあ
お前がアモンと戦って、負ければそれも良し
人間を滅ぼすという事を実行するだけだ」
「な…」
「しかしアモンに勝てるのなら、或いは自分を倒せる
女神はそう考えたんだろう」
「ああ
それで間違いは無さそうだな
今のワシは、全盛期の力を取り戻しておる」
女神に使徒から解放された事で、制約が外されている。
それで女神の加護は無くなるのだが、同時に押さえていた枷も外されていた。
ギルバートの想像通り、アモンは以前よりも力を出せる様になっていた。
「全盛期の力?」
「ああ
使徒や魔王が、女神様から制約を受けているのは知っているな?」
「え?
そうなのか?」
「はあ…」
「エルリック!
あの野郎…」
「いや、これはギルの問題だ
エルリックは確かに、制約があると言っていた」
「そうだったか?」
「はあ…」
「まあいい
制約に関しては、女神様の事をみだりに話せないという事以外にもある
決められた力以上には、力を振るえないという制約だ」
「それって不便じゃ無いか?」
「ああ
全力を出せないって意味ではな
しかし許可が出れば、それだけ力を振るえる」
「へえ…」
「そして魔王の任を解かれた今
ワシは力の制約から解放されている」
「おお…」
「代わりに、今まで授かっていた女神様の加護を失ったがな」
「それって…」
「ああ、気にするな
寿命が長くなるとかその程度だ」
「アモン…」
アーネストが何か言い掛けたが、アモンが首を振ってそれを制する。
それでアーネストは、そのまま俯いて黙っていた。
「制約か
不便そうだが、加護は良さそうだな」
「そうか?
ワシからすれば、無駄に長生きになって不便じゃぞ?」
「それでも、人間の寿命を越えれるのなら…」
「お兄ちゃん…」
ギルバートはそう言いながら、セリアの方を向いていた。
「そうか
精霊女王か…
それならば長生きもしたいか」
「ああ」
「それならば、先ずは人間の限界を越えろ」
「え?」
「お前がガーディアンに到達すれば、或いは長生きが出来るやも知れん
ガーディアンの寿命は、300年ぐらいらしいからな」
「そんなに?」
「ああ」
アモンの言葉を聞いて、ギルバートはやる気を出していた。
上手く行けば、セリアとずっと一緒に居られるのだ。
「どうすれば良い?」
「そうじゃな
ワシと戦う事で、貴様の力は伸びるじゃろう」
「アモン様!」
「危険です!」
「黙っていろ!」
ハイランドオーク達が騒ぐが、アモンが一喝して黙らせる。
それからギルバートを見て、ニヤリと笑った。
「腹を括れ」
「ああ」
「それから…
お前達の部下も鍛えるか
少しはマシになるだろう」
「良いのか?」
「ああ
こいつ等をそのままにしても、暇を持て余すからな」
「別に暇では…」
「しかしアモン様の命なら」
ハイランドオーク達も頷き、兵士達と訓練する事を承諾する。
「アモン様
無茶はしないでください」
「あなた様はもう、加護が無い…」
「ええい、分かっておる
黙ってろ」
「はい」
斯くしてギルバート達は、アモンによって鍛えられる事になる。
女神の元へ向かう為に、より力を着ける為に。
まだまだ続きます。
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