第520話
ギルバートは竜の顎山脈を、下から見上げる
ここは麓になるのだが、石段を組み込んだ山道が、緩やかに上まで続いている
その先の靄の中に、城の様な影が見えている。
これが魔王が住む、竜の瞳城で間違い無いだろう
麓から見上げても、その城の影は薄っすらと見える
そう考えれば、その大きさは王都の城と同等かそれ以上だろう
大きな魔王の城を見上げて、ギルバートは拳を握り締める
ここを上れば、アモンが待ち構えている筈だ
「大きい…」
「王都の城と変わらないな」
「ああ
あんな場所に城を造るなんて…」
「狼狽えるな
竜の背骨山脈の館を見ただろう
あれと同じだ」
「それではこれも…」
「ああ
恐らく女神が造ったんだろう」
人間に造れそうにない大きさだ。
それを考えれば、女神の力を考えるのが自然だろう。
「行くぞ」
「え?」
「殿下?」
「ギル!
待つんだ」
「何故だ?」
ギルバートは苛立ち、拳を振り上げる。
「魔王の城は目の前だぞ」
「だからだ」
アーネストはギルバートを真っ直ぐ見詰めて、言葉を続ける。
「このまま登っても、登り切る前に夜になるぞ
それよりも今は、ここで一旦休息だ」
「しかし!」
「良いから言う事を聞け
兵士達も疲れているんだ」
「ぐう…」
確かに見回して見れば、騎兵は兎も角、歩兵は疲弊している。
このまま登るよりは、安全を確保して今は、ここで一旦野営をした方が良いだろう。
「今は休息を取り、明日の朝から登ろう
その方が良いだろう?」
「しかし…」
「焦る気持ちは分かる
しかしな、兵士を危険に晒す訳にはいかんだろ?」
「ぬう…」
「お兄ちゃん…」
セリアが心配して、ギルバートの手を握る。
「セリア?」
「セリアもね、休んだ方が良いと思うの
みんな疲れてるよ?」
「ぐう…
分かった」
ギルバートは兵士達に、野営の支度を始めさせる。
「騎兵達は周囲の警戒
歩兵部隊で野営の準備を」
「はい」
「カザンからの兵士達は?」
「今はオークの死体を回収しています」
「そうか…」
オークの遺骸を回収すれば、馬車の半数が一杯になるだろう。
それを考えれば、残りの馬車はこの場で待機が良いだろう。
「カザンからの馬車が来たら、ここで待機してもらう」
「え?
大丈夫ですか?」
「ああ
周辺にはもう、魔物はほとんど居ない」
「ああ
オレの魔力探知にも反応は無い」
ギルバートが振り向くと、アーネストも頷いて肯定する。
魔物が周辺に居ないのなら、ここは却って安全である。
「ここならば、いざとなれば上に上がれば良い」
「そうだな
上から矢で狙えば、少なくとも我々が到着するまではもつだろう」
簡単な打ち合わせをして、ギルバートは天幕を張らせる。
それからまだ明るいが、周囲に薪を拾いに向かわせた。
時間があるのだから、馬車に積んだ薪を使う必要も無い。
拾って来た薪を使った方が、後々に使う薪を残せる。
「天幕はどうします?」
「どうするって?」
「いえ
明日は登るんですよね?」
「ああ」
「その間に、ここの天幕はどうするかです」
「ああ…」
魔王城に攻め込むのだ、天幕は持って行く必要は無いだろう。
そう考えれば、馬車も荷物も持って行く必要は無かった。
「どうされます?」
「そうだな
確かに必要は無いか」
「馬車の荷物は降ろして、ここに本格的な陣を築こう
柵は作れるか?」
「はい
それぐらいの余力はあります」
兵士は頷いて、直ちに野営地の周りに簡単な柵を築く。
柵と言っても、杭を打ち込んで横木を打ち付けるだけだ。
しかしこれでも、野生動物なら侵入は防げる。
それにゴブリンやコボルトなら、柵を壊そうとするだろう。
その間に攻撃出来れば、それだけ簡単に討伐出来る。
「近場に水場はあるか?」
「少し離れた場所に、泉が湧いています」
「そこから水は汲めるか?」
「はい
兵士数名で向かえば大丈夫かと」
「そうか」
後の問題は、食料が足りるかどうかだ。
カザンにはこれから、帝国の難民が来る恐れがある。
そう考えれば、カザンからの食料は当てにならない。
こちら側で、食料を確保する必要があった。
「近場に…
木の実や野草はあるか?」
「どうですかね…」
「しかし王都よりは暖かいので…
探せばありそうですね」
「よし
野営地の準備が出来たら、周辺の探索をしてくれ」
「はい」
食料の探索は兵士達に任せて、ギルバートはさっそく天幕に入って指揮を執る。
魔王城には向かいたいが、アーネストの言う通り焦りは禁物だ。
先ずはここに陣を敷いて、周囲の安全を確認する必要がある。
「アーネストはああ言っていたが、周辺の安全も確認する必要がある」
「はい」
「騎兵部隊は周辺の見回り
歩兵は食料の調達と、陣地の補強をしてくれ」
「はい」
「魔物を見付けた場合は、一旦ここへ戻る事
無理して討伐しようと思うな」
「はい」
各自を送り出して、ギルバートは羊皮紙を取り出す。
ここでの状況を、バルトフェルドに報告する為だ。
手紙はアーネストの使い魔が届けてくれる。
「これで少しでも、バルトフェルド様が安心出来れば良いが」
ギルバートはそうボヤキながら、書類を作成する。
「アーネスト」
「使い魔か?」
「ああ」
「中身を確認しても?」
「良いけど…」
アーネストは手紙を開き、ざっと中身を確認する。
「相変わらず字が汚いな…」
「ほっとけ」
「はははは
問題は無さそうだな」
アーネストは使い魔を生み出すと、その脚に手紙を括り付ける。
手紙を持った使い魔が、野営地から飛び立つ。
ここからなら、明日の朝には王城に着くだろう。
「はあ…
後は報告待ちか」
「そうだな
木の実でも見付かれば良いが」
アーネストは魔導書を開いて、使う魔法の確認をする。
ここまでは魔法を必要とする、戦闘は行われなかった。
オークは武装してはいたが、騎兵で十分対処出来る程度だった。
しかしここからは、魔王の居城となる。
「大丈夫か?」
「問題無い」
アーネストはそう言いながら、魔導書から幾つか呪文をメモする。
咄嗟に魔導書を開いていては、魔法の発動に間に合わない。
予め使いそうな魔法の、呪文を書き出しているのだ。
「今回は巨人は居ない
オーガには拘束魔法だし、それ以外は炎の魔法で何とかなるだろう」
「そうか…」
「後は幾つか…」
アーネストは少し考えて、追加の呪文をメモする。
「そうだな
幾つか用意しておくが…
合図をしたら兵士を下がらせてくれ」
「ん?」
「危険な魔法を使うんだ
兵士を巻き込みたくない」
「そういう事か
分かった」
相手が危険な魔王である以上、危険な魔法も使うつもりらしい。
その際に、兵士が魔法の影響下に居ては巻き込まれる。
だからアーネストは、兵士を下がらせる事を提案しているのだ。
「大丈夫なのか?」
「ああ
使えばかなり危険だと思う
だから効果範囲には、兵士を入れたくない」
「分かった
その時は下がる様に、兵士達には指示を出しておく」
「頼んだぞ」
「ああ」
ギルバート達もこうして、魔王城に入る準備を進める。
あのまま進んでいたら、こんな打ち合わせも出来なかっただろう。
「焦って登らなくて正解だっただろ?」
「それはそうだが…
しかしこうしている間にも…」
「そうなんだがな
それで失敗したら、全てが終わるかも知れない」
「そうだな
少なくとも、王国は終わりになるだろうな」
ここで失敗すれば、王族がマリアンヌだけになってしまう。
それにアモンが動き出せば、カザンから王都に向けて進軍するだろう。
その時にどれだけ被害が出るのか、想像も出来ない。
「殿下
木の実が幾つか見付かりました」
「食べれそうか?」
「ええ
ベリーも見付かっています」
兵士達は嬉しそうに、見付かった食材を持ち帰っていた。
「うん
これで暫くは持ちそうだな」
「そうだな」
外は既に、日が沈み始めていた。
まだ冬の最中なので、日が沈む時間も早かった。
兵士達は焚火に火を着けて、暖を取り始める。
水も汲んで来たので、暖かい食事が作られる。
「このまま…
魔王と和解出来れば良いのだが」
ギルバートはそう呟き、野営地の焚火を見詰めていた。
翌朝は日が差し込んだところで、兵士達は支度を始める。
カザンの兵士達は、合流して野営地で休んでいた。
「ここは君達に任せる」
「しかし魔物が…」
「大丈夫だ
騎兵が周辺を回ったが、魔物の姿は無かった」
彼等に野営地を任せて、ギルバートは魔王城に向かう。
先ずは騎兵が先頭に立つ。
「目指すは魔王城だ」
「おう」
「出陣」
「出陣」
騎兵が馬を駆り、ゆっくりと山道を上り始める。
その後に兵士達が続き、ギルバート達は兵士の真ん中に立っていた。
殿の騎兵は、後ろが安全なので少な目にしてある。
山道には魔物が居ないので、一行はそのまま登り続ける。
そしてソルスが頂点に上がる前に、騎兵達は魔王城の前に到着した。
「これが魔王城…」
「見た事の無い石ですね」
魔王の城は、見た事の無い鉱石で覆われていた。
しろい石壁に見えるが、その継ぎ目が見えないのだ。
まるで粘土か何かを、綺麗に塗り固めた様にも見える。
「固いな」
コンコン!
ドガッ!
ギルバートが軽く殴って、硬さを確かめる。
しかしまともに殴ったのに、壁にはヒビも入らなかった。
「何の素材だ?」
「いや
その前に何でも硬さを試すなよ…
手は大丈夫か?」
「ああ
そこまで本気じゃ無いさ」
そうは言っても、結構鈍い音がしていた。
あれが木だったら、表面は窪んでいただろう。
「ここで眺めていても、埒が明かない
入ってみるか」
「そうだな
しかしどう入るか…」
城の入り口は、馬車が2台並んでも十分に入れそうな大きさだった。
騎兵を2列に並ばせて、そのまま入るのが安全だろう。
しかし明ら様に、何か罠がありそうに見える。
周りに魔物の姿が見えないのだ。
「どうだろう?
中で待ち構えて居るかな?」
「だろうな?
そうとしか思えない」
「騎兵を2列にして…」
ゴゴゴゴ…!
ギルバートが話している内に、何故か正面の扉が開かれる。
「え?」
「ぬはははは
良くぞ来た、人間の勇者よ」
扉の中から、魔王アモンの声が聞こえる。
「貴様がいつまでも外で騒ぐから、ワシから迎え入れる事にした
さあ、入って来るがよい」
「大丈夫か?」
「罠の可能性もありますが…」
「そんな事は考えないだろう」
「そうだな
アモンだもんな」
ギルバートはそう言って、扉を潜る。
扉を潜った先には、大きな広間が広がっている。
そこにはハイランドオークが並び、その奥にアモンが控えていた。
アモンはギルバートを、正面から見詰めていた。
「今日は何用でここを訪れた」
「アモン
私を覚えているか?」
「ん?
確かアラバータの息子…
だったか?」
「違う
アルベルトの息子、ギルバートだ」
「そうそう
ゲロバートだったな」
「違う!
貴様、わざと間違えているのか?」
「はははは
すまんすまん」
「どうやら
奴はお前を覚えているぞ」
「ああ
この前はそうじゃ無かったのに…」
ギルバートはアーネストと、ひそひそと言葉を交わす。
巨人の襲撃の時には、アモンはギルバートの事を忘れていた。
しかしこのアモンは、ギルバートの事を覚えている。
そして話し方も、初めて戦った時の話し方に戻っていた。
「アモン
お前は女神に命令されてここに居るのか?」
「女神様と言え!
この無礼者が」
ビリビリ!
アモンは怒って、咆哮の様な声を上げる。
その声を聞いて、兵士の半数が気絶してしまった。
「ぐうっ…」
「ほう…
ワシの威圧に耐えるか」
「ああ
あれから色々あったからな」
「ふむ
前よりはマシな面構えだな」
アモンは感心した様に頷き、ギルバートを見ていた。
「それで?
何しにここへ訪れた」
「それはな、女神が…
あれが本物の女神とは思えないが、お前を狂暴化させて人間を襲わせると言っていた」
「女神様が?
ううむ…」
ギルバートの言葉に、アモンは不快そうな顔をして唸る。
しかしその様子は、とても狂暴化されている様には見えなかった。
「お前はそれを、誰から聞いた?」
「それは女神を名乗る者からだ」
「なるほど…
女神をん名乗る者か
確かにそうだな」
アモンは頷くと、ギルバートに向けて剣を引き抜く。
「それならば、ワシはお前と戦わんといかんな」
「それは…
アモン
お前が操られていないのなら…」
「ギル!」
ギルバートが戦いを躊躇っているのを見て、アーネストは首を振って示す。
「最早言葉は不要だろ?
ギル
オレ達はここに、攻め込んで来た者達だ」
「そう
そしてワシは、こいつ等を守る為に戦う必要がある」
「そんな!」
「最早遅いのだ
その女神と名乗る…
くそっ!
許せ!」
「アモン!」
「言っただろ
最早言葉は不要だと」
ガキン!
アモンが振り下ろした剣を、ギルバートは光の欠片で受け止める。
「アモン様
人間と争うのは…」
「お前等は手を出すな
ワシとこいつの、1対1の戦いじゃ」
「しかし…」
「お前達も手を出すな
アモンとは私が戦う」
「ギル」
双方の兵士に、手出しをしない様に伝えられる。
そうしてアーネストは、信じてると頷いてみせる。
「負けるなよ」
「ああ」
ギルバートは仕方ないと、溜息を吐いて思考を切り替える。
目の前に立つのは魔王で、一瞬の油断も出来ない相手なのだ。
「悪いが、人間を守る為に勝たせてもらう」
「そうはいかん
ワシも女神様の期待が掛かっておるからな」
ガキン!
再び剣が打ち合わされて、宙に火花が飛び散る。
ここに魔王と王太子の、1対1の戦いが始まった。
まだまだ続きます。
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