第518話
ギルバート達は王都の東、馬で数日のカザンの街に来ていた
侯爵から兵を借りる約束は取り付けたが、その兵を集めるのに半日は掛かる
それまでの間を、カザンの街で過ごす事になる
兵士達には、束の間の休息が与えられる事になる
補充の兵士を集めるのに、半日は掛かる事になる
そこでギルバートは、1日ここに逗留する事にする
本来ならば、急いで魔王の居城に向かいたいところだ
しかし焦っても、兵士達が疲弊して失敗する可能性が増すのだ
「とは言ってもな…」
「良いから
お前はセリアと楽しんで来い」
「にゅふふふ♪」
「ほら
セリアも嬉しそうに待ってるだろ」
ギルバートはアーネストに押されて、宿からセリアと一緒に追い出される。
どうせならここで、セリアと一緒に遊んで来いと言われたのだ。
「しかしな…」
「お兄ちゃん
あっちから良い匂いがするよ」
「はあ…」
ギルバートはセリアに手を引かれて、串焼きが売られている屋台に向かう。
それを宿の入り口で、アーネストが見守っていた。
「どうです?」
「ああ
やっと向かったよ」
「良かったですな」
「ああ
本当だよ」
旅に出てから、セリアは不満そうにしていた。
愚痴こそ言わないが、ギルバートにあまり構ってもらえなくて不満だったのだ。
それでカザンに着いた時には、すっかり膨れっ面になっていた。
「イーセリア様はずっと精霊の加護を張られていましたからね」
「ああ
ここらで羽を伸ばしてやらないとな」
兵士達とアーネストは、うんうんと頷いて二人を見守る。
「良いか
邪魔しない様にしろ」
「分かっています」
「あくまで護衛だからな
出歯亀になるなよ」
「はい」
一応護衛の兵士を、遠くから見守らせる事にする。
しかし二人を邪魔するのも気が咎めるので、遠くから見守る程度だ。
そもそもギルバートの力であれば、武装していなくても安全だろう。
しかし王太子なので、一応は護衛は必要なのだ。
「邪魔はするなよ
あれから二人で、ゆっくりしていない筈だからな」
「そうですよね
折角夫婦になられたのに…」
「ああ
女神め
何が認めないだ」
ギルバート達の結婚式に、女神が乱入して来た。
そして二人の結婚を認めないと宣言したのだ。
お陰で王太子夫妻は、王国の法律上では結婚しているが、女神から認められていない事になる。
それを気にして、ギルバートは妻と言う事にも躊躇いを感じていた。
二人は先ず、串焼きの店に並んでいた。
そこはボアという猪の様な獣の肉を、串に刺して焼いていた。
串焼きは塩と香草を掛けて焼く店が多い。
しかしその店は、わざわざ香草を煮込んだソースを作って塗っていた。
それで周りの店に比べると、独特の芳ばしい香りがしていた。
「お兄ちゃん
早く早く~」
「ああ
串焼きを2本くれ」
「あいよ
銅貨4枚だ」
「安いな?」
「そうかい?
まあ、可愛いお嬢ちゃんを連れているからね
サービスだ」
店主は気前よくそう言って、串焼きを2本手渡す。
「そんな可愛いお嬢ちゃんを連れてりゃ、客も増えるからね」
「はははは
すまんな」
ギルバートはセリアを可愛いと言われて、すっかり上機嫌になっていた。
だから店主が手渡す時に、ボソリと呟いた言葉にも気付かなかった。
「女王によろしくな」
「ん?
何か言ったか?」
「え?
いやあ
頑張りなよ」
「ん?
ああ…」
ギルバートは何を頑張るのか、理解出来ずに首を捻る。
しかし後ろが閊えるので、慌ててその場を離れた。
「ほら
手を汚さない様にな」
「うん
わ~い♪」
セリアは串を手にして、大きめの肉に齧り付く。
一口大に切ってはいるが、セリアには少し大きかった。
それで口元にソースが、べったりと着いていた。
「うみゅう
美味しい♪」
「ほら
ソースが着いている」
「ふみゅう」
ギルバートは布巾を取り出すと、セリアの口元を拭ってやる。
それから次の出店に向かって、果汁のジュースを買って来る。
「ほら
喉が渇いただろ?」
「うん」
セリアはジュースを受け取ると、んぐんぐと飲み干す。
こうした出店の飲み物は、木製のコップに入れられている。
そうして飲み終わったら、そのままコップを店に返す。
それを店主が洗って、また次の客に使うのだ。
「さて
何処に向かうかな」
「んとね
あっちが良い」
「そうか?」
街並みはある程度込んでいて、ここが交易が盛んだと示している。
しかしこの賑わいも、もうすぐ少なくなるだろう。
魔王が動き出せば、それだけ隊商の行き来が難しくなる。
加えて帝都が消失した影響も出て来るだろう。
今はまだ、帝都からの難民は到着していない。
しかしそろそろ、帝都が無くなった噂がカザンにも届いていた。
出店の一部も、それで早々と店を畳んでいた。
「おい
聞いたか?」
「ああ
どうやら本当らしいぞ」
「いや、でも帝都だろ?
道を間違えたんじゃあ…」
「そうだな
あそこは一面の砂漠だもんな」
「でもよう
難民の列を見たって」
ギルバートは気になって、その話をする出店の前に向かった。
「なあ
難民って本当かい?」
「ああ
他の隊商の奴等が、何百人って難民を見たって」
「それは多いな…」
「だろ?
だから帝都が消えたって噂も、満更じゃあ無いんじゃねえかって」
「そうか…」
ギルバートは礼を言うと、並んでいる焼き菓子を買って戻る。
「うみゅう?」
「ああ
どうやら帝都の難民が向かっているらしい」
「向こうの大きな街の?」
「ああ
セリアも見ただろう」
「うん…」
セリアは暗い表情をして頷く。
二人の結婚式を邪魔した時、女神は帝都を砂に飲み込ませる映像を見せていた。
それはどうやら本当に行われた様で、帝都の難民がこちらに向かっているのだ。
「これは侯爵に報告しなければ…」
「うみゅう…
お兄ちゃん」
セリアの声を聞いて、ギルバートはハッと気付く。
いつの間にか楽しい一時を、台無しにしていたのだ。
「すまない
すぐに戻る」
「ふみゅう…」
ギルバートは慌てて、宿の方に向かって走る。
その様子を見て、アーネスト達は慌てて中に引っ込んだ。
「マズい!
見付かったか」
「そんな筈は…」
「急げ!」
慌てて中に戻ると、席に座って何食わぬ表情をしようとする。
「アーネスト!
はあ、はあ…」
「ど、どうしたんだ
そんなに慌てて」
「いや、帝都からの難民の話が…」
「ああ、その事か」
どうやら覗いていた事がバレた訳では無いと分かり、アーネスト達はホッとする。
「その事って…
一大事だろ?」
「大丈夫だ
侯爵には既に話してある」
「話してるって?」
「ああ
対策は着いた人数次第だが、どうにかするつもりだ
しかし今は…」
「魔王の事が先か?」
「ああ」
既にアーネストは、侯爵に話をしていた。
恐らく受け入れられないだろうから、カザンの周辺に天幕を張る事になるだろう。
ここは王都に比べると、まだ雪が少なくて何とかなる。
具体的な対策は、魔王を討伐してからになる予定だ。
「しかし何百人もの移民だぞ?」
「ああ
そうは言ってもな、どの道今すぐには何も出来ないよ
それに今は…」
「あ、おい!」
「セリアと楽しんで来いと言っただろ」
「そんな事より…」
「そんな事?
お前はセリアの事が大事じゃあ無いのか?」
「そんなんじゃあ無い!」
「だったら…」
アーネストは兵士と一緒になって、無理矢理ギルバートを宿から追い出す。
「そっちの事はオレや侯爵に任せろ
お前は今は、セリアの為に尽くせ」
「しかし…」
「良いか
お前なあ、あれから碌に相手してないだろ
ちゃんと毎晩抱いているのか?」
「い、いや
今は行軍中だろ」
「馬鹿!
その前だ
フィオーナの所に愚痴を言いに来てたぞ」
「え?
ううむ…」
確かにギルバートは、新年の初夜の後は2回ぐらいしか抱いていなかった。
その事でセリアが不満に思い、またフィオーナの所に行っていたのだ。
予想外の事に、ギルバートは顔を赤くして俯く。
「すまない
しかしセリアが…」
「ああ
毎晩してくれないって、愚痴っていたぞ」
「そ、そうか…」
「ああ
今夜はここで泊まる
ちゃんと相手をして、夜も満足させろよ」
「え?
夜?」
「ああ
その為に、お前等には専用の個室にしてる」
「ちょ!
馬鹿、お前…」
「良いから行ってこい」
ドカッ!
アーネストはギルバートを、宿から強引に蹴り出した。
「痛って…」
「お兄ちゃん」
セリアがその様子を見て、トテトテと駆けて来る。
「大丈夫?」
「ああ
しかし、何も蹴り出さなくとも…」
「良いから行って来い!」
「は、はい」
「むう…」
セリアは一瞬、不満そうな顔をアーネストに向ける。
しかしアーネストが、ニコニコしながら頷くのを見て理解する。
「夜まで戻って来るなよ」
「分かったよ
行くぞ」
「うん♪」
セリアはギルバートの手を握ると、嬉しそうに歩いて行った。
「はあ…
何とかバレずに済んだな」
「ええ
しかし良いんですか?」
「ん?
少しは遊ばせてやれ
これから生きるか死ぬかの戦いになる」
「そう…ですね」
「お前等も手が空いてる奴は、今の内に済ませて来い」
「良いんですか?」
「ああ
その代わり、足腰が立たんとか言い訳は無しだからな」
「はははは…」
「いくらなんでも…」
アーネストは作業の終わっている兵士達から、順番に遊びに出させた。
その代わり酒は厳禁で、ほどほどに済ます様に注意する。
この戦いに出れば、生きて帰って来れないかも知れない。
そう考えたら、ここで最後の思い出を作るのも悪く無いだろう。
クリサリス聖教王国は、基本的には一夫一妻制である。
そして買春は御法度となっている。
しかし表向きで、こういった交易の要衝では、夜の店も多く営業している。
兵士の中には若者も多く、未経験な者も少なからず居た。
そういった者達に、アーネストは金貨を何枚か持たせて送り出した。
これからの事を考えて、せめて悔いの無い様にしてやる。
アーネストなりの野菜しい配慮だった。
「場所が分からない奴は、そいつ等に教えてもらえ」
「え?」
「アーネスト様」
「お前達、前回の旅の時に向かっていただろ」
「え!
な、何の事だか…」
「ちゃんと報告は入って来てる」
アーネストはそう言って、護衛の兵士達に目配せをする。
何人かが苦笑いを浮かべて、視線を逸らしていた。
「な、お前等!」
「仕方が無いだろ
帰って来たところを見付かったんだ」
「だからって…」
「行くなとは言わん
しかし仕事に悪影響の無い様にな」
「!!
では、我々も…」
「仕事に影響が無い様にな」
「やった!
行くぞ、お前達」
「え?」
「あ、はい…」
カザンに来た事ある兵士は、当然そういった店の場所も押さえている。
彼等は若い兵士を連れて、娼館に向かって出て行った。
「良いんですか?」
「ああ
ただし仕事が無い奴がな
お前等も交代したら、行っても良いぞ」
アーネストはそう言って、片手をひらひらさせる。
「しかし交代の見張りも…」
「だから酒は厳禁だ
仕事に影響が無い様にと言っただろ?」
「はい」
「それと…
若い奴等を頼む」
「思い出作りですか?」
「ああ
そのまま死んだら…
不憫だろ?」
「ええ」
「さて
オレは侯爵に会って来る」
「はい」
「くれぐれも、羽目を外さない様にな」
「はい」
アーネストはそう言い残すと、侯爵に面会する為に領主の邸宅に向かった。
補充の兵士の事もだが、先ほど上がった難民の事もある。
そういった些末事を、片付けておく必要がある。
「オレもフィオーナを連れて来たかったな…」
アーネストは道行く人々を見て、ぼんやりと呟いた。
考えてみれば、ダーナと王都以外では一緒に出歩いた事は無かった。
それも王都では、色々あってあまり出歩いていないのだ。
それを思うと、こうした所でのんびりと、二人で出歩いてみたいと思っていた。
「いや
三人かな?」
既に二人には、可愛い娘が産まれている。
どうせなら、三人で出掛けるのも楽しいだろう。
それにはジャーネが、もう少し大きくなる必要があった。
「その為には…
勝たないとな」
魔王に勝つ事もだが、女神もどうにかしなければならない。
倒せると思えないが、せめて人間を滅ぼす事を止めないといけない。
そうしなければ、アーネスト達だけではなく、妻や娘の命も危ないからだ。
そんな事を考えながら、アーネストは領主の邸宅に向かった。
その頃ギルバートは、セリアとカザンの街並みを歩いて回っていた。
出店も楽しいが、何よりも異国の品が目を引いていた。
西方から入手した、美しい細工の髪飾り。
帝国の東から仕入れた、美しい布で織られた衣服。
そうした物を見て、セリアは目を輝かせていた。
「うわあ
綺麗だねえ♪」
「ああ
こっちなんてどうだ?
セリアの金の髪に似合いそうだぞ?」
「うわあ♪
でも…」
高そうな髪飾りを見て、セリアは目を輝かせる。
それは蝶をモチーフにした、銀細工に宝石をあしらった髪飾りだ。
しかしこんな高い物を、強請っては駄目だと思っていた。
「店主
これは幾らだ?」
「金貨12枚です」
「高いな
9枚にならないか?」
「それは困ります
それなら金貨11枚で…」
「お兄ちゃん
良いよ、高いから…」
「しょうがない
大負けに負けて、金貨10枚だ」
「よし、買った」
「お兄ちゃん…」
「ほら
着けてご覧」
「ふみゅう…」
セリアは困った顔をしながら、髪飾りを着けてみる。
そうして店主が用意した鏡の前で、それが似合うか確かめる。
セリアの淡い金色の髪に、キラキラと銀の蝶が輝いていた。
「うわあ♪」
「似合ってるぞ」
「うん♪」
「お似合いですよ」
「ありがとう♪」
セリアは嬉しそうに、鼻歌を歌いながらクルクルと回った。
「ふんふんふ、ふんふふん♪」
「綺麗だぞ」
「うん♪」
二人はそのまま、暗くなるまでカザンの街並みを楽しんで回った。
まだまだ続きます。
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