第509話
王都の新年の祝いは、順調に準備が進む
夕刻にはもう、すっかり宴の準備は完了していた
後は着替えて、新年を祝う準備をするだけだ
そこでギルバートは、新年を祝う為の支度を始めた
今年の新年の宴は、国王が不在の物になる
その代わり、進行はバルトフェルドが行う事になる
ギルバートは、主賓として上座に座る事になる
そしてそこには、来賓の代表として皇女も列席する事になる
「ふう
肩っ苦しい恰好は嫌なんだが…」
「我慢してください
これは殿下の結婚式でもあるんですから」
ギルバートは、新郎として相応しい白いローブを身に纏う。
それに王位を現わす王冠や、王家を示す紋章などをあしらったマントを羽織る。
そして脇には、王が持つ王笏も用意されている。
「これって…」
「ええ
陛下がお召しされていた物の予備です」
「いや、そうじゃ無くて…」
ギルバートはまだ、王位を継いでいない。
正確には王太子として、国王から戴冠も受けていないのだ。
戴冠式を行う前に、巨人の襲撃となっていた。
それで王太子ではあるが、正式な戴冠は成されていなかった。
「そもそもこれって、国王が身に着ける物だろ?」
「そうですが?」
王冠もマントも、国王が身に着ける物である。
王笏に至っては、国王が使っていた物がそのまま残されていた。
ハルバートが戦場に立つ際に、そのまま残されていたのだ。
「私は国王には…」
「どうせいずれはなるんです
今からその権威を示さなければ」
「しかし…」
「これはバルトフェルド様やアーネスト様のお考えです
殿下はこの騒ぎが収まるまで、王位を継ぎたがらないだろう
しかしそれでは、貴族達に示しが付かないとの事です」
「ううむ…」
今は他の領地では、各々の裁量で統治を任せてある。
しかし中には、王位を狙っている貴族も居るらしい。
そういった者達に、王家は健在だと示す必要がある。
その為にも、こうして王位を継ぐ意思がある事を、示す必要があるのだ。
「殿下が国王の名代として、王都を治めている
それを示す為にも、この装備は重要なんですよ」
「はあ…」
ギルバートは溜息を吐きながら、王冠やマントを身に着ける。
自分で身に着けるには、このローブが動き難くて難しいのだ。
「どうでも良いけど、この服は動き難いな…」
「それは国王という者の権威を示す為で…
おおよそ動き易さよりは見た目を重視しまして…」
「つまり動き難い事は分かっているんだな
それじゃあ襲われたら…」
「それは大丈夫です
その為にマントがございますから」
ローブは重くて動き難いが、代わりにマントが丈夫な防具の代わりになる。
それで仰々しく、背中に王家の紋章が縫い込まれているのだ。
それにローブやマントの素材も、特注の素材を使っていた。
ワイルド・ベアの毛皮を、鞣して織り込んでいるのだ。
「ふう…」
「苦しくは無いですか?」
「え?
息苦しいよ」
「いえ、そういう意味では無くて…」
メイド達は腰紐を調整して、ローブをゆったりと見える様にする。
それからマントの角度や、王冠の位置も調整する。
「これでよろしいかと」
「そうか
早く脱ぎたいよ…」
「駄目ですよ
このまま新年を迎えて、結婚式も行いますから」
「うへえ…」
「明日の朝には、いつもの軽装に戻れます
それまでは我慢してください」
「いや、あれだって面倒なんだぞ
本当は革鎧の方が…」
「駄目ですよ
王太子が祝賀行事で、鎧に身を固めるなんて」
「そうですよ
それにイーセリア様が可哀想ですよ」
「う…」
セリアが結婚式を、楽しみにしていると聞いている。
それでギルバートも、面倒臭い行事に参加するのだ。
そうで無ければ、バルトフェルドに丸投げしていただろう。
「さあ、それでは会場に向かいましょう」
文官に促されて、ギルバートは回廊を進む。
重装のローブなので、足を動かすのも一苦労だった。
身体強化を使えば、そこまで大変な事も無いだろう。
しかしそうすれば、今度はローブの縫い目が解れてしまうだろう。
いくら頑丈だと言っても、ギルバートの膂力には敵わないのだ
無理に動かない様に、ギルバートは慎重に回廊を進む。
そうしてバルコニーに出ると、先ずは住民達に感謝の言葉を掛ける。
それから新年を迎えるに当たって、感謝と祝いの言葉を女神に捧げる。
これが領主や国王が、新年を迎える前に行う行事だ。
「先ずはみなの者、この宴の準備ご苦労であった」
慇懃無礼な言葉だが、王としてはこういった態度も必要なのだ。
いつもの口調にならない様に、ギルバートは慎重に言葉を選ぶ。
事前にアーネストに教わって、ある程度は練習していたのだ。
「間もなく月が昇り、新年を迎える事だろう
今年も無事に過ごした事を、女神に感謝しよう」
ギルバートはそう言って、脇に用意された杯を手にする。
それを天に向かって掲げると、月に向かって乾杯をする。
住民達もグラスやカップを手に、それぞれ月に向かって乾杯をする。
「新年を祝い、今年の豊穣と安寧を祈って
乾杯」
「乾杯」
みながそれぞれ乾杯をして、グラスやカップから酒を飲み干す。
この時だけは、少年もお酒を飲む事を許される。
とはいえ、アルコール度数の低い酒ではあるが。
それに悪酔いしない様に、一杯だけである。
中には親が見張って、葡萄ジュースしか飲めない者も居る。
そうして杯を空けると、ギルバートは月に向かって新年を祝うのであった。
「さあ
新年を迎え、祝いの時を大いに楽しもうぞ」
「おお!」
その声を合図に、新年を祝う鐘が打ち鳴らされる。
本来の日が変わる時刻には、まだ数時間ある。
しかしそこまで待つと、疲れて眠り出す者も出るだろう。
だからこそ、こうして祝いの席を設けて行うのだ。
「ふう…
無事に終わったな」
「まだですぞ」
「そうです
殿下はそのままで」
「ん?」
バルコニーの新年の祝いの席が片付けられ、代わりに白い花をが飾り付けられる。
事前に用意されていたのか、それはあっという間にバルコニーを彩る。
そうして飾り付けが終わると、一人の女性がメイドに連れて来れられる。
しろい花嫁衣裳を身に着けた、セリアがそこに立っていた。
「お兄ちゃん…」
セリアはもじもじして、ギルバートを上目遣いで見る。
その姿は白いドレスに彩られて、美しく清らかに見える。
「どう?」
「う…」
「う?」
「うつくしい…」
それはギルバートにとっては、素直な感想だった。
他に言葉が見付からず、何とかそれだけを絞り出す様に呟く。
普段の可愛らしい姿からは、想像出来ない美しさだった。
まだ幼さが残るが、以前に見た精霊女王とはまた違った美しさだった。
「うふ♪
嬉しいわ」
セリアははにかみながら、頬を染めてギルバートを見詰める。
その姿を見詰めていると、ギルバートは自然にセリアの頤にてを添えていた。
そのまま吸い込まれる様に、セリアの小さな唇に吸い寄せられる。
まるで魅了の魔法に掛かったかのように、ギルバートはそのままセリアにキスしようとしていた。
「おほん」
「あ…」
文官の咳払いに、ギルバートの意識が引き戻される。
「まだ式は始まっておりませんぞ」
「そうですぞ
いくらイーセリア様がお美しいとはいえ…」
「はははは」
「もう」
ギルバートは顔を赤くして、慌てて頭を掻きながら誤魔化す。
しかしセリアは、キスをしてもらえなくて不満そうだった。
「さあ
国民に姫様を紹介してください」
「あ、ああ…」
ギルバートはセリアの肩に手を掛けると、一緒にバルコニーから住民達を見回す。
「御覧
みなが私達を祝福してくれている」
「うん」
「みなの者
本日はここに、私の伴侶になる者を紹介しようと思う」
ギルバートの言葉に、先ほどまで騒いでいた住民達も口を噤む。
そうして真剣な表情で、バルコニーの上の二人を見る。
本来はお披露目は、国王の下で王都の広間で行われる。
しかし国王は不在だし、今は女神が人間を滅ぼそうとしている。
そうした状況を考えて、こうして王都の民にお披露目をする事にしたのだ。
ギルバートは王都の住民達に、セリアの事を紹介する。
「セリアは…
イーセリアの事は、よく知っている者も多いだろう
私がダーナにて、アルベルトの息子として育っていた頃、私の妹となった者だ」
ギルバートはそう言いながら、セリアの肩を持って前に引き出す。
「彼女は元々、ダーナの小さな集落で育っていた。
しかしその実は、彼女は精霊に愛されている子である」
「え?」
ギルバートの言葉に、一部の住民達が騒ぎ始める。
薄々感じてはいたが、まだ信じられていなかったのだ。
「彼女はこう見えて…」
「もう
どういう意味よ」
「はははは
すまんすまん
しかし彼等には、話す必要がある」
「うん」
「イーセリアは、森の民の血を引いている」
「何だって?」
「それじゃあ…」
「物語に語られるアルフ?」
「それは南の地の話だろう」
「エルフか…
道理で…」
エルフは精霊に愛されており、精霊と話す事が出来る。
しかし魔導王国や帝国によって、大規模な妖精狩りが行われた。
それで人間の前から姿を隠して、ここ100年近くは見掛ける事も無かった。
その妖精と謳われるエルフが、こうして姿を現した。
住民達が驚くのも仕方が無いだろう。
「イーセリアは、森の民の地を引いている
だからこの姿でも、実は私よりも年上だ」
「へ?」
「殿下よりも年上って…」
「しかし…」
セリアの見た目は、どう見ても10歳ぐらいにしか見えなかった。
しかし実際は、その倍以上生きている。
それはエルフでは無く、ハイエルフである事が原因だ。
しかしギルバートは、そこを触れないで話を進める。
「一体何歳なんだろう?」
「もう
女の歳は聞かないもんだよ」
「あ痛てて」
そこかしこで、セリアの歳を気にする者が居る。
それはそうだろう。
幼い少女だと思っていたのに、実は王太子殿下よりも年上なのだ。
「イーセリアは私と、生涯を共にする事を望んでくれた
だから私は、生涯を賭けて彼女を妻として迎える」
「おおおおおお!」
「王太子殿下万歳」
「イーセリア様万歳」
「新たな王妃様を称えよう
万歳!」
歓声が上がり、住民達は再び杯を上げて祝福した。
ギルバートは暫く歓声を聞くと、静かに肩手を挙げる。
それを見て、住民達は騒ぐのを一旦止める。
「これから広場に出て、結婚式を行う
みんなで祝ってくれ」
「うわああああ」
再び上がる歓声を背に、ギルバートはセリアを抱き上げる。
「きゃっ」
「さあ、行くぞ」
「もう」
ギルバートはセリアを、お姫様抱っこして広場に向かう。
そこには既に、アーネストと数組の結婚式の準備が進められていた。
先に彼等の結婚式が行われ、最後に王太子の結婚式が行われる。
その為に先ずは、最初の一組であるアーネストとフィオーナが準備をしていた。
「おお!
アーネストも決まっているな」
「当然だ
オレとフィオーナの結婚式だ」
「そうよ」
「フィオーナも綺麗だよ」
「ふふ
王太子殿下
ありがとうございます」
フィオーナは微笑みながら、ギルバートに臣下の礼を取る。
それからアーネストに手を取られると、そのまま会場に入って行く。
隣にはジェニファーが、孫のジャーネを抱いて列席する。
本来は花嫁には父親が着くのだが、アルベルトも亡くなっている。
それにアーネストも、既に両親を亡くしていた。
だから今回は、親族の代わりにヘイゼル老師が同席する事になっていた。
その老師は、先に椅子に座って待っていた。
最近腰の具合も悪くて、一緒に会場に向かう事が出来ないのだ。
「むう?
老師は大丈夫なのか?」
「ええ
腰の具合は思わしく無い様なのですが…
何とか座っている事は出来るって…」
「そうか
無理はさせるな」
「はい」
ギルバートはセリアを抱いたまま、国王が座る席に移動する。
結婚式では、神官と領主が同席する事になっている。
ここでの領主とは、本来はバルトフェルドかアーネストが行う。
しかしギルバートが王太子なので、国王として同席していた。
その為に一般の婚姻を迎える者は、緊張して隅に立っていた。
「そんなに畏まらなくとも良い
今夜は私も、同じ式を迎える者の一人だ」
「いえ
殿下と一緒だなんて…」
「はははは
緊張しなくとも良い
いつもの様にしてくれ」
「は、はあ…」
王太子殿下の、気さくな人柄はよく知られている。
この新郎の一人も、普段は街中では気軽に声を掛けてくれていた。
しかし式の会場の中では、雰囲気に飲まれて固くなっていた。
「さあ
式が始まるぞ」
「は、はい」
アーネストとフィオーナが、会場の真ん中に進み出る。
会場の周りには、いつの間にか住民達が詰め掛けている。
結婚式の祝いを、住民一同と行おうと、こうして広場に会場を作ったのだ。
それで住民達は、会場を囲む様に集まっていた。
アーネストとフィオーナが並んで、神官の前で跪く。
そうして神官が聖書を開き、女神の祝福の言葉を語り始めた。
「ここに私、女神の僕は
この二人の婚姻を女神様にお認め頂くためにお伺いする」
神官がそう呟き、壇上の女神像に祈りを捧げる。
女神像には魔法が掛かっているのか、神官の言葉に反応して輝き始める。
この女神像が輝く事が、女神が認めて祝福している事になるのだ。
そうして神官は、続けて言葉を掛ける。
「汝、アーネストよ
女神様の前に、この者を生涯の妻とする事を誓うか?」
「はい」
「汝、フィオーナよ
女神様の前に、この者を生涯の夫とする事を誓うか?」
「はい」
「女神様の祝福を受け、この二人に婚姻を認める
女神様に感謝しなさい」
「はい」
「女神様、ありがとうございます」
二人は頭を下げ、女神への感謝への祈りを捧げる。
こうして結婚式は、恙無く行われた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




