第508話
巨人の二度目の襲撃から、一月近く経過していた。
王都では新年を明日に控えて、祝いの準備が進められていた
本来なら、国王が指示を出して祝賀行事を行う
しかし国王不在の今は、その様な祝賀行事は控えられていた
ギルバートは王都の広場で、住民達に指示を出していた
国王主催の行事は行わないが、せめて年越しの祝いは行おうと思ったのだ
昨年は妖精郷に居て、王都での行事には参加していなかった
そこで今年は、しっかりと王太子の役目を果たそうとしていたのだ
「そっちの皿は中央に運んでくれ」
「この酒樽は何処に置きましょうか?」
「それは年越しの時に開ける酒だ
その台の上に置いてくれ」
ギルバートは忙しく動き回り、会場の準備を進めていた。
本来ならこんな事は、バルトフェルドや文官がする事である。
しかしバルトフェルドは、今も王都の仕事を肩代わりしている。
そして文官達も、忙しく書類を整理していた。
「殿下
王太子がこんな事をされては…」
「良いんだ
私がやりたいんだから
それに…」
文官に任せようにも、任せれるほどの人数が足りない。
そして何よりも、宰相が居ない事が問題だった。
宰相が居れば、バルトフェルドだけでも仕事が捗るのだ。
しかしバルトフェルド一人では、仕事量も判断も限界がある。
昨年もそれで、こうした行事は行われる事は無かった。
「しかし王族の方に…」
「良いんだよ
昨年は祝いの席は無かったんだろ?」
「はあ…
しかし昨年は、まだ国王の喪に服していましたから…」
「まあ、それもそうなんだが…」
国王が亡くなってから、そんなに時間も経っていなかった。
それもあって、昨年は新年の祝賀行事は行われていた。
「まあ行事を行うって言ってたら、ワシ等が反対したじゃろうな」
「え?」
「殿下が行方不明じゃったじゃろう?
それに王都も…」
「ああ
あの頃はまだ、めちゃくちゃだったからな」
「家は少しは直っておったが、まだまだ街は壊れたままじゃった」
「そうか…
それもそうだよな…」
「ああ
しかし今は、こうして祝う余裕も出来た」
「そうじゃな」
「それもこれも、みんな殿下のお陰じゃ」
「そんな
私は何も…」
ギルバートは住民達の言葉に、首を振って否定する。
街を復興したのは住民達の力だ。
特に職人達は無理をして、中には過労で倒れる者も居たと聞いている。
それで城壁を修復出来たからこそ、街をここまで復興出来たのだ。
「これはみんな、お前達住民の力があったからだこそだ」
「いやいや
殿下が帝国の方々を呼んでくれたからじゃ」
「そうですぞ
あの…
ハルなんじゃったっけ?」
「ハルムート子爵じゃろが」
「そうそう
子爵様が来てくれたからこそ、こうして新年の祝いが行われるんじゃ」
「ああ
こうして肉も手に入ったからな」
住民達は盛り上がり、歓声を上げる。
ここ数日子爵が頑張ったので、魔獣が少しは狩れていた。
それでなんとか、年明けまでの肉が確保されていた。
しかし総量は大した事は無いので、年が明けたら再び狩りは再開される。
「肉が入ったからって…」
「ああ
これじゃあ新年の祝いで、食いつくされてしまうでしょうな」
「ああ…」
「ですから殿下には」
「そう
そして子爵様にも期待してますぜ」
「そうですよ」
「はあ…」
ギルバートは溜息を吐くと、改めて住民達の方を見る。
「ここはもう良い
向こうの支度をしてくれ」
「はい」
「任せてくんな」
「がはははは
殿下の花嫁さんの為じゃ」
「ちょ!
それは!」
「がはははは」
住民達は嬉しそうに、次の支度をしに向かった。
「はあ…」
「何溜息なんか吐いてんだ?」
「ああ
アーネストか
彼等が張り切っちゃってな」
「ん?」
「あっちの会場の準備…」
「ああ
結婚式のか」
「ああ」
バルトフェルドの計らいで、この祝賀行事の中で結婚式が行われる予定になっていた。
それはギルバートとセリアの、簡単な披露宴の予定だ。
本来ならば、国を上げての祝いの席になる筈だった。
しかし国王が不在な上に、今は女神からの神託の問題もあった。
それなら何故、こんな状況で結婚式を挙げるのか?
それは王都に住む住民達に、希望を与える為だった。
王太子が結婚して、後の戴冠式も予告する。
そうする事で、内外にクリサリス聖教王国が健在だと示すのだ。
「困った事だよ」
「何が?」
「何がじゃないよ
こんな時期に…」
「こんな時だからだよ
国民のみんなに安心してもらいたいじゃないか」
「そりゃそうだけど…
何もこんな安定していない時期に…」
「何言ってるんだよ…」
「お前は女神の神殿に向かうんだろう?」
「ああ」
「そうすれば、無事に戻れるか分からない
そうじゃないか?」
「それはそうだが…」
ギルバートの結婚式は、何も王都復興の祝いだけでは無い。
内外に王国健在を示すと同時に、ギルバートに決意をさせる為だった。
ここで婚姻を結び、セリアのとの結婚を認める。
代わりに必ず生きて帰り、王位を継がせる為だ。
「セリアを幸せにしてやる
そうなんだろ?」
「ああ
しかし私は…」
「生きて帰るんだ
必ずな」
アーネストはそう言って、ギルバートの肩を叩く。
「オレだって、生きて帰るつもりだ
娘の顔が見たいからな」
「それはそうだろうが…」
「願うんだ
生きて帰るって」
「はあ…
その願う相手が、肝心の女神様なんだがな」
「そう言うな
あれは偽物だ」
アーネストは既に、あの女神が偽物だと考えていた。
そう示す証拠は無いが、そう確信させる何かがあった。
だからアーネストは、偽の女神を倒して平和を取り戻そうと考えていた。
そう出来ると信じて。
「それに結婚式は、オレのもあるんだぞ」
「はははは
そういえばそうだな」
折角の祝いの席なので、ギルバート以外にも結婚式が挙げられる事になっている。
その中の一つに、アーネストとフィオーナの式もある。
彼等もこの席に合わせて、こうして結婚式の用意をしているのだ。
「それじゃあアーネストは?」
「ああ
結婚式の会場の下見だ」
よく見ると、いつの間にかフィオーナも来ていた。
住民達に混じって、会場の準備を手伝っている。
元は侯爵の娘だが、今のフィオーナは何の身分も持っていない。
アーネストと正式に結婚すれば、子爵婦人にはなれる。
しかしそれまでは、平民と変わらない身分なのだ。
「それはそこのテーブルに
料理は明日に準備されますから」
「フィオーナ様
この飾りは?」
「それは式の直前までここに置いておいてちょうだい」
「頑張ってるな」
「ああ
オレ達の晴れの式だからな」
「そうだな…」
二人は式の準備をするフィオーナを見て、満足気に頷く。
新年の祝賀行事は、新年を迎えるその年の終わりの日の朝から行われる。
本来は朝日を迎えた時点で、国王から年末を無事に迎えられる祝いの言葉が掛けられる。
しかし国王が不在なので、ギルバートが代わりに王城のバルコニーに出る。
そして新年を迎えるに当たり、祝いの言葉を住民達に送る。
「みんな
今回は祝いの席に集まってくれて、私は大変素晴らしく思う」
「うわああああ」
「王太子殿下万歳」
「わああああ」
住民達の歓声を暫く聞き、ギルバートは片手を挙げてそれを静める。
「ここに新年を迎えるに当たって、祝賀会の準備に取り掛かる
みんな怪我の無い様に、楽しく新年を迎えよう」
「わああああ」
「王太子殿下万歳」
再び上がる歓声に、ギルバートは手を振って応える。
そうして暫く歓声に応えると、ギルバートはバルコニーから中に戻る。
そこからが大変な作業になる。
先ずは今年中に、仕上げなければならない書類を調べる。
片っ端から裁量をして、認可と不認可を分けて行く。
ここで時間を掛けると、後の作業に支障を来たす。
それでギルバートは、大急ぎで書類の山を片付けて行く。
「うおおおお」
「殿下
掛け声は良いんですが、あまり進んでませんよ?」
「仕方が無いだろう
大体何だ?
この仕立て屋の許可証は?」
「それは新たな仕立て屋を作りたいと…」
「しかし大人のだと?
大人のって何だ?」
「それはそのう…
へへへへ」
「ん?」
文官は笑って誤魔化すと、認可の裁量を受けた書類を纏める。
「さあ
後二山です」
「うげえ
間に合うのか?」
「間に合わせてください
大体昨日の内にやっておけば…」
「言うな
会場の準備に時間が掛かったんだ」
しかし本当は、この書類の山を見たく無かったのだ。
しかしそうは言っても、やらなければ山は無くならない。
いや、むしろ放って置く事で、山はさらに凶悪に増え続けるだろう。
ここらで期限を設けて、減らしておくしか無いのだ。
「はあ、はあ…
やっと終わった」
「さあ
次は作業の確認です」
「うへえ…
休ませてくれよ」
「駄目です
時間が押しているんですよ」
「うう…」
ギルバートは着替えると、さっそく街の広場に向かう。
そこでは既に、今日の夜の宴席の準備が始まっている。
戦場さながらに、多くの人々が食器や作り置きの食事を運ぶ。
そして運んだ先から、新たな料理が作られていた。
「うわあ…
まるで戦場だな」
「ええ
こういった祝い事の席は、職人達の戦場ですから」
「ふうん」
「さあ
殿下は声を掛けてあげてください
殿下の一言で、職人達のやる気が出ますから」
「そんなもんかい?」
「ええ」
文官に促されて、ギルバートは会場の職人達に声を掛ける。
声を掛けると言っても、頑張っているねとか旨そうだとか言うだけだ。
それでも職人達は、主賓の殿下に声を掛けられたと、さらにやる気を出して頑張る。
それで作業の効率が上がり、会場の支度が少しでも早く終わるのだ。
「さあ
今度はこっちです」
「ああ」
「こっちは結婚式の会場です」
「ああ、分かっているよ
昨日準備をしたからな」
「ええ
ですが今日は…」
「おお!」
そこは昨日と違って、見違える様に飾られていた。
ここではギルバートと、他に三組の結婚式が行われる。
合同の会場という事で、式は簡略化された物になる。
しかし一応、司祭も呼んだしっかりとした物にはなる。
あくまでも王族の式としては、簡単な物だというレベルなのだ。
「貴族は呼ばなくて良いんですか?」
「ああ
ここに居る者は兎も角
各地の領主も今は大変な状況だ
軽々しく結婚式を挙げるからって、呼ぶ訳にはいかないよ」
「それはそうでしょうが…」
「それこそ呼んだら、内乱が起こるぞ」
「そんな物でしょうか?」
各地で魔物が増えて、領地の自治に影響が出ている。
王都近郊の様に少なくなっていれば良いのだが、地方ではまだまだ魔物は活発だった。
「魔物がまだまだ居るんだ
それに年が明ければ…」
「雪ですか?」
「ああ
そんな状況で、結婚式やるから来いって訳にはいかんだろ?」
「はあ…」
「一応は、報せは送ってある
後は来たい奴だけ来れば良い」
ギルバートはそう言って、式の会場を見回す。
「しかし…
これだけの花をどこで?」
「ああ
それはイーセリア様が事前に…」
「セリアが?」
「ええ
式に飾る花が必要と聞かれて、ご自分で用意すると…」
「誰がそんな事を…」
ギルバートは不満そうにするが、それは彼等が頼んだのでは無かった。
「いえ、フィオーナ様が…」
「フィオーナが?」
「ええ
どうやって準備すれば良いか相談されたそうで
それでご自分で用意したいと申されまして…」
「そういう事か」
ギルバートは納得して、飾られた会場を見回す。
「それでセリアがこれを?」
「そうですね
そのまま生やした物もございますが…」
「そのまま?」
ギルバートがよく見ると、足元から生えている花も幾つかあった。
それは蔓を伸ばして柱に絡み付き、綺麗な花を咲かせている。
「これは…」
「綺麗でしょう?」
「ああ
しかしこれでは…
終わった後の片付けは?」
「それは枯れた後に片付けるだけだそうです」
「それだけ?」
「ええ
ですので許可を出しました」
「なるほどね…」
建物の中に生えているが、枯れて引き抜く事が出来るらしい。
そう考えると、片付けもあまり必要が無さそうだった。
「他の花の飾り付けは?」
「それはフィオーナ様やジェニファー様が」
「そうか
みんなで準備したんだな」
「ええ
殿下を喜ばせたいと…」
「そうか…
私は幸せ者だな」
「ええ」
文官は頷いた後に、真剣な表情をする。
「ですから殿下には、必ず帰って来ていただきます」
「あ…
うん」
「殿下のご家族だけではございませんぞ
王都の民も、みな殿下をお慕いして、幸せになって欲しいと望んでおります」
「そうだな…」
文官は感動しているのか、目を潤ませて真剣に話していた。
「陛下の事は残念でした
しかし王国には、まだ殿下が居られます」
「ああ」
「そしてやがては…
殿下が国王として我々を導いてくださる」
「ええっと…」
「おお!
女神に認められて、殿下が王位に着かれれば…
この王国も安泰でしょう」
「はあ…」
ギルバートは感動に浸っている文官を置いて、さっさと会場を後にする。
文官は暫く、その場で感動の余韻に浸っていた。
その間にギルバートは、会場で足りない物が無いか調べていた。
今夜の事を考えると、もう少し食料も必要だろう。
それに灯りを点ける為に、魔石や松明の手配も必要だった。
「殿下!
殿下はどちらに?」
「ちっ!
正気に戻ったか」
ギルバートは舌打ちをしながら、文官に必要な資材のリストを渡すのだった。
まだまだ続きます。
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