第506話
ギルバートは、王都の広場で書類の整理に追われていた
書類仕事は苦手だが、こういう事には何故か進んで仕事をする
それはこれが、魔物を討伐する目的の仕事だからだろう
本人は気付いていないが、彼は生来の戦闘に関しては前向きな気質なのだ
これは恐らく、彼の中に眠るガーディアンの気質なのだろう
子爵達は、公道を早掛けで進んで行く
王都からおおよそ12kmという事で、早掛けで1時間ほどの距離になる
子爵は森に近付いたところで、一旦部隊の足を止める
そこから斥候を前に出すと、慎重に森に分け入って行った
「後どのくらいなんです?」
「しっ!
静かに」
子爵の兵士は真面目に、周囲を警戒して進む。
しかし騎兵達は、緊張感無く無駄話をしていた。
ここは既に魔物の領域で、油断していると魔物に遭遇する。
それなのに若い騎兵達は、緊張感を持たずに着いて来ていた。
「これから行うのは奇襲だ
だから魔物に見付かる訳には行かない」
子爵に睨まれて、騎兵達はお喋りを中断する。
「子爵様、見えて来ました」
「あそこの木の向こう側に、開けた広場があります」
そこはおおよそ500mほどが切り開かれて、魔物の集落が作られていた。
そこに簡素な木の小屋が建てられて、柵の中にはワイルド・ボアが5体眠っている。
魔物の数は報告通りで、約40体ほどが木の実を食っていた。
それを確認して、斥候は部隊の居る場所に戻って来た。
「姿が見えるだけで34体
大体報告通りですね」
「うむ」
数を聞いて、騎兵達に動揺が走る。
魔物との戦闘自体は、それなりに済ませている。
ゴブリン程度なら、恐らく遅れは取らないだろう。
しかし子爵は、一人の怪我人も出さない様に戦いたかった。
それは何も、借りて来た兵士が居るからでは無い。
「出来れば無傷で、無事に戻りたい」
「なるほど
それで弓による奇襲ですな」
「腕が鳴るわ」
元狩人だった騎兵は、背中から弓を取り出す。
そして魔鉱石を使った、特注の矢も用意する。
本来ならば、ゴブリン相手に使う様な物では無い。
しかし安全に狩るには、威力の高い魔鉱石製の鏃の矢が有効だろう。
これを使えば、革製の鎧でも簡単に貫通する。
「それで?
どうしますか?」
「そうだな
弓は二手に分かれて攻撃してもらう」
子爵は集落の周りを見て、安全に狙撃出来そうな場所を選ぶ。
風下で安全な、狙い易そうな場所。
そうなってくると、場所は限られていた。
「あそこに10人
こっちに10人の配置だ」
「はい」
「見付からない様に一気に殲滅する」
「はい」
兵士達は頷き、二手に分かれて持ち場に着く。
上手く当てれれば、これでゴブリンは一気に殲滅出来るだろう。
問題はワイルド・ボアで、こっちは魔鉱石の矢でも貫通は難しい。
寝転がている今なら、当てる事は出来るだろう。
しかしそれでも、致命傷を与えるのは難しい。
頑丈な表皮と、分厚い肉が矢を阻むのだ。
「2射まで行う
その後に騎兵で一気に踏み込み、残党とワイルド・ボアを一気に蹴散らす」
「了解です」
「開けた場所に出るまでは、鎌では無く剣を使ってくれ
この場所では取り回しが難しいからな」
「はい」
弓を持った者を先に移動させると、子爵は突撃部隊も待機させる。
いつでも踏み込める様に、剣を抜いて準備をさせる。
弓を持った騎兵達も、それぞれの場所に移動する。
そうして馬を停めると、そこから集落に向けて狙いを定める。
矢を番えると、兵士達にも緊張が走る。
ゆっくりと弦を引き絞り、いつでも撃てる様に構える。
子爵の腕が上げられて、いよいよ準備が整う。
そうして振り下ろされた瞬間、20本の矢が一斉に放たれた。
ヒュン!
グギャ
ガヒュッ
短い悲鳴を上げて、次々とゴブリンが倒れる。
その顔には矢が突き刺さり、一撃で絶命していた。
兵士達の腕は未熟だが、それでも一射目は慎重に放ったので命中している。
そのまま二射目を放つと、これも頭では無いがゴブリンに大きな痛手を負わせた。
「へへ
こんなの楽勝だぜ」
「無駄口は良い
しっかり狙えよ」
「へいへい」
騎兵達の腕は、元狩人だけあって確かに正確だった。
二射目も頭を射抜き、次々とゴブリンを屠る。
そうして彼等は、さらに残りに向けて三射目も放った。
それはあっという間の行動で、瞬く間に残りのゴブリンも射抜いていた。
「これは…」
「へへへ
この程度なら楽勝ですよ」
確かに彼等は、腕前は凄かった。
40体近く居たゴブリンは、あっという間に全滅していた。
「これで良いですか?」
「あ、ああ…」
子爵もまさか、こうも容易く倒せるとは思っていなかった。
それほど彼等の腕は、正確に魔物の頭を射抜いていたのだ。
「動き回っているとか、乱戦じゃ無いし」
「これなら安全に倒せますな」
兵士達の腕は、まだまだそこまででは無かった。
しかし騎兵達が残りを、撃ち漏らしなく殺していた。
それで魔物は、思ったよりも早く討伐出来た。
残るは柵の中の、ワイルド・ボアだけである。
そのワイルド・ボアも、まだ騒ぎには気付いていなかった。
「どうします?」
「ううむ…
まさかこれ程とは…」
子爵もまさか、こうも上手く行くとは思っていなかった。
しかし弓のお陰で、誰一人傷付かずに魔物は倒せた。
残りはワイルド・ボアを狩るだけなのだが、ここで騎兵達が動き出した。
「へへへ
後はボアだけか」
「どっちが先に倒すか、勝負だ」
「お先に♪」
「あ!
おい
こら!」
子爵の命令を待たずに、20騎ほどの騎兵が一気に駆け出す。
その音を聞いて、ワイルド・ボア達も起き上がった。
しかしそこへ、騎兵から援護の矢が放たれた。
ヒュン!
ブモウ
ブギイ
2匹のワイルド・ボアが、目を射抜かれてその場で暴れる。
他の魔獣にも当たったが、丈夫な毛皮で阻まれている。
「もう
勝手な事はするなよ」
「2匹の目は潰した
先に3匹を倒せ」
「あいよ」
「サンキュー」
騎兵達は広場に踏み込むと、一気に柵を飛び越える。
そうして魔獣の前に進むと、鎌を鞍から引き抜いた。
「さあって
ボアの肉は旨いからな」
「サクッと狩るぞ」
「おう!」
騎兵は魔獣を囲む様に、二手に別れて進む。
そうして手にした鎌を振り回して、先ずは魔獣の脚に切り付ける。
脚を負傷させる事で、突進を出来なくさせる為だ。
「せりゃああ」
「ほいっと」
ブギイイイ
先ずは2匹が囲まれて、その脚を切り裂かれてゆく。
魔鉱石の鎌なので、切れ味は以前よりも増している。
数回切り付けただけで、魔獣は立っていられないほどの傷を負っていた。
「あいつ等…
勝手な事を」
子爵は騎兵達の独断専行を、顔を真っ赤にして見ていた。
「うりゃあああ」
「止め!」
ブギイイイ
1匹が走り回ったが、何とか3匹を切り倒す。
そうして藻掻いている2匹に、残りの騎兵達が止めを刺した。
「はははは
魔獣と聞いていたけど楽勝だな」
「馬鹿もん!
何を勝手な行動をしておる!」
子爵は怒りで顔を赤くして、騎兵の一人に掴み掛かった。
「へ?
だって怪我しない様に倒すんでしょ?」
「そうそう
無事に終わったんだし」
「そんなに怒らないでよ」
若い騎兵達は、ヘラヘラと子爵を囲んで笑っていた。
そこへ老年の騎兵が、ゆっくりと割って入る。
「貴様等
今回は無事だったから良いものの…」
「なに固い事言ってんのさ」
老年の騎兵は、そんな若い騎兵の内の一人の腕を掴む。
「あいでで…」
「何故命令を聞かなかった」
「そんなのどうでも良いだろ?」
「そうだよ
オレ達が無事に倒したんだから」
老兵は彼等を睨むと、さらに腕を捻る。
「痛い痛い!
折れるって」
「ふん
貴様らが生きているのも、子爵殿の作戦が上手く行ったからだろう」
「そんな事はねえだろ」
「そうだぜ
オレ達は強いんだ」
「はん
この前までへばっていた若造共が」
「う…」
「うるせえ!」
「そんなのどうでも良いだろ!」
若い騎兵達は、不満そうに老騎兵を睨む。
しかし胆力の差か、何も出来ないで囲んで喚くだけだった。
「ふん
喚くだけしか能が無いか
腰抜けが」
「くそっ!」
一人が鎌を構えるが、老騎兵の一睨みに怯んで何も出来ない。
老騎兵は手を放すと、そのまま子爵の元へ向かった。
「けっ
つまんねえ」
「痛え
あの爺…」
「そんな事よりさっさと帰ろうぜ」
「ああ」
若者達は、さっさとその場を立ち去ろうとする。
しかしその間にも、残った騎兵達は魔物の処理をしていた。
子爵は伝令を出して、魔獣の死体の回収を手配する。
そうして被害が出なかった事に、一先ずは安堵するのだった。
「すまんのう
若い者が跳ねっ返りばかりで」
「はあ…
そうじゃのう…」
老騎兵が頭を下げるが、若い騎兵達は勝手に帰り始めた。
それを横目に、残りの騎兵達は魔物を処理して子爵の下に集まる。
「しかし凄いですよ」
「そうですよ
いくらゴブリンとはいえ、こうも簡単に倒せるなんて」
残った若い騎兵達は、興奮して喜んでいた。
「はははは
それは装備の違いじゃろう
新しい魔鉱石は、以前よりも軽くて丈夫じゃからのう」
老騎兵はそう言いながら、魔鉱石製の鎌を見る。
それは薄っすらと碧味掛かった、美しい輝きをしている。
巨人の素材を使った魔鉱石は、今までよりも丈夫だった。
そこで刃も薄くして、軽くて丈夫な武器が作られている。
鏃に使われている魔鉱石も、同じ巨人の魔鉱石だった。
「これならオーガでも…」
「はははは
それは甘いぞ
お前達では、まだまだ経験が浅いからのう」
「そうですな
オーガの咆哮は恐ろしい
あれに飲まれたら危険ですな」
武器が良くなっても、まだまだ訓練が不足している。
魔物に対する恐怖心や、不慣れな為に隙が生まれるだろう。
強い魔物と戦うには、それなりの訓練と実戦が必要だった。
「しかし…
何だって殿下はあんな者達を」
「それは偏に、兵士が不足しておりますからのう」
兵士が不足している為に、働く場所の無い若者も徴兵で集められている。
そんな彼等だから、なかなか言う事を聞かない者も少なからず混じっていた。
「それに子爵殿には、将軍を任せるという話も上がっておる
ああいうのも使いこなせないと…」
「ちょっと待て!
ワシはその話は…」
子爵はその話を、ギルバートに断っていた。
元帝国の自分が、騎士や将軍など務めれる訳が無い。
子爵はそう思って、その話を断っていた。
「ん?」
「ワシは将軍や騎士には…」
「へ?」
「どうしてですかな?」
「ワシは帝国の民じゃぞ
そんなワシが将軍なんぞ…」
「そんな事は関係無いじゃろう?」
「そうですよ
先ほどの采配、立派でしたよ」
「いや、じゃからワシは…」
なおも断ろうとする子爵に、老騎兵は首を振って答える。
「ワシ等軍人は、優秀な仕官に従う」
「そうじゃぞ
無能な指揮官には従いたく無いからのう」
「それにあんたは、夜遅くまで訓練に励んでおった」
「ワシ等も見ておったからのう」
「そうですよ
私達よりもお強いでしょう?」
彼等は子爵達が、訓練場で訓練しているのを見ていた。
それで子爵の人柄を、何となくだが把握していた。
この人なら、安心して任せられると判断していたのだ。
「ワシは帝国の…」
「戦場では強い者に従う
それがルールじゃ」
「それにあんたなら、ワシ等を無碍には扱わんじゃろう」
子爵はどう答えて良いか分からず、困った顔をしていた。
「はははは
まあ、今すぐに答えを出さんで良いじゃろう」
「そうじゃな
殿下も冬が明けてからと仰っておった」
老騎兵はそう言って、子爵を見て笑っていた。
「こんなもんで良いですかのう?」
「ああ
そこに死体を載せてくれ」
子爵はゴブリンの死体を集めると、一ヶ所に纏めて積み重ねた。
そうして壊した建物の木材と一緒に、高く積み上げる。
「よし
これで火を付けると…」
「待て
ここで燃やすつもりですかな?」
「ああ
その方が死体の処理の手間も省ける」
「はあ…」
若い騎兵達は気付かなかったが、老騎兵達は頭を抱えていた。
「死体を集めると聞いた時には、何をするつもりかと思ったが…」
「そんな危険な事をしようなどとは…」
「へ?
危険?」
「子爵殿
貴殿の国には森は?」
「無いのう」
「でしょうな…
森で火を付けるだなどと…」
「えっと…」
老騎兵達は、足元の枯葉や枯草を指差す。
「良いですかな?
これらの草や葉っぱの枯れた物に燃え移れば…
たちまち大規模な火災になりますぞ」
「え?」
「特に今は冬で、空気が乾いて燃え易くなっておる」
「周りの木に燃え移れば…
大変な事になりますぞ」
「しかしこれだけ離れていれば…」
「そうですな
直接は燃え移らんでしょうな
しかしこれが燃えれば…」
老騎兵は足元の草を踏みながら、言葉を続ける。
「たちまち燃え移って、周りの木にも火が付く恐れがございますぞ」
「そんな…」
「おい
オレ達さっき…」
兵士達もそれを聞いて、先ほどのコボルトの討伐を思いだす。
「ん?
どうされましたか?」
「いや
ワシ等はさっき、コボルトの討伐に出たんじゃが…」
「あいつ等の集落を燃やしました」
「なんと!
それで火の手は?」
「それが放置しておりまして…」
「それは大変じゃ!」
老騎兵は慌てると、ただちに伝令を送る様に進言する。
大きな火事になってからでは手遅れだからだ。
伝令は報せを持って、慌てて王都へと走るのであった。
まだまだ続きます。
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