第505話
ギルバート達は、新たに帝国の移民を受け入れた
皇女がムルムルに要請されて、新たに帝都から連れて来たのだ
この移民を受け入れる事で、王都は戦の準備が出来るだろう
しかし移民が増えた事で、別の問題が浮上していた
食料が不足し始めていたのだ
ハルムート子爵は、兵士を連れて森に入っていた
北の森の中に、コボルトの群れが居るのだ
他の部隊が食料調達の為に、この森の近辺に来ている
子爵の役目は、その部隊にコボルトの群れが近付かない様に討伐する事だった
「どうされますか?」
「ううむ
これは難しいな」
一目見ただけでも、魔物の数は40体を超えている。
子爵達の兵の数は24騎で、これを討伐するには厳しかった。
しかし子爵は、出来ればこの群れを討伐したかった。
それはギルバートが、子爵に期待をしているからだ。
出来れば期待に応えて、兵士達の腕を示したかった。
子爵はその為に、多少の無茶をしてみようと思っていた。
「あの数を一度に相手にするのは無理じゃ」
「ええ」
「あそこと…
そこを狙えるか?」
「え?」
「弓で先制すれば、ある程度は減らせるじゃろう」
「しかしそれは…」
兵士は危険という言葉を、飲み込んで子爵を見る。
子爵も兵士の言いたい事を理解して、頷いてみせた。
「どうじゃ?」
「そうですね
一撃でどの程度減らせるか…
それに懸かっていますね」
「うむ」
兵士達は弓の腕に自信がある者で、相談を始めた。
今は風向きが良いが、このまま長居すれば、いずれは魔物に気付かれるだろう。
それまでに決断して、攻撃を成功させねばならない。
兵士達は慎重に相談して、子爵に打ち明けた。
「恐らくは一度の攻撃で、少しは減らせるでしょう」
「しかし問題は、魔物にこちらが気付かれる事です」
「ああ
それも分かっておる」
「最初の一撃では、恐らく魔物も、何処から狙っているかまでは気付けないでしょう」
「しかし建物の陰に隠れられては…」
「そうじゃな
問題は一撃で、どこまで減らせるかじゃ」
子爵も頷くと、兵士達をじっと見詰める。
「どうじゃ?
自信はあるか?」
「はい」
「やらせてください」
「うむ」
子爵は頷くと、ただちに兵士達に陣形を取らせる。
魔物達の集落に、見付からない様に狙う為の場所。
それを確保させる為に、森の中を移動させる。
そして念の為に、見付かった際に素早く攻撃出来る様に、残った兵士達をその後ろに配置させる。
そうして準備が出来ると、兵士達は弓を取り出した。
それから矢を番えると、真っ直ぐに魔物の集落に狙いを着けた。
狙うは魔物の集落の中でも、外に居て無防備な魔物だ。
その魔物の頭に狙いを定めて、子爵の合図を待っていた。
子爵は他の兵士達を見て、準備が出来ている事を確認する。
そして一呼吸すると、右手を頭上に振り上げた。
子爵が手を振り下ろすと同時に、兵士は一斉に矢を放った。
そして素早く、次の矢を番えて放つ。
12本の矢は弓なりに飛び、魔物の頭上に降り注いだ。
グガッ
ギャン
あちこちで悲鳴が上がり、その上に再び矢が降り注ぐ。
2射目を放ったところで、兵士達は素早く馬上に伏せて身を隠す。
さすがに馬が居るので、バレるのも時間の問題だろう。
しかし身を伏せる事で、魔物達に向けた殺意も霧散する。
それで魔物達は、矢が降って来た方向を確認出来ていなかった。
グガウ
ギャウウ
グルルル
魔物達は唸り声を上げて、慌てて建物の陰に隠れる。
それで矢が降って来ない事に、魔物達は安心している様子だった。
集落の中には、20体以上の魔物が倒れていた。
そのほとんどが、頭に矢を受けて絶命していた。
兵士達は馬から起き上がると、再び弓に矢を番える。
建物の陰に隠れたので、多くの魔物が狙い難い場所に隠れている。
しかし中には、こちらから丸見えの場所に居る魔物も居た。
何処から狙われたか分からないので、見当違いな場所で隠れたつもりになっているのだ。
子爵が合図を送り、再び矢が弓なりに降り注ぐ。
ギャワン
グガア
再び悲鳴が上がり、何体かの魔物が倒れる。
しかしさすがに、この攻撃で場所が知られた様だった。
魔物は建物から出ると、子爵達の方に向けて駆け出していた。
グガアアア
ガルルル
しかし兵士達も、その頃には弓を仕舞って、鎌を身構えていた。
「突撃!」
「うおおおお」
兵士達は不利な森を出て、一気に集落に向けて駆け出す。
それを見て、魔物達は慌てて逃げ出そうとしていた。
既に数の上でも、子爵達の方が上回っていたのだ。
残る魔物も、まだ10体以上は居た。
しかし騎馬に乗った兵士が向かって来るのを見て、敵わないと判断したのだろう。
慌てて集落に向けて引き返す。
しかし相手は、馬に乗った騎兵達だ。
あっという間に追いつかれて、後ろから追撃される事になる。
「うおおお」
ギャイン
キャヒン
「うりゃあああ」
「せりゃああ」
グガア…
ギャン
あちこちで悲鳴が上がり、それもすぐに収まった。
兵士達はそのまま集落に入ると、残党が居ないか建物を確認する。
そうして生き残りが居ない事を確認すると、馬から降りて死体の片付けを始めた。
「死体はそのまま、建物の中に放り込め」
「え?」
「何でですか?」
「そのまま焼いてやれ」
「ああ…」
子爵は魔物を建物に入れて、そのまま燃やさせる事にした。
そうすれば建物も壊せて、他の魔物が使う事も無い。
先の事を考えた指示だった。
周辺に散らばった死体も、集めて建物に入れられる。
そうして火を掛けると、魔物の死体ごと燃やしてしまった。
「このまま行くぞ」
「大丈夫ですかね?」
「ああ
幸い周囲の木から離れている
それよりも他の魔物に見付かると面倒だ」
「はい」
子爵達は火を付け終わると、そのまま集落を後にした。
アーネストがこの光景を見たら、カンカンになって怒っていただろう。
確かに周りの木からは離れているが、周りには燃えやすい枯草や枯葉もあるのだ。
そういう事が分からないので、子爵達はそのまま王都に向かって戻り始めた。
結果としてこの火は、そのまま延焼する事無く消える事になる。
運良く風が緩やかな事も幸いして、燃え移る事は無かった。
しかし一歩間違えれば、大きな森林火災になっていたかも知れない。
帝国の者達、とりわけオアシスに住んでいた子爵達では、森での火事の危険性を知り得なかったのだ。
「何とか無事に済みましたね」
「ああ
上手く行って良かった」
子爵達は、魔物を倒した事に安堵して森を出た。
そのまま公道を南西に進み、無事に王都へと帰還する。
「子爵
無事に終わりましたか?」
「ええ
矢の訓練が、思わぬ成果を上げました」
「それは良かった」
子爵達は王都に戻ると、さっそくギルバートに報告をした。
ギルバートは他に、魔物の討伐の指揮をしている。
早目に報告しなければ、兵士達の行軍に影響するのだ。
「それで?
これは?」
「ああ
今の状況を確認している」
子爵はギルバートの前に置かれた、地図上の駒を見る。
それは貴族の子供が遊ぶ、陣取りの駒を地図上に置いていたのだ。
「こっちが我々
この駒が魔物の集団だ」
「なるほど
陣取りを地図に応用したんですね」
「ああ
元々は、この遊戯もそれが目的なんだからな」
ギルバートは子爵に、現在置かれている駒の説明をする。
「こちがゴブリンで…
これがコボルト」
そう言いながら、ギルバートはコボルトの分の駒を片付ける。
「ここは子爵が倒してくださった
だからここも進める」
「ほほう…
そうなればこちらから…」
「ん?
そこは森ですから悪手ですよ?」
「しかし弓兵を使えば、風下から奇襲を狙えます
この魔物の総数は如何程ですか?」
「ああ
弓で狙うのか…」
ギルバートはゴブリンの駒を持つと、それで地図上の森の上に置いた。
「ゴブリン自体の総数は少ないです
ざっと30から40体ぐらいかと」
「それなら2部隊も向かわせれば…」
「しかし問題は、ワイルド・ボアには弓が効かない事です」
「え?」
「確かに魔鉱石を使って、矢の威力は上がりました
しかし動いているワイルド・ボアでは、矢は弾かれてしまいます」
「ううむ…」
ワイルド・ボアは格下の魔物なのだが、その表皮は頑丈である。
そしてその頑丈な身体に、速度を乗せて突進させるのだ。
「それなら騎兵も導入して…」
「騎兵ですか?
危険ですよ」
「しかしかなり早い突進なのでしょう?
それに逃げられては、折角の肉が得られませんよ」
「それはそうですが…」
「騎兵で牽制しながら、鎌で倒せば良いでしょう
それに馬ならば、兵よりも替えが効きます」
「そっれはそうなんだが…」
ギルバートはコツコツと地図上で駒を動かすと、暫く考える。
それから駒を幾つか移動させると、子爵の顔を正面から見た。
「よし!
子爵」
「はい?」
「騎兵を2部隊用意させます
あなたが指揮を執ってください」
「え?」
「作戦の立案や指揮は、全て子爵に任せます」
「しかし…」
「それに今部隊には、明確な指揮官が不在です
子爵が指揮を執ってください」
ギルバートはそう言って、書類に署名をする。
それを兵士に渡しながら、子爵に従う様に指示を出す。
「頼んだぞ」
「はい」
「殿下…
ワシは何か余計な事を…」
「いや、明確で良い判断だと思うよ
だから任せるんだ」
「はあ…」
子爵は納得出来ないまま、部隊の待つ東門に向かった。
「良かったんですか?」
「ああ
ちょうど良い機会だ
兵士達にも子爵の腕前を見てもらおう」
子爵に回した騎兵は、新たに配属された新しい部隊だ。
だから隊長も、不慣れな新人の隊長が任されている。
それで行軍するにも、ある程度慣れた指揮官が必要だったのだ。
「しかし子爵に内緒で…」
「ん?」
「騎士の叙任の件もですが、将軍でしょう?」
「ああ
それは問題無いだろう
彼ほど任せられる人材が、他には居ないからな」
「それはそうでしょうが…
まだ説得出来ていないんでしょう?」
「まあ、それは追々な…」
ギルバートはそう言って、再び駒と睨み合っていた。
子爵が向かう先にも、3体のワイルド・ボアが発見されている。
しかしそれでも、なだまだ必要な量には到底足らないのだ。
もっと肉を獲る必要があるので、南の平原の報告が待たれていた。
子爵が東の城門に向かうと、ほどなく2部隊の騎兵が合流する。
彼等はほとんどが若者で、何人か老年の兵士が混じっている。
その兵士達も、およそ兵士を長年していた様な感じはしなかった。
恐らくは他の仕事から、徴兵されて加わっているのだろう。
「あー…
今回はワシが指揮を執る事になった」
「おお!
帝国の指揮官殿ですな」
「期待しておりますぞ」
老兵たちは、そう言って目を輝かせていた。
「いや、ワシは小さな辺境の領主で…」
「聞いておりますぞ
何度か魔物を討伐されており、今日も既に成果を上げられたと」
「おお
さすがですな」
「いや、そんな大した事じゃ…」
「謙遜されるな」
「そうですぞ
ほとんど死なせる事無く、数々の戦いを経験されておるのじゃろう?
なかなか出来る事では無い」
老兵たちの言葉に、若い兵士達も目を輝かせて子爵を見る。
「いや、本当に大した戦果は…」
「殿下なんぞ、何度か手痛い敗北をされておる
それでも無事な事が凄いのじゃが…」
「ああ
大事なのは生き残る事じゃからな」
「オレの爺様なんて、60まで現役だったぜ
まあ、巨人に踏み潰されちまったが
はははは」
兵士達の暢気な雰囲気に、子爵は頭を抱える。
騎兵だと聞いていたので、もう少し戦争慣れした兵士だと思っていた。
しかし来たのは、あまり慣れて無さそうな者達ばかりだった。
「ええっと…
この中で弓を扱える者は?」
「ああ
それならオレと…
ああ、オレはマークってんだ
よろしく頼みますぜ」
「そしてワシやこっちの碌でなし共じゃ」
「おいおい
碌でなしはお前じゃろうが」
「はははは」
派遣された部隊の内、8名が元狩人や衛兵だった者だった。
これで子爵の兵士と合わせて、20名が弓を使える事になる。
後は魔物に見付からない様に、遠距離から狙撃出来るかだろう。
兵士達に申告させて、大体の狙える距離を確認する。
そうして確認すると、彼等は個人の技量は中々な物だという事が分かった。
「よし、これなら何とかなりそうだ」
子爵は満足すると、さっそく出発の準備を急がせた。
「あのう…」
「ん?」
「それで具体的な作戦は?」
「ああ
先ずは風下に回り込み、ゴブリンを矢で狙撃する」
「ふむ
それでワシ等が必要じゃと」
「ええ
あなた達の腕に、期待してますよ」
「任せてくれ」
「ああ
ワシは300m先の鹿の頭を狙えるからな」
「そんならワシは350mじゃ」
「何を!
ワシは…」
兵士達はそんな事を話しながら、手早く出発の準備を終える。
まだまだぎこちないところはあるが、馬の扱いには慣れている様子だった。
そのまま騎乗すると、一行は城門を抜けて東の公道に出た。
「それで?
魔物はどの辺りにいるんですか?」
「そうだな
東に12km、森の中に潜んで居るみたいです」
「そうなると、馬では入れないか」
「いえ、馬で入りますよ」
「え?
大丈夫なんですか?」
「ええ
ワイルド・ボアが居るんですよ
そうなれば、相応の開けた場所という事です」
「ああ、なるほど…」
「それに馬が無いと、ワイルド・ボアと戦うには危険ですからね?」
「へ?
それは逆に…」
「上手く馬を御せれば、ボアの突進なんぞ簡単に避けれるでしょう」
「簡単にって…」
「はははは」
兵士達は子爵の言葉に、顔を引き攣らせるのだった。
まだまだ続きます。
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