第503話
ギルバートは談話室で、皇女が来るのを待っていた
帝国の皇女達が、急遽移民を連れて訪れたからだ
二人の皇女達には、湯浴みと食事を用意させていた
少し休んでから、会談を始める事になっていたのだ
皇女が来るまでに、ギルバートはバルトフェルド達と話す事にする
今分かっている事を、お互いに共有する為だ
とは言っても、大した情報は増えていない
移民が来た事と、魔王が彼女達の伯父だった事ぐらいだろう
会談の席には、ギルバートとバルトフェルド、それからアーネストが上座に座る
その横にはセリアと、娘のジャーネを抱いたフィオーナが座る。
二人の立ってのお願いであるが、要するに皇女への牽制である。
二人が未だに、ギルバートやアーネストを狙っていないか心配なのだろう。
二人は王国の代表の婦人として、会談に同席すると主張した。
「はあ…
特別に許可するが、騒ぐんじゃ無いぞ」
「うん♪」
「はい
それは承知しております」
フィオーナはそう言うが、顔は険しいままだった。
「少しはアーネストを、信用してやれよ」
「そうは申しますが、相手は帝国の皇女ですよ
正妻では無く側室などと申されると、最悪断れなくなります」
「そうなのか?」
「ええ
相手のお立場もあります故、そんな事は無いとは思いますが…」
「確かにそう主張された場合は、断るのも失礼になるからな」
「はあ…
面倒臭いな」
ギルバート溜息を吐くと、二人が座る予定の席を見る。
二人は今、湯浴みを終えて食事をしている。
食事は帝国民の失礼にならない様に、子爵が同席している。
そのまま一緒に、会談の席に同席する予定であった。
食事も終わった様で、ほどなくして皇女一行が談話室に入る。
皇女とその姉であるアンネリーゼ、それからそのお付きの侍女が二人。
後は子爵が先導して、談話室に入って来た。
「どうも
お久しぶりです」
「お久しぶりです
ギルバート王太子殿下」
マリアーナは、膝を折って帝国式の挨拶をする。
それから子爵に促されて、ギルバートの向かいの席の横に立つ。
「そちらの方々は?」
「ああ
こちらが現在の王都の管理をする、宰相代行のバルトフェルドだ」
「バルトフェルドでございます
どうぞよしなに」
バルトフェルドは跪くと、王国式の挨拶をする。
「こちらは私の婚約者…
っと、セリアとは面識があるか」
「そうですわね
何度かお話はしましたわ」
「うん」
それからギルバートは、その反対側のフィオーナを紹介する。
「こちらがアーネストの妻のフィオーナと…」
「皇女殿下
ごきげんよう」
フィオーナは腰を屈めて、王国式の挨拶をする。
本来は両手で裾を持つのだが、今は娘を抱えている。
それで片てだけ器用に、裾を掴んで挨拶をすませる。
「我が義理の兄と夫がお世話になりました」
「義理の兄?」
「ええ
色々事情がありまして…
フィオーナとは兄妹として育ちました」
「そうなんですか?」
マリアーナはそう言いながら、アーネストの方を見る。
「それでアーネスト様の奥方と」
「はい
最愛の妻と娘です」
アーネストはそう言って、ニッコリと笑ってフィオーナの方を見る。
「はははは
どうやら私への対策のつもりの様ね」
「え?」
「心配しなくとも…
私はもう求婚を迫ったりしないわ」
「ええっと…」
皇女の言葉に、アーネストは苦笑いを浮かべる。
「あら
私は娘を紹介しようと…」
「おっと
そういう事にしましょう」
皇女の言葉に、フィオーナもフォローする様に言葉を添える。
それでマリアーナは、フィオーナからジャーネを受け取る。
そうして優しく抱っこすると、あやす様に揺らしてあげる。
「ふふふ
可愛いわね」
「ええ
私達の宝物ですわ」
「そう…」
皇女は微笑みながら、優しくジャーネの頭を撫でた。
「羨ましいわ…
私も…」
「あら?
皇女様ほどのお器量でしたら、相手はいくらでも…」
「ふふ、そうも行かないわ
私に合う者で無くては…」
皇女はそう言って、哀しそうに頭を振るのだった。
「っと
そんな事を言っている場合じゃ無いわ」
アンネリーゼもジャーネを覗き込んでいたのだが、気が付いて慌てて話を戻そうとする。
「そうだな
どうしてこんな事に?」
「私達がこうして来ましたのも、伯父様からのお言葉がありましたからですの」
「そういえばそう言っていたな…」
「その伯父様ってのは、魔王ムルムルであっているんだな?」
「ええ
あなたのその発言は容認し難いのですが…」
「翼の生えた帝国の元皇子…」
「そうですわ
第四皇子であらせられる、アルスサード・ロマノフ様
あの方がお見えになられたの」
その言葉に、アーネストは複雑そうな表情を浮かべる。
「確かにその様だな
第四皇子が、確かに病に亡くなった事になっている」
「ああ
アルマート公爵がそう話していたんだったよな」
アーネストの言葉に、ギルバートも肯定する様に頷く。
アルマート公爵の話が本当なら、先ず間違いは無いだろう。
しかしそれは、もう一つの意味を持っていた。
「それが本当なら…」
「ええ
私の叔父にも当たるんですよね?」
「そうですな」
「え?」
「実は…」
ギルバートは、エカテリーナが話した事をみなにも伝える。
エカテリーナが、実は第三皇女である事。
そしてそうなれば、彼もまた皇帝の一族の一人であるという事だ。
「え?」
「殿下が皇家の一員であるのですか?」
「ああ
そういう事になるな」
「そうなりますと…
殿下は私の従弟に…」
「そうだな
と言っても、私は王国の王太子
帝国の継承からは外れるがね」
「そうですが…」
「予想外の事でつい…」
ギルバートが親戚に当たると聞いて、明らかに二人は動揺していた。
そしてよく見ると、子爵も驚いた顔をしている。
「あれ?
子爵には話しては…」
「いえ
初耳ですよ?」
「そうだっけ?」
「ギル…
あれほど連絡はする様にと…」
アーネストは渋い顔をするが、バルトフェルドが横からフォローをする。
「そうは申されましても、この話が具体的に上がったのは先程の事ですよ」
「そ、そうだよ
だから話を伝えるのも…」
「それはそうだが…
忘れていたんだろ?」
「う…」
「それよりも
ムルムル…
いや、アルスサードは何て言っていたんだ?」
「誤魔化すなよ…」
ギルバートは話しを逸らす様に、魔王からの伝言に話を向ける。
「それなんですが…」
「アルスサード様は、2週間ほど前に突然来られまして」
皇女二人からの話は、こういう事だった。
ムルムルはこれから、女神の居そうな神殿に向かう。
無事に帰って来れる保証は無いが、少しでも情報を得るつもりだと。
そして女神の所在を確認したら、いよいよ神殿に攻め込めるだろう。
その為に王国と協力して、攻め込める体制を整えておけという話だった。
「ムルムルが女神の神殿へ?」
「ええ
そう仰っていましたわ」
「何でも東の方にある、古代の魔導王国の廃墟にあるのだとか…」
「その具体的な場所は?」
「それが…」
アンネリーゼは帝国製の地図を開き、その場所を示す。
「ここが帝国の帝都、ミッドガルドになります」
「そこから北東に…」
「しかしどうやってそこまで?」
地図には大体の形が出てはいるが、その地図には山や谷は描かれていない。
何処をどうやって行くのかは、その地図からは予想が出来なかった。
「ここからがその…
古代の魔導王国があった場所になるわ」
「ふうむ…
この地図ではどんな場所か、全く分からないな」
「ええ
私達も、この先に何があるか分からないの
私達の先祖も、この南側しか知らないし」
帝国の元になった、東の遊牧民は東の平原から来ていた。
問題の魔導王国は、その北側にあったらしい。
らしいと言うのも、遊牧民や魔導王国にも、その魔導王国の詳細は伝わっていないのだ。
「アーネスト」
「そうは言われてもな
私も資料の残された物しか分からないぞ」
アーネストはそう言って、その地図の横に古びた羊皮紙を置いた。
そこには簡略化された図と、幾つかの説明書きが記されている。
しかしギルバート達には、それが何と書かれているのか分からなかった。
そもそもそれが文字なのか、見た目から判断も難しかった。
「ここがエルスウェア
そしてここに山脈があって…」
アーネストはぶつぶつと言いながら、帝国の地図に書き込みをして行く。
しかしそれでも、分かった事は少なかった。
帝国の北に隣接する辺りと、王国の首都らしき場所の位置しか分からない。
これでは地図に書き込んでも、ほとんど分からない状態だった。
「おおよその場所は分かったが…」
「そうね
肝心の行き方が分からないわ」
「ここまでどうやって行くのか…」
恐らく神殿と言うほどの場所だ、首都に向かえば分かるだろう。
しかしその首都までの行程が、この地図には記されていない。
途中の山や谷が分からなければ、途中で引き返す必要もあるだろう。
何よりも、今はここがどういった場所なのか分からない。
「この辺の国の状況は?」
「さあ?」
「少なくとも、帝国は交友が無いわ」
「それならどんな国があるのか…」
「ええ
街や村があるのかも、これでは分からないわ」
王国が交流があるのは、西の諸国だけである。
そして帝国も、東の遊牧民ぐらいしか情報は持っていない。
神殿があると思われる、北の方の情報は無いのだ。
「エルリックが居れば…」
「そうだな
あれからどうなったのか…」
王国に戻ってから、エルリックの所在は分かっていない。
そもそも無事なのか、それすらも分かっていないのだ。
「どうする?」
「そうですわね
伯父様が無事に戻られれば…」
「アモンに聞きに行くか?」
「そのアモンと言う者は?」
「彼も女神の使徒だな
魔王の一人なんだ」
しかしアモンも、エルリックの話では居城には居なかったらしい。
今から向かったとしても、彼に会えるかは分からなかった。
「それならば、やはり戦に備えるべきでは?」
「そうは言うがな…」
王都には今、指導する者が少なかった。
武器になる素材は集まったが、食料の方も不十分だろう。
移民が増えた事で、さらに必要な食料も増えるだろう。
「実は今は宰相が居なくて…」
「そうなのか?」
「こちらの方が…」
「ああ
しかしバルトフェルド様は、あくまでも代理なんだ
細かい作業をするには、文官が少ないんだ」
「そういう事ね…」
「それで伯父様は…」
「え?」
アンネリーゼは立ち上がると、ギルバートの方を向いた。
「私にこの王国の、現状を教えてください」
「どういう事だい?」
「私は今まで、帝都の管理を手伝っていました」
「きっと伯父様は、姉に宰相の補佐をする為に寄越したのだと」
「アンネリーゼ様が?」
「アンネリーゼでいいわ
お願いします」
アンネリーゼはそう答えると、さっそくバルトフェルドに質問を始める。
「今年の収穫量のチェックは出来ていますか?」
「それは出来ていますが…」
「それなら昨年の資料はありますか?」
「ええ
何とか焼失は免れまして…」
「ではさっそく、それらを見せて欲しいわ」
「殿下?」
バルトフェルドはどうしたものかと、ギルバートの方を見る。
それに対して、アーネストが横から助け船を出した。
「バルトフェルド様
先ずは彼女を信用してください
そのつもりで寄越されたんでしょうから」
「良いのじゃろうか?」
「そうですね
ここで話しているより、先ずは何が出来るのか?
そこから試してみましょう」
細かい作業に関しては、バルトフェルドとアンネリーゼに任せてみる事にする。
そしてギルバートは、マリアーナを連れて移民の住居や仕事の手配に掛かる事になった。
彼等は帝都でも、職人や商人をしていた者達だ。
彼等の手を借りて、戦争の支度をして欲しい。
それがアルマート公爵からの伝言だった。
「良いのか?」
「ええ
帝都にもまだ、半分以上の民が残されています
彼等はここに、戦争の準備の為に連れて来ました」
「それならさっそく、職人や商業のギルドに引き合わせましょう」
「殿下
そこはもう、ワシが手配しておきました」
子爵が任されていたので、既にギルドに仲介をしていたのだ。
それで職人達は、明日からの仕事の手配も済ませていた。
「子爵
助かりました」
「いえ
ワシも同胞達に、仕事を回せていただいて助かっていますから」
「子爵
ありがとう」
「は、はい」
子爵は皇女に礼を言われて、敬礼をして固まっていた。
「それで…
文官が足りないんでしたよね?」
「ん?」
「そうですわね
文字が違うのですぐには無理でしょうが…
文官の経験者も居ますわ」
「それは助かります」
移民の中には、部族の長だった者も何人か居る。
そして帝都で、文官の仕事していた者達も数人混じっていた。
「そうだな
先ずは文字を覚えてもらって…」
「でしたら私が」
「フィオーナ?」
「どうせ学校を開始する予定なんでしょ?
それなら私達が、その方達に教えますわ」
「なるほど
それは助かる」
文官達の指導は、一先ずはフィオーナ達に任せる事になる。
彼女達の指導で、王国の文字を覚えるのだ。
そうして文官として、王国の政治の手助けをする。
そうする事で、王国の戦争の準備が手早く出来るだろう。
ムルムルもこれが目的で、彼等を王国に寄越す様に言ったのだろう。
「助かるよ」
「いえ
問題はこれからでしょうね」
「そうだな
女神と戦うんだ
生半可な覚悟では…」
ギルバートは改めて、その意味を噛み締めていた。
この世界を創り出した、女神と戦う事になるのだ。
それは今まで以上に、厳しい戦いになる事は間違い無いだろう。
決意を胸に、ギルバートは頷くのであった。
まだまだ続きます。
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