第501話
王城の執務室で、ギルバートはエカテリーナと睨み合っていた
エカテリーナとしては、ギルバートに王位を継いで欲しかった
しかしギルバートは、それを拒絶していた
冬が明けてから、再び女神と対峙するつもりだったからだ
ギルバートはエカテリーナに、女神に会いに行くと告げた
しかしエカテリーナは、それを良しとしなかった
先に女神と対峙した時に、ギルバート達は女神の用意した魔物に襲われた
そしてその後にも、王都に巨人が攻め込んで来ていた
「どうして言う事を聞いてくれないの?」
「母上
それは無理な相談です
女神をどうにかしなければ、いずれはこの国は滅ぼされてしまいます
いえ、この国だけではありません
世界が滅ぼされるでしょう」
ギルバートの言葉に、エカテリーナはなおも何か言おうとしていた。
しかし横から、マリアンヌが質問をして来た。
「お兄様
女神は人間を滅ぼすと言っていたのよね?」
「ああ
しかし私は、あれが本物の女神だとは思っていない」
「そうね
アーネストもそう言っていたって、フィオーナから聞いたわ」
マリアンヌは頷くと、エカテリーナの方を向く。
「お母様
私も本心では、お兄様に王位を継いで欲しいわ
でもね、このままでは王国どころか、世界が危機みたいなのよ」
「それはそうでしょうが…
何もアルフリートがしなくても…」
エカテリーナはそう言って、ギルバートの方を向く。
「どうしても行くの?」
「ええ
世界を…
女神をどうにかしなければ」
「でも、あなたは英雄でも何でもないのよ?」
「そうでしょうね
しかし私には、母上と父上から受け継いだ力があります」
ギルバートはそう言って、エカテリーナを真っ直ぐに見詰める。
「殿下
その力と言うのは?」
「そうだな
皇帝と同じ力…
と言った方が良いのかな?」
「皇帝?
しかし皇帝はそんな力など…」
バルトフェルドも、元は帝国の兵士であった。
だから多少であるが、帝国の実情は知っている。
そしてバルトフェルドが知る限りでは、皇帝は特に力を持っている様子は無かった。
「そうですね
初代皇帝の力
そう言った方が良いですかね」
「初代皇帝って…
英雄王のカイザート様ですか?」
「ああそうだ」
「しかしカイザート様は、お子を残されなかったと…」
「そうだな
彼の子は、産まれる前に皇妃と共に亡くなっている」
「それでは…」
「しかし彼の直系では無いが、その血は残されていたんだ
そうですよね?
母上」
ギルバートはそう言って、エカテリーナの方を見た。
「どうやら…
そこまで知っているのね」
エカテリーナは溜息を吐きながら、首を振っていた。
「お母様
どういう事ですの?」
「そうね
あなたも当然ですが、バルトフェルドも知らない事よ」
「そうですね
ワシも初耳ですぞ」
「私が皇帝の三女なのは知っているわよね?」
「ええ
それは…」
「そしてハルは、クリサリス侯爵の息子」
「ええ
それは存じております」
バルトフェルドも、そこまでは知っていた。
しかし、その侯爵の血筋が問題だったのだ。
「ハルの侯爵の血筋は、カイザート様の弟に当たるの
それでハルバート・エルスフィアが本名なのよ」
「エルスフィア?
しかしその名前は…」
「そうです
カイザート・ロマノフ・エルスフィア
ロマノフ帝国は数日で滅び、その後はロマノフ家のみが名として残されました
しかし父上は、その皇帝の血筋に当たるんです」
ギルバートの言葉に、バルトフェルドは改めて驚いていた。
「では…
陛下は皇家では無く、初代皇帝の…」
「カイザート様が作られたという、最初の帝国の血筋です」
「しかし…」
「そうですね
それだけなら問題は無かったんでしょう
しかし魔王の話では、もう一つの血筋が残されていたんです」
「まさか…」
「ええ
母上の祖父に当たる方が、そのエルスフィア家の者なんです」
「では陛下とエカテリーナ様は?」
「ええ
遠戚と言うべきなんでしょうかね?
それで私は、覇王の卵などと言われていた様です」
「覇王の卵…
魔王になれる者…という意味でしたね」
「ええ
ですがもう一つの意味は、違う物らしいですよ」
「え?」
「それはどういう事なの?」
ギルバートの言葉に、エカテリーナは首を傾げていた。
エカテリーナとしては、初代皇帝の血筋という意味しか無かったのだ。
しかしギルバートは、その力以上の意味があると思っていた
それが精霊や女神が言っていた、マーテリアルという存在の事だ。
「女神は…
ガーディアンという言葉とマーテリアルという言葉を気にしていました
どうやらそれが、女神がこの国を滅ぼしたい原因と思えるのです」
「ガーディアンとマーテリアル?
ガーディアンは分かりますが…
マーテリアルとは何でしょう?」
「さあ
それは私も分かりません
女神もそれに関しては、我々には明かそうとはしませんんでしたし」
ギルバートは肩を竦めて、分からないと示した。
「それでしたら、その言葉の意味は無いのでは?」
「そうですね
何で女神が警戒しているのかは分かりませんが…
しかし私は、それで命を狙われているみたいですし」
「殿下がですか?」
「ええ
実施にここが狙われていたのも、私や父上を狙ったんだと思います
女神は竜の背骨山脈で、その様な事を言っていましたから」
ギルバートの説明に、バルトフェルドは唸り声を上げる。
「ううむ
報告は聞いておりましたが…
それは初耳ですぞ」
「え?
そうでしたか?」
「ええ
女神に襲われたとは聞きましたが、巨人の襲撃の話しになりましたし」
「そういえばそうか…」
「アルフリート…
いえ、ギルバート
それは本当ですの?」
エカテリーナは、巨人の襲撃の時にもほとんど話していなかった。
それで女神の目的に関しては、彼女は何も知らされていなかったのだ。
「私達のせいで…
あなたの命が狙われているの?」
「いいえ
母上が心配する事ではありませんよ」
「しかし私とハルのせいで…」
「ですが私は、お二人が居たからこそ産まれたのです
ですから気になさらないでください」
しかしエカテリーナは、自身の血を呪う様に呟く。
「ああ…
私達に帝国の皇帝の血が流れていたばっかりに
あなたをこんな危険な目に遭わせて…」
「私は良いんです
それにどの道、女神は人間を滅ぼそうとしています
遅かれ早かれ、私は女神と戦う宿命なのかも知れません」
「ですが…」
「良いから気にしないでください」
ギルバートはそう言って、母であるエカテリーナを優しく抱きしめる。
「私はこの世界を守る為に、あの女神と戦います
これは避けられない宿命なんです」
「ああ
ギルバート…」
エカテリーナは涙を流しながら、ギルバートを抱き締めていた。
そうして二人を抱き締める様に、マリアンヌも涙を流しながら抱き着いた。
「お兄様
どうしても…
行かないといけないんですか?」
「ああ
これは避けられない戦いだ
そうであるなら、我々から先制攻撃を仕掛けようと思う」
「しかし、肝心の女神が何処に居るのか…」
「いいえ、ヒントはもらっています」
ギルバートは首を振ると、地図を広げて見せる。
それはクリサリスや帝国だけでなく、アースシーの大陸の大半が描かれた地図だった。
物語の情報を元に、帝国が作った地図だった。
そこにはミッドガルドと、それ以前の魔導王国の大まかな位置が記されていた。
しかしそれ以前の、旧魔導王国や昔の王国の位置は不明である。
「これはあくまで、大まかな位置を記した地図ですぞ
それに女神の神殿に関しては…」
「ああ
だから正確な位置は、実際に行ってみないと分からないだろう」
ギルバートはそう言いながら、地図の上に駒を配置する。
「ここの…
竜の顎山脈の中に、魔王の居城がある」
「魔王のですか?」
「ああ
先ずはここに向かって、アモンに会ってみようと思う」
「魔王にですか?」
ギルバートは駒を、竜の顎山脈の真ん中に配置する。
「ここから1週間ぐらいの距離になる
先ずはここを目指して…
女神とはそれからだな」
「そう上手く行くでしょうか?」
「さあな
兎も角、女神の神殿の位置が分からないとな」
ギルバートはそう言って、再びエカテリーナ達の方を見る。
「母上
ご心配を掛けますが、これは避けては通れぬ道なんです」
「ええ
そうなんでしょうね
しかし何で、女神様はあなたにこの様な苦難を…」
「お兄様
冬が明けてからですよね?」
「ああ
そのつもりだ」
「それならせめて、それまではお母様と…」
「そうだな
なるべく時間を取るよ」
ギルバートはそう言って、エカテリーナとマリアンヌを連れて執務室を出る。
残されたバルトフェルドは、溜息を吐きながら地図の駒を見る。
その場所はカザンの街の北になり、山脈の真ん中辺りに駒は置かれていた。
カザンを経由すれば、おおよそ1週間ほどで着けるだろう。
問題は魔王の居城とやらが、何処にあるかだろう。
「はあ…
殿下が向かうしかないのか?」
バルトフェルドは呟きながら、地図の上の駒を手にする。
「それまでは殿下に…
あ!
しまった!」
ここに来てバルトフェルドは、まんまとギルバートに逃げられた事に気が付いた。
執務室の机の上には、まだまだ多量の書類が山になっている。
ギルバートが居なくなった以上、残りはバルトフェルドが片付けるしか無かった。
「殿下…
恨みますぞ」
バルトフェルドは頭を抱えて、書類の山を見詰めていた。
ギルバートは二人を連れて、離宮に向かっていた。
ジェニファーとフィオーナは、離宮でジャーネの世話をしている筈だ。
学校の話をするには、ジェニファーの協力も必要だ。
それで二人を連れて、離宮に続く回廊を進んでいた。
「それで、具体的にはどうするおつもりなの?」
「そうだな
さすがにフィオーナは、まだ娘の世話があるからな
教師を頼むのならジェニファー様にだろうな」
「それと私とお母様ね?」
「いや…
出来ればお前は…」
ギルバートはマリアンヌに、王城に残って欲しかった。
しかしマリアンヌは、王位に関しては興味が無くなっていた。
王妃に関しては、フランツと結婚する事で納得していたのだ。
しかしフランツと別れた今は、玉座に近付くのも嫌がっていた。
それで塔に籠って、外に出ようとしなかったのだ。
「嫌よ!
私はこの王宮には、嫌な思い出しか無いの」
「それはそうだろうが…」
「ここにはお父様や、フランツやエリザベートの思い出があるの
だから居たくはないのよ」
「それは…」
「特にエリザベートの事は、今も夢に見るわ
あの子が生きていれば、フランツと結婚しても良かったのに…」
「はあ…
そう言うなよ」
ギルバートは首を振り、マリアンヌの方を見る。
「あれは魔物だったんだ」
「ええ、そうでしょうね
しかしそれでも、私は生きていて欲しかった」
エカテリーナはそう言うと、涙を拭いながら続ける。
「だからここを出て、学校を開きたいの」
「そういう事だから」
「はあ…
しかしそれでは…
王族が王城に、誰も居なくなってしまうぞ」
ギルバートは溜息を吐いて、頭を振った。
「仕方が無いでしょう?」
「それにバルトフェルド様が居るわ」
「それはそうだけど…
大丈夫かな」
今も山の様な書類を、そのまま残して来てしまった。
今頃は怒っているだろうなとは思うが、仕方が無かった。
エカテリーナやマリアンヌを、納得させる必要があるからだ。
その為にこうして、学校の手続きも進めているのだ。
ギルバート達が離宮に入ると、ジェニファーはジャーネを抱っこしてあやしていた。
周囲を見回すと、フィオーナはジャーネのおむつを干していた。
「あら?
お兄様?
どうしたの?」
「いや
二人に相談があってな」
ギルバートはエカテリーナも招き入れて、4人で椅子に座った。
「この前話した学校の件なんだが」
ギルバートはフィオーナとジェニファーも交えて、具体的な勉強内容等を話した。
そうして他にどの様な教師が必要か、改めて確認をした。
貴族のマナーや、一般教養以外に必要な授業があるか確認したかったのだ。
「そうね
算術も必要だけど、歴史や書類整理の仕方も必要ね」
「そんな物も教えるのか?」
「ええ
貴族以外に、文官の勉強も教える必要があるわ」
「ああ、そうか…
文官を育てる必要もあるのか」
「呆れた
忘れてたの?」
「はははは…」
ギルバートはそのまま、ジャーネをあやすジェニファーに、知り合いに良い人が居ないか確認する。
このままでは、教師になる人間の数が足りないからだ。
そうして手にした羊皮紙に、教えられた人物のリストをメモした。
「これで全員ですか?」
「そうね
これだけ居れば足りるでしょう」
「分かりました
それではこの書類を、バルトフェルド様に渡しておきますね」
「頼むわ」
ギルバートはメモを懐に仕舞うと、そのまま離宮を後にした。
バルトフェルドに渡す為に、執務室に向かうのも良いだろう。
しかし今執務室に向かうと、再び書類の山と格闘する必要があるだろう。
ギルバートは頭を振ると、そのまま食堂に向かう事にした。
「書類の審査とか面倒臭いからな」
ギルバートはそう言って、こっそりと食堂に向かうのであった。
まだまだ続きます。
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