第500話
巨人との戦いから暫く、王都には穏やかな日々が流れる
巨人が攻めて来た影響か、魔物の数も大きく減少していた
兵士は束の間の平安を感じながら、訓練に打ち込んでいた
既にあの戦いから、2週間が経とうとしていた
季節は冬に入り、公道の傍らには白い物が積み重なっていた
寒さ自体はそれ程でも無いが、今年は早目に雪が降っていた
それで魔物達も、すっかり活動が少なくなっていた
今年も冬籠りの時期が来たのだ
「うう、寒い」
兵士達は白い息を吐きながら、朝から訓練場で訓練を始めていた。
巨人が攻めて来た事で、多くの魔物が王都周辺から避難していた。
その後に雪が降り始めた為に、多くの魔物は森の中に逃げ込んでいる。
このまま冬の終わりまでは、公道にも出て来る事は少ないだろう。
それで兵士達の多くは、訓練に打ち込んでいた。
「これが冬とか言うやつか…」
「寒いな…」
「しかし砂漠の夜に比べれば…」
帝国の兵士達は、初めての冬に戸惑っていた。
しかし寒さ自体は、砂漠の夜に比べれば大した事は無い。
問題は昼間も、その寒さが続く事だろう。
その事が少なからず、彼等の動きに影響を与えていた。
「雪は珍しいのか?」
「ああ
こんな物が降って来るなんてな…」
「しかも水なんだろ?
どういう仕組みなんだ?」
それは街で働く、職人達にしても同じだった。
積もる事こそ少ないが、帝国出身者には雪は初めての経験だった。
砂漠には、雪が降る事は無かったのだ。
「寒くなると、炉の火が弱まる
気を付けてくれよ」
「はい」
「薪が湿るから、こっちの倉庫に移しておいてくれ」
「冬は薪が重要だからな」
「はい」
帝国の出身者は、冬の生活は初めてだった。
だから王都の住民達が、色々と教える必要があった。
それは火の元になる薪もだが、食糧に関してもだった。
「え?
もう何も生えないのか?」
「ああ
今の王都は、精霊様の加護がある
それでもこの寒さでは、作物も育たねえ」
「それじゃあ作物は…」
「じゃから事前に、多めに作っておるんじゃ」
巨人が攻めて来たとはいえ、作物の収穫は行われていた。
そうしなければ、無事に冬は越せないからだ。
幸いにも南の平原では、巨人やオーガの被害は少なかった。
そこで小麦以外の作物も、早目に収穫されていた。
今は穀倉に、詰め込めるだけ詰め込まれていた。
これだけ貯め込まれていれば、何事も無ければ冬は越せそうだった。
問題があるとすれば、肉が獲れない事だろう。
「駄目ですね
今日も得物が掛かりません」
「そうか
もう籠っているからな…」
季節が冬に入ったので、森の木の実もほとんど無い。
それで野生動物も、冬の冬眠に入っている。
備蓄用に多少は塩漬けや干し肉にしてはいるが、今年は収穫量は少な目だった。
魔物の影響が、ここに来て響いていた。
「魚も思ったより少ないですね」
「ああ
これも魔物の影響だろうな」
「くそっ!
魔物も魚を食うからな…」
今は魔物も姿を見せなくなっていたが、やはり少なからず魚も獲られていた。
それに加えて戦闘やその後の処理で、川の水にも影響が出ていた。
それで川での漁獲量も、今年は少な目だった。
「今年は作物は安定していますが…」
「ああ
税で収めるのは免除しているからな」
「それに各自治領での収穫も…」
国王が不在な為に、今は各領地での裁量に任されている。
それに加えて、宰相も今は不在の状態である。
一応バルトフェルドが宰相の代行をしているが、領主との連絡は上手く取れていなかった。
文官が少ない事も、領主との遣り取りを少なくさせる原因となっていた。
「前は宰相も文官も居ました
しかし今は、ワシしか居りません」
「ああ
だからこそ、私は各領地での裁量に…」
「ええ
じゃからワシも税を一旦免除にして、各領地での裁量に任せました
しかしそれが原因でこの様に…」
バルトフェルドの手には、一部の領地での食料不足が記されていた。
魔物の影響があって、作物や物流に影響が出ているのだ。
結果として、王都への食料移送の嘆願書が届いていた。
しかし王都でも、食料に関しては余裕が無かった。
嘆願書が届いても、届けられる食料の備蓄が無いのだ。
「ワシもどうにかしてやりたいのじゃが…」
「そうだな
今のままでは、王都にも余裕が無いからな」
ギルバートはバルトフェルドの方を見て、悲しそうに首を振る。
ここで支援をしたら、今度は王都の余裕無くなってしまう。
その為に税を免除したので、領主に頑張ってもらうしか無いのだ。
「別段干ばつや水害があった訳では無い
そうである以上、税の免除以上の事は出来ないな」
「そうですな
その様に送ります」
バルトフェルドは不認可の印を押して、それを文官に手渡す。
バルトフェルドは次の書類を手にして、その書類の内容に首を振る。
もっと人数が居れば、こういった仕事も少なくなっていただろう。
しかし現状では、文官を担える者があまりに少なかった。
「はあ…
本来なら…」
「そうですな」
「文官は増やせそうには?」
「今のところは…」
「文官に推挙出来そうな人材が、今の王都には少ないですから」
「そうなんだよな…」
「後は学校を卒業した者が増えれば…」
「学校か」
ギルバートは机の脇に置かれた、1枚の報告書に目を向ける。
そこには王都の学校を、再開する予定が記されていた。
「母上…
ジェニファー様は乗り気なんだがな」
「ええ
問題は建物ですな」
子爵の婚姻が決まるに当たって、一つの問題が起こっていた。
その相手の女性が、一平民である事であった。
子爵は彼女が、貴族の教育を受けていない事を懸念していた。
そこでジェニファーが、彼女に貴族の作法を教える事になった。
その話が上がった時に、ジェニファーから提案が出されていた。
どうせならそういった事を、学べる学校を再開出来ないかという事だった。
「建物は何とか出来るだろう?
どうせこれから、暫くは外に出れ無いんだ」
「そうですが…」
「問題は人員だな」
ギルバートはそう言って、そこに書かれた名前を確認する。
フィオーナもやりたいと言っていたが、まだジャーネの世話が必要だった。
そしてアーネストは、その他の仕事で忙しかった。
今のところは、人材が不足しているのだ。
「ヘイゼル老師も…」
「ええ
あの方が居れば、まだマシなんですが」
ヘイゼルはこのところ、すっかり老け込んでいた。
国王が亡くなった事と、暫く王都の復興の激務が続いた為だった。
それで体調を崩して、今ではほとんど寝たきりになっていた。
時々フィオーナやジェニファーが会いに行くが、それ以外は訪れる者も少なかった。
「はあ…
文官もだが、それを育てる人材がな…」
「そうですな」
王都の陥落が、一番の痛手であった。
あれで国王を始めとする重鎮が亡くなり、王都の機能は麻痺してしまった。
そこに公爵の謀反が重なり、さらに多くの文官が亡くなった。
それが無ければ、まだ王都の復興は楽であっただろう。
「いずれにせよ、学校は必要…か」
「ええ
若い人材を、意味無く埋めない為にも…」
二人が書類を見ていると、ドアがノックされる音が聞こえた。
コンコン!
「入って良いぞ」
「お兄様」
そこにはエカテリーナと、マリアンヌが立っていた。
「聞きましたわよ
学校を再開すると」
「母上」
エカテリーナは微笑むと、ギルバートの顔を真っ直ぐに見詰める。
「どうして私に声を掛けないんです?」
「え?」
「ですから教師にです」
「ええ!」
エカテリーナの提案は、二人を教師として採用して欲しいという事であった。
特にマリアンヌは、少し前までは学んでいた立場だ。
学校に関しては、誰よりも詳しかっただろう。
「しかしマリアンヌ
お前は姫であって…」
「そうですが…
私はフランツび捨てられましたから」
「ぐはっ!」
マリアンヌの言葉に、バルトフェルドは少なからぬダメージを受ける。
フランツはバルトフェルドの息子で、次期国王になる予定であった。
それがマリアンヌの妹の、エリザベートと浮気をしたのだ。
それでマリアンヌは捨てられて、今まで傷心で引き籠っていたのだ。
「マリアンヌ
それは魔物の仕業で…」
「分かっております
しかしフランツは、結局女癖が悪かったのです
そうで無ければ…」
「ごはっ!」
「止めろ!
それ以上はバルトフェルド様が…」
「あ…」
フランツがエリザベートに乗り換えたのは、あくまでも魔物が原因である。
エリザベートに化けた魔物が、フランツに魅了の魔法を掛けていたのだ。
しかしマリアンヌは、それを許す事は無かった。
それで婚約は破棄されて、フランツの国王就任の話は無くなっていた。
「ええっと…
バルトフェルド様が悪いのでは無いですよ
ただフランツの女癖の悪さが…」
「ぐう…」
「マリアンヌ、止しなさい
バルトフェルドが可哀想でしょう
まあ、バルトフェルドも若い頃は…」
「エカテリーナ様…
その話は…」
瀕死のバルトフェルドが、虫の息で救いを求める。
しかしエカテリーナは、ニヤリと笑って止めを刺す。
「あら?
あの子の話しかしら?
それとも年上の未亡人の…」
「ぐはっ!」
遂に耐えられなくなり、バルトフェルドは机に突っ伏した。
そもそもフランツは、魔物の魔法で誘惑されていた。
しかしそれも、フランツの心の甘さが招いた事とされていた。
それでバルトフェルドも、巻き添いで責められていた。
「母上…」
「ほほほほ
少し昔を思い出しましてね」
「…」
「バルトフェルドの苦情に、私も随分と悩まされたわ」
「え?」
「ハルや私に、被害者からの苦情が来ましたからね」
「えっと…
そうなんですか?」
ギルバートの冷やかな視線に、バルトフェルドは死んだふりをする。
それを見て、マリアンヌは信じられないという顔をしていた。
「え?
バルトフェルド様も?」
「ええ
昔の話ですがね」
「エカテリーナ様…」
「まあ…
話題を変えましょう」
ギルバートは居た堪れなくなり、話題を変えようとした。
「それで?
母上も学校の話で来られたんですか?」
「ええ
ジェニファーに聞きましてね
私もこの通り、今ではすっかり引き籠ってましてね」
マリアンヌが引き籠っていたのは、フランツの事があったからだ。
このままでは、彼女に婚約を求める貴族が訪れる。
それも彼女が目的では無くて、あくまで国王の座が欲しくてだ。
マリアンヌはそれが嫌で、傷心で引き籠っている事にしていたのだ。
一方でエカテリーナが引き籠っていたのは、国王が亡くなった為であった。
フランツに国を任せようとしたが、フランツは魔物に誘惑されて失敗した。
そしてギルバートも、なかなか国王の座に就こうとしない。
それでエカテリーナは、表に出て口を出さない様にしていた。
「それでは母上も教師として?」
「ええ
私の方が、貴族の慣習やマナーには詳しいわよ」
「そうですか…」
しかし問題は、一般の教養を教える者であった。
特に文字や算術に関しては、早急に教える者が必要であった。
帝国からの移民に、文字を書けない者や算術が出来ない者が多いからだ。
そういった者達に、教える教師が必要だった。
「教養の方はどうですか?」
「うーん
私も少しは教えれるけど?」
そう言いながら、エカテリーナはマリアンヌの方を見ていた。
どうせならそれは、マリアンヌがするべきだと言いたそうだ。
しかしギルバートとしては、別な思惑があった。
「私は…」
「え?」
「私はマリアンヌには、ここで王妃として残って欲しい」
「どういう事かしら?」
エカテリーナは顔を引き攣らせて、ギルバートを真っ直ぐに睨む。
「私は年が明けたら、また旅に出なければなりません」
「な!」
「殿下!」
エカテリーナとバルトフェルドは、驚いた顔をしてギルバートを見る。
それからエカテリーナは、再び視線を鋭くする。
「どういうつもりなの?」
「女神です
女神をどうにかしなければ、私達人間は…」
「それでどうして、あなたが旅に出ないと…」
「そうですよ
それなら兵士を向かわせれば…」
「駄目です
彼等では敵いません」
「アルフリート!」
エカテリーナは感情的に叫ぶと、思わず手を上げそうになる。
しかしギルバートは、それでもエカテリーナを真っ直ぐに見詰める。
「女神は強力な魔物を用意するでしょう」
「あなたなら勝てると?」
「ええ」
「あなたは英雄にでもなった気なの?」
エカテリーナの言葉に、ギルバートは静かに首を振る。
「英雄なんてそんな…」
「しかし殿下
それではあなたが…」
「バルトフェルド様
私なら、少なくとも戦う事が出来ます」
「兵士では…
勝てないと?」
「ええ
オーガやワイルド・ベアまででしたら…
ですが私が居なければ、それ以上の魔物には勝てないでしょう」
ギルバートの言葉に、バルトフェルドは何事か反論しようとする。
しかし確かに、兵士では強力な魔物には対抗出来ない。
ギルバートの言う事も尤もなのだ。
「許しません」
「母上…」
しかしエカテリーナは、泣きそうな顔をしてギルバートを見る。
「そんな危険事を…」
「ですが母上、私が行くしか無いんです」
「どうしてあなたが…」
「それは…
私が父上と母上の息子だからです
皇帝の血を受け継ぐ…」
「っ!」
ギルバートの言葉に、エカテリーナは驚いた表情をする。
「どこでその事を…」
「どういう事ですか?」
しかしバルトフェルドは、その事を知らなかった。
二人が皇家に連なるとは知っていたが、まさかエカテリーナが皇女の一人とは知らなかったのだ。
あくまで彼女は、貴族の一子女としてしか知られていなかったのだ。
まだまだ続きます。
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