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聖王伝  作者: 竜人
プロローグ
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第5話

斯くして野に、魔物が解き放たれた

女神の祝福の時代は終わりを告げる

再び魔物が現れ、戦乱の世が始まる

世界の安寧は終わりを迎えて、戦いの時が始まるのだ

襲撃から4日目

前日の夜から降った雨は、早朝まで降り続けていた

そのせいで周囲は、すっかり薄暗くなっていた

降りしきる小雨は、兵士達の気持ちと足取りを重たくしていた


小雨が降りしきる中で、速やかに点呼が取らる。

馬も引かれて来て、兵士達の出立の準備が整えられた。


「今日は西の集落へ向かう

 雨で足元が泥濘んでいるので、各自気を付けるように」


小雨に凍えるなか、部隊長の注意が続けられる。


「昨日も伝えたが、第1砦の者が先行して警備に就いている

 我々は到着次第、合流して共同での避難の誘導に当たる」


「各自、準備はいいか?」


部隊長は全体を眺めると、部下達に迷いが無いのを確認する。

それから号令を掛けると、砦を出発した。


「では、出撃する!

 全体!

 進め!」

「全体、進め!」


号令一下、兵士達はゆっくりと進み始める。

雨で泥濘んでいる分、進行速度は前日に比べると緩やかだった。

集落までも前日の集落に比べたら、半分ぐらいの距離だ、そんなに時間は掛からないだろう。

急襲と待ち伏せに用心しつつ、兵士達は並足で公道を西へと進んだ。


やがて2時間も掛からず、森の入り口へと到着する。

今日は森にも異常は見られず、黒煙も上がっていなかった。


「どうやら問題は無さそうだな」


一応警戒はしながら、ゆっくりと集落へと向かう。

集落の入り口では、第1砦の兵士達が監視に立って居る。


「ご苦労

 第2砦の部隊長、アランだ」

「ご苦労さまです

 集落には今のところ、異常はありません」

「ご苦労さまです

 出立の準備は、ほぼ完了しております」


部隊長と見張りの兵士が挨拶を交わし、現状を確認する。

兵士の一人が集落の中に走って行き、出発の確認をした。

やがて集落の住民と、警備兵達が入り口へと集まり始めた。

荷物は前日から用意しており、生活に最低限の荷物を、各々が背中や荷馬へ乗せてある。

全員が準備が出来たのを確認すると、すぐさま砦へ向けて出発する事になる。


「えー、静粛に!

 静粛に!」


不安で落ち着かない住民達へ、兵士達は声を掛ける。


「それでは、これより

 みなさんは安全な第2砦へと、避難していただきます」


「なんで避難せんといかんのかいのう」

「そうだ、そうだ」

「何があったか、キチンと説明してもらえんかいのう」


住民からは、非難の声が上がり始めた。

説明…してないのかよ、と部隊長は内心辟易として第1砦の兵士達を見る。

すかさず兵士達はそっぽを向いて誤魔化していた。


「あー…

 えーっと…

 現在未確認の危険な野生生物が現れ、他の集落でも被害が確認されています」


嘘は言っていない、嘘は…。

あくまでも未確認な?野生の…生物?なのか?

住民の反応は微妙だった。


早く退治しろよとか、なんで避難しないといけないんだとか不満が上がっていた。

熊や狼が出たらすぐに助けろと騒ぐくせに、協力を求めるとすぐにごね始める。

よくある話だが、こういう時の住民という物は面倒臭い。


「えー…

 みなさんのおっしゃる事ももっともですが、私達としましてはみなさんの安全が第一です

 みなさんには一旦、安全な砦へと避難していただきます

 事態が収まり安全を確認しましたら、早急に戻れるように手配させていただきます

 どうか…どうか今は、安全の為に従ってください」


部隊長は長々と演説をすると、深々と頭を下げた。

部隊長にこう深々と頭を下げられては、住民も文句は言えなくなっていた。

しかたねえと不満を漏らすが、荷物を持って従い始めた。


「では、出発します

 全体、進めー!」

「全体、進め―!」


部隊長の号令に従い、先ずは先頭の兵士達が馬を進める。

続いて住民と、それを守る様に兵士が周りを囲みながら進む。

最後に部隊長と殿の兵士が、後方の安全を確認しつつ進んだ。


「今のところ、順調ですね」

「ああ

 だが、気を抜くなよ

 相手は、いつ、どこから現れるかも分からない奴らだ」


部隊長と兵士は慎重に馬を進め、周囲の状況を片時も見逃すまいと警戒を続けた。

やがて森を抜けて、公道へと出ると、第2砦へと順調に進行する。

部隊は順調に進み、やがて砦が見える手前辺りまで進んでいた。


道中に敵の襲撃も無く、兵士の方でも気の緩みがあったのだろう。

部隊長から見て右手の方、部隊右手後方の兵士の一人が、馬上で欠伸を嚙み殺していた。

その兵士が、不意に顔を押さえて馬から落馬する。


「ふわあ…

 ぐがっ!」

「敵襲だ!」


右斜め前方、森の中からの狙撃であった。

突如落馬した兵士を、他の兵士が助け起こそうと近寄る。

しかしその右目には、深々と短い矢が刺さっていた。


「死んで…」

「死んでるぞ!」


兵士は一撃で絶命していた。

仲間の兵士達は、素早く矢を番えると森の端の茂みへと撃ち込んだ。

数名が一気に打ち込むと、繁みから短い悲鳴が上がる。


ギャヒイイ!


鋭く短い悲鳴を上げて、不気味な人影が飛び出して来た。

続く矢が頭を射抜くと、その人影は呻き声を上げて倒れた。

その後ろからも、同じ様な人影が3人躍り出た。

緑色の皮膚に小さな矮躯、ゴブリンであった。


「きゃああ!」

「おい!

 何だ?

 あれは?」

「逃げろ!

 逃げろー!」


不気味な人影を見て、住民達はパニックになる。

兵士達は必死になって、住民達を庇いながら砦へと向かう。


幸いな事に魔物は斥候だったのだろう。

4人?

4匹しか居なくて、すぐさま部隊長や兵士達が囲んで切り倒した。


「ふう

 よし、死体は馬に載せて回収しろ」

「はっ!」

「我々も急ぎ砦に入り、門を閉めるぞ」

「はい」


すぐさま取って返すと、部隊長達も砦へと向かった。

急ぎ早掛けで入ると、すぐさま入り口を閉めさせる。


「はあ、はあ

 ふう、ふう

 よおし、門を閉めろ―!!」

「はい

 閉門!」


「部隊長、いかがされました?」

「魔物だ

 ゴブリンが、ゴブリンが出た」


部隊長は興奮して、番兵達に事情を伝える。

住民達は砦に入ると、既に疲れ果てて座り込んでいた。

すぐさま兵士達が案内を申し出るが、住民達は興奮して騒ぎ出す。

そうして口々に責める様に、兵士達に詰め寄っていた。


「何だ、あれは!」

「あんな物は見た事がないぞ!」

「事情を説明しろ!」


部隊長はすぐさまにも、警備隊長へ報告へ上がりたかった。

しかし住民達はまだ、先ほどの混乱から収まっていなかった。

自分が説明するしかないと、部隊長は溜息を吐いていた。


「みなさん

 落ち着いて

 落ち着いてください」

「これが落ち着けられるか!」

「いいから説明しろ!」


さすがに興奮しているのか、今度は部隊長の言葉でもなかなか落ち着かなかった。

部隊長は再び溜息を吐くと、止む無く説明をする。


「今のが…

 先ほどの奇妙な生き物が、みなさんに避難していただいた理由です」


住民達は再びざわざわとする。


「他の集落の奴らは?

 他の奴らも見たのか?」


部隊長は逡巡したが、意を決して告げる。


「はい

 見ております」


「それに…

 実際に他の集落が、既に襲われております」


住民のざわめきは更に大きくなる。

不安に耐え切れず、一人が声を上げる。


「お終いじゃあ

 わしらは女神様に見放されたのじゃあ」

「おい

 滅多な事を言うな」

「そうだ、そうだ!」

「女神様が我々を見放すわけがないだろう?」

「じゃが…

 あれはなんじゃ?」


パンパン!


部隊長が手を叩き、皆の視線を集める。


「不安な気持ちは分かりますが…

 アレが何であれ、退治しなければ安心できません

 ですから辺境伯へは増援を申し出ております

 今は襲撃に備えて、安全な砦で過ごしてください」


部隊長の言葉にまだ不満を言う者も少し居たが、兵士の指示に従って仮の宿舎へと移動して行く。


「ふう…」

「お疲れ様です」


部隊長の溜息に、第1砦の兵士が声を掛けた。


「これから…

 如何されますか?」

「ああ

 先ずは警備隊長へ報告だ

 お前達もソレを…持って着いて来てくれ」

「はい」


部隊長は馬の背に載せられた、その死骸を指差す。


「残りの者は、住民達の世話をしてくれ

 くれぐれも不安にさせない様にな」

「はい」


部隊長は部下達に、簡単に指示を出してから警備隊長の執務室へと向かった。

その後ろには第1砦の兵士達が、ゴブリンの死体を持って従っている。

先ほどはよく見ていなかったが、緑色の肌に紫がかった血が流れている。

小さな矮躯には、醜悪な顔が載っている。

耳は尖っていて、濁った眼球に黄色い瞳孔をしていた。

見れば見るほど、不気味な化け物である。

こんなのが一個師団ぐらいの人数で、集落を襲っていたのだ。


恐ろしい…


部隊長は身震いをしていた。


コンコン!

「入れ」

「はい」


執務室の扉をノックして、促されてから入る。

警備隊長は開口一番、非難の様子を確認する。


「それで

 どうなったのだ?」

「はい

 先ずは報告を」


部隊長に促されて、第1砦の兵士が前に出た。


「こちらになります」

「むう…これは?」

「なんという…禍々しい」


兵士は手にしたゴブリンの死体を、執務机の前に布を敷いて置いた。

警備隊長も副隊長も、顔を顰めてそれを見る。


「触っても…大丈夫か?」

「ええ

 ただ気を付けてください

 死体とはいえ、何か病気を持ってる可能性もありますから」

「うむ」


二人共、注意深く死体の検分をする。

その特徴もだが、警備隊長の視線は粗末な衣服と思しき腰布やベルト、そこへ下げられた歪な短剣へと注がれていた。

隊長は注意深く短剣を手に取ると、それを蠟燭の火に翳してみたり、木片を持ってきて切れ味を確かめたりもした。


「素材は…銅か?

 劣化した鉄も交じっているな」

「銅は自前でしょうが…

 鉄は拾った物を熱して一緒に鋳造したんでしょうか?

 強引に叩いて加工してますね」


副隊長も短剣を眺めると、その感想を述べる。


「鋳造技術自体は…拙いが持っているのだろうな

 しかし鉄や銅の概念は…

 持ち合わせて無いのかも知れんな」


腰布もよく見れば、何かの布か皮をを切り裂いて巻いている様だった。


「ベルトは皮か?

 素材は…何だ?」

「よく分からない動物の皮ですね」

「我々の知らない生物の皮?かな?」


一通り検分してから、改めて部隊長達の方を見る。

見れば見るほど、原始的な生活をしている事が見て取れる。

しかしそれにしては、金属を加工して武器を作る術は理解している様子だ。


「で、どう思う?」


隊長の質問に、少し考えてから部隊長は答える。


「恐らくですが…

 斥候として砦か…集落へ向かっていたのではかと」

「ふむ」


「一番可能性が高いのは、集落の警備が厳しくなったので様子を見ていたのかと」


隊長は暫く考えて、部隊長へ指示を出す。


「では、住民の避難が完了したら、夜襲に備えて準備を整えろ」

「はい」


部隊長は速やかに指示に従うべく、執務室を後にする。


「で

 君達はどうする?」


隊長は次に、第1砦の兵士に向き直った。


「はい

 隊長からは、避難が完了次第…

 可能ならこちらの警備の手伝いをするように仰せつかっています」

「そうか」


「ではすまないが、前門の警備に当たっている兵士と連携して備えてくれ

 最悪今夜にでも、敵は攻めて来るだろう」

「はい」


答えて、部屋を出かけてから、一人の兵士が隊長の方へと向き直る。


「あのお…」

「ん?」


「もう一つの集落へ向かった兵士は…

 どうなりました?」

「ああ…」

「あの部隊には同僚が居ました

 無事なんですよね?」


隊長は苦しそうに顔を歪める。

それを見て何かを察したのか、兵士の顔も苦悶にゆがむ。


「まさか…」

「すまない」

「そんな…」


隊長苦し気な言葉に、兵士も声を失う。


「彼らが向かった時には、既に集落は壊滅した後だった」

「くそっ」


「だが、彼らの必死の戦いによって、3名生存出来た」

「3名?

 たったの3名…」

「3名でも生存者が居たのだ

 それで敵の存在が分かり、対処も出来る様になった

 これは立派な功績だ」

「でも!

 でも…3名ですよ?

 3名…それだけしか助けれなかったなんて…」


部屋に沈黙が降りる。

警備隊長はその兵士の肩を、優しく叩いて労う。


「それでもな、彼らは頑張って住民を守ったんだ

 彼らの分も…今度は君達が頑張るんだ

 頼むぞ!」

「はい!!」


兵士は涙ぐみ、それでもしっかりと返事をすると部屋を出た。

やられた仲間の分も、今度は自分達が奴らを倒すんだ。

そう意気込んで兵士は出て行った。


二人だけになったところで、隊長は重い溜息を吐く。


「ふう…

 辛いな…」

「はい」


「なんで…

 なんで彼らの様な若い者達が、犠牲になるのかな」

「はい」


隊長は深く溜息を吐くと、視線を魔物に向ける

何でこんな魔物が、再び現れたのか?

まだそれは分かっていない。

しかし今は、それよりも重要な使命がある。


「希望に満ちたあの若い眼差し

 今度こそ守ってやらねばな」

「はっ」


副隊長は一礼をすると、ゴブリンの死体の処理を指示する為に執務室を後にした。

投稿が遅れて申し訳ありません。

少し短いんですが、切りがいいのでここまでにしてます。

次話から戦いが始まります。

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