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聖王伝  作者: 竜人
第十五章 崩れゆく世界
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第499話

巨人の襲撃から、1週間が経とうとしていた

女神からはその後、特に何も行われなかった

神託も下されず、新たな魔物の襲撃が行われる事も無い

ギルバートはその間に、急いで兵士達の訓練を行っていた

王都の兵舎には、死んだ様にぐったりと倒れる兵士達が居た

みな一様に顔色が悪く、酷い二日酔いにでもあった様だ

そうした兵士達を掻き分けて、子爵は次の犠牲者達を運ぶ

彼等の顔色も、倒れている兵士並みに蒼くなっていた


「殿下

 次の部隊です」

「ああ

 分かっていると思うが、訓練内容は簡単だ」

「簡単だって…」

「説明がでしょう?」

「そうか?」


ギルバートは顔色を変える事無く、肩を竦めて返事を返す。

この問答はここ数日、何度も繰り返されている。

そうして返って来る返答は、いつも同じであった。


「まあ、私は動かないんだ

 当てるぐらい簡単だろう?」

「それが出来ないから…」


訓練の内容はこうだ。

ギルバートは一歩も動かないので、一撃でも当てれたら勝ち。

次の訓練まで休んで良いという物だ。

しかし身体強化を使っても、誰一人当てられる者は居なかった。

その場を動かないと言っても、そもそもギルバートが強過ぎるのだ。


「何なら一度に掛かって来ても良いぞ?」

「ぐうっ…」

「くそっ」


これもここ数日言われ続けている事だった。

一人で無理なら、全員でも良いと。

しかしただ人数が増えても、却って邪魔になるだけであった。

一部隊が連携して、攻撃をする訓練が必要なのだ。


「どうした?

 来ないなら私から行くぞ?」

「うわっ!」

「ちょ!

 待って!」


これも同じ様な事の繰り返しだった。

実戦では待ってくれないぞと、ギルバートは容赦なく連撃を振るう。

少し距離が離れているのに、剣圧で弾き飛ばされる者も居る。

結局ギルバートに一撃を与えるどころか、魔力切れになるまで連撃で弾き飛ばされるだけなのだ。


「はあ…

 もう少しは何とかして見せろよ…」

「ぐうっ…」


こうしてふらふらになるまで、ギルバートに一方的に吹っ飛ばされる。

これをここ数日、彼等は繰り返し行っていた。


「あ痛え…」

「すまん…」


互いに薬草を貼ったり、ポーションを患部に掛ける。

そうして治療をしながら、次の順番を待っている間に愚痴を言っていた。

内容は大体、ギルバートの出鱈目な強さに関してだ。


「大体何なんだよ」

「え?

 何が?」


「だって…

 オレ達離れてたんだぜ?」

「はあ…

 それを言うなら、オレ達は接近したのに、全員が弾き飛ばされたぜ?」

「ああ…

 そうだったな」

「あんなのどうやって倒せって言うんだ?」


実際の訓練は、一度でも当てれば良いだ。

倒せなんて誰も言っていない。

しかし兵士達の目標は、いつしかギルバートを倒す事に変わっていた。

一撃どころか、まともに近付けない事が彼等を苛つかせていたのだ。


「そもそも、何であんなに強いんだ?」

「そうだな

 オレ等の半分ぐらいの年だろう?」

「ああ

 それなのに全然勝てねえ」


兵士達の不満は、ギルバートの年齢にもあった。

正確には今年で、ギルバートは15歳になっていた。

しかもそれは、表向きの発表された年齢である。

実際にはこの身体は、17歳になろうとしていた。

アルフリートの方が、2年近く早く産まれていたからだ。


しかし兵士には、そんな事は関係無い。

15歳ぐらいとなれば、まだまだ子供と大差ない筈なのだ。

それを新兵なら兎も角、ベテランの兵士達も敵わないのだ。

その事が余計に、兵士達を熱くさせていた。


「しかしよう…

 肝心の身体強化だっけ?

 こいつが使えねえと…」

「ああ

 しかし殿下も…」

「それにしちゃあ…」


兵士達は2、30分も使えば魔力切れで倒れていた。

その事が全力で、ギルバートと戦えない原因でもある。

しかしギルバートは、一日中訓練で使っても顔色一つ変えていなかった。


「何で殿下は平気なんだ?」

「さあ…」


そこに関しては、兵士達の態度の問題であった。

ギルバートは、訓練の合間に指示や忠告も出している。

その中には、身体強化の使い方の指示も出ていた。

しかし兵士達に余裕が無くて、それを聞いている事は無かった。


「くそっ!

 もうあいつ等が帰って来た」

「はあ

 まだ回復していないのに…」


兵士はそう言いながら、痛む身体で立ち上がる。

子爵が中に入って来て、彼等を呼んでいるからだ。


「はあ…」


しかし彼等は、まだ気付いていなかった。

少しずつだが、彼等の身体に変化が起こっていたのだ。

それは初日比べると、身体強化の使用時間が伸びている事。

そして魔力の回復量も増えていたのだ。


元が少量なので、そんなに大きな違いは感じられていなかった。

しかしか彼等は、少しずつであるが強くなって来ていた。

身体強化の継続時間と、魔力の総量も上がっているのだ。


ガキン!

「ぐわっ!」

「そこまで!」


そろそろ日が暮れて、白い物が落ち始めていた。

子爵の声が掛かり、今日の訓練が終了した。

兵士はその場に腰を下ろすと、汗が乾くのも構わず倒れ込んだ。


「おい!

 そのままだと風邪を引くぞ」

「ぐうっ…」

「もう、動けねえ…」


兵士達の様子を見て、ギルバートは溜息を吐く。


「はあ…

 ふん!」

「うわああ…」

「ひいい」


ギルバートの威圧に、何人かの兵士は飛び起きる。

そうして兵士達は、自分達がまだ動ける事に驚いていた。


「ほら

 まだまだ動けるだろ?」

「え?」

「何で?」


兵士達は困惑して、自分達が立ち上がれる事に驚いていた。

勿論、あちこち打撲で痛いし、筋肉も悲鳴を上げている。

しかし何とか、立ち上がって兵舎に向かえそうだった。


「はははは

 あいつ等困惑してますね」

「うーん

 身体が慣れてきている事に、気が付いていないのか?」


ギルバートは呆れながら、兵士達の後ろ姿を見ていた。


「後でまた、ワシが言っておきましょうか?」

「そうですね

 私が言うよりは良いでしょう」


ギルバートは頷き、子爵に任せる事にした。

あくまでもギルバートは、厳しい訓練を担当する者なのだ。

下手に優しくすると、また気の抜けた訓練を続ける事になる。

ここは少しぐらい、厳しい方が良いとギルバートは考えていた。


訓練場を出ると、ギルバートはそのまま王城の中に入る。

執務室に向かって良いのだが、そこではバルトフェルドとアーネストが仕事をしている。

彼等は任せろとは言ったが、顔を見せると愚痴を言われるだろう。

下手に近付かずに、そのまま湯浴みをする事にした。


季節は冬に入り、汗を掻いたままでは風邪を引く恐れがある。

ギルバートは湯浴みを済ませると、新しいローブを纏って食堂に向かった。

そろそろ日も沈み、食堂では準備が済まされている。

ギルバートは国王代理として、上座の席に腰を掛けてた。


「お兄ちゃん」


セリアが嬉しそうに、ギルバートの左隣の席に座る。

ここは本来なら、王妃が座るべき席になる。

しかし婚約も済ませているし、誰もその席次に関しては異論は無かった。


ギルバートの右側は、空席となっていた。

王妃は今も、国王の喪に服したままである。

そうしてマリアンヌ姫も、母と一緒に東の塔に籠っていた。

公式の行事で無い限りは、二人はそこから出ようとはしなかった。

それはもう国王は、ギルバートだと決めている様にも見えた。


「お兄ちゃん

 あのね…」


セリアは楽しそうに、今日あった出来事を話していた。

そうこうする内に、アーネストとフィオーナも現れる。

彼等は臣下なので、少し離れた席に腰を下ろした。

それでもフィオーナは、セリアと楽しそうに談笑していた。


やがてバルトフェルドと、ハルムート子爵も食堂に顔を出す。

そこでギルバートは、改めて夕食の開始を告げた。

先に済ませても良かったのだが、みなが顔を出すまで待っていたのだ。

こうして今日も、一日の報告をしながら夕食が進む。

王族からすれば、これが通例の食事風景であった。

ギルバート自身も、そろそろこの習慣に慣れ始めていた。


「それでな、鎧の試作も完成した訳なんだが…」

「もう…

 夕食の時の話題なの?」


フィオーナは不満そうであったが、こうした話も重要なのだ。

夕食の時ぐらいしか、顔を合わさない者も居るのだ。

そうして話を聞きながら、お互いに意見を交換する。

アーネストもその為に、ここで鎧の話題を提供したのだ。


「それで?

 誰がそいつを試すんだ?」

「ああ

 まだ試作段階だから…

 量産する物よりも高性能に仕上げてある」


ここで本来なら、国王や将軍に献上する流れになる。

しかしこの鎧では、献上には問題があった。


「本来ならギルに…」

「ああ

 しかしあの鎧ではなあ…」


試作の鎧は、巨人の素材を使った物だった。

しかしギルバートの鎧は、それを凌ぐ白い熊の素材を使っている。

格下の鎧を、献上する訳にはいかないのだ。


「それでな、子爵にどうかと…」

「え?

 ワシにですか?」


急に話を振られて、子爵は声を上げて驚いていた。


「そうだな

 子爵にはまだ、まともな鎧が回っていないからな」

「え?

 しかしワシの鎧も…」


子爵が使っている鎧は、一応オーダーメイドのワイルド・ベアの鎧だった。

一般の兵士が使う、ワイルド・ボアや魔物の皮の鎧とは違っていた。

しかし今回の鎧は、それを上回る性能を秘めている。


「子爵

 こいつはそのワイルド・ベアの皮を鞣して、革鎧にしてある

 その上で魔鉱石を使って…」


アーネストが子爵を相手に、熱心に鎧の説明を始める。

しかし素材の名前は分かっても、一部はチンプンカンプンな言葉が並んでいる。

近くで聞いているギルバートにしても、その意味の半分近くは分からなかった。


「ええっと…すまん

 それで具体的には、何が違うんじゃ?」

「…」


子爵も暫くは、大人しく話を聞いていた。

しかし意味が分からず、結局途中で音を上げる。

アーネストは不満そうな顔をして、話の内容を下げる事にする。


「ええっと

 ワイルド・ベアの素材が親和して、巨人の打撃に対する吸収率を上げて…」

「ははは…」


しかし、それでも子爵には追い付けないレベルの話であった。

仕方なくアーネストは、何度かその話を繰り返す事となる。


「つまりは巨人の様な大型の魔物の、攻撃を吸収すると?」

「違うんだけど…

 まあ、それが一番近いのか?

 打撃の衝撃を吸収するんですよ」

「ふうむ…

 分からん」


結局は実際に、使ってみるしか無いという事になった。

それで子爵には、サイズを合わせる為に、工房に顔を出して欲しいという事になる。

明日も訓練なので、その途中に休憩がてら顔を出すと話は決まった。

それでようやく、子爵も話から解放された。


「それで?

 その後はどうなんですか?」

「へ?

 何の事ですか?」


子爵が解放されたのを見て、フィオーナが子爵に質問する。


「その…

 宿の主人との話です」

「うぐっ!

 ゲホゲホ!」


子爵は予想外の質問に、咽て酒を吹き出していた。

そうして鋭い視線を、アーネストに向けていた。


「何でそれを?

 とは聞きますまい」

「ええ

 問題はどうなさるかです」

「うぬう…」


子爵は困った顔をして、ギルバートやバルトフェルドの方を見る。

しかしバルトフェルドなら兎も角、ギルバートに振っても回答に困るだけだろう。

なんせこの話には、子爵の将来も関わって来るのだから。


「子爵殿

 子爵殿のお気持ちは…

 どうなんじゃ?」

「ワシの…ですか?」


バルトフェルドは、先ずは子爵がどうしたいかを確認する。

それはそうだろう。

周りが幾ら騒いでも、本人達の気持ちが一番大事なのだ。


「そう…

 ですね…」


子爵は迷いながら、自分の気持ちを吐露した。

それはこの国で、自身の骨を埋める覚悟があるかという問題だ。


「ワシは…」

「うむ」

「この国に生涯を…

 死ぬのならこの国でと考えております」


子爵はそう言ったが、まだ迷っている様子だった。

その答えは、これから出して行くのだろう。

フィオーナは頷くと、そんな子爵に質問をするのだった。


「子爵様はどうされたいんですか?」

「ワシがですかな?」

「ええ

 その方のお気持ちもですが…

 あなた自身がどうされたいかです」


フィオーナの真剣な表情に、子爵も真剣に考える。


「あなたのお立場は関係無く、その方とどう付き合っていきたいかです」

「どうと申されても…」

「何かご不満でもあるんですか?」

「それは…」


子爵が迷っているのは、自身の立場を考えての事だった。

巨人との戦いで、幾ばくかの兵士が亡くなっている。

それを考えると、子爵は自分だけ幸せになるのはと躊躇っていた。

しかし彼女の事を考えると、答えは二つしか無いのだ。

このまま忘れて距離を置くか、本気で彼女の気持ちと向き合うかだ。


「私から言えますのは、子爵ご自身がどうされたいかです」

「ワシがですか?」

「ええ

 あなたの立場からすれば、難しいのかも知れません

 しかし本気でお考えなのなら、みな協力してくれると思いますわ」

「協力…」


子爵はそう呟くと、周りを見回す。

ギルバートは当然だが、バルトフェルドやアーネストも黙って頷く。

子爵が本気で考えるのなら、みな協力したいと考えているのだ。

そしてその様子を見て、子爵も頷いていた。


「ワシの…」

「ええ

 思うままにしてください」

「そうじゃぞ

 その為に必要なら、ワシ等は喜んで協力するぞ」

「ええ

 子爵には多大な恩義がありますからね

 是非協力させてください」


「大事なのは、子爵が幸せになる事です

 そろそろ本気でお考えになるべきです」


ギルバートもそう言うと、頷いて子爵を見詰めた。

子爵は頷くと、食堂を後にするのであった。

まだまだ続きます。

ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。

また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。


更新が止まってしまって申し訳ないです。

今日から再開します。

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