第497話
王宮のバルコニーから、ギルバートは兵士達に演説をする
わざわざ兵士を集めて、この場で話をするのだ
余程の重要な事だと、兵士達は耳を傾ける
しかし中には、そんな状況で無い者達も居た
彼等は今回の事で、王太子に反攻していた者達だった
その為に内心では、バレていないか怯えていたのだ
ギルバートはバルコニーから、兵士達を睥睨する
その一睨みに、やましい思いのある兵士達は震えていた
後で調べる様に、ギルバートはその者たちの顔を心に刻み付ける
それから息を吸い込むと、再び話し始めた
「わざわざ集まってもらったのは
その巨人の討伐に関してである」
それからギルバートは、兵士達に感謝の言葉を掛ける。
それはギルバートが、心から思っている事であった。
だからこそ、言葉は兵士達の胸に深く刺さっていた。
「諸君らの働きもあり、巨人の脅威は退けた
私も感謝している
ありがとう」
「おおおお!」
兵士達から歓声が上がり、改めて巨人の脅威が去った事を噛み締める。
兵士達の喜びを見て、ギルバートも暫く静観する。
「諸君らの働き、誠に大義であった」
「わああああ…」
「しかし!」
ここで兵士達は、再びバルコニーの上のギルバートに注目する。
「未だに脅威は去っておらん」
兵士達は何事かと、真剣な表情で耳を傾ける。
「我が王都は、先だっての巨人の痛手を回復しておらん
街もそうであるが、傷痕は深く残されておる」
ギルバートはそう言うと、まだあちこち崩れた痕の残った王宮を指差す。
表向きは修復されても、まだ完全には直されていない。
復興には、まだまだ時間が掛かるのだ。
「さらに国庫には、多大な負担を強いておる
税の回収を遅らせ、何とか王都の機能は回復しつつある…
しかしそれ故に、十分な褒賞が与えられぬ事も事実」
ここで兵士達は、分かっていた事だが落胆する。
国が未だに、その力を回復出来ていないのだ。
十分な報酬など、期待も出来ないだろう。
中には小声で、不満を呟く者まで居た。
「何も報酬を出さぬつもりなど無い
しかし国庫が十分で無い以上、支払いは遅れるであろう」
兵士達の間に、小さいながらも不満が広がる。
ここまではバルトフェルド達も、想定していた事であった。
ここからが、王太子の力量が問われるところである。
「私は諸君らに、先ずは武具の提供をしようと思う」
「そんな…」
「報酬は無いのか?」
「ふざけるな!」
不満を漏らす声が上がり始める。
先ほどまで震えていた兵士達が、ここぞとばかりに声を上げる。
「黙らんか!」
ギルバートの声に、そんな兵士達は声を上げられなくなる。
以前の王太子であれば、ここで声を荒らげる事も無かっただろう。
しかし今のギルバートは、一喝してその声を捻じ伏せた。
「何も支払わぬとは言っておらん
先ずは武具の支給からと言っておる」
「しかしそんな物…」
「そうだ
命の危険に対して、物で我慢しろなんて…」
「黙れと言っておろうが!」
再び一喝すると、ギルバートは兵士達を睨み付ける。
その視線からは、以前の優しそうな王太子の笑顔は消えていた。
強い支配者の、力ある視線が兵士達を射抜く。
「私は…
未だに脅威が去っておらんと言った
この武具は、その脅威に対する為の物だ」
「私は先日、女神に拝謁する機会を得た」
ギルバートは一呼吸置くと、女神の名を口にする。
その事で、多くの兵士達は驚いていた。
暫く姿を見せなかったが、まさか女神に会っているなどとは思っていなかったのだ。
そのざわめきを収める様に、ギルバートは片手を挙げた。
「女神様は…
女神はこう言っていた
人間に飽きたと」
「はあ?」
「なんだそれ?」
驚愕の言葉に、思わず兵士達から声が上がる。
「そのままだ
いう事を聞かない人間達に、女神は飽きられたのだ
そうして人間を、滅ぼすと改めて宣言された」
「そんな!」
「ふざけるな!」
「いい加減な事を言うな!」
兵士達から次々と、信じられないと声が上がる。
しかしそれに対して、反論する声も上がった。
その場に居合わせた、護衛に就いていた兵士達だ。
「嘘では無い!」
「オレ達が証人だ」
「女神様は確かにそう仰られていた」
「だからこそ巨人が襲って来たのだ」
彼等の言葉に、多くの兵士達が驚いていた。
そしてその証言が、まさに正しいと証明していた。
兵士達は俯き、大いにショックを受けていた。
女神に見放され、滅ぼされると言われたのだ。
彼等は絶望していた。
そんな中で、ギルバートに対して不満の声も上がる。
先ほどの不満を持っていた兵士達だ。
彼等はこうなったのも、ギルバートのせいだと糾弾を始める。
「何が女神様が決められただ
貴様のせいだろう」
「そうだそうだ
きさまのせいでこうなったんだろう」
「責任を取れよ」
「死んでみなに詫びろ」
汚く野次を飛ばして、彼等は自分達の正当性を高めようとする。
しかし彼等は、周りの兵士達の視線に気が付いていなかった。
いつの間にか自分に酔い、興奮して野次を飛ばしている。
しかしそれは、単なる王太子に対する悪口でしか無かった。
「ふむ
私のせいか?」
「ああ、そうだ!
貴様が女神様を怒らせたんだろう」
「他人のせいにしてんじゃねえ」
「この腰抜けが!」
「謝って済む問題じゃ無いぞ」
「死んで詫びろや!」
ギルバートが黙っているので、彼等の声は次第に大きくなる。
バルトフェルドもその様子を、ハラハラしながら見ていた。
まさかここで、そんな事までバラすとは思っていなかったのだ。
「ふむ
それなら貴様は、どうにか出来たと?」
「ああそうだ」
「少なくともお前なんかより…」
「自惚れるな!」
ビリビリ!
ギルバートの一喝に、兵士は意識が飛びかける。
前列に居た兵士の、何人かは意識を失って倒れていた。
「どうにかするだと?
女神は最初から、人間を滅ぼすつもりでいた
それをどうにか出来ると、本気で思っているのか!」
ギルバートの怒声に、さらに数人の兵士が当てられる。
意識を失った兵士を、周りの兵士達が慌てて運ぶ。
そして後ろから、アーネストがギルバートの手を掴んだ。
「ギル
幾らなんでもやり過ぎだ」
「そうか?
ここで分からせておかないと、またあんなのが出て来るぞ?」
「ううん…」
ギルバートは指で、不満を漏らしていた兵士達を指差す。
彼等はギルバートの怒声に、失禁して座り込んでいた。
「女神は…
人間を滅ぼそうとしている
それも飽きただなんて理由でな」
「お前等はそれで良いのか?」
ギルバートは兵士達を、ゆっくりと見回す。
ほとんどの兵士達が、先ほどの怒声に腰を抜かしていた。
立っているのは護衛に就いた兵士以外には、僅かな者しか居なかった。
「まあ…
この様子では…な」
ギルバートは肩を竦めると、バルコニーから立ち去ろうとした。
それからもう一度振り返ると、兵士達に残念そうに言葉を投げ掛ける。
「もう少し…
骨があると思っていたんだが、私の勘違いか
これなら武具を渡しても、国を守るなんて…」
「おい!
言い過ぎだろう」
「だってそうだろう?
私はこいつ等に…
巨人に勝てた者達に期待していたんだ
こいつ等なら、共に人間を守る為に女神と戦えると」
ギルバートはそう言って、気絶した兵士達を指差す。
「私みたいに、ドラゴンと戦えとは言わない
しかしせめて、この国を守るぐらいの気骨は…見せてくれ」
ギルバートはそう言い捨てると、さっさとバルコニーから立ち去った。
そんなギルバートの背中を見送ると、アーネストは首を振って下を見下ろす。
不穏分子になりそうな、兵士を覚える為だ。
そんな隣にバルトフェルドが立ち、首を振りながら発言する。
「ワシも残念じゃ
まさかここまで腑抜け揃いとは」
バルトフェルドはそう言いながら、立っている兵士達を見る。
彼等はその意図を汲み取り、声を上げて反論した。
「情けないぞ
それでも王国の兵士か?」
「みっともない」
「だ、黙れ」
「貴様等に何が分かる?」
「そうだな
少なくとも殿下は、この国を守ろうと戦われている」
「貴様らの様に、邪魔をするのでは無く
真剣に守ろうとしていられる」
「オレ達が邪魔だと?」
「ああ、そうだ
邪魔でしか無いな」
「口先ばっかりで、腰抜けだしな」
周りの兵士達も、彼等を見て声を上げ始めた。
「そうだ!
殿下が本気で考えてくださっていたのに…」
「それをお前等は…」
周りの兵士達を見て、彼等は漸く状況を理解する。
既に彼等は、兵士達に囲まれていた。
しかも失禁して、情けなく腰を抜かした状態でだ。
何を反論しようとも、その状態では単なる言い訳にしか聞こえなかった。
「何だよ
オレ達はあいつの口車に乗らない様に…」
「何が口車だ」
「殿下は最初から、真剣に話してくださっていたぞ」
「それをお前達が…」
「あんな奴の肩を持つのか?」
「オレ達は同じ兵士仲間じゃ無いか?」
「何が仲間だ」
「こんな腰抜け、仲間には居ないな」
「そうだな」
兵士達は不満を漏らしていた男達を、取り囲んで縛り上げた。
「そもそもこいつ等、殿下の悪口を言っていたぞ」
「そうだな
ここに来る前にも…」
「おい
詳しく聞かせろ」
仲間と思っていた兵士達に、彼等は色々とぶちまけられる。
それで集まっていた兵士達の顔は、一層険しくなっていた。
「もう…
不敬罪で裁いて良いんじゃ無いか?」
「そうだな
先ずは独房に入れるか」
「お、おい!
ま、待ってくれ」
「しかしこいつ等…」
「まあ
あそこなら臭っても問題無いだろう」
「なあ
オレ達仲間だろ?」
「助けてくれよ」
必死に懇願するが、既に手遅れであった。
そもそもが一国の王太子に、あれだけの暴言を吐いたのだ。
それだけでも罪になるだろう。
ギルバートは特に何も言わなかったが、この場に居た兵士達が証人である。
彼等は縄を打たれると、そのまま引き摺られて行く。
その間も懇願して、泣き叫ぶ声が響く。
しかし誰も、彼等を助けようと思う者は居なかった。
これは自業自得としか言えないだろう。
男達が連れて行かれた後で、護衛に就いていた兵士達の周りに人だかりが出来る。
それは先程の、ギルバートの言葉が原因だった。
「おい!
ドラゴンって何だ?」
「それに女神様に会ったって?」
「あ、ああ」
「なあ
詳しく聞かせてくれよ」
護衛の兵士達は、他の兵士達に囲まれる。
そうして旅先の事を、聞かせてくれとせがまれた。
彼等は今日は、もう特には仕事も無かった。
そして明日も、非番となって休みももらっている。
そこで兵士達を伴なって、街の酒場に向かう事になった。
街には少しずつだが、活気が取り戻されている。
特に宿の1階にある、酒場は連日の様に賑わっていた。
今日は巨人の討伐もあった為に、街の住民も酒場に集まっている。
そこで兵士達から、巨人との戦いを聞こうとしていたのだ。
兵士達は、酒を手にして話し始める。
それは女神に会う前、最初の旅から話し始められた。
王太子であるギルバートが、魔王の力で苦しめられていた事。
その病を癒す為に、妖精の森に渡った事からだった。
セリアの素性は隠され、妖精に愛させれているとだけ語られる。
そうして精霊の住まう、不思議な森の話が始められた。
兵士達だけでなく街の住民達も、その不思議な話に聴き入っていた。
いつしか兵士が語る話しに、何処からか美しい旋律が添えられていた。
「吟遊詩人か…」
「エルリック様は何処に…」
「そのエルリック様ってのは?」
「ああ
女神様の使徒で、我々の旅を手助けしてくれたお方だ」
兵士達はそう話して、リュートが奏でる音楽に耳を傾ける。
「それで?
続きを聞かせてくれよ」
「そうだよ
その不思議な森で、何があったんだ?」
「ああ
精霊様に会ってな、色々と教えていただいた」
「帝国で何が起こったのか」
「オレ達は勘違いしてたんだ
帝国だって被害者なんだ」
「何だって?」
兵士達は帝国が、どうして王国と戦っていたかも話す。
帝国が攻め入ったのも、不本意であったのだ。
山や川が枯れて行き、住む場所を追われる日々。
帝国の民も、生き残る為に必死だったのだ。
「それじゃあ…」
「ああ
ほんの一部の貴族さ」
「それが全ての原因だ」
「今回の事もそうだ
貴族や一部の人間が、悪い考えを持ち続けている…」
「選ばれた人間だって?
そんな特別な者なんて居やしない」
「オレ達自身が間違っていたんだ」
「それじゃあ…
王族は?
殿下はどうなるんだい?」
「あの方だって…
特別じゃあ無い」
「そうだ
いつだって悩んでおられて…」
「オレ達の事を思って苦しんでおられる」
「それだからこそ、オレ達を導いてくださる」
「そうだ
あの方はオレ達を、生き延びさせる為に戦われている」
「だからこそオレ達は、あの方の為に戦うんだ」
「決してイーセリア様の笑顔の為にでは…」
「馬鹿
お前はそうだろうが」
「はははは」
兵士達はそうやって、酒場で話し続ける。
今日こうして生きていられるのは、王太子が戦ってくれているからだ。
だから自分達も、その王太子の為に戦うんだ。
彼等の言葉と思いが、静かにリュートの音色と共に伝わる。
そうして兵士達に、いつしか王太子の為に戦うという強い決意が生まれる。
そしてそれは、街の住民達にも伝わっていった。
この王国を守る為に、王太子を王として迎えて、女神に立ち向かう。
いつしかそんな思いが、彼等の心の中に宿っていた。
気が付くと、美しい旋律は鳴り止んでいた。
兵士達は詩人に感謝しようと、その姿を探した。
しかしその姿は、遂に見付かる事は無かった。
人知れず旅の吟遊詩人は、その姿を晦ましていた。
まだまだ続きます。
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