第495話
クリサリス聖教王国の王都、クリサリスは歓喜に沸いていた
嘗て王都の城壁を破壊して、国王を亡き者にした巨人
それを討伐出来たのだ
北の城門は開かれて、兵士達は歓声を上げながら帰還する
そして巨人の討伐の報は、王都内に瞬く間に伝わって行った
王都の住民達は、巨人の討伐の報と共に侵攻していた事を知らされる
最初は戸惑い怒りの声も上がるが、時間も無かった事が説明される
王太子がその報せを齎したのが、昨日であったからだ
住民達は不満そうにはするものの、巨人の討伐は諸手を挙げて喜んでいた
これでやっと、国王の仇が討てたからだ
「殿下、万歳!」
「王太子殿下、万歳!」
ギルバートが城門を潜ると、広場に一斉に歓声が上がった。
多くの住民が集まり、巨人の姿を見に集まっていたのだ。
「何だ?
この騒ぎは?」
「巨人を討伐したからさ」
「ここの者達からすれば、生命の危機でしたからね」
城門で指揮をしながら、アーネストはギルバートの疑問に答える。
その傍らには、ハルムート子爵も立っていた。
彼の私兵達も、兵士として巨人の遺骸の片付けを手伝っていた。
「ハルムート子爵?
東の城門は…」
「ああ
オーガが群れで来た時は、正直死んだと思ったよ」
子爵はそう言って、頭を掻きながら説明をする。
「ワシ等が城門で見張っていると、無数の巨人が現れてな
ワシは最初、巨人が来たと震え上がったよ」
ギルバート達が戦い始めた頃、東の城門にも魔物が迫っていた。
オーガが30体以上という、異常な数で攻めて来たのだ。
それだけでも脅威なのだが、子爵は懸命に指揮をして戦っていた。
彼等が助かったのは、魔王が現れた事だった。
「ワシ等も馬で出てな…
必死に攪乱しておったんじゃ」
「子爵の兵士は、まだオーガと戦った事が無いからな
決死の思いだったんだろう」
「いや!
それでよく無事だったな?」
ギルバートも話を聞いて、それは絶望的だと思っていた。
実際に子爵の兵士では、オーガを倒す事すら難しいだろう。
それが多数を引き連れた群れなのだ、今頃城壁が破られていても不思議では無かった。
「ああ
灰色の翼を持った者が現れてな…」
「ムルムルか!」
「ああ
どうやらあのオーガは、その群れを引き連れたらしい…」
ムルムルが応援に駆け付けた時、オーガの死霊を引き連れていた。
あれだけの数を何処からと思っていたが、東の城門から連れて行ったのだ。
「それじゃあ…」
「ああ
その者が何やら魔法を放ってな、次々とオーガを倒してくれた
そうして倒されたオーガが、ぞろぞろと北に向ったんじゃ」
子爵は助かった事を、その翼を持つ男に感謝した。
しかし男は、手を振ってそのまま北に向ったそうだった。
そのままあの参戦に繋がったのだろう。
まさにギリギリのタイミングだったのだ。
「そうか…
それで私達の方に…」
「ああ
ムルムルにとっても都合が良かったんだろう」
アーネストは頷きながら、手元の羊皮紙に何かをメモしていた。
「それで?
この騒ぎは?」
「ああ
ワシも先ほど来たんじゃが…
どうやら巨人の討伐の報せを聞いたらしくてな」
「国王様を…
王都を襲った巨人を倒したんだ
それは彼等も喜ぶさ」
「万歳!
万歳!」
「これで陛下も浮かばれる…」
「うう…
娘の仇を…」
中には家族の仇を取ってくれたと、歓喜で泣き崩れる者も居た。
ギルバートはそんな様子を見て、頭を掻きながら困惑していた。
「ううむ…
私としては、危険な巨人の排除をした…」
「陛下の仇を討ち、王都を守った英雄」
「そうですな
若き英雄の勝利です」
アーネストも子爵も、ニヤニヤ笑いながら頷いていた。
「あ!
二人共…」
「早く手を振って応えてやりな」
「そうですよ
英雄の凱旋です」
ギルバートは何か、文句を言ってやろうとする。
しかし住民達の期待する眼差しに気が付いた。
「う…」
「早くしろよ」
「そうですよ」
「くそっ!
覚えてろよ」
ギルバートは住民達の方を向くと、顔を引き攣らせながら手を振った。
その瞬間、今までにない歓声に、城門が崩れるんじゃ無いかと錯覚する。
「わああああ…」
「王太子殿下、万歳!」
「巨人討伐、おめでとうございます」
「うわああああ…」
大きな歓声に、思わずギルバートも足が竦む。
それでもしっかりと踏ん張ると、何とか笑顔で応えてみせる。
「さすがは王太子殿下ですな」
「ああ
何だかんだ言っても、あれも血筋なんだろう
オレでは耐えられないな」
アーネストは首を振りながら、書類に数字をかき込む。
先ほどから書いていたのは、巨人の素材の確認だった。
あまりに大きく嵩張るので、何処に保管するか記録していたのだ。
「しかし…
子爵も活躍しましたね」
「万歳!
ん?」
「いや、オーガの事ですよ」
「いやあ…
ワシ等は必死になって、オーガの侵攻を止めていただけですぞ」
「それでもですよ
それがあったからこそ、ムルムルがオーガを捕らえれたんですよ
立派な活躍ですよ」
「そうかなあ…
はははは…」
それを歓声に応えながら、ギルバートは聞いていた。
そしてニヤリと笑うと、住民達に手を挙げて歓声を一旦止める。
「みんな!
聞いてくれ」
「ん?」
「何だ?」
「まずい!」
「え?」
アーネストはギルバートの様子に気が付き、逃げようとこっそり移動する。
しかしギルバートは、その肩をしっかりと掴んだ。
「ここに居るアーネストも
魔法で巨人を打ち倒した」
「おお…」
「はははは…」
「アーネスト様!
応えてください」
「子爵…」
子爵が小声で囁き、アーネストは嫌そうな顔をして睨む。
しかしギルバートは、さらに子爵の肩も叩く。
それから嬉しそうに、ニヤリと笑った。
「え?
いや!
ワシは…」
「それから…
こちらのハルムート子爵と、帝国からの友達も
我等と共に戦ってくれた」
ギルバートの言葉に、住民達は戸惑っていた。
確かに帝国の兵士達は、王国の復興の為に訪れていた。
そして兵士として街を守り、少しずつだが受け入れられていた。
しかし帝国という肩書が、彼等との壁になっていた。
今は若い者には、帝国との戦いは忘れらている事ではある。
しかし長年戦っていた、敵国でもあるのだ。
それが蟠りとなり、なかなか住民達には受け入れらていなかった。
あくまでも手助けに来た、他国の使節という扱いなのだ。
それが王太子と共に、国難である巨人と戦った。
その事が彼等に、帝国の者達を見る目を変えさせる事になる。
ギルバートはそう信じて、子爵を前に引き出した。
「彼等の助力もあって、恐ろしい巨人は討伐された
ここに彼等を、我らの仲間として迎える事を宣言する!」
「おい…」
「ああ…
今さらだが…」
「オレ達も随分、彼等に助けられたよな」
「そうだ!
娘が絡まれている時に、親身になって助けてくれたんだ」
少しずつだが、住民達の間から声が上がる。
「彼等は恩義ある、我らの仲間である
これに異存は無いな?」
「おお!」
「あんた等はワシ等の友じゃ!」
「そうだそうだ!」
ギルバートの言葉に、賛同の声が上がる。
「ハルムート子爵様
万歳!」
「万歳!」
歓声が上がり、子爵を称える声が上がる。
「え?」
「はははは
これで今日から、あなたはこの国の民ですよ」
「ワシが?」
「ハルムート子爵様!
今度一緒に飲みましょう」
「はははは
ワシ等は今日から、共に王都に住む仲間じゃ」
「万歳!」
歓声が沸き上がり、子爵や彼の兵を歓迎する声が上がる。
そうして同時に、アーネストを称える声も上がっていた。
「アーネスト様
万歳!」
「きゃあー♪
素敵よ」
「ああ
私も抱かれたいわ…」
主な歓声は、若い女性から上がっていた。
中には前に出て、アーネストに猛アピールをしようとする者も居た。
兵士達はそんな女性を、苦笑いしながら止めていた。
「はははは
モテモテってやつか?」
「うるせえ…」
「フィオーナに…」
「止めろ!
殺す気か!」
「え?
いやあ…ははは…」
アーネストの真剣な表情を見て、ギルバートは顔を引き攣らせた。
「いや、冗談だよ?」
「冗談にならないんだ…
頼むから止めてくれ」
アーネストは真剣な表情で、ギルバートに訴えていた。
「そんなにか?」
「ああ
お前も結婚すれば…
女の怖さを知るだろう」
「え?」
住民達の歓声の中、気温が一気に下がった様な錯覚を感じる。
アーネストの表情は、それだけ真剣に恐れていた。
「そんなに?」
「オレは仕事に戻る」
アーネストはそう言うと、慌てて逃げる様にその場を離れた。
残されたギルバートは、悪い事をしたと反省していた。
そんなギルバートの肩を、子爵は優しく叩く。
「子爵…」
「ワシも逃げたいんじゃが…」
子爵は情けない顔をして、困り果てていた。
歓声はそのまま暫く、広場で上がり続けた。
「いやあ…
弱たよ」
子爵は漸く解放されると、兵士達を率いて巡回に出ていた。
先に大まかな指示を出して、巡回自体はさせていた。
しかし歓声から逃げるには、巡回に紛れるのが一番だったのだ。
兵士に紛れていれば、早々捕まる事も無いだろう。
「でも、良かったじゃないですか」
「そうですよ
これでオレ達も、堂々と国民として生活出来るんです」
「そうじゃな…」
今まではどこか、お互いに遠慮しているところがあった。
住民達は使節として、どこか腫れ物を扱う様に慎重に距離を取っていた。
兵士達の方も、そんな空気を感じながら、居心地の悪い思いをしていた。
それで訓練の方に、どうしても足が向いていた。
住民達と仲良くしようとして、お互いに上手く行っていなかったのだ。
それが今回の事で、少しは改善されるだろうと思われていた。
特に大きく変わりそうなのが、子爵に対する扱いだろう。
「それに子爵様も、これで…」
「ぷっ、くくく…」
「おい!」
「いや、だって…」
「婚約でしょう?」
「くう…」
子爵を囲んでいた兵士達が、笑いを堪えていた。
先ほどの騒ぎの中で、一人の女性が名乗りを上げたのだ。
そしてその女性は、事もあろうにその場で子爵に求婚したのだ。
「子爵様が結婚しなかったのって…」
「言うな!」
「彼等は生活が苦しくて、結婚なんて…」
「うるさい!」
子爵が結婚をしなかったのは、幾つかの理由がある。
その一つが、彼の領民の数が少ない事だった。
領民の数を増やす為にも、若者を優先して婚姻させていた。
それで子爵の元に来る、女性が居なかったという事もある。
それから生活の苦しさもあっただろう。
子爵は贅沢な暮らしをせず、なるべく領民が食に困らない様に配慮していた。
その為に婚姻どころか、生活自体がギリギリだったのだ。
それで結婚も諦めていたという…説明になっていた。
「まさか子爵が…
くくく…」
「うるさい!」
「だって
結局話も出来なかったんでしょう?」
「…」
子爵が物心付く頃には、母は病に臥せっていた。
父も若い頃に亡くなり、そこから子爵は苦労して生きてきた。
それで気が付けば、もう良い年になっていたのだ。
つまりは女性と仲良くなったり、話す機会もほとんど無かったのだ。
「どうするんです?」
「向こうは猛アプローチなんでしょう?」
「うぐぐぐ…」
女性は宿の主人をしており、子爵がよく立ち寄る店でもあった。
そこで二人の間には…
実はほとんど何も無かった。
子爵のほうではそのつもりであった。
「そもそも子爵様が悪いんでしょう?」
「そうですよ
子供の相手をしたり、柄の悪い男を追い払ったり…」
「その気も無いのに、気を持たせる事して」
「ワシはただ…」
「はいはい」
「そりゃあそうなんでしょうが…」
「旦那が亡くなってから、その御婦人もお一人だったんでしょう?」
「一人の夜が寂しくて…」
「このお!」
宿屋の主人は、若い婦人と結婚して子供を儲けた。
そうして王都でも一番の宿を目指そうと、二人で誓い合っていた。
しかし魔物の襲撃で、主人は帰らぬ人となる。
それから夫人は一人で、幼い息子を育てながら宿を切り盛りしていた。
それが巨人の襲撃で、宿と従業員を失ってしまった。
巨人の襲撃で、こんな不幸な話は幾つもあった。
しかし子爵は、彼女の手料理をいたく気に入っていた。
それで時々、食事に来たと言っては様子を見守っていたのだ。
彼女が宿を再開する時も、領民の中から手の空いた婦人を手伝いに向かわせた。
そうして時々様子を見守りながら、彼女の子供の相手もしていた。
しかし子爵は、あくまで客として訪れていた。
少なくとも、本人はそのつもりだったのだ。
「子爵様
子爵様の気持ちはどうなんです?」
「ん?
どうなんですって?」
「いや!
だから好きなんですか?」
「へは?
い、いや、彼女は宿の主人で…」
「どうなんです?」
「いや、料理が美味くてな…」
「どうなんです?」
兵士にしつこく聞かれて、子爵はすっかり弱っていた。
「いや…
確かに笑顔は花の様に美しく…」
「ほら!」
「子爵様も気になっているんでしょう」
「そもそも、そうでも無きゃあ毎晩の様に行かんでしょう?」
「え?
毎晩?」
「そ、そんな毎晩では…」
いつもとは立場が逆転して、兵士達が子爵の相談や後押しをしていた。
彼等からすると、大恩ある子爵には幸せになって欲しいのだ。
その為にお似合いの女性が居るのなら、全力で後押ししようと考えていた。
少し押し過ぎな感じもするが、兵士は本気で応援していた。
「子爵様
女を落とす気なら、相談に乗りますぜ」
「馬鹿
お前はこの間もフラれたばっかりだろ」
「そうだぞ
子爵様には、是非とも上手く行っていただかなければ」
兵士達はそう言って、子爵を応援するのであった。
まだまだ続きます。
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