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聖王伝  作者: 竜人
第十五章 崩れゆく世界
494/800

第494話

王都に攻め込んでいた、巨人の集団は駆逐された

城門の中には多くの負傷者が横たわり、その戦いが激戦だったと物語っている

あれだけ大きな巨人を相手にしたのだ、この程度で済んだのは奇跡に等しいだろう

これも途中で参戦した、ムルムルの手助けが大きかった

ギルバートは彼に感謝しようと、その姿を探していた

戦場を俯瞰する様に、上空を舞う者の姿があった

大きな鳥の魔物の背に乗った、女神が戦場を見下ろしていたのだ

彼女はニヤリと微笑むと、その両腕を大きく振り翳す

戦場に漂う魔力が、彼女の両腕に集められてゆく


「ふふふふ

 いい具合に育っているわね

 これなら…」


彼女はその魔力を掻き集めると、一点に集中しようとしていた。

しかし不意に、その腕を掴む者が現れる。


ガシッ!

「くっ!

 何者だ!」

「それは見逃せないね…

 さすがにやり過ぎでしょう?」


ゆっくりと透明化を解いて、ムルムルが姿を現す。

鳥の魔物の上で、大きく翼を羽ばたかせて滞空していた。


「貴様…

 何者だ?」

「ふうん…

 ご挨拶だねえ」


両者は対峙して、互いの隙を窺って睨み合う。


「しかしこれで確信したよ

 貴様は女神様では無いな」

「何を言う!

 私は女神であるぞ」

「この私を知らないのに?」


ムルムルはゆっくりと翼を羽ばたかせて、正面から女神の顔を見る。


確かに…

どこからどう見ても、その姿は女神だな

おまけに世界の声まで使いやがる、厄介だな…

しかし女神様ならば、私の正体に気が付かない訳が無いんだ


ムルムルは女神を見詰めながら、在りし日の思い出を回想する。

それは彼が、始めて女神に出会った日の事だ。


「可哀想に…」


傷付き地に伏せた彼を見て、女神は哀しそうに呟いた。


「何が可哀想だ!

 この滑稽な姿か?」


ムルムルは腐敗して崩れた、己の顔を女神に向ける。

片眼は崩れ落ち、頬も腐肉が削ぎ落されていた。

何よりも身体のあちこちが、骨が見えるほど肉を失っている。


「そうね

 その姿もだけど、何よりもその心が…

 傷付き悲鳴を上げているわ」

「な!」


女神はそう言うと、その身体が汚れる事も構厭わずに、そっとアルスサードの身体を抱き締めた。


「な!

 何をする!」

「可哀想に

 辛かったのでしょう?」


女神の優しい言葉が、死霊であるアルスサードの心を少しずつ温める。


「アルスサード

 あなたの愛する民が、同じ帝国の兵士に切り刻まれて行く

 それは何て哀しい事だったでしょうね」

「う…

 ぐう…」

「それでもあなたは、最後まで諦めなかったのよね?

 あの男の姿を見るまでは」


女神が振り返った先には、一人の男の惨殺体が転がっていた。

元は帝国の将軍の一人として、帝都にもよく来ていた男だ。

カラガン伯爵はその不遜な行いから、役職を解かれて地方に飛ばされていた。

しかし彼はそれでも、皇帝の座を諦め切れていなかった。

自分こそが皇帝に、一番相応しいと本気で思っていたのだ。


「こんな愚かな者が居るから…

 いつまでも人は、争いを止めないのね」


女神はそう悲しそうに呟き、アルスサードを抱き締めていた。

優しく幼子を抱く様に、そっと抱き締めると囁く様に声を掛けた。

そして背中を擦りながら、優しい声で慰めてくれていた。

いつしかアルスサードの眼からは、涙が溢れていた。

死霊になり、流せなくなった筈の涙が…。


「う…

 うおおおお…」

「さあ、泣きなさい

 そうして辛い過去とは決別するの」

「私は…

 私は…」


ゆっくりと女神は、あやす様に言葉を掛け続けた。

それでアルスサードは、死霊として彷徨い続ける事が無くなっていた。

あの時女神に救われたからこそ、恩讐に囚われ続ける事が無かったのだ。


しかしこの者は違っていた。

世界の声を使ってまで、再び彼を復讐の鬼へと駆り立てたのだ。

魔王ムルムルとして…。


アルスサードは皇家の第四皇子として生まれていた。

しかし彼には剣の才は無く、いつしか継承争いからも除外されていた。


そんな彼が唯一得意とした物が、神聖魔法であった。

彼はその力を持って、多くの苦しむ民を救って来た。

それは偏に、病に苦しむ弟の姿を見ていたからだ。

それが彼に、病に苦しむ者達を救う道を進ませていた。

あの時までは…。


アルスサードは騙されて、睡眠薬を盛られてしまった。

彼の行いに感激したと、一人の商人に招かれた。

そこで酒を勧められて、うっかりそれを口にしたのだ。


これが皇宮であれば違っていただろう。

毒身をする者が控えており、万が一睡眠薬を飲まされたとしても、その身を守る者も居ただろう。

しかし彼等は、用意周到に準備していたのだ。

皇帝に意趣返しをしたいと思って。


彼等は度々外出する、アルスサードに目を付けた。

皇宮の外ならば、手を出し易いと考えたのだろう。

そうしてまんまと睡眠薬を飲ませると、第四皇子を攫うという事をやってのけたのだ。

こうしてアルスサードは、奴隷の身に落とされて連れ去られた。

皇帝に復讐を誓った、カラガン伯爵の元へと送られたのだ。


アルスサードはそこから、ザクソン砦へと送られる事となる。

そこには帝国に反旗を翻した、ザクソン伯爵が砦を任されていた。

ザクソン伯爵はカラガンとは親戚で、アルスサードを丁重に持て成した。

毎日の様に鞭や拷問具を持ち出しては、執拗に甚振ったのだ。

彼の身体が痩せ細っていたのも、その拷問が理由の一つだった。


そうして帝国の騎士団による、砦攻めが行われた。

伯爵は兼ねてから予定された通りに、帝国の奴隷を城門や城壁に並べた。

それで戦意を削いで、騎士団を徹底的に攻撃したのだ。

それがほんの数ヶ月前の出来事だった。


アルスサードは死霊魔法で生き返ると、彼等に復讐を始めた。

亡くなり打ち棄てられた奴隷達を、死霊魔法で甦らせる。

そうして手始めに、ザクソン伯爵を葬る事に成功した。

その後にカラガン伯爵にも、こうして今、復讐を果たす事が出来た。


しかしその後には、空虚な感情と虚しさが残されていた。

そして恨みの心は、未だ収まる事も無く高まり続けていた。

生きる者全てに対して、その憎しみは向けられていたのだ。

遂先ほどまでは…。


「さあ

 もう苦しく無いでしょう?」


女神が優しく微笑むと、アルスサードの心の中も不思議と温かくなっていた。

今ではどうしてあんなに、皆殺しにしようと思っていたのか思い出せない。

元の昔の、心優しいアルスサードに戻れていたのだ。


「私は…」

「苦しかったでしょう?

 でも、もう大丈夫

 ね?」


女神は小首を傾けると、笑顔でアルスサードを見ていた。

あの時アルスサードは、確かに解放されていたのだ。


それから何年か掛けて、彼は女神に仕える事になる。

その時に嘗ての名を棄てて、ムルムルと名乗る事にしたのだ。

死霊魔術師にして、魔王のムルムルとして…。


ムルムルは、あの時の事を思い出しながらその女を睨む。

姿形は同じでも、その性根はまるで違っていた。

あの女神様を騙るこの女を、どうしても許す事が出来ない。

隙を見せない様にして、ムルムルはゆっくりと女に詰問する。


「私が誰か…

 それすらも分からんか?」

「貴様が誰だろうと…

 そんな物には興味が無いねえ」


女神は用心深く身構えて、鳥の背の上で体制を整える。

しかしこの場に於いては、ムルムルの方が若干有利であった。

女神は鳥に乗ってはいるが、ムルムルは自力で飛翔出来ているのだ。

この優位性を保ちながら、何とか女神を倒す必要があった。


「ふん!

 私が誰か分からん時点で、貴様が女神とは到底思えんな…

 一体何者だ!」

「はん!

 さっきから言っておろう

 私こそが女神だ

 それが分からんか?

 この下郎が…」


女神は何か仕掛けようと、魔力を両腕に集める。

しかしそれを察知して、ムルムルは素早く呪文を唱える。


「させるか!

 いと深き闇に住まう精霊(イド)

 汝が吐息をこの者に与え給え!

 死の吐息(デッド・ブレス)!」

「くっ!」

クエー


女神は咄嗟に躱すが、その魔法は鳥の魔物に直撃する。

死の吐息をまともに浴びて、魔物はその場で絶命する。


「くうっ

 小生意気な!」


女神は魔力を放出すると、一回り小さい魔物を召喚した。

それは馬の様な獣の身体に、翼の生えた魔物だった。

その魔物に飛び乗ると、女神はさらに追撃の魔法を放つ。


「死霊魔法

 貴様ムルムルか!」

「はははは

 ようやく気付いたか?」

「ならばこれはどうじゃ?

 光の矢(レイ・アロー)!」


女神の指先から、何かが一瞬煌めく。


「ぐわっ!」


ムルムルはその何かを数発受けて、そのまま地上へと落下していった。


その頃地上では、アーネストが周囲を見回していた。

不穏な魔力の流れを感じて、その源を探していたのだ。

しかしその痕跡が見付からず、苛つきながら周囲を見回していた。


「くそっ!

 これは一体何なんだ!」

「落ち着けって!」

「これが落ち着いていられるか!」


アーネストは魔物の遺骸から、魔力が抜け出すのを感じていた。

この感覚は、ちょうどドラゴンが現れた時の感じと同じだった。

しかし周囲を見回すも、その魔力の流れが正確に読めなかった。

まさか遥か上空で、その魔力を操っているとはアーネストも気付けなかったのだ。


ギルバートはアーネストから離れて、戦場の様子を探りに行った。

魔力を集めているというのなら、その主は戦場に隠れている可能性が高い。

ギルバートは警戒しながら、巨人と戦った現場に戻って行った。

そこへ空から、突然何かが落下して来た。


ドサッ!

「ぐへっ」


その何かは、声を上げて唸っていた。


「ぐうっ…

 くそお!」

「ムルムル?」


「油断するな!

 上だ!」


ムルムルはそう呟くと、空の上の方を指差す。

しかしそこには、小さな何かの影が見えるだけだ。

女神は警戒して、かなりの高度に上がっていたのだ。


「まさか?

 あんな空から?」

「ああ

 油断した」


ムルムルがそう話す間に、上空の影は移動して行った。

どうやら邪魔をされた事で、襲撃は取り止めた様子だった。


「はあ…

 追撃は無しか…」

「追撃って…」


そこでギルバートは、ムルムルの羽がボロボロになっている事に気が付く。


「おい!

 怪我しているじゃ無いか」

「ああ

 奴にやられたよ」


ムルムルは肩を竦めるが、どうやら傷の痛みを感じていない様子だった。


「大丈夫なのか?」

「ああ

 これは疑似的な翼だからな

 それにやられたのは羽だし」


羽はあちこちボロボロになって抜け落ちてはいるが、骨の方は無事な様子だった。

しかし飛ぶ事は出来なくなり、ムルムルは顔を顰めていた。

あのまま戦っていたら、圧倒的に不利だっただろう。

女神が大人しく引き下がってくれて、本当に良かったと思っていた。


「奴って…

 上に何が居たんだ?」

「女神だよ

 いや、正確にはお前達が、女神様と呼んでいる存在だな」

「え?

 女神様が?」


ギルバートは顔色を変えて、ムルムルの言葉を聞いていた。


「ああ

 見た目も本当にそっくりだな

 しかしあれは…女神では無い」

「だが、世界の声(ワールド・アナウンス)を使っていたぞ?

 あれは女神様にしか…」

「そうだな

 そこが私も腑に落ちない…」


世界の声に関しては、ムルムルもおかしいと感じていた。

しかしそれでも、彼はあれが女神では無いと感じていた。


「兎も角…あれは邪悪な存在だ

 生かしておけば、次はどんな事が起こすか…」

「そうだな

 女神様は世界の声(ワールド・アナウンス)を使えるんだろう?

 そうなれば魔物を率いるどころか、人間同士で戦わせる事も…」

「それは無い!」

「え?」


ギルバートは世界の声を危険視していて、危ないと感じていた。

しかしムルムルは、それはあり得ないと首を振る。


「あれは世界に声を届けたり、神託を下すのに使われるんだ」

「しかし魔物は狂暴化して…」

「ああ

 それは紅き月の力だな

 しかしあれが効果あるのは、魔物ぐらいだろう

 人間や亜人に影響があったなんて話は、私は聞いた事は無い」

「そうなのか?」

「ああ

 実際に影響は無いだろう?」


ムルムルの言葉に、確かにとギルバートは頷く。

月を見上げた時も、魔物が狂暴化した時も、ギルバート達には影響は無かった。


「それならば魔物に気を付けていれば…」

「あん?

 お前達はドラゴンに襲われたんだろう?」

「あ…」


「さっきも危なかったんだぞ

 女神は何か呼び出そうとしていた…」

「そうなのか?」

「ああ

 と言っても…

 お前は感知能力は無いのか…」


ムルムルはそう言うと、困ったという顔をした。


「いずれにせよ、まだ危険が去った訳では無い

 あくまで一旦撤退しただけだ」

「そうだな…

 どうにかしなければ」


ギルバートも唸りながら、どうするべきか考えていた。

女神が去ったとはいえ、いずれ再び、この王都を襲いに来るだろう。

その時に今度は、どんな魔物が来るのか分からない。


「いずれにせよ、奴の化けの皮を剥がないとな」

「そうだな…

 しかしあれが偽物なら、本物の女神様は?

 一体どこで何をされているんだ?」

「そうだな…」


それはムルムルも心配していた。

ムルムル達の言う事が本当なら、本物の女神がどこかに居る筈なのだ。

しかしここ数十年、女神の姿を見た者はほとんど居なかったのだ。

ムルムルが救われた時も、偶々女神が目を覚ましていた時だった。

しかしその後は、彼女は再び眠りに着いていた。


「眠り…

 そうか!」

「どうした?」

「ああ

 もしかしたらだが、女神様は未だ眠りに着いておられるの…かも?」

「眠りって…

 エルリックも言っていたが…」

「ああ

 その可能性が高い」


ムルムルはうんうんと、一人で頷いていた。


「そこは何処なんだ?」

「いやあ…

 神殿は…

 ミッドガルド以前の古代魔導王国の廃墟にあるんだ

 そこは危険だし、人間が踏み込める場所では無い」

「しかし女神様が目覚めなければ…」

「ああ

 人間では無理だろうな」

「ん?」


「私が向かってみる」

「危険なんだろう?」

「ああ

 しかしこうして、いつ目覚めるか分からない女神様を待ってはいられないだろ?」


ムルムルは肩を竦めると、そのまま立ち去ろうとしていた。


「待ってくれ!」

「ん?」

「さっきは…そのう…」

「ああ

 気にするな

 エルリックに泣いて頼まれたからな」

「エルリックに?

 あいつは生きているのか?」

「あん?

 …そういう事か」


ムルムルは一人頷くと、ニヤリと笑って振り返る。


「あいつには借りがあったからな

 ではな!」

「あ!

 おい!」


しかしムルムルは、そのまま掻き消える様に姿を消した。


「答えてくれても…良いじゃ無いか

 それに満足に礼を言う事も出来なかった…」


ギルバートは独り言を言うと、城門の方を振り返る。

そこでは巨人の遺骸を回収する兵士に、アーネストが声を上げて指示を出していた。

どうやらこちらで起こった事には、彼等は気が付いていない様子だった。

魔力の流れが止まったので、アーネストは急いで巨人の遺骸を回収させていた。


ギルバートは肩を竦めると、ゆっくりと王都に向かって戻り始めた。

まだまだ続きます。

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