第490話
ギルバートは王都の王城の、執務室で話し合っていた
目の前にはアーネストとバルトフェルドが困った様な表情で座っている
女神が送り込む巨人が、刻一刻と迫って来ているのだ
しかし彼等が思う以上に、兵士達は混乱していたのだ
バルトフェルドがテーブルに並べた、報告書を見ながら唸る
ギルバートを襲おうとした者以外に、宝物庫に押し入ろうとした兵士も居た
そして街中では、自暴自棄になって暴れ回る兵士まで出ていた
それだけ彼等は絶望して、勝てないと思っているのだ
「うーむ…」
「しかし全員捕まえたんだろう?」
「それは…まあ…」
宝物庫に押し入ろうとして捕まった者が6名。
街中で暴れた兵士は12名だと報告が来ている。
しかしこのままでは、さらに増えそうな気配だった。
報告に来た兵士も、酷く怯えていたからだ。
「よし!
こうなれば私が…」
「さっきのは無しだぞ!」
「ええ
何人のメイドが気絶したと思ってるんです」
「うっ…」
ギルバートを殺そうとする兵士が、この執務室で待ち構えて居た。
ギルバートは彼等を、威圧して気絶させた。
先日のドラゴンの子供を倒した事で、新たに得たスキルを使ったのだ。
しかしそのスキルは、周りの者を見境なく威圧する。
それに耐えられない者は、恐怖で硬直したり、気絶するまでの威力がある。
「確かに便利ではあるがな…」
「だろ?
気迫を込めると…」
「しかし見境が無い事が問題だ
街中で使ったら、どうなると思う?」
「ぐうっ…」
それこそ巨人が現れた以上の、混乱が起きるだろう。
「気絶で済みましたが…
それこそ心臓が弱い者では、そのまま女神様の元へ逝ってしまいますよ」
「あ…」
アーネストやバルトフェルドは、その威圧に耐える事が出来た。
アーネストは抵抗力が高いし、バルトフェルドが長年の経験があったからだ。
戦場で恐怖に委縮していては、そのまま死を待つだけである。
しかし街の住民達は、そこまでの経験は無いだろう。
いきなり恐ろしい気配を感じると、震え上がるどころでは済まないだろう。
それこそ心臓の弱った年配者では、そのまま亡くなる恐れもあるだろう。
「今のところは兵士を増やし、街中を巡回させています
しかしそれでも…」
「その兵士達は?」
「巨人とは戦えないが、せめて住民達を守りたいと志願した者達です」
「大丈夫なのか?」
「ええ
戦えない事を恥じていましたが、殿下の言葉に発奮したみたいです」
「そうか…」
少しはまともな兵士が居ると聞いて、ギルバートは溜息を吐く。
後は巨人が来た時に、どれだけの兵士が集まるかだ。
「なあ
本気で…」
「殿下!
報告が来ました!」
アーネストが何か言い掛けたが、そこに伝令の兵士が飛び込んで来た。
「正確な位置と数を報告します」
「うむ
頼む!」
兵士はテーブルに置かれた地図に、手渡された駒を置いて行く。
それは王都を北に数日進んだ、竜の背骨山脈と竜の顎山脈の間の場所だった。
そこは竜の首の辺りになり、なだらかな丘が続いている。
その為に少し離れていても、巨人の姿が一望出来たのだろう。
「大丈夫か?
この辺りは何も無いぞ?」
「ええ
ここは二つの山脈に挟まれて、なだらかな丘が続いています
それで少し離れた場所でも、向こうの様子がバッチリと見えるそうです」
兵士はそう言って、そこから少し離れた森に駒を置く。
しかしそこは、件の丘からは丸見えの場所だ。
潜んで居る事がバレれば、無事には済まないだろう。
「こっちが見えるって事は…」
「それはあいつ等を信用してください
あいつ等は戦闘は駄目でも、隠れたり見張るのは得意ですから」
「しかし…」
そこは地図の上でも、何も無いただっ広い丘になっている。
もう少し下れば、大きな森がある。
しかしそこまでは、丘の上も含めて身を隠す場所は少なかった。
「巨人の身長から考えれば、ここは簡単に見降ろせる」
「でしょうね
しかし見付かり難い様に、軽装で隠れやすい衣服を選んでいます」
「そういえば…
ここまでどうやって移動したんだ?」
「ん?
そうだな?」
「それは彼等が、馬でここまで移動して…」
兵士は少し離れた、大きな森に駒を置く。
「馬で勘付かれない様に走って…」
「へ?」
「ちょっと待て!」
そこまでの距離は、馬でも半日近く掛かる。
その距離を時間を掛けずに、走り抜けた事になる。
「言ったでしょう?
彼等は斥候の訓練を専門に行っています
下手したら、馬よりも早く走れますよ」
「しかし…」
「あいつ等は殿下に2日の距離と言われて、迷わず3日分の携帯食を持って走りました
それで半日でここまで来て…」
「あの最初の報告の時には?」
「ええ
ここで見張りを始めていました」
夕闇に紛れてとはいえ、大胆な行動に出たのだ。
魔物に見付かれば、戦闘が苦手な彼等は危険だ。
しかしそれを承知で、敢えてこの場所まで走って向かったと言うのだ。
「しかし外は寒いんじゃあ…」
「ええ
見付かり難い様に、身軽で動き易い服です
それに焚き火も出来ません」
「それじゃあ…」
「それでも枯葉や枝を集めて、そこに身を隠しているそうです」
寒さを凌ぐ為に、枯葉や枝を集めて身を隠す。
そうは言っても、全力疾走の後だ。
汗も乾いて相当寒く感じているだろう。
それでも貴重な情報を得る為に、危険を冒して見張っているのだ。
「伝達は?
焚火も使えないんじゃあ、狼煙も…」
「ええ
そこはアーネスト様が…」
「ああ
大変だったんだぜ
お前がセリアとイチャ付いている間に、ヘイゼル様と必死になって作ったんだ」
アーネストはそう言うと、小さな紙で作った鳥の様な物を取り出す。
「小さなメモしか持てないが、馬よりも早く移動する
これを各自に持たせた」
「後はそこまでの間に、他の斥候が散らばっています」
兵士はそう言うと、駒を等間隔で配置する。
それで丘の近くを見張る兵士と、連絡を取り合っているのだ。
「鳥だけに、連絡を取り合うのに便利なんだ
はははは」
「アーネスト…」
「アーネスト様
最近エルリック様に似て来ましたね…」
「なん…だと!」
兵士の冷ややかな視線と、呟いた言葉がアーネストに突き刺さる。
「オレがあんな奴に…」
「それでですね…」
「ふむ」
兵士はアーネストを放って置いて、巨人の正確な配置を説明する。
「ここに3体
それから4体と…3体」
「少し間隔が空いているな」
「ええ
何か警戒しているのか?
それとも群れるのが嫌なのか?」
「そうだな
しかし10体か…」
一度に来られては、いくらギルバートでも勝てないだろう。
それどころか、囲まれてあっという間に殺される可能性も十分にある。
少し離れてくれて、時間差で来るのならこちらも助かる。
各個撃破で、何とか勝てる見込みも増えるだろう。
「それから…」
兵士は不安そうな顔をして、そこからさらに奥の場所に駒を置く。
「これは未確認なんですが、ここに焚火の炎が複数見えるそうです」
「焚火?」
「はい
それで…」
兵士はその焚火と、巨人の侵攻方向を指で繋げる。
「ここを通って来たのなら、他の魔物は居ないと思います」
「そうだな
巨人が通ったりしたら…」
普通の魔物なら、巨人が近付いた時点で逃げ出すだろう。
それが進行方向から、巨人はそこから来た事になる。
「ですからもしかしたらなんですが…」
「ここに本隊が居ると?」
「ええ…」
兵士は唾を飲み込みながら、その報告をする。
兵士としても、それは無いと思いたかった。
しかし報告からは、この10体以外にも巨人が多数居ると示していた。
「そっちは動きが無い限りは、そのまま放置しよう」
「ですが!」
「見張りはそのまま続けてもらってくれ
そいつ等の動きも気になるからな」
「はい…」
巨人でも脅威だが、問題はアモンの行方が分からない事だ。
もしそれが、再び操られたアモンだったら、王都は間違いなく落ちるだろう。
そうで無い事を祈り、この巨人を討伐するしか無いのだ。
「移動速度を考えれば、到着は明日の正午頃かと…」
「そうだな
馬並みの速さだからな」
巨人が愚鈍だと言っても、それは動作が遅いだけだ。
歩幅も大きので、普通に歩いても馬に追い付きそうな速さになる。
ここから丘までの距離は、馬で半日ぐらいの距離になる。
順当に進めば、明日の正午過ぎには到着するだろう。
「報告ありがとう
お前達も交代で休んでくれ」
「はい」
兵士は礼をすると、部屋を出ようとした。
そこで振り返ると、少し周りを見回す。
「そういえば…
エルリック様はどうされたんです?
殿下といっしょでしたんですよね?」
「え?
ああ…」
「また1曲、詩って欲しかったんですが…」
「そうだな
はははは…」
「エルリックは今、別の用事で動いているんだ
そのうちひょっこりと戻って来るさ」
アーネストが顔を引き攣らせながら、兵士に答える。
「そうですか
それでは戻られましたら、楽しみにしているとお伝えください」
「ああ」
兵士が出て行ってから、ギルバートとアーネストは溜息を吐く。
「はあ…」
「弱ったな」
「それで?
本当は何があったんです?」
バルトフェルドは報告が一段落したと見て、向こうでの報告を求めた。
ここまでは巨人の対策で、それどころでは無かった。
しかしここまで話し合えば、後は明日の戦いを待つだけである。
バルトフェルドはメイドが置いて行った、お茶のポットを傾ける。
長い話し合いをしていたので、すっかりお茶は冷えていた。
「むう…
誰かいるか?」
「はい」
バルトフェルドはメイドを呼ぶと、新しいお茶と夜食を頼んだ。
まだまだこれから、向こうでの報告を聞く必要がある。
そこで簡単な夜食を用意させると、メイド達にも休む様に伝えた。
「さて
人払いも済みましたぞ」
「あははは…
どうしても…
報告しないと駄目か?」
「当然です!
どれだけ心配したと…」
「ワシも聞きたいな」
ハルムート子爵が、葡萄酒を手に持って入って来る。
「子爵殿
ここにそれは…」
「固い事言うなよ
これがあった方が口が滑らかになるだろ?」
「そうですね
それでは…」
「待てい!」
「お前は駄目だ!
すぐに飲み干すだろ!」
アーネストがグラスを手にするが、子爵とギルバートに止められる。
「そんな…」
「お前は終わってからだ」
「そうですぞ
アーネスト殿は無くても軽いでしょうが?」
「オレはそんなに…
はい…」
三人に睨まれて、アーネストはしゅんと小さくなる。
「それで?
何があったんです?
女神様は何で、巨人なんぞ差し向けるんです?」
「そうですな
この戦いを止めに行った筈なのに、止めを刺されそうになっています
何がどうなって、こんな状況になったんですか?」
子爵とバルトフェルドに睨まれて、ギルバートは腹を括るしか無かった。
どの道話す機会は、今を置いて他に無いだろう。
「そうですね
先ずはどこから話すべきか…」
「旅の経過は良いです」
「そうですな
明日の事もある、手短でよろしいでしょう」
「そうか…」
ギルバートは話し始める。
竜の背骨山脈に着いてから、ハイオーク達に会った所からだ。
「私達は知性あるオーク…
これをハイオークと名付けたんだが…」
「ハイオーク?」
「ええ
アモンが連れていた、ハイランドオークとは明らかに違っていましたからね」
「ハイオークは友好的で…
何だか子供みたいに無邪気で、とても気の良い奴等でした
少なくとも、女神に操られるまでは…」
ギルバートは溜息を吐いて、話を続ける。
「ハイオーク達に馬を預けて、私達は竜の背骨山脈の洞窟に入りました」
「洞窟?」
「あんな所に洞窟なんか…」
「女神の作った、特別な洞窟なんですよ
普段は気付かれない様に、何かしてあったとしても不思議はありません
あの時の私達は、そんな事にも気が付きませんでした
あれが罠だとは思っていなかったんですよ」
「罠って…」
「ええ
考えてみれば単純な事です
あそこで私達を、殺そうと考えていたんですよ」
「それは違うな
もし殺せれば良し
殺せなくても足止めになるという判断だったんでしょう」
「え?
そうなのか?」
「ああ
完全に殺す気なら、もっとやり様があった筈なんだ
あくまでも女神は、最初から遊び感覚だったんだよ」
アーネストの言葉に、バルトフェルドは愕然とする。
「遊び…感覚?」
「どういう事だ?」
子爵も顔を顰めて、アーネストの方を見ていた。
「確かに女神は、遊戯だとかなんだとか言っていたが…」
「ゲームだよ
確かにそう言っていた」
「ゲーム?
チェスの事か?」
「そうですね
そんな感じなんでしょう
駒はオレ達や…」
「魔物か…」
子爵は帝国でも、よく遊ばれる遊びを思い浮かべる。
ギルバートもそれを肯定しながら、地図に乗った駒を見る。
チェスは帝国から王国にも伝わっている。
戦略や戦況を読む為の勉強になると、貴族の子供達にも勧められていた。
それでここの地図にも、チェスの駒が置かれていた。
ギルバートは地図上の駒を見て、何か不自然に感じた。
それで駒を手にすると、地図の上に何個か置いてみる。
「そうか!
そう言う事か!」
ギルバートはキングの駒を手に取ると、竜の背骨山脈と王都に置く。
「女神に私達が近付いて来たから…」
「ああ
恐らくそうだろう」
アーネストは既に予想していたのか、肩を竦めて嫌そうな顔をする。
ギルバートは手にした駒を、竜の背骨山脈と王都の近くに置く。
そうして駒を動かしては、何かを確かめていた。
「女神の中ではルールが違うんだろうな…
どんなルールなんだか…」
「それはどういう…」
「女神は私達に会った時、ゲームをしようと言っていた…
しかしこれは、最初からゲームだったんだ
これは最初から、私達を駒にした遊びだったんだ」
ギルバートは腹立たし気に、駒を壁に投げつける。
「それじゃあ…」
「ああ
オレ達が行く事も含めて、女神は全て想定していたんだろうな
そしてその事を駒に見立てて、盤上で遊んでいたんだ」
「そんな…」
「それほどの存在なのか?
女神様というのは…」
子爵は愕然としながら、地図の上に並ぶ駒を見詰めていた。
まだまだ続きます。
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