第49話
魔物が侵攻すると宣言された日が訪れた
ダーナの街は朝から騒がしく、戦の準備が慌ただしく進められていた
約束の日の朝が来た
流石にあれほどの実力者が現れたのだ、嘘は吐かないだろう
街は朝から騒然としていて、各門の前には兵士が集まっていた。
「北門には騎兵が1部隊、弓兵と歩兵が20名配置されました」
「南門にも騎兵が1部隊、弓兵と歩兵を20名配置しました」
「東門に残る騎兵2部隊と弓兵80名、歩兵は260名で待機しています」
各部署から報告があり、それを聞きながら、将軍は満足気に頷いた。
これで出来得る準備は完了した。
後は東門の前に待機している魔術師部隊を、敵が攻めた来た門に向けて対応するだけだ。
「本当に来ますかね?」
「来るだろう」
「なんせ領主様の邸宅に現れたぐらいだ
嘘を吐く意味が無かろうて」
「はあ」
「領主様の邸宅にねえ…」
「ん?」
「だって、あそこは結界の中だし、防壁もしっかりとしてますよね?
そんな所へどうやって来たんです?
門から入って、歩いて入ったんですか?」
「ダナン
気持ちは分かるが、相手は女神様の使徒だ
転移の魔法が使えるみたいだぞ」
「転移?
望んだ場所へ移動するって…あの物語に出るヤツですか?」
「ああ
領主様の前で、忽然と消えたらしいぞ」
「うへえ
警備兵泣かせな魔法ですね
それじゃあ侵入し放題だ」
部隊長のダナンは溜息を吐く。
相手が本気で来たら、その魔法で侵入されてやりたい放題だ。
そんな事されたら、自分達の意味が無い。
「そうなると、門の中で守っていても意味が無いのでは?」
もう一人の部隊長、アレンが心配そうに聞いてくる。
「ああ
そうだな」
「しかし、流石にそんな事はしないだろう」
「何故です?」
「それでは、わざわざ魔物を集めて襲撃する意味が無いだろう
聞くところによると、相手は余程人間を憎んでいるらしい
文字通り、この手で八つ裂きにしたいほどだろう…」
「うへえ…」
「それは勘弁して欲しいですなあ」
将軍の一言に、二人は身震いする。
堪った物では無い。
「美女からの求婚なら兎も角、そんな憎悪は御免です」
「オレも、魔物に寄られるのは勘弁ですよ」
「はははは
そうだな」
将軍は笑い、安心する様に言う。
「オレ達はまだ、美女から言い寄られたり、求婚されていない
それなら、まだまだ死神には狙われていないさ」
「え?」
「それは?」
「古来から言うだろ?
帰ったら結婚するとか言う奴ほど、死神に狙われ易いって」
「そうなんですか?」
「知らなかった…」
「だから
オレ達は大丈夫だ!」
「そうか…
それでロンは…」
「オレ…
まだ言って無いから大丈夫だよな?」
「ん?」
「んん?」
アレンがボソリと不吉な事を呟く。
思わず将軍もダナンも振り返るが、引き攣った笑いをするアレンに、何も聞けなかった。
「え?
いや、何でも無いです
あはははは…」
『…』
三人がそんなやり取りをしていると、正面に領主が歩いて来た。
そのまま全体の正面、東門の前に立つ。
「諸君!
おはよう!」
『おはようございます』
時刻は7時になり、街の中央から時を告げる鐘が鳴る。
鐘の音が鳴り止み、その音が聴こえなくなるのを待って、領主は再び声を上げる。
「諸君
今日は集まっていただき、先ずは礼を言う
ありがとう」
領主は頭を下げる。
貴族である領主が、人前で頭を下げるのは珍しい。
辺りがザワザワと騒然とする。
「静まれ!
静まれー!」
将軍が声を上げ、再び静寂が広場に広がる。
「既に聞き及んであろうが、魔物がこの街へ侵攻中である
そして…
女神様の使徒である、フェイト・スピナーから宣戦布告もあった」
ひそひそと囁く者が居たが、先ほどよりは抑えられている。
「魔物がどこから来るのか?
それはまだ、不明ではある
しかし、間違いなく、こちらへ侵攻中であろう」
昨日迄、付近を捜索しては、魔物の討伐が行われていた。
しかし、魔物が集中している様子は無かった。
それでは魔物は、どこから攻めて来るのか?
「目下、物見からの報告は無いが
確実にこちらへ向かって来ていると思われる」
「それについては、わたくしが御説明しましょう」
『!!』
領主の言葉に続いて、不意に広場へ聞きなれない声が響く。
辺りが騒めき、みなが周りを見回し始める。
「静まれ!」
将軍が再び、声を上げて前へ出ようとすると、いつの間にか、領主の左横へ一人の男が立っていた。
不気味な仮面をして、紫のローブに身を包んだ男が、艶然とした笑みを浮かべている。
将軍は衝撃に撃たれ、その場に立ち尽くす。
そして、将軍の視線に気が付き、領主は左に視線を移す。
「う、おお!」
領主は驚き、思わず飛び退きながら、腰の剣に手が伸びる。
「ああ
まだ抜かないでくれよ
勝負はこれからだからね」
男はそう呟くと、大袈裟な身振りで制止を促した。
「わたくしが話に上がった、フェイト・スピナーのベヘモットでございます
みなさん、お見知り置きを」
男は優雅に挨拶をして、腰を折って礼をする。
「何しに現れた!」
領主は叫び、身構える。
将軍も前へ飛び出すと、反対に回って挟む様にして身構える。
「こいつが使徒ですか?」
将軍は領主に向かって問いかける。
領主は無言で頷き、男から視線を外すまいと睨み付ける。
「こいつ?
頭が高いぞ!小童が!!」
バシューッ!
「ぐわっ」
男が叫ぶと、衝撃波が放たれ、将軍が吹き飛ぶ。
将軍は身体が痺れ、もんどり打って仰向けに倒れる。
「ぐ、うう…」
『将軍』
辺りは、今起こった出来事の衝撃に静まり返った。
「それでは、話を続けますね」
将軍の事はスルーかい!
放置された将軍は痺れて動けず、その場で藻掻いていた。
部隊長も迂闊に動けず、剣に手を当てて、いつでも飛び出せる様に身構えていた。
そんな中で、ただ一人動ける者が居た。
「貴方が女神様の使徒なんですね」
一人の少年が、兵士達の隙間を搔い潜って前へ出て来る。
少年は使徒のすぐ前へ来て、澄んだ瞳で見た。
「ギルバート!」
「この少年が…
ふうん」
ギルバートは使徒を見詰めた後、優雅に礼をする。
「初めまして
ダーナ領主アルベルト・ダーナ・クリサリスが嫡男、ギルバート・クリサリスです」
「あら、ご丁寧にどうも」
「ギルバート、こいつの前に出てはならん!」
アルベルトが必死になって叫ぶ。
「あら?
どうしてかしら?」
「父上?」
「ぬう、ぐぐ…」
「貴方はまだ、この子には話していないんでしょ?」
「そ、それは…」
「父上…」
「エルリックに聞いたわよ
呆れた物よねえ…」
「黙れ!
黙れー!」
堪らず領主は抜刀し、上段に構えて突っ込む。
しかし、結果は将軍と同じ様に、衝撃波によって吹き飛ばされる。
「学習しないわねえ」
バシューッ
「ぐぬうう」
もんどり打って倒れる領主。
それを見て、ギルバートの様子が変わる。
「き、貴様…
っぐ、うう…」
ギルバートの鳶色の瞳が、怪しく紫色に輝き始める。
それを見て、男は妖しく微笑む。
「ほう…
これは…
思わぬ収穫です」
「ぐぬぬぬ…」
ギルバートは剣に手を掛け、引き抜く寸前で留まる。
身体が小刻みに震え、必死に抵抗している様だ。
「良いですよ
そのまま…」
「止せ…
ギルバート…」
領主は必死になって声を出し、止めようとする。
「ぐ…ぬ
縫う…はあ」
ギルバートは何とか手を放し、その場に膝を着く。
「おやあ?
堪えてしまいましたか
そのまま狂乱の衝動に包まれば良かったのに
ふふふふ」
「くうっ」
ギルバートは衝動に抗い、再び立ち上がった。
「貴方の…
目的は、何だ…」
「ああ
そうでした」
将軍と領主も、ようやく痺れが治まったのか、ゆっくりと立ち上がる。
「我が子達の事を話しに参りましたの」
「我が子?」
「そう
貴方達が魔物と呼ぶ者です」
「このまま、貴方達を狂わすのも面白いんですが、それでは当初の目的が果たせません」
「目的?」
「そう、も・く・て・き」
「我が子達による、貴方達人間の虐殺です」
「ぬう」
「貴様…」
強がって見せるが、男が身構えると、三人共その場で身構えるしか出来なかった。
格の違いを見せられる。
「安心しなさい
我が子達には、ここの門を目指して来させています
わたくし達は、正々堂々と、正面から挑みますからね」
「な!」
「正面からだと?」
男の宣言に、将軍と領主は肩を震わす。
「舐めやがって」
「その思い上がり、後悔させてやる」
「父上、将軍
挑発に乗ってはいけません」
「しかし」
「奴らの思い上がりは許せん」
「挑発に乗っては、思う壺です」
「何?」
「どういう事です」
「ほおう…」
ギルバートは、先ほど自分に起こった事を懸念していた。
「魔物を倒すのは重要ですが…
憎しみや殺そうとする感情に飲まれるのは危険です」
「それは?」
「…」
「ジョンさんがどうなったか、覚えていませんか?」
「え?」
「バレては仕様が無いわね」
男は悪びれる様子も無く、平然と言い放った。
「でも、大丈夫かしら?
力を身に付ければ付けるほど、衝動は強くなるわよ
それを破る方法は在るけど…」
「方法は在るんですか?」
「ダメ
それは教えれないわ」
男の仕草に、三人は苛立ち、再び衝動に駆られそうになる。
それがこの男の狙いである様な気までしてくる。
「それで…
魔物がここを攻めて来るので良いんですか?」
ギルバートは苛立ちを抑えながら尋ねる。
「あら、つまらないわねえ…
そうよ、正午頃には着くと思うわよ」
「そうですか」
ギルバートは冷静になろうと息を吐いてから、言葉を続ける。
「では、要件は以上ですね」
「そうねえ」
「では、お引き取りください!」
「!」
男はキッとギルバートを睨む。
ギルバートは仕返しを出来たと、ニンマリと笑顔を浮かべた。
「いいわ
これでわたくしは下がります
後は我が子達に委ねるわ」
「そう願いますよ
貴方が出て来たら、ボク達では敵いませんもの」
「…」
男はギルバートが乗って来ないのを見て、つまらなそうに肩を竦めた。
「そうねえ
わたくしは今回は出ませんわ
そこは安心しなさい」
「それは…本当ですね?」
「くどいわね
女神様にも止められてるのよ
出たくても出れませんわよ」
「分かりました
ありがとうございます」
「ふん」
男は不機嫌そうに、そっぽを向いた。
男が出て来ないと聞いて、一同はホッとする。
魔物と戦うのにも大変であろうに、圧倒的強者である使徒まで出て来ては、当然勝ち目はない。
「それでは、頑張ってちょうだい
わたくしは遠くから見ているから」
男はそう言うと、手をヒラヒラさせてから、不意に出て来た時と同様に消えた。
『あ!』
「消えた?」
男が消えた後には、何も痕跡は残っていなかった。
「これが転移魔法…」
「何度見ても、驚かされる」
「…」
「父上
差し出がましい真似をして、申し訳ございませんでした」
ベヘモットの立ち去った後を調べていた領主に向かって、ギルバートは声を掛けた。
「ギルバート…」
領主はどう言おうか躊躇った。
「領主様
殿下を責めないであげてください」
「いや
うむ…」
「叱るなら、不甲斐ない我々が先に叱られるべきでしょう」
「ううむ…」
「将軍…」
「分かった、これは不問としよう」
「父上」
「領主様」
「しかし、お前は前へ出るべきでは無かった
これで完全に奴らに見付かってしまった…」
「父上?」
「そう言えば…
奴は殿下を知っている様な事を言ってましたね
何でしょうか?」
「う…」
「父上?
何かあったんですか?」
「話して無いとか何とか?」
「ううむ…」
「父上?」
領主アルベルトは、何事か口籠り、押し黙ってしまった。
「この事は、言えない」
「父上!」
「領主様!」
「今は…まだ言えない」
「父上!」
「すまん
いずれ話す機会を設ける
それまで我慢してくれ」
「…」
「…」
領主は苦悩を浮かべて、二人に頭を下げる。
それに対しては、二人は黙るしかなかった。
「それより今は、魔物をどうにかしないといけない」
「ああ…そうですね」
「ええ」
「それと
奴は妙な事を言っていた
ギルバート
何か知っているのか?」
「そう言えば」
「ええ」
「魔物と戦っていて気づいたんですが…
時々、無性に魔物を殺したくなっていました」
「何!」
「殿下?」
「将軍
以前、ジョン部隊長がおかしくなりましたよね?」
「ワシは聞いておらんが?」
「ええ
彼は憎しみに駆られて暴れたので、縛って謹慎させていました
しかし…縄を切って逃走し、そのまま行方不明に…」
「行方不明の部隊長とは、その事か」
「はい」
ギルバートは、自身に起こった事を話した。
「ボクも…同じように激しい憎しみに駆られる事がありました
何とか抑える事が出来ましたが、彼の話を聞いた後では、あれは力を持つほどなり易いと言う事でしょうか?」
「うむ
確かにそう言っていたな」
「そうなると…」
将軍は兵士達の方を向く。
兵士達は三人の声が聞こえていたので、思い当たる者は動揺する。
「確かに、衝動に駆られてか、魔物に突進して命を落とす者が居ました」
「そうか…」
「また、それを悩んで苦しむ者や、退役を希望する者も居ます」
「なるほど…」
「そうなんですね」
「そうなると
戦闘中にも気を付けなければ、衝動に負ける者が出るかも知れないか」
「はい」
「魔物だけでなく、味方にも危険がありますね」
「正面の敵だけではなく、内なる敵にも備えなければ」
「至急該当する者を集め、戦闘から外してやれ
その者も苦しんでいるであろう」
「はい」
将軍は該当する者を呼び、戦闘から離れて、補給の仕事を任せる様に伝えた。
魔物は刻一刻と迫っていたが、戦う前から問題が起こっていた。
すいません
ここから戦闘に入る予定でしたが、思ったより進んでいません
これからワクチン接種に行ってきます
問題無ければ、夜にもう一つ上げますのでお待ちください




