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聖王伝  作者: 竜人
第十五章 崩れゆく世界
487/800

第487話

エルリックの住まいに、ギルバート達は一晩泊った

ここは竜の背骨山脈の中の、女神が造り出した場所だった

元は古代竜と呼ばれる、大きな生き物の身体だったらしい

その死体を元にして、山や大地が生まれたというのだ

その腹の中に、この場所は存在していた

朝日がゆっくりと昇り、竜の背骨山脈を染め上げて行く

部屋の壁は金属製なのに、そこに山の外の景色が映し出される

何度見ても、それは異様な光景だった

そうして辺りがすっかり明るくなったところで、エルリックが朝食に呼びに来た


「さあ

 さっさと食べて出発しますよ」

「その事なんだが…

 間に合うのか?」


ギルバートは、素朴な疑問を投げ掛ける。

女神は世界の声で、王都に攻め込むと宣言していた。

しかし、明白な時期までは告げていない。

それは今日なのか、それとも1週間後なのか、明確な時期が分ず仕舞いだった。


「そうですね

 通常なら、巨人は北のヨトゥンヘイムから来る筈です」

「ヨトゥンヘイムって?」

「北の極寒の国があるだろう?

 あそこがヨトゥンヘイムだ」


アーネストが、簡単に場所を説明する。


「ヨトゥンヘイムは、元々は緑豊かな国でした

 しかし霜の巨人が居座っている為に、ああした極寒の地に変わってしまったそうです」

「それも魔導王国の記した歴史なのか?」

「ええ

 しかし…」


エルリックは言い難そうに告げる。


「実は本当は、もっと前からじゃないのかと思うんですよ」

「もっと前?」

「ええ

 第二紀の魔導王国にも、霜の巨人の記録が…」

「ん?」

「ちょっと待て!」

「え?」


「今、第二紀って言わなかったか?」

「へ?

 あ…」


エルリックは慌てて、視線を逸らした。


「おい!

 魔導王国って…」

「ミッドガルド以前にも、そういった記録があるそうでして」

「誤魔化すな!」

「どういう事だ?」

「はあ…」


「今は時間が無いんでしょ?」

「そうだ

 しかし…」

「何の話だ?」


エルリックは溜息を吐くと、諦めた様に首を振った。


「それじゃあこれだけですよ

 ミッドガルドが恐らく第五紀です

 それ以前にも確かに、魔導王国は存在しました」

「本当か?」

「それじゃあ…」


「ええ

 第一紀は女神の怒りに触れて…

 洪水に沈んだそうです」

「洪水って…」

「世界規模の洪水だそうです

 それでどうなったのかは…私は怖くて聞けませんでした」


「第二紀ってのは?」

「互いに争って、国ごと消滅したそうですね」

「国ごと消滅って…」

「争うって、どうやったらそんな…」


「第三紀は長く続いた様なんですが…詳しい資料が残されていません

 一旦滅びたみたいで、他の魔導王国がその後に建国されました

 ちょうど今の魔導王国と帝国の様に」

「それは攻め込んだって事か?」

「さあ?

 私は詳しく知らないですよ

 あくまでも残された記録から推測しただけですから」


エルリックは肩を竦めながら続ける。


「その記録だって、人間達が…

 その魔導王国の民がそう記録していただけですから

 詳しくは女神様にしか…」

「そうだな」

「しかし…

 魔導王国って、ミッドガルドが最初じゃ無いのか…」

「そうだな

 そうするとアッサラーム王国とか…」

「さあ、もう良いでしょう?」


エルリックがそう言って、脱線した話を戻そうとする。


「今はそれよりも、巨人がどれぐらいで来るかです」

「いや、お前が原因だろ?」

「ギル

 それよりも巨人だ」


アーネストは王国の地図を広げて、足りない部分は魔法でテーブルに図を描く。


「王国の北側…

 オウルアイや竜の背骨山脈のさらに北側だな」

「ふうむ…

 ちょうど竜の肩の上になるのか?」


ギルバートは竜の背骨山脈から伸びる、小さな山脈を指差す。

それは北に向って、ちょうど手を伸ばした様に見えている。

そこをなぞる様に、陸は西に向けて大きく曲がっていた。

その細い岬の様な場所に、氷が厚く張った陸地が連なっている。


「ここがヨトゥンヘイムだ」

「へえ…」

「昔は…

 ミッドガルドが在った頃には、ここにはフィン聖教国があったんですが…」

「聖教国?」

「ええ

 今のこの国の母体ですね

 女神様を主神とした、神の教えを説く国です」

「そんな国があったのか…」


「そこは…

 王国では無いのか…」

「ええ

 女神様が神ですから

 その元に平等を詠った国だったんですが…」

「ですが?」


「度重なる魔導王国からの進軍に、少しずつ北に追い込まれて…」

「そこには巨人が居たんじゃあ…」

「ええ」


「今は巨人に滅ぼされて、廃墟しか残されていません」

「そうか…」


エルリックはそう言うと、その国あった場所を指差す。


「巨人が来るとすれば、ここからです」

「そこは?」

「フィン聖教国の首都があった場所…

 竜の爪と呼ばれる険しい山があります」

「竜の爪…」

「そこに?」

「ええ

 恐らくファクトリーがある筈です」


「それは何故なんだ?」

「竜の爪だからです

 ここと同じですよ

 古代竜の身体の一部だからです」


エルリックはギルバートにも分かる様に、言葉を選んで説明する。


「その古代竜の身体に残る魔力を使って、魔物を生み出している筈です」

「え?

 魔物は魔物を使って…」

「ええ

 昨日みたいに、魔物の死体を使う事もあります

 ですがそれにしても、大元になる魔力が必要な筈です」

「それを賄えるのが…」

「古代竜の身体か?」


地図の外側、遥か北方に印が付けられる。

竜の爪と注意書きをして、アーネストは巨人の侵攻方向を記す。


「そこから…

 巨人の足で何日ぐらい掛かる?」

「そうですね

 長く見積もっても10日ぐらい

 早ければ1週間でしょう」

「くそお…

 ギリギリじゃないか」

ダン!


ギルバートは悔しそうに、拳をテーブルに叩き付ける。

どんなに急いでも、王都に着いた頃には巨人は目の前にまで迫っている。

そこから逃げ出す時間など、残されてはいないだろう。


「戦うしか無いか…」

「そうだな

 それに逃げるにしても…」


何処に逃げたとしても、相手が巨人ではすぐに追いつかれるだろう。

兵士達にもそれは、すぐに思い浮かんでいた。

このまま逃げる事も出来ないのなら、思い切って戦うしか無かった。


「しかし、昨日も言ったがどうする?

 魔法使いも兵士も碌に居ないんだぞ?」

「やれるだけ…

 やるしか無いさ」


アーネストは肩を竦めると、ギルバートの方を見る。


「生き残れたら…

 美味い酒を頼むぜ?」

「くそっ!」


「どうでも良いですけど、急がないと…」

「そうだな」


ギルバートがまだ迷っているので、アーネストが兵士に指揮を出す。

そうして支度をすると、エルリックが兵士を下に下ろした。


「あれ?」

「ここは昨日の…」

「ああ

 ここから向かおうと思うんだ」


エルリックは昨日、オークが現れた場所を指差す。

エルリックは兵士に通路を探らせて、そこが安全か確認をさせる。

女神が何か、仕組んでいる可能性もあるのだ。

エルリックは慎重に、迷宮の出口を探らせる。


「しかしここって…」

「ああ

 だが確かに、魔物もこちらから来ていた」


兵士達は暗闇を魔石で照らして、何か出入り口の様な物が無いか探す。

あのハイオークが外から入って来たのなら、その通り道になる通路がある筈だ。

エルリックの言葉を信じて、兵士達は念入りに調べて行った。


「あったぞ!

 こっちだ」

「ここから来たのか…」

「中も真っ暗だな」


それは壁に開けられた、エレベーターと呼ばれる小部屋に似ていた。

違っているのはそこから、一直線に奥に通路が伸びている事だった。

通路はそのまま、ずっと奥まで真っ暗な道が続いている。

どこまで続くかは、ここからでは見えなくて分からなかった。


「エルリック様」

「ああ

 恐らくここから来たんだな」

「そうなれば…」

「ああ

 ここから外に出られそうだ」


今から来た道を戻ると、どれだけ時間が掛かるか分からない。

それよりは、魔物が入って来た道の方が早いだろう。

ここには光苔は生えていないが、魔石があれば何とか通れそうだった。


「ほら

 ギル

 行くぞ」

「ああ

 しかし…」

「気持ちは分かるがな

 今は一刻の猶予も無いんだ」


アーネストはギルバートを引っ張ると、エレベーターの中に押し込む。


「お前が迷っている間にも、巨人は迫っている」

「そうだな…」


ギルバートは不承不承ながら、アーネストと一緒にエレベーターに入る。

そうして降りたところで、兵士達が向かっている方向に驚いた。


「おい!

 外に出るんじゃあ…」

「ああ

 だからここなんだ」


「しかし、ここは…」

「ハイオークが現れただろう?

 そこから外に出れるだろうって」

「ああ、そういう事か」


ギルバートもアーネストの意図が理解出来て、兵士の後を追った。


「あ!

 お兄ちゃん

 こっちこっち」

「セリア…

 居ないと思ったら」

「エルリックだからね

 失敗しないか見張ってたの」

「見張ってって…」

「ぶはっ

 信用されていないんだな」


その当のエルリックは、兵士達の報告を聞いて頷いていた。

そうしてギルバートに気が付くと、こっちに来いと手を振る。


「何しているんだ

 早く来いよ」


「張り切っているな」

「ああ

 何とか間に合わせると言ったからな」

「間に合うのか?」

「さあな」


アーネストは杖を握りながら、小さく呟く。


「もしもの時には…」

「ん?

 どうした?」

「何でも無い

 何でも無いさ」

「そうか?」


アーネストはギルバートに気付かれない様に、そっと魔導書を用意していた。


通路は何度か曲がると、そのまま明るい場所に出る。

そこは先日のハイオーク達と、酒盛りをした場所の近くだった。


「こんな場所に…」

「ああ

 しかし分からない筈だ」


岩は外から分からない様に、見た目を偽装してあった。


「さあ

 感心して無いで行きますよ」

「行きますって…」

「歩いて行くのか?」

「え?」


周囲を見回して、馬が繋がれている場所を探す。

ハイオーク達馬を、預けていたからだ。

ハイオークがどこまで信用出来るか、正直微妙だった。

しかし探してみると、少し離れた場所に馬は繋がれていた。

そして飼い葉も積まれて、ハイオーク達がキチンと世話をしてくれていた様子が伝わる。


「あいつ等…」

「ああ

 ちゃんと世話してくれてたんだな」


馬のすぐ側には、馬車もそのまま停めてあった。

しかも車軸に油を差して、キチンと手入れもしてあった。


「もっと違った立場で出会っていたら…」

「ああ

 気の良い奴等だったからな」

「本当に友達になれただろうに…」


兵士達は彼等が亡くなった事を、悔しそうにしていた。

女神が操っていなければ、今でもここで、馬の世話をしていてくれたかも知れない。

しかし彼等は、もうここには居ないのだ。


「あいつ等の仇を取る為にも、急いで王都に戻るぞ」

「はい」


ギルバート達が馬に乗り込むと、アーネストがその前に立ちはだかる。


「エルリック?」

「ちょっと待ってくれないか?

 試したい事があるんだ」


アーネストはそう言うと、杖を用意して地面に魔法陣を描き始めた。


「何をしてるんだ

 早く馬車に乗れよ」

「だから待ってくれって

 これを試したいんだ」

「何をするつもりか分からないが…

 時間が無いんだぞ」

「分かっているって」


アーネストは地面に魔法陣を複数個描くと、杖を掲げてその中心に立った。


「これは…

 まさか?」


エルリックだけが、その魔法陣を見て理解していた。


「何だ?」

「危険だぞ!

 人間の出来る事じゃあ…」

「だから…

 試すんだよ!」


アーネストは杖を地面に突き刺して、呪文を唱え始めた。


「精霊よ

 太古より生き続ける偉大な精霊よ

 我はあなたに願い訴える

 ここにあなたの力を持って、妖精の道を開き給え」

「やはり!

 なんて無茶を…」


エルリックはそう言って、慌てて馬車を降りた。


妖精の隧道(フェアリー・ロード)

ゴウッ!


アーネストに魔力の波が覆い被さり、そのまま真っ直ぐに進んで行く。


「ぬ…ぐうっ…」

「無茶をするなよ」

「エルリック?」」


アーネストが魔力の波に流されそうになったのを見て、エルリックが横から支える。


「これは…」

「殿下

 妖精の隧道です」

「妖精の隧道って…

 あの妖精郷に向かった時の?」

「ええ」


隧道の中では、すでにゆっくりと日が沈み始めていた。


「しかし何処へ?」

「王都の…前に繋いだ」


アーネストは声を振り絞り、懸命に答える。


「急げ!

 早く、進むんだ!」

「しかし…」


ギルバートが逡巡していると、エルリックがアーネストの肩を叩く。


「あなたも行くんですよ」

「え?

 あ!

 おい!」


アーネストを突き飛ばすと、エルリックはそのまま魔力の波を支える。


「ぐぬうっ

 ここ…は私が…押さえます

 あなた達は早く…」

「エルリック

 何を…」

「良いから!

 早く行け!」


エルリックは普段見せない様な、激しい声で叫ぶ。


「私の分も…

 頼みますよ

 ぐ…ぬぬぬ…」

「エルリック!」

「止せ!

 行くぞ!」


ギルバートはアーネストの腕を掴むと、強引に馬車の中に押し込んだ。


「行ってくれ!」

「はい」

「あ!

 ギル!

 おい!」


馬車が走り出すのを見て、苦しそうにエルリックは見上げる。

しかし踏ん張って堪えると、何とか笑顔を見せていた。


「頼みましたよ」

「ああ」


ギルバートは馬に鐙を当てると、馬車を追う様に駆け出した。


「ふふふ…

 ぐうっ、これは…

 出来る大人は…辛いですね」


エルリックは膝を震わせて、少しずつ体制を崩す。


「ぐぬうっ…

 なんの…」


再び踏ん張るが、そこで意識が切れたのだろう。

エルリックは遂にその場に倒れる。

そして周りに渦巻いていた魔力が、一気にエルリックを押し流した。

後には何も起きて無かった様に、何も残されていなかった。


ギルバート達は後ろから、隧道が崩れて行くのを見る。


「急げ!

 間に合わなくなるぞ!」


「そんな!

 エルリックが!」


アーネストは外の光景を見て、絶望的な声を出す。

崩れたという事は、エルリックに何かあったという事だ。

しかし今さら、さっきの場所には戻る事も出来ない。

このまま抜け出せなければ、彼等もここから出れなくなるだろう。


「見えました!

 王都が…みえました…」


不意に時間の流れが、ゆっくりとなっていた。

そうした不快な感覚の後に、一行は王都の目の前に現れていた。


「抜けれたぞ!」

「後方は?

 馬車は無事か?」

「はい

 馬車も無事です」


しかし周囲を見回すが、エルリックの姿は見られなかった。

エルリックだけが、その場から姿を消していた。

まだまだ続きます。

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