第485話
遂にギルバート達は、女神と対峙する事が出来た
しかしそれは、あまりにも残酷な結末を迎えようとしていた
女神はギルバート達の話をまともに聞く事も無く、ギルバート達を断罪する
そしてクリサリスに、巨人を送り込む事を宣言していた
世界の声は、無慈悲な命令を伝える
それは女神の命に於いて、クリサリス王都に巨人を送るという物だ
そして同時に、それは彼女が本物の女神である事を証明していた
世界の声を扱えるのは、この世界では女神だけだったからだ
「そんな…」
「エルリック…」
エルリックは俯いて、肩を震わせていた。
「嘘だ…」
「きゃはははは
嘘なもんかい
これは私にしか扱えないんだよ?」
「そうなのか?」
エルリックは力無く頷く。
「そう
世界の声は、女神である私にしか使えないのさ
どうだい?
絶望したかい?
きゃはははは」
耳障りな高笑いを上げて、女神は悦に入っていた。
「ゆ…ない…」
「さあ
急がないとお前達の国が滅びるぞ?
んん?」
「ゆる…ない…」
「きゃはははは」
「許さないぞ!
女神!」
ギルバートは大剣を構えると、女神を睨み据える。
しかし女神は、厭らしい笑みを浮かべてギルバートを見た。
「許さないとどうなんじゃ」
パチン!
ザザッ!
女神が扇子を畳む音と同時に、その周りに人影が集まる。
武装したオークの集団が、ギルバート達を囲む様に現れていた。
「で、殿下」
「くそっ…」
「身体が…動かない」
兵士達はここにきて、ようやく我に返っていた。
女神の魅了が解けて、ギルバート達の方を見ている。
しかし先ほどまでの戦いの影響で、立ち上がる事さえ満足に出来ないでいた。
「くくくく
私を倒せるつもりだったのか?
アルフリート
んん?」
「ぐっ…」
「エルリック
お前なら分かるわよね?」
「ああ
もし…今、貴女を倒せたとしても、その身体は…」
「どういう事だ?」
「そう
無駄ー♪」
「無駄?」
「無駄なのさ
無駄、無駄ー♪
全部!無駄なのさ!
きゃはははは」
「あれは本体じゃ…無いと思う」
「え?」
「倒せてたしても…」
「無駄ー♪
きゃはははは」
「くそっ!
やってみなければ…」
「良いのかい?
その間にお前の国は…」
「ぐっ…」
女神の指摘にギルバートは迷っていた。
ここでこうしている間にも、王都に向けて巨人が進んで来ている。
そして後どのぐらいの猶予があるのか分からないが、確実に滅びは迫っているのだ。
「くっ…」
それでも、ギルバートは諦め切れずに女神を睨む。
女神はそれが嬉しいのか、さらに厭らしい笑みを浮かべる。
「面白い
そうだ!
ゲームをしようじゃないか」
「ゲーム?」
「ああ
イチロも好きだったゲームだ」
「イチロ?」
女神は謎の言葉を呟くと、嬉しそうに微笑む。
「そう
どういうゲームにするかな…」
「ふざけるな!
国が滅びる時にゲームだと?」
「いや、そもそもゲームって何だ?」
アーネストが冷静に突っ込んだ。
「そうじゃなあ…
分かり易く言えば遊戯…かな?
お前達と私の…」
「遊戯だと?」
「国を滅ぼす事が…
遊戯だと?」
「黙れ!」
パチン!
女神がそう言うと、扇子を閉じる音と共に、時が停まった様に静かになる。
そうして誰も動けなくなり、一言も発せなくなる。
「そうじゃなあ…
今からお前達には、この者達の相手をしてもらおうか
ああ、勿論ハンディは無しにしてやるぞ」
女神はそう言うと、呪文を唱え始める。
「大いなる光の精霊よ
汝が光の翼をはためかせ、傷付きし者達を癒し給え
精霊の息吹」
ブオーン!
光耀く魔法陣が、女神の頭上に現れる。
そこから発する耀きが、ギルバート達や兵士を優しく包み込む。
その耀きを受けると、傷付いた身体がみるみる癒されて行った。
それは骨折や火傷も治し、生きている兵士を総て癒した。
「ふむ
傷も疲労も回復した筈じゃ」
ギルバートは驚愕した顔で、女神を見ていた。
それは傷付いた者を癒す、物語に出て来る癒しの魔法だった。
彼女はやはり女神だったのだ。
「傷は癒してやった
後はお前達自身が、この者達に打ち克てるかどうかじゃな…」
女神はニヤリと笑うと、オーク達の方を見る。
「ハイオークじゃったか?
よい名前じゃな
この者達は今日から、ハイオークと呼ぶ事にしよう」
「無事に生き延びたのなら、何処へでも好きに行くがよい
国を守らんと、絶望的な戦いをするも善いじゃろう」
それからまた厭らしい笑みを浮かべると、言葉を続ける。
「怖くなって、何処かへ逃亡するのも…自由じゃ」
ギリ…!
ギルバートは怒りで女神を睨むと、何とか歯軋りをする。
しかしその口からは、未だに言葉を発する事は出来なかった。
「大口を叩いたんじゃ
上手く生き延びてみるがいい」
パチン!
扇子が閉じられると、再び時が動き始める。
「ぶはっ!」
「くっ…」
「くそっ!
ちくしょう!」
「う、動ける?」
「あれ?
痛く…無いぞ?」
「爺ちゃん!
その川は危な…あれ?」
兵士達も拘束を解かれて、慌てて周囲を見回す。
中には折れた骨が内臓を傷付けて、死にそうな者も居た筈だ。
そんな切れた腕や足までも治されて、死んだ者以外は全員が回復していた。
女神の使った魔法は、そんな者達まで癒せる魔法だったのだ。
「な、何で?」
「戦えないからと、簡単に負けられては…ねえ
ゲームは面白く無いからね」
「くそっ!」
「さあ
頑張って生き延びてみせなさい」
「負けるか!」
「言っておくけど、そいつ等はあなた達が苦戦したハイオークと同じよ
勝てるのかしら?」
「ぐっ…」
「またあのオーク達か」
兵士達は思い出したのか、顔を顰めていた。
身構えるものの、その剣先は鈍っていた。
「惑わされるな!
こいつ等はお前達が、仲良くしてたオーク達とは違うぞ」
「そう言われましても…」
「そう…
仲良くしてたから?
ふうん…
それなら、これはどうかしら?」
ポン!
ハイオーク達よ
狂気に従い、人間共を始末しなさい!
再び世界の声が響き渡ると、ハイオーク達の目が赤く光っていた。
「さあ
狂気を宿したこの者達に、あなた達は勝てるのかしら?」
「な!」
「狂暴化か!」
「ぐっ…」
「くそっ!」
オーク達の顔から、みるみる知性が失われて行く。
その代わりに口元から涎を垂らし、顔付きが醜悪に変わって行った。
「さあ!
楽しませてちょうだい
ほほほほほほ…
きゃはははは」
ブオーン!
グガア…
ゴガハア…
女神が姿を消すと、ゆっくりとオーク達が動き始める。
「くそうっ!」
「殿下?」
「情けない声を出すな!
生きて王国に戻るぞ!」
ギルバートはそう言って、大剣を正面に構える。
「ギルバート!」
「何だ?」
そんなギルバートに声を掛けると、エルリックが前に進み出る。
そして背中から、細長い一振りの剣を取り出した。
「これを使え」
「これは?」
エルリックが投げ寄越した剣を、ギルバートは器用に受け止める。
そしてギルバートは剣を鞘から引き抜くが、そこには煌めく長身の剣があった。
白銀に輝くその剣は、両刃の間に細かい文字が刻まれている。
それがギルバートの魔力に呼応して、淡く金色に輝いていた。
「光の欠片の破片を集めて打った物だ
もしもの為に用意した物だが…」
「ティリィニス・エスト…の破片?
何だ、それは?」
「良いから
今は眼前の敵に集中しろ!」
グゴアアア
「ひいっ」
「くそぉ」
「兵士達が危ない」
「分かった!」
振り返ると、兵士達はオークの攻撃に苦戦していた。
ギルバートは剣を構えると、兵士達に襲い掛かるオークに切り掛かった。
ブォォォン!
シュバッ!
「へ?」
その剣は光り耀き、光の軌跡を残しながら振り抜かれる。
そしていとも容易く、ハイオークの鎧を斧ごと叩き切った。
「何だこれ?」
「輝く刃
ティリィニス・エストの破片から打った武器の一つだ」
「何だ?
この切れ味は…」
ギルバートは続け様に、さらに2体のハイオークを切り倒す。
しかし刃が光り耀くと、魔物を鎧ごと容易く切り裂いた。
今までの大剣に比べても、段違いの切れ味だった。
「気を付けろよ
それはお前の神聖魔法の魔力に依存している
魔力切れになったら…」
「なるほど…」
ギルバートは魔力を絞ると、切り掛かる直前までそのまま振り被った。
そして当たる瞬間に、魔力を刃に込めて切り裂く。
「こんな感じか?」
「ああ、そうだ
魔力を剣に流せる様になった今なら…
その剣を使いこなせるだろう?」
エルリックはそう言いながら、自身も輝く細剣を振るう。
しかしギルバートほどの魔力が無い為、彼ではオークの攻撃を弾くのがやっとだった。
「凄い剣だ
しかし、何で今になって?」
「ああ
それは女神様には効かないんだよ」
「え?」
ガキン!
エルリックの言葉に、ギルバートは思わず集中力が切れる。
それでギルバートの剣は、簡単に弾かれた。
「っと!」
「気を付けろ
破片を集めて打っているんだ
そいつにはそんなに強度は無いんだぞ」
「あ、うん」
ギルバートは再び意識して、魔力を剣に込める。
今度は容易く、斧ごと魔物を切り裂く。
「女神様は神聖属性だ
闇の属性を持つ魔王には効くが…
神聖属性の女神様には効果が無いんだ」
「なるほど…
それでは魔王に備えてか?」
「ああ
そのつもりだったんだが…」
エルリックはアモンが姿を消した事で、ここに居るんじゃないかと警戒していた。
それでこの剣を用意していたのだ。
アモンが立ち塞がるのなら、この剣を使おうと思っていたのだ。
しかし、予想に反して魔王は居なかった。
代わりに女神が居たので、この剣は役に立たないと判断していたのだ。
「しかし…」
「ああ
ハイオークにも効いて良かった
切れ味に関しては少し自信が無かったんだよな」
「は?」
ガキン!
「だから気を付けろって」
「いや
今、何て言った?」
「ん?
切れ味には自信が無いって…」
「そんな物を持たせるなよ!
簡単に砕けてたらどうするつもりだったんだ!」
「え?
良いじゃ無いか、効果があったんだから」
「この…
いい加減野郎が!」
ブウウン!
ブオオオン!
グガア…
ゴガ…
ギルバートは怒りに任せて、一気に数体のハイオークを切り倒す。
「はあ、はあ…」
「無茶をするなよ
魔力が切れたら…」
「お前が原因だろうが!」
ギルバートは悪態を吐きながら、エルリックが差し出したポーションを飲み干す。
魔力回復のポーションが、口の中に苦みを広がらせる。
それにも苛立ちながら、さらに兵士達に襲い掛かるオークを切り倒す。
ハイオークは50体近く居たが、ギルバートが何とかその数を減らして行った。
兵士達も懸命に踏ん張っていたが、負傷を免れるのがやっとだ。
そしてアーネストも、魔力が切れて既に座り込んでいる。
魔物が後り10体ほどになった頃には、動ける者はギルバートだけとなっていた。
「うおおおお」
ブウウン!
ザシュ!
ゴガアア…
「はあ、はあ…
後…8体」
少しずつだが、ギルバートの集中力も落ちてきていた。
そうして切れ味を維持する為に、さらに魔力を使う事になる。
魔力の残量が少なくなってきたので、光の刃の切れ味も鈍って来ていた。
「せりゃあああ」
ザシュッ!
グガ…
「はあ、はあ…」
グゴアアア
「ふうぬっ」
ザン!
最後の一振りで、ギルバートはそのまま動けなくなる。
剣を支えにして、何とか倒れない様にする。
そうしてギルバートは、ゆっくりと周囲を見回した。
「ぜえ、はあ…
のこり…は?」
「今の…」
「最後…です…」
「ぶはあっ」
ギルバートは大きく息を吐くと、その場にぶっ倒れた。
気が付くと、ギルバートの周りには無数の死体が転がっていた。
しかしそれが兵士の物で無いと確認して、ギルバートは安堵する。
「お兄ちゃん!」
セリアがトテトテと駆け寄ると、ギルバートの頭を膝枕に乗せた。
「ごめんね、お兄ちゃん
セリアが力を使い切っちゃったから…」
「はあ、はあ
いいや
セリアは、悪くない」
ギルバートは首を回すと、エルリックを睨む。
「悪いの…は…
あいつだ」
「そうだね
本当に役立たず」
「そんな…
はひ、はひ…
それ…渡した…」
エルリックも力を使い果たして、大の字に伸びていた。
しかし魔物を全滅させた事で、危険は既に去っていた。
一行は体力が回復するまで、その場で休んでいた。
「何とか、勝てたから、良かったが…」
「ああ
死ぬかと思った」
「お前は死んどけよ」
「酷いな…」
エルリックはボロボロの服を脱ぐと、何処からか同じ装いのローブを引っ張り出す。
「はああ…
お気に入りだったのに…」
「いや!
同じの着てんじゃないか!」
「違うよ!
こっちは露店で売っていたやつで、さっきのはサリーの商店の限定物で…」
「どうでも良いや」
「そうそう」
「違うんだぞ!
ビンテージ物で、もう二度と手に入らないんだぞ」
「そっちのは?」
「あ…」
魔導王国の頃に買った物なら、当然今は売られていない。
何某かの価値があったのかも知れないが、希少価値で考えれば変わりはしないだろう。
エルリックはブツブツ文句を言いながら、ボロボロのローブの残骸を集めていた。
しかしドラゴンの炎に焼かれていたので、掴んだ端から崩れて行く。
「ああ…」
「そんなに思い入れがあったのか?」
「ええ
リディアと…」
エルリックが溜息を吐く。
その名前を聞くと、ギルバートも責められなくなっていた。
エルリックが昔に、死に別れた恋人の名前だからだ。
相当な思い入れがあるんだろうと、ギルバートは静かに首を振る。
「出会う前に着てたんだよな…」
「なぬ?」
「リディアには似合わないって、よく言われてたんだよな…」
「棄ててしまえ!
そんな物!」
「ああ!
あああ…」
ギルバートは怒って、残りの残骸を握り潰す。
ローブの残骸は風に乗って、静かに吹き消された。
「それで?
これからどうするんだ?」
アーネストがよろよろと、ふらつきながら歩いて来る。
「どうするもこうするも
王都に戻るしか無いだろう」
「巨人が来るのにか?」
「ああ」
「死にに行く様な物だぞ!」
「それでもだ!」
二人は暫く睨み合う。
しかし、先に溜息を吐いて視線を逸らしたのは、アーネストの方だった。
「はあ…
まあ、オレも一人で向かう気だったんだがな
フィオーナとジャーネが居るんだ…」
「何だよ
人の事言えないな」
「ああ
はははは…」
アーネストは空笑いをするが、絶望的な空気に包まれていた。
王都には今にも、巨人が向かって来ているのだ。
それがいつ到着するかも分からないし、間に合ったとしても勝てる保証も無いのだ。
「それよりも…
先ずは休息が大事です」
「そうだな…」
「もう立てないぞ?」
「それなら置いて行くだけだ」
「酷いな…」
アーネストはそう言うと、何とかフラフラと立ち上がる。
「それで?」
「そうですね
先ずは私の家に向かいましょう」
「そうだな」
ギルバートも立ち上がると、剣を支えに歩き始めた。
まだまだ続きます。
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