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聖王伝  作者: 竜人
第十四章 女神との邂逅
484/800

第484話

竜の背骨山脈の迷宮の奥深くで、ギルバート達を待ち受けていた物…

それは伝説や物語に現れる、恐ろしい魔物のドラゴンだった

ドラゴンの強力な攻撃を前にして、ギルバートは大いに苦戦する

そして精霊女王の力を発揮したセリアの助力もあり、何とかドラゴンを倒す事は出来た

エルリックという犠牲を出して…

アーネストの決死の魔法で、ドラゴンを凍らせる事には成功した

しかし止めを刺した今、ギルバート達は深い悲しみに沈んでいた

セリアを守る為に、エルリックがドラゴンの吐く炎に焼かれていたのだ

彼は全身を焼かれたので、あれでは助からないだろう

ギルバートはエルリックの最期を看取ろうと、セリアの元へ向かった


「エルリック…

 仇は取ったぞ」

「ふええ…

 お兄ちゃん

 兄さまが、お兄様がー…」

ぽふん!


女王の姿から戻りながら、セリアは立ち上がってギルバートに抱き着く。

そして鼻水を擦り付けながら、声を出して泣き始めた。


「うわあん!

 ぐじゅっ」

「あ痛え」


しかしセリアの膝枕から落ちた事で、エルリックは思わず声を上げる。


「ん?」

「ふええ?」

「あれ?」


三人は声のした方に振り返り、気まずい沈黙が訪れる。


「えっと…

 私は生きているんですが?」

「な、な、なんで?

 何で生きているんだ?」

「そうですよ!

 ドラゴンの炎ですよ?

 全身火傷でしょう?」


そう言いながら、アーネストは改めてエルリックを見る。


「あれ?」

「これは…

 どういう事だ?」


よく見ると、確かにあちこち焼け焦げて、服もボロボロになっていた。

しかし身体の方は、思ったほど負傷していなかった。

ボロボロの服が崩れた下には、ほとんど傷が無かったのだ。

精々煤で汚れて、髪の一部や頬に火傷がある程度だった。


「え?

 だってこのローブ、魔法の耐性を付与してるんだよ?

 それも魔導王国製の特殊な素材でねえ…

 ん?」


エルリックは自慢げに、特製のお気に入りのローブの説明を始める。

しかし三人の視線に、徐々に殺気が籠り始めた。


「よく見ると…

 あんまり怪我して無いな」

「そうだな

 それで何であんな死んだふりを?」

「へ?」


ギルバートとアーネストは、既に額に青筋を浮かべている。

そしてその後ろでは、セリアが肩を震わせていた。


プルプル…

ブチン!

「あ…」

「そうなるよな…」


「だからこいつは嫌いなんだ!

 ふざけるな!

 うわああん」

「セリア

 抑えろ

 一応怪我人なんだ」

「放って置けよ

 こんなゴミ」


アーネストは蔑む様な視線を、エルリックに送った。

ギルバートは頭を振って、何とも言えない表情をする。


そしてセリアが切れて、エルリックに掴み掛かろうとする。

さすがにさっきのは、色々とマズかっただろう。

アーネストの言葉を聞いて、思わずギルバートも手の力が緩む。

しかし何とかセリアを押さえると、そのまま引き離した。


「ぶええん

 ぐすん」

「よしよし」


広間ではセリアをあやすギルバートの声が聞こえる。

あれから魔物は現れず、みなは広間で手当てをして休んでいた。

しかし傷の手当は出来たが、兵士達はすっかり戦意を失っている。

そのままぐったりと座り込むと、彼等は放心していた。

あんな化け物を見た後では、それも致し方無いだろう。


「もう、魔物は出て来そうに無いな」

「ええ

 さすがにネタ切れでしょう」


最後のドラゴンも、オーガの命を10体も犠牲にしていた。

そう考えれば、もう魔物のストックも無さそうだった。

そのドラゴンの死体も、無理矢理作った為か崩れて消えていた。

これでドラゴンを使って、強力な魔物が呼び出される事も無いだろう。


「ちょっと見てみます

 っ痛!」

「あ!

 おい!」

「また魔物が出るとか勘弁だぞ」


エルリックは壁の前に進むと、そこの一部を弄り始める。


「大丈夫ですって」

「お前のそれが、一番当てにならないんだが?」

「ははは…

 信用無いな…

 ほら」

カチャカチャ!

ポン!

プシュー!


軽快な音がして、正面の壁がゆっくりと開き始める。


「承認されましたよ

 これで大丈夫です」

「本当か?」

「兵士達はもう戦えないぞ」


既に死者は12名に上り、その遺体は部屋の隅に置かれていた。

生き残った兵士達も、火傷や負傷で半数が動けないでいる。

そして動ける者達も、ドラゴンの咆哮の影響がまだ残っていて震えていた。


ゴウンゴウン…!


ゆっくりと壁が開き、その奥に複雑な金属の支柱が見えて来る。

その奇妙な金属の塊は、部屋の大きさと相まって不気味に見えた。

そして奥の一段高い場所に、一人の人影が立っていた。


「遂にご対面か」

「長かったな…」

「ええ

 しかし…」


エルリックは言葉を飲み込む。


ここまでの所行を考えると、どうしてもあれが女神とは思えなかった。

そしてそれは、ギルバートやアーネストも同じだった。

これまで見聞きした女神と、今の女神とではあまりにも掛け離れている。

果たして、この女神は本物なのだろうか?


不意に四方から、その人影に向けて光が放たれる。

光の中に浮かび上がるその姿は、美しき妖艶な女性であった。

黒く長い髪は光を浴びて、淡い紫色に輝いている。

そして細く長身の身体に、美しい笑みを浮かべていた。


「ほほほほ

 よく来たわね」

「っつ!

 誰だ!

 お前は!」

「誰だって?

 ご挨拶だねえ、エルリックよ」


その女性はそう言うと、手に持った扇子を閉じる。

青白い素肌に、胸元が零れそうなドレスを着こなしている。

そしてスリットからは、長い脚がチラリと見えていた。

こんな場所で無ければ、思わず見惚れてしまう様な美しさだっただろう。

しかしその顔には、残忍な笑みが浮かんでいた。


「我こそは女神

 このアースシーを創り出した神であるぞ」


女はそう言うと、高笑いをした。


「ほうっほっほっほっ!」


美しい顔だけに、その高笑いは不気味な恐ろしさを感じさせた。


「う、嘘だ!

 女神様はそんな…

 下品な高笑いなどしない」

「だったら…どうだって言うんだい?」


女はゆっくりと、エルリックを見ながら嫌らしい笑みを浮かべる。

その長く鋭い目は、金色に輝いている。

そしてその顔には、頬に奇妙な文字が浮かんでいた。


「どういう事だ?」

「あの姿は…

 確かに女神様に似てはいる

 しかし…」

「そうだな

 聞いていた印象と随分と違うぞ」


女は艶のある妙齢の女性でありながら、その美しさには異様さを感じさせていた。

見た目は30ぐらいにも見えるのだが、その仕種からは10代の若さをも感じさせる。

そして何よりも、全身から異常な美しさと艶を放っているのだ。

兵士達はみな、魅了されて意識を奪われていた。


「何かおかしい」

「そうだな」


「ほほほほ

 わたしの美しさが効かないのかねえ?

 これならどうだい?」


女がそう言うなり、唐突にその身体が糸が切れた様に倒れる。


「へ?」

「何だ?」

「どういう事だ?」


プシュー!

ゴウンゴウン!


そうして次の瞬間、その女の後ろに並ぶ棺から音がする。

よく見ると同じ様なガラスの嵌った棺が並んでいた。

その中の一つが音を立てていて、その蓋が静かに上がって行く。

そうしてその中から、一人の少女が姿を現した。


「え?」

「これならどうじゃ?」


その棺から現れた少女が、先ほどの女の様に艶然とした笑みを浮かべる。

そして少女らしい、耳障りな高音の高笑いを上げる。


「きゃはははは」

「女神…様?」

「あれが?」

「しかしさっきのは…」


年嵩の女の方は、そのまま死んだ様にピクリとも動かない。

代わりに現れた少女が、舐める様にギルバート達を眺めていた。

その異様な光景に、ギルバートは思わず震えていた。


「まさか…

 自由に身体を変えられる」

「そんな!

 まさか、信じられない…」


アーネストの推察に、エルリックは頭を振る。


「エルリック

 お前も言っていただろう

 ある勇者から言われて少女の姿になったって」

「だからと言って…」


アーネストが言いたい事は、つまりこういう事だ。

先の女もこの少女も、女神が自由に動かせる身体の一つなのだ。

そうして意思次第で、若い少女の身体にもなれるという事だ。

他にも棺がある事から、そこに自由に出来る身体はまだまだありそうだ。


「これで理解したかね?」

「そんな…」

「それじゃあ本当に?」

「疑り深い奴等だねえ」


女神はそう言いながら、もう1体の身体から扇子を取り上げる。


「それなら、これはどうじゃ?」

タン!

ポン!


少女が足を踏み鳴らすと、何も無い空中に文字が浮かぶ。

それはそれぞれの目の前に、奇妙な文字を示していた。


「これは?」

「魔導王国文字…」

「何て書いてあるんだ?」

「エルリックよ

 人間を滅ぼせ…

 そう書かれている」


みんなが一斉に、エルリックの方を振り向く。

エルリックは肩を震わせて、女神を睨む。


「従えない…

 こんな命令、従えません」

「そうかい?

 それなら罰を与えんとな」

タン!

ポン!


再び文字が浮かび上がり、エルリックがビクリと反応する。


「今度は何だって?」

「エルリックの役職を解き、処刑に処すって…」

「な!

 ふざけるな!」


「きゃはははは

 言う事を聞かない人形なんぞもう要らないよ

 役立たずは処分さね」

「くっ!」


「何故ですか?」

「何故って?

 お前は私の命令を無視したよね」


不意にエルリックの目の前に、少女は現れる。

そうしてエルリックの頬を両手で掴むと、その瞳を覗き込む。


「っ!」

「アルフリート

 あれを始末しろと伝えたわよね」

「くっ!」


女神はギルバートを見ながら、エルリックに囁く。

エルリックは必死にその手を振り払うと、女神から視線を逸らす。


「出来ません!」

「何故だい?」

「あの子はカイザートの血を継げる…」

「カイザート

 お前はまだ引き摺っているのかい?」


「ん?

 どういう事だ?」

「今は…

 それよりも!」


女神の言葉に、ギルバートは疑問を覚える。

しかしそれを制する様に、アーネストは頭を振った。


「それは女神様、貴女も同じでしょう?

 だからギルバートを…」

「くくっ

 きゃはははは」


何がおかしいのか、少女は不意に笑い出す。


「え?」

「まあ…良い」


次の瞬間、女神は今度はギルバートの目の前に現れる。

そしておとがいに指を当てると、その瞳をじっと見詰める。


「くっ!」

「ギル!」

「お兄ちゃん!」


「アルフリート

 何故お前が生きている?」

「ぐ…」


蛇に睨まれた蛙の様に、ギルバートは身体を動かせなかった。

必死に抵抗しても、その視線からは目を逸らせられない。


「お前の血は穢れて、非常に危険だ」

「私の?

 血だと?」

「そうだ…」


「そんな筈は無い!」


エルリックは必死に声を振り絞り、女神の言葉を否定する。


「カイザートとアルサードが、命懸けで産んだ命なんだ!

 その血は今も…」

「だから穢れているんだよ!

 マーテリアルなんて幻想さ!」


不意に少女は、激しい憎悪を持って吐き捨てる様に叫ぶ。

何が琴線に触れたのか、その目は憎悪に赤く燃え滾っていた。


「まあ…良い」


少女は再び、高台にその身を移していた。

拘束から解かれて、ギルバートは力なく蹲る。


「はあ、はあ…」

「これが…

 女神?」


アーネストは震えを堪えて、何とか女神を睨む。


「精霊女王よ

 其方もじゃ」

「ふえ?」


今度は女神は、セリアの方を見ていた。


「私の命に背き、勝手に妖精郷を出たね」

「出たんじゃないもん

 気が付いたら外に…」


「言い訳は良い!

 お前はそのまま、人間と接触を続けた

 剰え、今度はその人間の子を身籠ろうとしている」

「そうよ!

 何が悪いの?」

「汚らわしい!」


少女は吐き捨てる様に呟くと、セリアを鋭く睨む。


「汚らわしくないもん

 お兄ちゃんはセリアの事を大好きだもん

 だからセリアは、お兄ちゃんの…」

「許さない…

 許さないよ!」


少女の視線が鋭くなり、今まで以上の殺気が籠る。

しかしそれを制する様に、横から声が上がった。


「待ってくれ」

「あん?」


女神は不機嫌そうに、その声のする方を睨む。

視線に籠る殺気に堪えながら、アーネストは必死に声を絞り出す。


「あなたが真の女神様であるのなら、問いたい」

「ほう…

 人間にしては珍しい」


殺気に堪えた事で、女神は興味を覚えたのか?

今度はアーネストの前に移動する。

そうして片手でアーネストのおとがいを捉え、その瞳を覗き込む。


「っつ!」

「ほう!

 お前も混じっているのね

 興味深い」

「ま…

 混じる?」



女神は元の場所に戻りながら、アーネストに言葉を投げ掛けた。


「よろしい

 人間よ、発言を許そう」

「はあ、はあ…

 どうも」


アーネストは落ち着いて呼吸を整えると、女神に質問をする。


「ギル達が許せない

 それは女神様の意思に背いたから

 それで良いんだな?」

「ほう…」

「おい?」

「アーネスト?」


アーネストはギルバート達をチラリと見てから、質問を続ける。


「それで?

 何で人間を…

 オレ達を滅ぼすんだ?」

「ふふふふ

 良い質問ね」

「どうも」


アーネストは冷静に振舞い、女神の答えを待った。


「良いわ

 特別に教えてあげましょう」

「お願いします」


異様な緊張が高まる中、それは呆気無い答えだった。


「飽きたからよ」

「は?」

「へ?」

「何だって?」


女神の答えに、アーネストは勿論、エルリックも驚いていた。


「飽きたって…」

「そうよ」


「だってあなた達、私の言い付けを守らないじゃない?」

「言い付けって…」

「エルリック

 私は命じた筈よね

 人間達の愚かな行いを正しなさいって」


女神に睨まれて、エルリックは身体を竦ませる。

それでも懸命に声を振り絞って、何とか反論する。


「ですが、女神様も納得されていたでしょう?

 彼等にも反省する余地が…」

「私は命じたわよね?」

「ぐうっ…」


女神の圧に負けて、エルリックは口籠った。


「それを私の命を無視して…

 リディアだったかしら?

 あんなどうでも良い、人間の女に現を抜かして」

「どうでも良くない!

 リディアは!

 リディアは!」

「そう?

 でも、使命を放棄していたわよね?」

「くっ…」


「だとしても、何で人間が滅びないといけない?」


アーネストが懸命に頭を振り絞って、女神に疑問を投げ掛け続ける。

それが理由だとしても、それでは人間には非は無い筈だ。

何で人間を滅ぼす必要があるのだろうか?


「どうでも良いの

 もう飽きちゃったから」

「な!」

「私が散らかした玩具だから、キチンと片付けないとね」

「玩具…」


女神のその言葉には、さすがにアーネストも膝を屈した。

最早話にもならない、そんな気がして来ていた。

女神にとって人間は、単なる暇つぶしの玩具でしか無かったのだ。


「お前は…

 お前は断じて…女神なんかじゃ無い!」

「あら?」


「女神様は、私にリディアを大切にしろと言った!」

「そうだったかしら?」

「それに…

 こんな物!」

カチャカチャ!


エルリックは手近な台に近付くと、その表面を叩き始めた。


「そういう事?

 でもねえ…」


ポン!

女神の命に於いて、今からクリサリス王国王都に巨人を送る

愚かな人間共よ、滅びの時を待つがよい!


ギルバート達の頭の中に直接声が響く。

世界に伝えられる女神からの声(ワールド・アナウンス)が鳴り響いた。

まだまだ続きます。

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