表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖王伝  作者: 竜人
第十四章 女神との邂逅
480/800

第480話

ギルバート達は竜の背骨山脈の中にある、エルリックの住処に来ていた

そこは壁面に作られた不思議な部屋で、全面が不思議な金属に覆われていた

彼等はそこで、休息を取る事にする

明日になれば行われる、女神との会談に備えるの為だ

ギルバート達は、大きな部屋に集まって食事をしていた

そこには見た事も無い様な、様々な食事が並んでいた

エルリックは上機嫌で、それらをテーブルの上に並べて行く

しかしどう見ても、エルリック一人では作れそうに無い量だった

それを数刻も待たずに、エルリックが奥の部屋から持って来る


「おい!

 おかしく無いか?」

「え?

 何がですか?」

「この料理だよ」

「ああ

 ギルバート達は知らないか…

 そうだね

 こっちがパスタって言って、煮込んだ肉や野菜のソースを掛けて…」

「そうじゃ無い!」

「へ?」


「こんなに沢山の料理を、お前一人で出来るのか?」

「ああ

 それは作り置きしてあるから…」

「作り置き?

 誰が?」

「それは…」


エルリックは何故か、そこでもじもじし始めた。


「あ!

 分かった

 本当は誰か居るんだ」

「そうですよね?

 それで恥ずかしくって…」

「え?

 誰も居ないって」

「またまた…」


しかし兵士が揶揄う言葉も、エルリックは本当に聞き流している。

どう考えてもその様子は、その考えが見当違いだと示していた。


「なんで困ってるんだ?」

「い、いやあ…

 はははは」


ギルバート気になって、エルリックが出て来た部屋に向かう。


「あ!

 おい!

 待てって」


しかしその部屋には、誰の姿も無かった。

というか、そもそも料理をしている様子も無かった。


「あれ?」

「見るなよ…」

ポン!

プシュー!


そこに軽快な音がして、壁から皿に乗った料理が出て来る。


「まさか…」

「ああそうだよ

 事前に作られた料理が、こうしていつでも出せる様に保存されているんだ」

「保存されている?」

「ああ

 ファクトリーで作られた物が、凍らされて保存されているんだ

 だから後は、温めて出すだけなんだ」

「じゃあ…

 今までの料理は?」

「ああ

 私が作ったんじゃあ無い」


どうやらこの料理も、そのファクトリーとやらが生み出す物らしい。

それが保管されていて、ここから温められて出て来るのだ。

これでは料理が出来なくても、食事には苦労しないだろう。


「お前…

 その前掛けは?」

「ああ

 雰囲気作りだよ

 どうせ私は料理も出来ないさ」


エルリックは不貞腐れて、前掛けを脱ぎ捨てた。


「あ!

 おい!

 そうやって放り出すから…」

「うるさいなあ

 私の家なんだ、私の好きにして良いだろ」

「そりゃあそうだが…」


ギルバートは肩を竦めると、手早く前掛けを畳む。

それを邪魔にならない様に、部屋の隅に置いた。


「どうだった?」

「ああ

 何だか壁の中から、料理が出て来ていた」

「そうか

 それで見られるのを嫌がってたのか…」

「そうだよ

 悪いか」

「手料理ぐらい出来るって見せたかったんだろう?

 しかしなあ…」


料理の出来るのがあまりにも早いのだ。

それが分からない辺りも、料理をしていない証拠だった。


「へん!」

「そう拗ねるなって」

「そうですよ」

「エルリック様は料理が出来なくても、ハイエルフなんでしょう?」

「凄いじゃないですか」

「あ、おい!」

「どういう事だ!」


兵士にハイエルフと言われて、エルリックは明らかに不機嫌になった。


「すまない

 言わない方が良かったか?」

「別に

 しかしハイエルフだからって、私は全然凄くないぞ」

「そうですか?」

「凄いと思いますよ」

「私達よりも長く生きれるんでしょう」

「おい!」

「あちゃあ…」


兵士の言葉に、エルリックは益々不快そうにする。


「それの何処が凄いんだ」

「え?

 だって色々な物が見れるでしょう?」

「長生きって事は、色んな事も知れるし」


「そんな楽観的な物じゃあ無い

 嫌な事も一杯見て来たし、聞いて来たんだ」

「そうですか?」

「それでも、オレは羨ましいな」

「羨ましいのか?」

「ええ

 美味い物も沢山食べられるし…」

「おい…」

「はあ…」


しかしギルバートやアーネストの心配を他所に、エルリックは笑っていた。


「くくくく…」

「エルリック?」

「そうか

 美味い物か」

「おい?」

「はははは」


エルリックは暫く笑うと、すっかり機嫌を直していた。


「そうだな

 はあ…

 君達には…分からないのかも知れないな」

「え?」


「確かに色んな物も見れるだろうな

 長い時間を生きれるんだから、より多くの事も知れるだろう

 それから…

 美味い物も食えるな」

「良いなあ…」

「馬鹿!」


「でもね、それだけに苦しい事もあるんだよ?

 例えば…」


エルリックは胸元から、小さなロケットを取り出す。


「それは?」

「これはな、嘗て一度だけ私が人を愛した証だ…」


それは小さな首飾りの中に、絵が描かれていた。

その絵は精巧で、まるでそのまま写した様に細かかった。

そこには赤い髪をした、若い人間の女性が描かれている。

そしてその絵の女性は、優しく微笑み掛けていた。


「私がイーセリアを探したのは、彼女が亡くなったからだ

 彼女が亡くなってから…

 私は気が付いたんだ

 別れがこんなに苦しいんだってな」

「亡くなったって…」

「戦争か何かか?」

「老衰だ…」


エルリックは短く呟くと、ロケットを閉じて仕舞った。


「えっと…」

「気にするな

 事前に覚悟はしてたんだ」


エルリックはそう言うと、逃げる様に奥の部屋に向かった。


「すいません…」

「オレ達余計な事を…」

「気にするな」


兵士達は申し訳無さそうに、エルリックの向かった部屋を見ていた。


「あいつ…」

「ああ

 やっぱり哀しい別れがあったんだな

 それでギルとセリアの事…」

「そうだな

 セリアに同じ苦しみを抱かせない様に…」


ギルバートが悲しそうな顔をしていると、不意にセリアがその手を握った。


「大丈夫だよ

 お兄ちゃんは死なないんだから…」

「セリア…」

「お兄ちゃんはね、ずーっとセリアと一緒に居るの」

「そうだな…」

「うん」


鼻を啜りながら、セリアはギルバートを見上げる。

しかしその口元には、直前まで頬張っていたハンバーグのソースが着いていた。


「ハンバーグのソースが着いて無ければな…」

「うにゅう…」


ギルバートはそう言って、優しくソースを拭ってやった。


「はははは

 さあ、今度はステーキだぞ!」


暗い雰囲気をぶち壊す様に、エルリックは大きな皿を運んで来た。


「あれ?」


「いや

 お前…」

「シリアスな表情で…」

「ん?

 肉は冷えるとマズくなるだろ?」


「昔の女を思い出して、悲しんでると思ったんだが?」

「そうだぞ!

 あんな真面目な顔をして!」

「こいつはいつもそうなの

 だからセリアは嫌いなの」

「え?

 ええ?」


ブーイングは兵士からも上がった。


「い、いや

 美味しい肉を楽しんでもらおうとね」

「いや、あれは無いでしょう?」

「そうですよ

 オレ等真剣に反省してたのに」

「感動を返してください!」


兵士達のブーイングに、エルリックは困惑しながら肉の載った大皿を運ぶ。

エルリックは本当に、空気を読んでいなかったのだ。

あの真剣な表情で駆け出したのも、肉の焼き時間を気にしていたからだった。


「はあ…」

「エルリックらしいと言えばらしいが」

「むう!

 あいつ嫌い」


セリアはそう文句を言いながら、親の仇の様にハンバーグを頬張っていた。

袖と頬っぺたには、再びハンバーグのソースが飛び付いていた。


騒がしい食事が終わって、兵士達はそれぞれの個室に向かって行く。

エルリックは上機嫌で皿を手にすると、先ほどの壁に仕舞って行った。


「洗わなくて良いのか?」

「ええ

 これを綺麗にするのも、ファクトリーの仕事ですから」

「ふうん…」


ギルバートは皿を抱えて、エルリックの側に積んでやる。


「片付けぐらい私がしますのに…」

「お前がするのは運ぶだけだろ」

「いやあ、はははは…」


エルリックは笑って誤魔化す。

しかしギルバートは、真剣な表情で謝罪した。


「さっきの事、すまなかった」

「へ?」

「兵士達に配慮が無くて…」


「止してください

 私は気にしてませんって」

「しかし…」


「確かに、我々ハイエルフは人間が嫌いです」


エルリックはそう言って、不満そうな顔をする。


「人間達のせいで、どれだけのエルフ達が…

 いや、亜人達が無残に殺されていったか…」

「そうだな

 それに関しては返す言葉も無い」

「そのくせ、何故か人間は女神様に気に入られている」

「そうなのか?」


「ええ

 女神様が我々を生んだのも、人間と生きる物が必要だった為です

 女神様にとっての一番は、常に人間なんですよ」


「何でだ?」

「さあ?

 それこそ女神様に聞かないと…」


エルリックの言い方からして、その答えは聞けていないんだと思われた。

それはギルバートが聞いたとしても、答えてはくれないだろう。

女神の行動は、何もかもが謎めいていた。


「短い寿命のくせに、生き急いで…

 それにお節介でお人好しで…」

「ん?」


「あいつはいつでも私の事を待っていてくれた…」

「エルリック?」


「私が最期に会いに行った時…

 あの時あいつはもう…

 しわくちゃのお婆さんだったんだ…」

「…」

「私にもう、会わす顔が無いって泣いていて…」


「子供は?

 二人の間には…」

「居ません」

「そうか…」

「彼女は望んでいた様なんですがね…

 私が逃げていたんですよ

 傷つけたく無くて…」


「人間とエルフでは、子供は生まれ難いんですよ

 それでもリディアは私の子が欲しいと…」

「…」

「あの時…

 逃げずに抱き締めてやっていたら…」

「エルリック…」

 

「私はね、格好良かったんですよ」

「自分で言うか?」

「はははは

 女神様の使徒として各地を回り

 多くの人間とも交流していました

 そんな中で…」

「その人に出会った?」

「ええ…」


「リディアは他の人間と違っていました

 使徒である私を怖がらずに…

 私を初めて叱ってくれたんです」

「え?」


エルリックの言葉に、思わずギルバートは驚く。


「意外でしょう?

 使徒である私を、『この馬鹿たれ!』って頭ごなしに叱ったんです」

「ああ…

 そうだな」


「そんな所は、あなた達にも似ていますね

 だから私は…

 あなた達が気になってしまう」

「はははは…」


「最初は険悪だったんですよ?

 『使徒だなんだと格好付けて、仕事一つも満足に出来ないじゃないか!』

 とか言われましてね

 それで私もムキになって反論しましてね」

「それは今も…」

「え?」

「いや、何でもない」


「リディアを見返したい…

 私は猛勉強しました

 それこそ人間の世界の学術書に飽き足らず、女神様の元でも書庫を漁って…」

「何やってんだよ…」

「それで色々学びましてね

 村で井戸を掘ったり、荒れ地に畑を耕したり…

 気が付いたら、二人で大きな農場を開いていました」


「夕暮れになると、夕日を浴びて輝く小麦畑

 そこにリディアが、私に夕食が出来たって呼びに来るんです

 そうして次は何を作ろうとか、刈り入れはいつが良いとか話して…」


エルリックは懐かしそうに、その頃の光景を思い出す。


「そんな頃でしたね

 リディアが私の子供が欲しいって

 急に真剣な表情をして…」

「そりゃあ…」

「ええ

 今にして思えば、あいつなりの告白だったんですよ

 真剣に二人の将来を…考えていたんでしょうね」


そこでエルリックは、頭を振って悲しそうにする。


「私は逃げました

 怖くなったんですよ」

「怖くなった?」

「ええ

 私はハイエルフ

 これから先も何十年、何百年も生きるでしょう

 しかしリディアは…

 彼女はただの人間です」


「彼女は年を取って行く

 そうしていつか、私を置いて死んでしまう」

「だけどそれは…」

「至極当たり前な事です

 それなのに怖かった

 独りになるのが怖かった…」


エルリックは何かを思い出して、自分の肩を強く掴んでいた。

そうして怯える様に震えた。


「その時ですら…

 リディアは少女から…大人になっていた

 大人の美しい女性に」


胸元からロケットを取り出すと、エルリックはそれを見詰める。


「赤い髪が印象的で…

 大地の力強さを感じさせる、そんな美しい女性に…」


「それで?」

「最初は…

 私の素性を話しました

 そうしたら、リディアも私の元を離れると思ったんですよね

 今思えば、なんて思い上がりだろう…」


「彼女は泣きながら私の胸に縋り付き、そんなのは関係無いって言ってくれました」

「それじゃあ…」


「だけど、私が怖かったんですよ

 彼女が年老いて行って、この世界から消えてしまう事が」

「この…」


エルリックの言葉に、思わずギルバートは胸ぐらを掴む。


「そのリディアって人は、お前の事を本気で好きだったんだろう?

 何でだ?」

「だから…

 だからあなた達は嫌いなんです

 分かりませんか?」


「その時は良いでしょう

 子供が産まれれば、二人はその子を抱き抱えめでたしめでたし」

「良い事じゃないか」

「良い事?

 それは子供が育つまでです」


「子供が大きくなる頃には、彼女は老婆になっているでしょう

 そして子供が巣立った後には?

 彼女の寿命はそんなに長くはありません」

「え?」

「子供も私との子なら、エルフでしょう

 そうなれば私に近い長命の種になります

 そうしてその子も、私と同じ苦しみを味わうでしょう

 私達の子供が…」

「あ…」


ここでギルバートは、リディアとエルリックだけでなく、その子も苦しむと気付いた。

エルリックはそこまで考えて、子供を作れないと判断していた。


「リディアとその子供は…

 二人共苦しんでしまう

 リディアは私を独りで残す事を…

 そして私達の子供は、私と同じ苦しみを抱えるんです…」

「そんな…」

「それが長命の種族として生まれた者が、短命の種族と愛し合う事で起こる悲劇です」


「それじゃあ…

 私とセリアに子供が出来ても…」

「ええ

 その子が苦しむ姿が…

 私には想像出来ますね」

「そんな…」


ギルバートはセリアを、いつしか本気で愛していた。

しかしその事が、いずれセリアやその子供を苦しめる。

そう思ったからこそ、エルリックは二人の邪魔をしていた。

まあ、嫉妬の感情がそこにはあるのだろうが…。


「私は…」

「ええ

 あなたの気持ちも…

 分からなくは無いです」


「ギルバート、今の話を聞いても…

 あなたはセリアとの間に、子供が欲しいと願いますか?」


エルリックの言葉が、ギルバートに決断を迫っていた。

まだまだ続きます。

ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。

また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ