第478話
アーネストが眠ってから、ちょうど6時間ぐらいが過ぎた
兵士達は交代で休み、みなが睡眠を取り終わっていた
アーネストも起き上がると、朝食を取ろうと焚火に向かった
そこで腰を下ろすと、不満そうにパンを食べるセリアが座っていた
セリアは一人で、不満そうにパンを齧っている
隣にエルリックが座り、何事か話し掛ける
しかしそれを無視して、セリアは小さく千切ったパンを齧る
その姿は小動物の様で、周りに集まる兵士が眺めている
「あれ?
ギルは?」
「知らにゃい」
セリアは頬を膨らませて、視線を左に向ける。
そこからは何か硬い物を、金属で叩く様な音が聞こえる。
「ん?
ああ!!」
アーネストがそちらを向いて、驚いた様に声を上げる。
「だから止めろって言っただろ!」
「おう!
アーネスト」
「おうじゃない!
何をしてるんだ!」
しかしギルバートは、ニコニコしながら壁を指差す。
「見てみろ!
少しだけだが、傷を入れられたぜ」
「はあ?」
「何だって?」
エルリックもすっ飛んで来て、ギルバートが指差す壁を見る、
そこにはほんの小さな、指で引っ掻いたぐらいの傷が入っている。
「な、何て事を…」
「お前!
何本剣を無駄にした!」
「いやあ…
さすがに硬いな
はははは」
ギルバートの足元には、砕けた剣と真っ二つになった剣が転がっている。
「そのままじゃあ折れるし
かといってスキルだと、砕け散ってな」
「な、じゃない!」
アーネストは心配して、ギルバートの腕のグローブを脱がせる。
幸い傷は治っていて、何の異常も無さそうだった。
「大丈夫だって
腕に負担の掛からない方法も考えてるって」
「だからって…」
「そうですよ!
そもそもこの壁は、アダマンタイトと並ぶ最高位の硬度なんですよ
それに傷を入れるなんて…」
エルリックはふるふると肩を震わせる。
「そうなのか?」
「そうなのかじゃない!
そもそもどうやって…」
「少し離れてくれ」
ギルバートは二人を無理矢理下がらせると、大きく剣を振り被る。
「つぇりゃあああ」
ブウウン!
ゴガン!
それは異常な光景だった。
兵士は最早見慣れたのか、何の反応も示さない。
しかしアーネストとエルリックは、その光景に唖然とする。
ギルバートは剣に魔力を纏わせると、それをそのまま壁に叩き付けた。
そもそも魔力を、剣に纏わせるという事自体が異常である。
そんな事をする者は、今まで現れなかったからだ。
しかもギルバートは、その魔力の部分だけを壁に叩き付けた。
結果としては、剣は壁に触れていないので無傷である。
そして叩き付けられた魔力の塊は、剣の様に鋭く壁に打ち付けられた。
しかし壁は、とても強固な素材で作られていた。
それで魔力は、暫く壁にめり込んでから消えた。
「ふう…」
「ふうじゃない
何だ?
今のは?」
「魔力…剣?」
「いやあ、色々試しててさ
それで魔力を剣に込めてみたんだ」
「みたんだって…」
「普通じゃ出来ませんよ?」
「そうか?
まあ、私もすぐには出来なかったけどな
今では何回に1回ぐらいは」
ブシュウン!
そう言いながら振るが、そうそう上手く出来る訳では無そうだった。
「あれ?」
「そんな簡単に出来る事なのか?」
「いや
それ以前に…」
魔力が暫く残った後には、小さな傷が残されていた。
さすがに砕いたりは出来ない様だが、傷を入れる事は出来たのだ。
「なあ…」
「言わないでください
私も相当ショックを受けているんです」
エルリックはこの壁を、女神だから加工出来たと言っていた。
それだけ硬い素材の筈なのだ。
現に先ほども、伝説の鉱石のアダマンタイト並みだと言っていた。
しかしギルバートは、その壁に傷を入れたのだ。
例え引っ搔き傷程度でも、それは十分に恐ろしい事だった。
「ふう」
「ふう、じゃない!
何を考えてんだ!」
「何って?
そのまま何も出来ないって、負けたみたいで悔しいじゃないか」
「出来ないのが普通なんだ
さっきの話を聞いていたのか?」
「え?
恐ろしく硬いって話だろ」
「うぐぐぐ…」
二人の様子を見て、兵士達は苦笑いを浮かべる。
兵士達も止めたのだが、同じ様な感じだったのだ。
そうしてギルバートは、しっかりと結果を出していた。
「信じられない…
アダマンタイトに傷だなんて…」
エルリックは壁の傷を見ながら、ブツブツと呟く。
そしてアーネストは、ギルバートの出鱈目な行動を咎める。
暫くそんな感じで、野営地は収拾が付かなくなった。
「それで?
魔力に関しては扱えそうなのか?」
「うーん…
まだまだ微妙なんだよな」
ギルバートは汗を拭きながら、自分の手を見る。
あの後も何度か、試しに振ってみせた。
その内数回は、魔力を纏わせる事は出来た。
しかし、必ず成功するとは限らず、魔力の維持も難しそうだった。
結局はこれも、スキルの様に訓練するしかなかった。
しかし問題は、訓練する場所だろう。
「普通のスキルなら、空振りでも安全だが…」
「言っておくが、魔力は正面に出るぞ」
「ああ
さっき試したので思い知ったよ」
ギルバートが壁から離れて、何も無い所でも試してみた。
結果は魔力は剣を離れて、地面を削りながら進んで行った。
壁は強固にしてあったが、地面は普通の土だったからだ。
そして暫く進むので、前方に誰か居たら危険だと分かった。
「素振りをする訳にはいかんぞ」
「そうだな
スキルの素振りでも危ないんだ
これは壁でも無いと…」
「止めろ
ここの壁ぐらい硬くないと、壁が砕けるぞ」
「そうかな?
試して…」
「試さんでも分かるだろ!
これに傷が入るぐらいだぞ!」
「いや、威力を調整すれば…」
「調整どころか、今は出せる訓練が必要だろうが」
結局危険なので、この剣技は当分封印される事となった。
訓練するにしても、相当な硬度の壁になる物が必要なのだ。
それはここ以外には無いだろう。
「ここで訓練している暇は無いだろう」
「そうだ!
女神様に会いに行かないと」
「お前…」
ギルバートは壁打ちに夢中になって、使命の事を忘れていた。
そもそもここには、女神に会いに来ているのだ。
決して硬い壁を、剣で打ち砕く為に来ているのでは無い。
「エルリック
後どれぐらいあるんだ?」
「さあ?」
「さあって…」
「あなたも見たでしょう?
ここは女神様が用意した迷宮なんです
それも私が気が付かないと思って…」
「気が付かない方も大概だが…」
「ぐぬ…」
エルリックの住処があるのは、ここの上層に当たる。
しかしそこまで道がある事は知っているが、エルリックも迷宮の事は知らなかった。
彼は転移魔法を使って、ここから出入りをしていたのだ。
しかも女神のメッセージからは、あまり戻ってはいなかった様子だった。
「何だか仕事ばっかりで、家庭をほったらかしの父親みたいだな」
「ああ
着替えや食事に戻るが、洗濯や片付けも奥さん任せとか…」
「それならまだ良いが、これじゃあ外で浮気とか…」
「君達!
聞こえてるんですけど!」
「浮気って何だ?」
「殿下…」
「殿下は黙っていましょう」
「そうそう
知らない方が良い事もあります」
「ん?」
「兎に角!
私はよく知らないんです
この先どんな危険が待ち受けるか…」
「危険かな?」
「どうなんだろう?」
「今までの様子からすると…」
これまでの罠は、どれも事前に書き込みがされていた。
そしてそれでも注意不足な、エルリックが引っ掛かるだけだった。
そんな安心感から、兵士達はすっかり気が抜けていた。
「この先は機密事項もあります
警備も強くなっていると思ってください」
「どうなんでしょう?」
「殿下はどう思われます?」
「そうだなあ…」
エルリックの話でも、以前にここに施設があると言われていた。
それは魔物を生み出す物や、女神と話を出来る場所の様だった。
そんな重要な場所に、簡単に入れるとは思えない。
何某かの罠が仕掛けられていても、おかしくは無いだろう。
「念の為に警戒して行こう」
「はい」
「分かりました」
兵士達も支度をして、天幕を片付ける。
それから隊列を組むと、再び迷宮の探索に向かう。
ギルバートはセリアの手を引いて、兵士達の中心に位置する。
その隣にはアーネストとエルリックが居て、周囲は兵士が固めていた。
広間の先には再び回廊があり、その先はここからは見えない。
何があるか分からないので、兵士は6人ずつで慎重に進む。
「なあ、アーネスト」
「ん?」
「ここはその、古代竜の中なんだよな?」
「ああ
入り口は後ろ足の付け根辺りで…
ここは腹の中になるかな?」
「そうか…」
「どうした?」
「エルリックの住処って、どの辺りなんだ?」
ギルバートはエルリックの方を見る。
「そうですね
私の住んでいた場所は、大体背骨の辺りですね」
竜の背骨山脈は、地面から突き出した古代竜の背中になる。
脚に当たる部分は、ちょうど地面に埋まっている形になる。
そこになだらかな丘が出来て、森や平原となっている。
恐らくエルリックの住んでいた場所は、その背中の中になるのだろう。
「女神様の端末は、ちょうど竜の心臓の近くになります」
「結構遠いな」
「ええ
心臓の辺りにファクトリーがあるので、その手前…
胃や腸の辺りがそれでしょうね」
「腸か…」
ギルバートは視線を、今まで居た広間に向ける。
「なあ
その腸って…」
「言うな
オレもそれを考えていた」
「ん?」
言われてみれば、その手前の迷路はグネグネと曲がって、動物の臓物の中の様だった。
それも後ろ足に近い場所となると、何となく想像が出来た。
「ああ
古代竜が生きていたら、私達は…」
「だから言うなって!」
「エルリック…」
兵士達も意味が分かって、困った顔をして顔を顰める。
中には何も臭いがしないのに、鼻を摘まむ者もいた。
「そうなるとここが内臓で…」
「ああ
そろそろその背骨の下に近付いているな」
そう話していると、先ほどの空洞より広い場所に出る。
そこには古くてボロボロになった、立札が置かれていた。
「何々…」
「読めるか?」
「ああ
古代王国文字だが、何とか…」
「女神様…」
エルリックは読めるので、内容を確認して肩を落とす。
「こっち、出口
うんこになって流されないでね
女神より…」
「え?」
「…」
「ん、うほん」
エルリックは咳払いをして、前に進んで行く。
「あ!
おい!」
「どうやら何も、罠は無いみたいですし」
「それはそうだが…」
ギルバートは兵士に命じて、周囲を捜索させる。
しかし左右は、遠く離れた場所に壁があるだけだった。
中心はなだらかな下りになり、その先は再び上り坂になっていた。
「これは何でしょう?」
「土の中に何か混ざっていますね」
兵士は時々、地面に何かが混ざっている事に気が付く。
「ここが胃袋なら、生前に古代竜が食べていた物かもな」
「これが?」
「そういえば…」
中には木の様な太い物が、土の様になっていた。
ここで長い時間を掛けて、土と混ざっていったのだろう。
軽く触れただけで、それは脆く崩れて行った。
「生き物の様な物は…
ありませんね」
「そりゃあそうだろう
女神様が人間を生み出される前に生きていた竜だ
そこに生き物が居たとは…」
「でも、動物や植物は?」
「そうか
しかし…」
周囲を見回すが、見付かるのは何か分からない土の塊ばかりだ。
それが生き物だったのかは、誰にも分からなかった。
「向こう側が見えて来ました」
「何か立札が見えます」
「またか…」
アーネストが近付いて、その分面を翻訳する。
「ええっと…
この先?
エルリックちゃんのお家?」
「ぷっ」
「くすくす…」
「女神様…」
ご丁寧に家の絵と、可愛らしい花が描かれていた。
「続きがまだあるな
あっち、こうじょう
こっち、たんまつ?」
「ああ
工場がファクトリーの事だ
我々が向かう必要があるのは、その端末の方だ」
「そうか
しかし何故…矢印なんだ?」
「むう…」
普通に考えれば、わざわざ矢印を書く必要は無い。
しかし丁寧に、可愛い家の絵の下に手で指し示す絵が描かれている。
これが女神で無ければ、女の子が書いた可愛い立札と思っただろう。
「全く…
女神様というのが分からなくなるな」
「そういうお方なんだ…」
エルリックは頭を抱えて、その絵を懐かしそうに見る。
「しかし…
絵も上手なんだな」
「ああ
長い時間をお一人で過ごすんだ
暇でしょうが無いんだろう」
エルリックは目を瞑って、女神の言葉を思い出す。
「わたしはな、暇で暇でしょうが無いんじゃ
たまには遊びに来ておくれよ」
「しかしこの任務は…」
「ええい!
わたしが暇じゃと言っておるんじゃ
すぐに来んかい!」
「ええ!」
それで慌てて向かうと、何某らの悪戯に引っ掛かってしまう。
だからエルリックは、そんな時は慎重に神殿に向かった。
悪戯に簡単に引っ掛からない様に…。
「エルリック?」
「ああ、すまん
懐かしくってな」
「大丈夫か?」
「ああ…」
眠りに着かれる前は、よくそうやって女神に呼び出されていた。
エルリック達が忙しかったのも、そうやってすぐに、女神が用も無く呼び出すからだ。
しかし今思えば、それは寂しかったのかも知れない。
エルリックは今さらながら、そう感じていた。
「さあ、行こう
女神様に会える場所は、この先だ」
「大丈夫か?
いつもは転移で…」
「さすがにそこには、転移では行っていないぞ
私の住処のすぐ下で…」
そこでエルリックは、ふと足を止める。
「あれ?」
「エルリック?」」
「いや…
こんなに近いのか?」
「おい
本当に大丈夫か?」
エルリックは不安になり、矢印の示す方向に向かう。
しかしそこには、何かの金属で作られた壁が塞いでいた。
「やっぱり…」
「方向音痴か」
「…」
エルリックは途方に暮れて、先ほどの立札を恨めしそうに睨んでいた。
これも悪戯の一端だったのだ。
まだまだ続きます。
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