第474話
ギルバート達は、無事にノフカの町を過ぎてボルの町を横切る
町には寄る必要も無いので、そのまま公道を逸れて西に向かう
本来なら北西に向かい、ミレイという名の小さな村に立ち寄る筈だ
ここが山脈に登る為の、最後の中継点になるからだ
ボルの町の近くから、公道から逸れて西に向かって行く
そうすれば小さな森を抜けて、山脈の麓に辿り着く
しかしここには、山脈に登れる様な道は存在しない
裏道の険しい道も、ここから少し南に向かった場所になるのだ
「こんな場所に何が?」
「それに町に、立ち寄らなくて良かったんですか?」
「ああ
今は時間が惜しい
だろ?」
「そうだな」
「それにもうすぐ…」
エルリックが呟きながら、前方の崖を指差す。
「あそこを目指してくれ」
「分かった」
「あんな所に?」
「一体何があるんだ?」
兵士達は理由も分からず、ただ従って進む。
しかし魔物の痕跡が多くある為に、その歩みは遅くなっていた。
「マズいですよ」
「このままでは森の中で…」
「しっ!
オークの集団が居るぞ」
すぐ近くに、鎧を身に纏ったオークが歩いている。
その顔は凛々しく、明らかに普通のオークでは無かった。
「ハイランド・オークか?」
「そうですね…」
エルリックも前に出て、その姿を観察する。
「妙ですね
以前にはこんな場所には…」
「おい
お前の住処の周りだろ?」
「そうですが、歩いて出入りはしてませんので」
エルリックはそう言って、さらに様子を窺う。
「ハイランド・オークなら、アモンの手勢だよな?」
「そうだな
それならアモンがここに…」
「いえ
見た目は似ていますが、あれは違いますね…」
オークは明らかに知的で、他の仲間と朗らかに談笑していた。
そして腰に下げた斧も、戦闘に使えそうなしっかりと造りだ。
とてもその辺に居る、向かって来るだけの魔物には見えなかった。
「ちょっと行って来ます」
「あ!」
「おい!」
エルリックはふらりと、散歩でもする様にオークの前に向かって行く。
そんなエルリックを見て、オークも最初は警戒する。
しかしすぐに打ち解けたのか、楽しそうに談笑を始める。
「え?」
「どういう事だ?」
ギルバート達の混乱を他所に、エルリックは暫くオーク達と話をする。
それから手招きをして、大丈夫だと合図を送った。
「どうする?」
「どうするも何も
どうせバレてるんだ」
心配するアーネストを置いて、ギルバートも立ち上がって進む。
「私の馬も引いてくれ」
「え?」
「殿下?」
「警戒はさせたくは無い
徒歩で敵意は無い事を証明したい」
ギルバートはそう言うと、片手を挙げてオークに声を掛けた。
「すまない
君達の縄張りを荒らすつもりは無い」
「?」
「えっと…
言葉が解らない?」
「い…や
わかるが何をいっているのか?」
オークは難しそうに、ギルバートの言葉を真似してみる。
「多少の発音の違いはあるが、彼等も帝国語は使える」
「そうか
それなら…」
ギルバートは咳払いをして、何とか思い出しながら帝国語で話す。
クリサリス聖教王国では、帝国語が基本にはなっている。
しかし一部で、他の国の言葉も混じっていた。
そこに気を付けながら、ギルバートは彼等と会話を試みる。
「君達はここの産まれなのかい?」
「ああ
この森に産まれて、森に育てられた」
「そうか
それなら勝手に入ってすまなかった」
「何を言っている?」
エルリックが横から入り、詳しく事情を説明する。
「彼はここに入って、君達に迷惑を掛けたと思っている」
「はははは
それなら問題無い
オレ達ここで、神様守る」
「神様?」
「女神様の事だ」
「神様、来るの喜ぶ
でも、殺しは駄目」
オークはそう言って首を振る。
どうやら入るのは問題無いが、殺す事は駄目らしい。
いきなり襲い掛からなくて正解だった。
「君達は神様を守っているのかい?」
「ああ
オレ達、神様が産んでくれた
だから神様守る」
「え?」
「ギルバート
どうやら生まれてそんなに経っていない様だ
彼等は自分達が、女神様に作られた事を理解している」
「それじゃあ…」
「勿論、子を産んで増やす方法も知っていると思う
しかし何より、女神様が大事だと思っているんだろう」
「なるほど…
母からでは無く、女神様から生まれたと…
だから守ろうとしてるんだ」
「ああ
そういう事だ」
ギルバートが話していると、兵士達もゆっくりと合流する。
馬で走って入ると、要らぬ警戒心を抱かせる。
だからみんな、馬を降りて歩いて進んで来た。
「おお
お友達いっぱい」
オークはニコニコと笑い、嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「え?」
「これがあの…
オーク?」
兵士達はその笑顔に、困惑した表情を浮かべる。
「どうした?
お友達いっぱい
嬉しくない?」
「ああ
嬉しいよ
でも、何でこんなに歓迎してくれるんだ?」
ギルバートの言葉に、今度はオークが困惑する。
「お友達いっぱい出来る
オレ嬉しい
お前嬉しくない?」
「嬉しいよ
でも、向こうのオークは…」
ギルバートはそう言って、森の外を指差す。
「お友達にはなってくれないからな
それで驚いたんだ」
「そう…
あいつ等意地悪
オレ達も、あいつ等嫌い」
オークはそう言いながら、哀しそうな顔をする。
どうやら彼等も、外界のオークとは仲が良くない様子だった。
「何だか…」
「ああ
可愛いな」
兵士達はそんなオーク達に、ほんわかとした気持ちになる。
「全然悪い奴に見えない」
「むしろ、何でここまで違うんだ?」
「オレ達友達
歓迎の印」
そんな兵士達の感想を横に、オーク達は木の実を集め始める。
兵士達も手伝って、そこで即席の歓迎の宴が始まった。
彼等はここに、木で簡素な家を作っていた。
そして木の実や野草を集めて、静かに暮らしていたのだ。
「おい…」
「しょうが無いだろう
それに、断ったら可哀想な気がして…」
アーネストは不満そうだったが、ギルバートは喜んでいた。
こんな友好的な魔物なら、最初から戦わなくて済むだろう。
そう考えたら、この先が上手くやって行けそうな気がしたのだ。
「この先に待つ魔物が、こんな感じなら良いのだが」
「それは無理だろうな」
「どうして?」
「彼等は元々、友好的な魔物なんだろう
その証拠に…」
アーネストはオーク達の顔を指差す。
「こら!
指差すなよ
失礼だろ」
「しかしな
見てみろ」
「牙は短いし、顔も険しく無い
何よりも目に…」
「ああ
濁って無くて澄んだ目をしてるな」
彼等は確かに、人間と言うよりはボアに近い顔をしている。
しかし今までのオークと違って、まるで子供のボアの様に優しい表情をしていた。
「エルリック
彼等はオークなのか?」
「さあ?
そもそもオークって名前も、人間に分かり易く説明する為に付けた区別でしょうし…
何て呼んだら良いのか…」
「そうか…」
「魔導書は?」
「それは魔導王国が、女神様から授かった知識を記した…
ああ、でもそう考えたら、あの名前も女神様からの提案なのか?」
「女神様か…」
「それならオークという名前も?」
「ええ
ゴブリンやコボルト同様、何某かの意味があるんでしょうね」
アーネストは首を捻って、彼等の名称を考える。
「ボアの様な顔の魔物を、オークって呼んだんだろ?」
「そうですね」
「それなら彼等も…
オークなんだろうな」
「でも、それじゃ区別が付かないぞ?」
「ううん…」
「ハイランド・オークは、アモンの僕なんだよな?」
「そうですね」
「ハイランド・オークか…」
「ハイランド・オークじゃ無くて、オークの様なオークじゃや無い…」
アーネストは何か無いか、首を捻って悩む。
「なあ
そんなに悩まなくても、簡単にハイ・オークで良いんじゃないか?」
「そんな安直な…」
「ハイオーク
良いんじゃないですか?」
エルリックは頷いて、オーク達に確認する。
「みなさんはオークでありながら、他のオークとは違うみたいです
どう呼んだら良いですか?」
「そんなこと…」
「考えた事無い」
オーク達は困った様な顔をして、エルリックの方を見る。
「それではハイオークってのはどうでしょう?」
「はいオーク?」
「ハイオークです」
オーク達は集まって、どうだろうか相談を始める。
中には木の実を持って、真剣に頬張りながら眺める者もいる。
そんな和やかな様子を、ギルバート達はほっこりしながら眺める。
「良い!
オレ格好良いと思う」
「そう
オレ達ハイオーク」
「うん
今日からはいオーク」
オーク達はその名を気に入って、喜んでいた。
「友達良い名前くれた
だから嬉しい」
「今日は歓迎する」
「ゆっくり休んでくれ」
ハイオーク達に歓迎されて、ギルバート達は野営の準備を始めた。
「なあ
今さらなんだが…」
「ん?」
「ここでのんびりしてて良いのか?」
「ああ
目的地は…」
天幕を張りながら、エルリックは崖に見える洞穴を指差す。
「え?
あそこなのか?」
「ええ」
「だったらすぐにでも…」
「駄目ですよ
焦っても失敗しますよ」
エルリックは頭を振って、ギルバートに焦るなと宥める。
「アーネストも野営には、賛成していたでしょう?」
「あれは木の実のお酒が気に入って…」
ギルバートは恨めしそうに、ほろ酔い加減のアーネストを睨む。
名前のお礼だと手渡された飲み物は、木の実を発酵させたお酒だった。
それは葡萄酒とは違って、ほんのりと酸味の効いた果実酒だった。
アーネストはそれに気を良くして、すっかり出来上がっていた。
「それにセリアまで…」
「そうだな…」
アーネストが気付く前に、セリアはそれを豪快に飲み干した。
それですっかり酔っ払って、今はだらしなく眠りこけていた。
「はにゃあ…」
「妖精さん、可愛い」
「オレ達、守る」
ハイオーク達もセリアを気に入り、守りたいと志願していた。
それで兵士達と一緒に、野営地の周りを見張っていた。
「ここなら安全ですから」
「安全って…
彼等は戦えるのか?」
「いえ
恐らく無理でしょう」
「おい!」
エルリックはハイオークを、恐らくコボルト程度と判断していた。
問題はそれが、普通に戦ったらという事だ。
「大丈夫ですよ
彼等は戦いが嫌いなだけで、本気になればオーガでも圧倒しますよ」
「本当か?」
「ええ
彼等には知性がありますから」
エルリックはそう言って、天幕を上から掛け終わる。
「さあ
イーセリアを寝かせてください」
「ああ」
「ふみゅう…
お兄ちゃん」
「あ、おい!」
「んふふふ」
セリアは酔っぱらって、抱き起そうとするギルバートに抱き着く。
そうして唇を重ねると、激しくキスをしてくる。
「全く
酒を飲んだら駄目だって…」
「ん?」
「え?」
「以前にも?」
「いやあ…
はははは」
「何があった!」
「いや、そんな事よりも…」
「イーセリアに酒を飲ませて、何をさせたんだ!」
「ちょ!
待て待て!」
エルリックは鬼の形相で、ギルバートに掴み掛かる。
「ふみゅう?」
「セリアが起きるって…」
「ぐ…ぬぬぬ…」
二人が天幕の前で騒ぐので、セリアが薄眼を開ける。
それを見て、ギルバートは慌ててエルリックを宥める。
「な?
騒ぐとセリアが起きてしまうぞ」
「くそっ」
「それよりも、すぐ近くなんだろ?」
「ああ
しかし、中は複雑だし危険だ」
ギルバートは崖の入り口を指差して、エルリックに確認する。
「複雑?
危険?」
「ええ
明日入ったら分かりますよ」
エルリックはそう言いながら、セリアの布団を掛け直す。
セリアは寝返りを打って、腹を出して眠っていた。
そのままではお腹が冷えて、風邪を引いてしまうだろう。
「ああ…
もう、はしたない」
「やれやれ
すぐに眠るんだが、寝相はなかなか直らないな」
「そうなんですよ
昔からこうで…」
二人は苦笑しながら、セリアの布団を掛け直した。
「何も…
してないんでしょうね?」
「ん?」
「だから酔わせて…」
「しつこいな」
ギルバートは溜息を吐いて、エルリックを見る。
「確かに酔っ払うと、しつこくキスをせがむが…
私も酔った勢いでしようとは思わないぞ」
「それなら…」
「大体そういうのは、もっとムードのある時にゆっくりと…」
「ゆっくりと?」
「ああ
それにセリアはまだ、そのう小さいから」
「小さいから?」
ギルバートが思わず、溜息混じりに独白する。
それに合わせて、エルリックの顔は少しずつ険しくなる。
「ああ!
だからまだ、そういうのは出来ないって」
「そういうのって!」
「ああ!
だから掴み掛かるなって!」
「うみゅう?」
「しーっ!」
「ぬぐ!」
「静かにしろ
セリアが目を覚ます」
二人は掴み合ったまま、少しずつ天幕から離れる。
「やあ
仲良し友達」
「仲良く無い!」
「友達じゃない!」
「ふん!」
「はん!」
二人は互いにそっぽを向き、話し掛けたハイオークは首を捻る。
「良いか!
イーセリアに手を出すなよ!」
「それは私達の問題だ
お前には関係無い」
「関係無く無い!
イーセリアは私の妹だ!」
「まあまあ
ふたりとも仲良くなあ…」
「うるさい!」
「この酔っ払い!」
「はぶし!」
二人は怒りに任せて、宥めに入ったアーネストをぶん殴る。
「あ…」
「ああ…」
「喧嘩は良くない」
「すまない…」
「すいません…」
気絶したアーネストは、ハイオークに運ばれて行った。
「良いな
女神様の事が先だから」
「ああ
一時休戦だ」
「終わったら覚悟しておけ」
「そっちこそ」
二人はそう言って、それぞれセリアの天幕に向かおうとする。
「おい!」
「そっちこそ」
「私は妻と寝るんだ」
「させるかよ!」
二人は暫くいがみ合い、ハイオークが兵士を呼びに向かった。
「もう!
良い大人が情けない」
「だって…」
「こいつが…」
「二人共反省してください」
「はい…」
「すいません…」
兵士に止められて、二人は別々の天幕に向かった。
さすがにギルバートも、今夜はセリアの元へは向かえなかった。
しかし翌朝には、ギルバートの天幕の中で気持ち良さそうに眠るセリアが見付かる。
それを見てエルリックは、また血の涙を流すのだった。
まだまだ続きます。
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