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聖王伝  作者: 竜人
第二章 魔物の侵攻
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第47話

現れた女神の使徒

彼は人間に天罰として宣戦布告をします

それは一体何故なのか?

女神の使徒を名乗る男は、宣戦布告と言って来た

それは人間への天罰だと言っている

アーネストは訳も分からず、事の行方を見守っていた


「天罰だと?」


アルベルトはギリリと歯を噛み締めると、目の前の男を睨み付けた。


「そう

 貴方は知っている筈よね?

 当事者ですもの」

「?」


アーネストはアルベルトを見た。

その顔は憤怒で朱に染められていた。


「おや?

 その子もまだ知らないのかしら?

 それならわたくしが…」

「言っても良いのか?」


アルベルトはドスの利いた声で呟く。

それに対して、男は困った様子で答えた。


「うーん

 わたくしが言っても構わないとは思うけど…

 盟約が絡んでいるからねえ」


「ごめんねえ

 やっぱわたくしからは言えないわ」


男はそう呟き、アーネストへウインクをする。


「いい加減にしろ!!」

ドゴッ!

バキーン!


アルベルトは我慢の限界に来たのか、激しくテーブルを蹴り上げた。

蹴り上げたテーブルは男へ向かい、何もない空中で砕け散った。


「何事です?」


執事がドアを開けて飛び込む。


「な、なに奴!」

「パラライズ!」

バシュッ!

「う、ああ」


しかし執事が驚く間に、男は手から呪文を投げかけ、執事は倒れた。


「ハリス!」

「ああ」


アーネストが駆け寄り、執事を起こそうとする。

執事は痺れているのか?

言葉も発せずに痙攣していた。


「大丈夫よ

 ただの痺れだから」

「貴様あ!」


アルベルトは再び壁に駆け寄り、剣を手にする。


「おお、怖い

 そんなんだから女神様は人間に罰を与える事にしたのよ」


一触即発のムードの中、アルベルトは男を睨み続ける。


「何故だ

 何故、今さら何だ!」

「やあねえ

 女神様は許してはいないわよ

 ただ…やっと認めてくださっただけ」

「何を?」

「魔物の開放よ」

「!!」


男の答えに、緊張が走る。


「魔物の開放…だと?」

「そう」


「嘗て、人間の願いを聞いて、女神様は魔物、わたくしたちの可愛い子供達を封じなさった

 それを間違いだったとお認めになったのよ」

「お前達の子供?」

「そう

 わたくし達の子供達」


アルベルトの詰問に、男は上機嫌に答える。


「正確には、わたくしと数柱の王の子供達よ

 わたくし達は魔物の王、魔王ですからね」

「魔王?」


「女神様は、わたくし達の事を認めて下さらなかった

 そればかりか、生まれて間もないあなた達の為に尽くしなさいとも仰られた」


ここで男の様子が変わる。


「わたくし達は、貴方達の為に、色々と尽くしてやったわ

 それこそ身を粉にしてね」


「それなのに、貴方達ときたら

 やれ気持ち悪いだ

 やれ不気味だ等と言い、子供達を虐め、殺して行ったわ

 あの子達には何の罪も無かったのに」


男は歯軋りをしながら続ける。


「仕舞いには、女神様まであの子達を封じられて

 わたくし達に見張らせたのよ

 人間に危害を加えない様にと…」


「ふざけんじゃないわよ!

 危害を加えてたのはどっちよ!!」

フシュー、フシュー


男は肩で息をして、不穏な呼吸音が辺りに響いた。


「あら、嫌だわ

 わたくしったら、つい興奮してしまって」


男は気を取り直したのか、がらりと雰囲気を変えた。

この間にも、アーネストは身動きも取れず、男を凝視し続けていた。


アルベルト様は、何でああも使徒を毛嫌いするんだ?

そもそも、使徒に対しての振舞からして、不敬に当たらないのか?

このまま敵対していたら、それこそ女神様から天罰を受けても仕方が無いんじゃないか?


意を決して、アーネストはアルベルトに呼び掛けた。


「アルベルト様

 過去に何が有ったのか知りませんが、このままでは不味いですよ

 女神様に逆らう事になります」

「う、ううむ」


アルベルトはアーネストの言葉を聞き、手にした剣をどうするか悩む。


「そうそう

 そちらの坊やは冷静ね」


男はニコリと微笑み、アルベルトの方を向いた。


「女神様からの伝言よ

 次の月の13日

 今から一月以上先になるわね

 魔物のの進行を始めます」

「な!」

「来月の13日

 煤払いの日か」


「そう

 煤払いに汚れた人間を払う

 ピッタリでしょう」

ホホホホ!


男は嬉しそうに呟き、どこからか笑い声も聞こえる。

何とも不気味な笑い声だ。


「時間は十分にあげるわ

 せいぜい頑張って抗ってちょうだい」

「ふざけるな!」

「あら

 至って真面目よ?」


「もし生き残れたら…今回の事は無しにしてあげるわ」

「無しだと?」

「それはどういう…」


「そこな領主達が行っていた事よ

 女神様はお見通しですからね」

「むうう…」


「それは…

 今後魔物は攻めて来ないという事か?」


アーネストは思い切って尋ねた。

今までの話からして、それは先ずあり得ないだろう。

だが、もし上手く交渉出来たらと、一縷の望みを託して尋ねた。


「そうねえ

 わたくしは考えても良いんだけど

 女神様からは、魔物の開放と、魔物による人間の淘汰が出ているからねえ

 託宣でも伝わっているでしょう?」

「馬鹿な!」

「そんな託宣なんて出てない

 魔物が現れるから気を付ける様にとだけだ!」

「あら?

 おかしいわねえ?」


男は本当に意外そうに首を傾げる。


「いいわ

 そこはわたくしも気になるから

 もし、万が一勝てたなら…

 わたくしは兵を引きましょう」


アーネストは心の中でポーズを決めていた。


よっし!

よーし!!

やったぞ!


後は勝つだけだ。

その勝つのがまた大変だが、今は希望が見えて来ただけマシだ。


「その言葉、信じて良いんですね」

「ええ

 わたくし、ベヘモットの名に於いて誓うわ」

「アーネスト…」


アルベルトは驚いていた。

自分が感情任せになっている時に、息子と変わらない年齢の子供が、見事交渉に成功したのだ。

アルベルトは自分の不甲斐なさに情けなく思ってしまった。


「貴方、気に入ったわ

 名は何て言うの?」

「アーネスト

 字は有りません」

「そう」


男は暫く考え、微笑みながら言った。


「もし、貴方が生き残ったなら

 わたくしが字名を授けましょう」

「字名を?」

「ええ

 使徒に授かるのは大変名誉な事なのよ

 それに…」

「それに?」


男は片手を挙げると、芝居掛かった仕草で礼をする。


「続きはまたにしましょう

 楽しみに待っているわ」


男の姿は消えて行き、声だけが残った。


「転移の魔法?

 本当に高位の魔法を使えるんだ…」


アーネストは今更ながら、相手の力量の高さに驚いた。

考えてみれば、机を防いだ防壁の威力も凄いし、執事に使った呪文も素晴らしかった。

無詠唱であれだけの魔法を行使出来るなんて、まるで物語の魔術師の様だ。

そこで、ふと執事の事に気が付く。

見れば痺れが取れたのか、ふら付きながら立ち上がった。


「大丈夫ですか?」

「ええ…

 なんとか…」


ふら付く執事を支え、ソファーに座らせる。

アルベルトは剣を壁に戻し、執事の向かい側に腰を下ろす。


「すまなかった

 災難だったな」

「いえ

 私の仕事は旦那様を守る事です

 お役に立てなくて申し訳ございません」

「いいって

 聞いてただろう?

 相手は女神様の使徒だ、仕方が無いよ」

「はあ…」


アルベルトは年長の執事に優しく声を掛けた。

執事は先ほどの出来事に、頭の処理が追い付かないでいて、混乱していた。


「一体全体、どうして使徒様と喧嘩なさっていたんです

 いえ、その前に

 何で使徒様がここに居たんです?」


「ああ、その事だが

 他言無用だぞ」

「はい」


アルベルトは執事のハリスを信頼している。

ここ、ダーナに領主として赴任する前から、アルベルトの世話係として仕えていた人物だ。

現国王とも面識が有り、信頼された人物だ。

口も固いので安心できる。


「聞こえていたとは思うが、最近の出来事の黒幕はあの使徒だ」

「領主様」

「旦那様」


アーネストと執事が不敬だと窘め様とするが、アルベルトは首を振る。


「既に敵対している、今さらだ」

「そうです…か」


執事も諦める。


「来月まで、猶予も少ない

 アーネスト」

「はいはい」


アーネストは書物を手に、部屋を退出する。


「くれぐれも、頼んだぞ」

「分かっています

 任せてください」


行く先は魔術師ギルドだ。

少しでも呪文を広め、戦闘に生かさなければならない。


「これからは忙しくなるぞ」

「はい

 お任せください」


執事も頷き、部屋を後にする。

先ずは机を用意しなければと、執事はメイド達を呼びに向かった。


それからの日々は、目まぐるしく過ぎ去った。

魔物は少数ながらも森に出没したので、兵士や冒険者は修練も兼ねて討伐に向かった。

そこで取れた魔石は、商工ギルドで加工され、魔術用の杖や腕輪、指輪等が作られた。


また、剣や鎌も増産され、魔石を加工して埋め込んだ。

魔石の力で、微量ながら耐久力や身体能力の向上が得られるからだ。

これはベヘモットの齎した魔術書に書かれていた事で、帝国初期に使われていた技法だった。

帝国の崩壊と共に失われた技術で、ここに記された情報では不完全ではあったが、魔力を持つ者であれば多少でも効果が望まれた。


魔物の皮も集められ、コボルトの皮で鞣した鎧が作られた。

コボルトは集団で襲って来るので、最初はなかなか討伐が難しかったが、冒険者や兵士にもスキル持ちが現れ始め、徐々に狩る数も増えていった。


12月の頭には、魔物の皮鎧に身を固め、魔石の付いた剣を持った一団が、魔物を狩る為に出陣して行った。

この頃には魔術師も魔法を覚え、集団に同行する様子も見られた。


「魔術師の練度はどうなんだ?」


アルベルトはヘンディー将軍代行に尋ねる。


「冒険者との同行で、少しずつですが使える様になってます

 ただ、呪文の数が少ないのが…」

「そこは仕方が無いだろう

 いくら触媒があっても、元々の魔力が少ない

 アーネストみたいな逸材は少ないからな」

「いやあ、それほどでも…」

「こら

 調子に乗るな」

「痛っ」


褒められたアーネストは満更でもなさそうだったが、将軍に小突かれる。

そんな二人を見ながら、領主は話を続ける。


「現在、装備は全軍の半分ぐらいか?」

「はい」

「まだまだ素材が足りません

 ギルド長からも催促が来てますよ」


アーネストは必要素材の書かれた書類を手渡す。


「うーむ」


それを見て、領主も顔を曇らす。


「このまま行って、期日まで間に合いそうか?」

「ギルドには申し訳ありませんが、寝ずに頑張って…なんとかって感じです」


アーネストは熱心に計算式を書いて、計算してみる。


「もう少しでも、素材が増えれば良いんですが

 おじさん、無理そう?」

「将軍と言え」

「痛い」


「もう少し装備が増えましたら、動員する兵士を増やします」

「分かった

 その方向で頼む」


「後は…殿下ですね」

「ああ…」


アルベルトは頭を抱える。

暫くは大人しくしていたが、ここ数日、また訓練と称しては魔物討伐に加わっていた。


「オレとしましては、以前よりは慎重になりましたし

 無理に止めて反発されるよりは、目が届く場所で戦っていただく方が安心なんですが…」


「そうなんだがな

 あれには嫡男の自覚はあるんだろうか?」


嘆くアルベルトに、横からアーネストが口を挟んだ。


「お言葉ですが、ギルは考えていますよ」

「ん?」


「あいつ…

 最近は領民を守るんだって

 以前は自分の強さを知りたいとか言ってたのに、今は妹や領民が安心して外へ出れる様にしたいって言ってるんです」

「そうか…」


アーネストの言葉に、アルベルトは黙って頷く。


「領主様

 殿下の事は任せてもらえませんか?

 オレ達も殿下の事は守りますから」

「そうだな」


「いつの間にか、あの子も考える様になっていたか…」

「ええ」

「そうですよ」


アルベルトはヘンディーを見て頭を下げた。


「息子の事を、頼んだぞ」

「止してください

 当然の事ですよ」


ヘンディー将軍代行は、慌てて領主に頭を上げる様に言うと、胸を張って言った。


「必ずや、守ってみせます

 この紋章に誓って」


ヘンディー将軍代行は、鎧の真ん中に飾られた紋章、クリサリス聖教王国の十字の紋章に手を当てて、誓いの言葉を述べた。


季節は冬の寒さを見せ始め、決戦の日はいよいよ迫っていた。

遂に魔物の側から宣戦布告がなされ、決戦の日付も告げられました

ベヘモットは魔物を率いて攻めると宣言しました

いよいよ魔物の侵攻が始まります

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