第468話
翌日の朝になり、宿の1階にみんなが集合する
さっそく朝食になり、みなが席に着く
ギルバートの席の隣にはセリアが座る
そしてセリアは、朝からギルバートを見詰めていた
セリアの熱視線は気になるが、兵士達は気付かないふりをする
エルリックはそんなセリアの様子に、血の涙を流しながらギルバートを睨む
宿の主人はそんな空気を無視して、各席に食事を並べる
そうして朝食の準備が済んで、みなで朝食を始める
「ぐぬぬぬぬ…」
「おい
朝から雰囲気を悪くするなよ」
「そうは言っても
イーセリアが…」
「仕方が無いだろう?
あいつ等はもう、名実共に夫婦何だから」
「許さん!
認めんぞ!」
「いや
お前が認めんでも問題無いだろう」
「私は兄だぞ!」
「その兄は、セリアには無視されているがな」
「くっ…
どうじで…」
エルリックは血の涙を流しながら、悔しそうにサラダを掻き込む。
「そういえばエルフは、肉が食えないと聞いていたが?」
「食えないんじゃない!」
「そうだよな?
今も普通に食っているし」
「ああ
肉を食うのは禁忌だとか言う者も居るが、単なる思想だ」
「選民思想みたいなものか?」
「ああ
肉を食う事で穢れるとか…馬鹿な考えさ
こんなに美味いのに…」
エルリックはそう言って、厚めに切り分けた肉を頬張る。
「そみょそむお…」
「汚いって!
食いながら話すな!」
「ん!
肉を食う事は、生き物を殺す事である
だから野蛮だとそういう思想なんだ」
「なんだそれ?」
「生き物を殺める事は、精霊の怒りに触れる野蛮な行為
精霊が魔導王国から去った事で、当時のエルフ達はそう思った様だ」
「え?
精霊がそう言ったのか?」
「いや
あくまで彼等が、そう思ったって話だ」
エルフ達は精霊が、生き物を殺す事を忌み嫌うと考えていた。
そこで生き物を殺す行為に繋がる、肉食を忌み嫌っていたのだ。
実際には殺し合いを誘発する、奴隷制度や選民思想を嫌っての事だ。
その辺を当時のエルフ達は、曲解して捉えたのだ。
「いや…
だって植物だって生きているんだろう?」
「ああ
だからそういう思想を唱える者達は、木を切る事も禁じていた様だ」
「でもそれじゃあ、農作業も出来ないんじゃあ…」
「その筈なんだがな…
何故か収穫する事に関しては、禁忌と考えていなかったみたいだな
まあ、それまでは世話をしているって、帝国が唱える考え方だが…」
「いや…
そりゃあ無理があるだろ?」
アーネストは理解出来ないと、肩を竦めてみせる。
「そうだな
私もそう思っている
だから私は、妖精の王国を出たんだがな」
「え?
ハイエルフ達もそうなのか?」
「正確にはハイエルフの王国でも、国民の半数ぐらいだがな」
「国民の半数って…
相当な数じゃないか?」
そう考えると、その思想に感銘を受けた者は結構な数になる。
エルフだけでなく、ハイエルフもそういう思想の影響を受けた。
そうして肉食や争いを嫌い、戦いを放棄する者達も多く出る事になる。
それが後に、帝国に攻め込まれて、王国の滅びに繋がる。
しかし当時のエルフには、そこまでの考えは無かった。
「勿論ハイエルフだからな
長く生きている者には影響は少なかった
しかし若者を中心に広まってな…」
「若者って…」
「それでも相当な高齢では無いのか?」
「ああ
生きていれば300歳ぐらいかな?」
「300って…
はははは…」
エルリックは頭を振って否定する。
「若者を中心に広がり、やがては軍縮にも繋がった」
「軍縮に?
それじゃあ…」
「武力を放棄して、自然と共に生きる
そういった思想に繋がって行った
それがエルフ達が、妖精の森を作った要因だ」
「妖精の森…」
エルフ達は人間達の前から、姿を消す事を選ぶ。
そうして森の奥深くに潜み、文明を嫌った暮らしを始める。
しかし帝国は、そんなエルフ達に目を着ける。
武力を棄てたエルフ達は、帝国に襲われて次々と攫われて行った。
「だから簡単に奴隷にされたと?」
「ああ
戦う事を嫌い、弓を持つ者も少なくなる
そうすればエルフ達も、見付かった端から捕らえられて行った」
「何でそんな…」
「戦いを野蛮な事だなんて、間違った思想を優先したからだ
せめて弓を手に、戦っていたのならば…」
戦いを嫌ったエルフ達は、懸命に森へ隠れ住む暮らしを続ける。
しかし魔力災害が起こって、帝国の多くの森が荒廃して行った。
「問題はな、魔力災害だったんだ」
「魔力災害?」
「そうか!
森が枯れて行って…」
「ああ
隠れる場所が少なくなっていった
それがエルフ達が、帝国に見付かる原因にもなった」
「そんな事が…」
「エルフ達は長命種でな、そのままなら100歳から200歳ぐらいは生きれる」
「随分と長生きだな」
「そしてその分、成長は人間よりも遅くなる」
「あ…」
ギルバートは言われて、思わずセリアの方を見る。
セリアは頬を膨らませて、ギルバートから胸元を隠す。
「エッチ!」
「いや、そういうつもりは…」
「ふんだ!
どうせセリアのじゃあ不満なんでしょう?」
「いや、セリアの胸も好きだよ
可愛いし」
「本当?」
「ゴホン!」
「何だ…
この茶番は…」
エルリックは咳払いをして、話を戻そうとする。
アーネストも呆れて、ギルバート達の様子を見て頭を振る。
「エルフでも100歳以上
ハイエルフならもっと長命になる」
「長命って…
それはセリアもか?」
「ああ
ハイエルフと付き合うって事は、そういう覚悟が必要なんだ
お前達はイーセリアより、確実に早く死ぬ事になる」
「死ぬって…」
「そうだな
オレ達人間の寿命は、長くて70歳ぐらいだ」
「それはそうだが…」
ギルバートはそう言いながら、隣でパンを齧るセリアを見詰める。
「セリアを残す事になるのか?」
「そうだぞ
だから私は反対…」
「でもな、ギルはガーディアンなんだろ?
それは長生き出来ないのか?」
「はあ…」
エルリックは溜息を吐いて、頭を振った。
「むしろガーディアンの方が短命だ
これまでガーディアンに至った者達は、みな若くして亡くなっている」
「何でだ?」
「何か理由でもあるのか?」
「それは…」
エルリックは言い難そうにする。
「昨日の詩を覚えているか?」
「ああ
非常に印象的だったからな」
「その物語の主人公も、ガーディアンだそうだ」
「え?」
「そして帝国の初代皇帝もな」
「それって…」
「ああ
強過ぎる故に、人間の世界には馴染めない
結果としてそれは、その者を早く死なせる事に繋がる」
「そう…か…」
英雄は女神と敵対する事となった。
だから女神に封印される事となった。
しかし皇帝は、人間達にその力を恐れられて暗殺された。
それはギルバートにも当て嵌まる事になる。
「今はまだ良い
女神様や魔物から守っているからな
しかしそれが居なくなれば…」
「そんなの分かんないだろう?」
「そうだな
しかし歴代のガーディアン候補達は、みな短命で亡くなっている」
「短命って…」
「魔王や使徒が…
それだ」
「え?」
エルリックはそう言って、静かに頭を振る。
「私も本来なら、王国の崩壊に巻き込まれていた
イーセリアを救いに向かったと言っただろう?」
「ああ」
「その時アルフェリアも、帝国に攻め落とされていた
女神様の導きが無ければ、私はその場で亡くなっていただろう」
「それじゃあアモンやベヘモットも?」
「ああ
人間に殺され掛けた所を、女神様に救われている
だから私達は、女神様に変わらぬ忠誠を誓っているのだ」
「そんな事が…」
しかしアーネストは、その話には納得出来なかった。
「しかし、それならそうならなかったら?」
「殺されなかったらって事か?」
「ああ」
「うーむ…
ガーディアンの寿命に関しては、私にも分からない
しかし長生きは出来ないと思うぞ?」
「大丈夫だ
私達が…」
「そう言ってな、皇帝の側近達は口を揃えて答えたらしいな
しかし結果は…」
「その側近達は?」
「皇帝が亡くなった時に、彼等もみな亡くなったと伝えられている」
「…」
「皇后も皇帝の亡骸と共に、激しい炎に包まれて亡くなられた
彼女達もガーディアンに、選ばれるぐらいの力を持っていたからな」
エルリックは頭を振ると、話を終わらせようとする。
「朝からする話じゃ無いな
暗い話をしてすまなかった」
「いや…」
「こっちもすまなかった
変な事を尋ねて」
「良いんだ
確かにエルフやハイエルフに関しては、君達は知識が無いだろうしね」
「ああ
今では何処に居るのか…
その姿を見る事も出来ないからな」
「そうでも無いぞ」
「え?」
「今でも森を探せば、何処かに妖精の森がある筈だ
全てのエルフやハイエルフが、あの戦いで滅びたとは思えないからね」
「森の中に?」
「ああ
ひょっとした、彼等に出会う事もあるかもな」
「しかし、そんな痕跡は無かったぞ?」
「そうだよ
オレの魔力探知でも見付けた事は無いぞ」
「それは彼等が、精霊と密接に繋がっているからね
そんなに簡単に、痕跡なんか残さないさ」
そう言うとエルリックは、席を立ち上がる。
「先に支度に取り掛かるよ」
「あ…」
エルリックはそう言って、食堂から去って行った。
「エルフか…」
「ギル?」
「いや、私が居なくなっても、彼等がセリアの側に居てくれたら…
寂しく無いかなって…」
「ギル…」
ギルバートが寂しそうに呟くと、セリアが真剣な表情をする。
「死なないもん!」
「セリア?」
「お兄ちゃんは死なない
死なないもん」
「セリア
気持ちは分かるが…」
「お兄ちゃんは死なない
マーテリアルになるんだもん」
「マーテリアル?」
「それは何なんだ?
精霊達も言っていた…」
セリアはハッとして、慌てて口を噤んだ。
そうして何かに怯える様に、首を振って黙り込む。
「セリア?」
「それは…」
「それは?」
「言えないの?」
「言えない?」
セリアは何かに怯える様に、涙目で訴える。
「今は…言えないの」
「言えないって…」
「何でだ?」
「ごめんなさい…
でも、本当なの」
「セリア…」
セリアは何か言い掛けては、言葉を飲み込んだ。
そうして真剣な表情をして、ギルバートを正面から見詰める。
その目はいつものほんわかとした、幼さを失っている。
代わりに大人の理知に溢れる、鋭い眼差しに変わっていた。
「お兄ちゃん
ううん
ギルバート」
「セリア?」
「私の、精霊女王であるイーセリアの言葉を信じてください」
「セリア…」
「あなたには往く道があるの
でもそれは、今は告げる事は出来ないの
だから私を信じて
精霊女王である私の言葉を…」
「セリア…」
ギルバートはセリアの瞳を見て、静かに頷いた。
「分かったよ
お前の言葉を信じよう」
「ギル!」
「だって精霊女王様だぞ
信じてやれよ」
「それはそうだが…
言えないなんて…」
なおも食い下がるアーネストにギルバートは笑って応える。
「はははは
エルリックもそうだっただろう?
今さら秘密の一つや二つ」
「しかし、事はお前の命に関わる事だぞ」
「ああ
だがセリアは…
いや、精霊女王は死なないと言ってくれたんだ
それを信じるしか、無いだろう?」
「それは…」
ギルバートも立ち上がり、セリアに手を差し出す。
「お兄…ちゃん?」
「ほら
行くぞ
旅はこれからだ」
「うん」
ギルバートはセリアを立たせると、そのまま抱き抱える。
「そんな先の事より、今は目の前の事だ
女神様の元へ急ぐぞ」
「はあ…」
アーネストも溜息を吐きながら、席を立ち上がる。
兵士達は暫く呆然として、三人が立ち去るのを見送っていた。
「さあ!
オレ達も急ぐぞ」
「は、はい」
兵士達は隊長の掛け声に、慌てて食事を詰め込んだ。
「精霊女王か…」
隊長はそう呟くと、頭を振って考えを押し出す。
「殿下や姫様が、何だって構わねえ
今は女神様にお会いして、この戦いを終わらせるだけだ」
隊長は呟きながら、残りのパンを引っ掴む。
そのまま口に放り込むと、食堂を後にした。
急がないと、ギルバートの出発の準備が終わってしまう。
それまでに兵士達には、出発の支度を終わらせる必要があるのだ。
兵士達は食堂を出ると、急いで厩に向かった。
食事をする前に、荷物は厩に運んである。
後は馬を外に出して、鞍や荷物を載せるだけだ。
しかし急がないと、主であるギルバートの準備も終わってしまう。
遅れない様に支度をすると、兵士達は城門の前に整列する。
「準備は出来たか?」
「はい
バッチリです」
「うむ」
「用意は出来ているな?」
「はい
姫様達は馬車にお乗りください」
兵士に案内されて、イーセリアも馬車に乗る。
全ての準備が整ったのを確認して、ギルバートは兵士達の前に立つ。
「それでは、これからトスノに向けて出発する」
「はい」
「予定では2日で着く筈だが、そのまま立ち寄らずに通過する」
「え?
補給はしないんですか?」
「ああ
補給は次の町、ノフカで行う」
ギルバートはは時間の短縮を考えて、なるべく街には立ち寄らない様に考えていた。
そうすれば少しでも、女神の元へ早く着けるからだ。
「あちらがどんな罠を用意しているか分からない
だからなるべく、早く進もうと思う」
「隊長
良いんですか?」
「ああ
オレも同じ考えだ」
隊長も安全を優先した、街に立ち寄る方法は否定していた。
時間を長く掛けるほど、罠が増えそうな気がしていたからだ。
「ノフカ、ボルと立ち寄って、最後は山脈の途中にあるという洞窟に向かう」
「本当にあるんでしょうか?」
「信じるしかねえだろ」
「ああ
今はエルリックの言葉を信じて、先に進むぞ」
「はい」
街の城門が開き、その先に公道が見えて来る。
兵士達はゆっくりと、その公道へと踏み出して行く。
女神の元へと続く、その道を信じて。
まだまだ続きます。
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