第466話
その日は朝から、少し肌寒い気候だった
既にソルスは昇り始めて、広場には暖かい日差しが降り注いでいる
しかし10の月も終わりに差し掛かり、季節は冬に向かっていた。
それで朝早くから、肌寒い風が吹き抜けていた
兵士はそんな肌寒い中で、額に汗を流していた
急にセリアが同行すると言われて、馬車の手配をしていたのだ。
ギルバートは馬に乗るが、アーネストやエルリックも馬車を希望していた
それで荷物を載せる馬車以外に、もう一台の馬車の準備がされていた
「おい
本当なのか?」
「ああ
昨夜の内に王城から、馬車の手配の指示が出たらしい」
「しかし…
イーセリア様も一緒なのか?」
兵士達はてっきり、セリアは王都に残ると思っていた。
しかし昨夜になってから、急に同行する話が上がっていた。
「なんでまた…」
「殿下が無茶を言ったとか?」
「それなら逆に、王城に残すって言うだろ?」
「だよな…」
「案外イーセリア様が、着いて行くって聞かなかったとか?」
「はははは
それは在り得るな」
「やだやだ!
着いて行く!
なんて言ってそうだな」
兵士はそう言って、セリアの真似をする。
それを見て、他の兵士達も笑っていた。
「こら!
お前達」
「はい
既に準備は整っています」
「う、うむ…」
「後は隊長の支度だけですよ?」
「そ、そうか?」
隊長はそう言うと、自分の馬を引きに向かった。
「ふう…」
「準備が終わってて良かった」
兵士達はそう言って、自分の馬の下に戻る。
そこにはすっかり準備が出来ていて、いつでも出られる様になっていた。
隊長が馬を引いて来る頃には、兵士達はすっかり準備が出来ていた。
整列する兵士達の前で、隊長は整列の指示を出す。
しかしその声は、少し疲れている様子が見えた。
「隊長
どうしたんですか?」
「隊長が体長が悪いなんて、シャレにならんですよ?」
「う、うるさい!」
「昨夜はお楽しみでしたか?」
「な、ぬうっ!」
「はははは」
「くそっ」
「おい
お楽しみってまさか…」
事情を知る兵士達から、揶揄う様な声が上がる。
隊長は顔を赤くして、兵士達を睨んだ。
「お前達…
後で覚えていろよ」
「さあ?」
「なんなら今朝の事を…」
「うるさい!
殿下がいらっしゃる前に、しっかり整列しろ!」
隊長は顔を赤くして、兵士達を睨み付けた。
知らない兵士達からすれば、巻き込まれて良い迷惑だった。
「おい
どうだったんだ?」
「それはそれは盛り上がって…」
「ああ
オレ達は途中で帰る事にしたよ」
「残った宿泊の商人達も、朝から苦笑いしてたからな」
兵士達は朝も、宿の様子を見に行っていた。
そこでは朝から熱々の、二人の姿を見る事が出来た。
隊長は顔を赤くして怒っていたが、エレンは腰が痛いと休んでいた。
そこで宿の朝食は、兵士達が手伝う事となった。
それで一部の兵士と隊長は、朝の集合に遅れていた。
「殿下がいらっしゃったぞ!
私語は慎め!」
「はい」
そこにギルバートも到着するが、ギルバートも疲れた顔をしていた。
そして馬から降りると、セリアを抱き抱えて馬車に乗せた。
「あれ?」
「イーセリア様?」
「まさか…」
セリアは頬をほんのりと染めて、デレデレとギルバートに抱き着いていた。
しかし時々、腰の辺りをもじもじさせていた。
「まさかとうとう…」
「そんな…」
「イーセリア様が殿下と?」
兵士の一部は、セリアのシンパであった。
だからセリアの様子を見て、昨夜にナニが起こったのか想像する。
そしてその事実に、ガックリと肩を落としていた。
「おいおい…」
「何もイーセリア様が殿下としたからって…」
「言うな!」
「そうだぞ!
したとか下品な言い方をするな」
「イーセリア様は純真だからこそ…」
「はあ…
何を夢を見ているのやら」
周りの兵士達は、彼等を慰めようとしていた。
しかし彼等は、頑なにそれを認めようとしなかった。
「お前等なあ…」
「そんなんだから、いつまで経っても…」
「うるさい!
オレ達はイーセリア様を女神様の様に思っているんだ」
「そんな不遜な…」
セリアだって人間だし、年頃の女の子なのだ。
特に兵士達には、セリアがハイエルフだとは知らされていない。
精霊と会話の出来る、純真無垢な少女だと思われていたのだ。
「イーセリア様はそんな、世俗の女の様に穢されていないんだ」
「そうだそうだ」
「イーセリア様は我らの憧れなんだ」
「はあ…」
「大丈夫か?
こいつ等?」
「でもな、そんなんだから殿下に信頼されているんだろう?」
「そうそう
実際に信奉するだけで、無害だからな」
彼等はセリアを見守る事に満足して、変な者が近寄らない様に真剣に護っていた。
だからギルバートも、そんな彼等を信頼していた。
「まあ、悪い奴等じゃあ無いからな」
他の兵士達は、既に恋人や婚約者を作っている。
そんな者達を、彼等は裏切り者だと言っていた。
しかしそれでも、セリアを護る為になら喜んで協力する。
彼等はギルバートでは無く、セリアの親衛隊なのだから。
「一体何なんだ?」
「いやあ…
はははは」
隊長も返答に困って苦笑いを浮かべる。
「彼等はイーセリア様の親衛隊であるので…」
「セリアの?」
「ええ
何でもイーセリア様に、何度も救っていただいたとか…」
「ああ
隊長はその時は、傷を癒していたんだっけ?」
「はい」
隊長は巨人の襲撃で、肩の骨を骨折していた。
すぐにポーションでも使えば、そこまで苦労はしなかっただろう。
しかし肝心のポーションが、その頃には不足していた。
そこで隊長は、他の兵士にポーションを回していたのだ。
結果として、ギルバートが妖精郷に向かう時に同行出来なかった。
「彼等は妖精郷に向かう時に、何度か危険な目に遭っていますからね」
「そうみたいですね」
隊長もその事は聞いていたので、頷きながら話を続ける。
「それで以来、イーセリア様を女神様の様に信奉するとか言い出しまして…」
「女神様だって?
それは不遜だな…」
「ええ
ほどほどにしろとは言っているんですが…」
実害が無いので、隊長も強くは言えなかった。
「それで?
何を騒いでいるんだ?」
「それが殿下とイーセリア様が仲良くしているのを見て…」
「なるほど…
しかし私はセリアの夫になるんだぞ?」
「ええ
ですから複雑なんでしょう」
「ふうん…」
ギルバートは肩を竦めると、アーネストの方を見る。
「フィオーナは大丈夫だったか?」
「ああ
その代わり朝まで、なかなか離してくれなかったがな」
「はははは
仲が良くてよかったよ」
「お前もな」
「え?」
「セリアのあの様子…
とうとう…」
「さあ、アーネストも早く馬車に乗りな
時間も惜しいからな」
「どうせリュバンニで泊まるんだろう?
そこまで急がなくっても…」
「あー…
早くしないと時間が惜しいな」
「やれやれ…」
アーネストは肩を竦めて、馬車に向かって行く。
そして馬車から覗いている、セリアに座る様に促す。
馬車には既に、エルリックも乗り込んでいた。
後は出発するだけとなっていた。
「それではこれから、女神様に会いに向かう」
ギルバートは兵士達の前に立つと、声を張って宣言する。
「これは魔物と戦う為では無い
女神様にお会いして、魔物の侵攻を止めてくださる様に嘆願する事が目的だ」
ギルバートは一呼吸置いてから、続けて演説をする。
「戦いに向かうのでは無い
だからこそ、無事に生きて帰る事が目的だ」
「無事にって…」
「大丈夫なのか?」
ここで兵士達に、不安の声が上がり始める。
「諸君等が不安に思う事は分かる
しかし諸君らも、ここ数ヶ月で大きく力を身に着けている」
ギルバートは報告で、兵士達がワイルド・ベアを倒した事を知っている。
「諸君らが先日、ワイルド・ベアの討伐も果たしたと聞いている」
「しかしあれは、何とか倒せただけですよ」
「謙遜するな
私が居ない間に、自分達で考えて倒したんだ
それも3体のワイルド・ベアを、軽傷で倒せたのだ
十分な手柄と言えよう」
「その報酬という事で、このクリサリスの鎌が我等に手渡された
この聖なる鎌に誓って、必ず生きて帰るぞ!」
「おう!」
兵士達は鎌を掲げて、力強く隊長の言葉に賛同の声を上げる。
「それではこれより、竜の背骨山脈に向かう
開門!」
「開門!」
警備に立つ帝国兵が、力強く復唱をする。
城門がゆっくり開き、西の公道がその先に見える。
「行くぞ!」
「おう!」
兵士は声を上げると、ゆっくりと馬を進める。
今回は少数精鋭という事で、50名の護衛の兵士が着いている。
それを隊長が指揮して、魔物を警戒しながら進んで行く。
ギルバートは馬車と一緒に、一団の中央に位置していた。
周りにも護衛の兵士が着くが、ギルバートにはあまり必要で無かった。
むしろ兵士達の方が、ギルバートに守られてしまいそうだった。
「殿下
このまま何事も起きませんでしょうか?」
「そうだな
前日もリュバンニまでは、他の兵士達が討伐に向かっていたんだろう?」
「ええ
オーガも居たみたいです」
そんな話をしながら、ギルバートは周囲を見回す。
確かに辺りは静かで、魔物が現れそうな気配はしなかった。
オーガが現れたとなると、数日は他の魔物も警戒するだろう。
馬車の方を見ても、アーネストからの報告は無かった。
どうやら周囲には、魔物が居る気配は無さそうだった。
まあ、セリアが精霊の加護を発揮している
近付く魔物も少ないだろう
王城でバルトフェルドが、セリアが着いて行く事に心配をしていた。
しかしセリアは、そんなバルトフェルドの前で精霊を呼び出した。
そしてその聖霊は、軽々と思いテーブルを抱えた。
何か起こっても、精霊が守ってくれる。
その言葉に、バルトフェルドは頷くしか無かった。
そうした経緯もあって、無事にセリアは旅に同行している。
大好きなギルバートの側に居れるとあって、本来なら楽しみで仕方が無い。
しかし現実は、ギルバートは馬車の外で警戒していた。
いつ女神が魔物を送り込むか、油断が出来ないからだ。
「むう!」
「どうした?」
「退屈!」
セリアは馬車の中で、する事も無く退屈していた。
「だから大人しく、王城で待ってろって言っただろう」
「そうだぞ
外は危険なんだ」
エルリックも賛同して、今からでも遅く無いと言い出す。
「ここから先は、何が起こるか分からないんだぞ」
「だって…
お兄ちゃんと一緒が良いもん」
セリアは頬を膨らませて、エルリックを睨む。
「そんな睨んでも…
うう、でも可愛い」
「あのなあ…」
「キモイ!」
「キモイって…
でも可愛いから許す」
「はあ…」
「今からでも遅く無いぞ?
王城に帰るか?」
「やだ!」
「そうだぞ
ここは危険なんだ」
「良いもん
お兄ちゃんが守ってくれるから」
「はあ…」
「やれやれ…」
しかしすぐに、何も起きなくて退屈し始める」
「むう!
退屈退屈退屈…」
「はあ…」
「困りましたね」
「たいくつたいくつ、タイ!靴!」
セリアはそう言うと、不貞腐れて馬車の椅子に寝転ぶ。
「うう…
可愛い…」
「本当に気持ち悪いな…」
「うるさい!
私の妹は、この世で一番可愛いんだぞ!」
「女神様は?」
「女神様は…
あれは可愛いとかじゃあ無いな」
「どうなんだ?」
「お美しくも凛々しい…」
「凛々しいか…」
エルリックの感想を聞いて、アーネストは暫し考える。
「それは強いって事か?」
「いや
確かにお強いとは思うが…」
「戦ってる姿は?」
「それは無いな
そもそも女神様に敵対する者なんぞ、この世には居ないだろう」
「そうか?」
アーネストはそう答えつつも、一抹の不安を抱える。
「例えば魔王の誰かとか…」
「それは無いな
魔王も使徒も、女神様には心酔している
代わりに死ぬ事はあっても、敵対とかする事は無いだろう」
「そうか…
それでは女神様には、敵対する者も邪魔する者も居ないのか」
「その筈なんだがな…」
エルリックはそう言いながら、顎に手をやって考える。
「しかしどう考えても、これが女神様の意思とは思えんのだ」
「だろうな
聞いてた話と違い過ぎる」
「そもそも女神様は、人間が愚かな行いをしても赦されていたのだろう?」
「そうなんだよな
それなのに今回は、何故か急に態度を変えられた
しかも全滅させようとまでしている」
「そうだよな
どうしたんだろうな…」
アーネストが考えているのは、女神の偽物が存在するという仮説だ。
それはエルリックも、同じ考えだと示している。
どう考えても、女神が行っている様には見えなかったのだ。
だからこそ今回の、遠征で確認する必要があった。
本当に女神が、魔物を使役して人間を滅ぼそうとしているのかを。
「無事に着いて、確認出来れば良いのだが…」
「そうだな
しかし私が女神様の立場なら、魔物を配置して出迎えるだろうな」
「オレもそう思う」
このまま無事に、竜の背骨山脈に着けば良い。
しかしそれまでに、確実に魔物が待ち構えて居るだろう。
それも今までとは違って、確実に殺せる様な強力な魔物を用意して。
そしてギルバート諸共殺そうとしてくるだろう。
「油断は出来ないな」
「ああ」
アーネストはそう言って、窓の外に視線を向ける。
しかし今は、何事も起きそうには無かった。
隣で退屈とセリアが言う様に、何事も起きそうには無かった。
まだまだ続きます。
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