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聖王伝  作者: 竜人
第十四章 女神との邂逅
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第465話

1週間が経ち、子爵の兵士も少しずつだが、魔力を練れる様になってきた

そのまま訓練は子爵に任せて、ギルバートは溜まっていた書類の審査を進める

そうして今日、遂にほとんどの書類を確認し終わった

ギルバートは最後の1枚を手にして、不満そうな顔をする

そこには最近の王都と、自領との差を不平とする旨が書かれている

その領主からすれば、王都が発展する様な何かを、自分の領土に寄越すべきだと書かれている

この文面を読む限りは、この領主は精霊の加護に気が付いている

その上で、この豊作の元となる領民達を自領に寄越すべきだと書かれていた


「どう思う?」

「どう思うも何も、狙いはセリアだろう?」

「そうだろうな…」


この領主とやらは、セリアの事に気が付いているのだろう。

その上で、平民なのだから耕作に携わった者達を寄越せと書かれている。

随分と横柄な物言いであった。


「こいつは馬鹿なのか?

 今の王都から領民を寄越せだなんて…」

「馬鹿なんだろう?

 何せあの、アルウイン公爵の息子だ」

「アルウイン公爵?」

「知らないのか?」


アーネストはギルバートに、王都で起こった出来事を説明する。


「国王を僭称したのか?」

「ああ

 一応公爵だしな」

「だからと言って…

 私が居たのにか?」

「ああ

 ギルが魔王と結託して、国王を亡き者にしたって

 だから国外追放にして、自分が国王になるべきだって」

「そんな事を考えていたのか?」


実際にギルバートは、王都から追放されていた。

しかしそれは、意識を回復出来ないでいたからだ。

あの時意識があったなら、公爵も何も出来なかっただろう。


「いくら私が、意識を回復出来なかったからって…」

「邪魔だったんだろう?

 だからギルを追放する際にも、殺そうと兵も差し向けていた」

「馬鹿な真似を…」


ギルバートはそう言いながら、ふと気になって確認する。


「なあ

 あの時私と居たのは…」

「ああ

 後方で待機していた、実戦経験も少ない兵士ばかりだ

 だから公爵達も、簡単に殺せると思ったんだろう」

「それなら何で?」

「ジョナサンだよ

 ジョナサンが一緒に着いていた」

「え?」


ギルバートが意識を取り戻した時には、新兵達しか居なかった。

他には誰も、満足に戦える者は居なかったのだ。


「負傷したジョナサンと、数名の兵士が同行していた」

「そんな者は…」

「みんな無残な姿で、王都近郊の公道で発見された

 彼等には感謝しろよ」

「そんな…」


思い出してみれば、確かにジョナサンはあの時、ギルバートの近くで戦っていた。

しかしギルバートが意識を失う直前は、巨人と懸命に戦っていた。

そしてその後は、彼の姿を見ていなかった。


「それじゃああの戦いに居た者達は?」

「その後にほとんどの者達は、戦場後で遺体を確認されている

 生き残れた者達は、恐らく少なかっただろう」

「それがジョナサン達と?」

「ああ

 負傷した者達が、一緒に居たという証言もある

 恐らくお前を護る為に…」

「馬鹿な!

 負傷していたんだろう?」

「それも戦えない様な負傷をな」


戦えないと分かっていても、ギルバートを逃がす為に同行したのだろう。

そうして刺客の前に立ち塞がり、殺されてしまった。

ギルバートを逃がす為に、時間稼ぎをして。


「それじゃあ私が帰った時に、ほとんどの者達が死んだってのは…」

「バルトフェルド様の優しさだ

 だがオレは、そろそろ打ち明けるべきだと思っていた

 今日は良い機会だったからな」


アーネストはそう言いながら、ギルバートの肩を優しく叩く。


「ジョナサンにしても、他の兵士にしても

 みなお前達の為に戦って死んだ」

「ああ…」

「その責任は重たいぞ」

「そうだな…」


ギルバートは改めて、自分が生かされている事を実感する。

それは兵士達に守られている事では無く、こうして陰ながら誰かが戦っていたからだ。

そうしてギルバートは、今日まで生きて来られたのだ。


「何で私なんかの為に…」

「それはお前だからだ」

「私だから?」

「ああ

 お前が王太子だからじゃない

 お前がお前で居るからだ」


「どうして?」

「お前は王太子とかじゃなく、一人の人間として戦っていた

 だからジョナサン達も、そんなお前の背中を追っていた…」

「私が?」

「ああ

 どうせお前の事だから、今回も人々の平和な暮らしの為にとか考えているだろう?」

「女神様に会いに行く事か?」

「ああ

 違うのか?」


確かにギルバートは、この戦いを止める為に女神に会いに行く。

それも自分の為では無く、他の人々が苦しまない様にする為だ。

勿論、自分なら、魔物に勝てるという思いもある。

しかしその思いの根底には、他の者達では魔物に抗えないと思っているからだ。


「自分を犠牲にしてでも、領民や国民を護りたい」

「ああ…」

「そんなお前だから、ジョナサン達も護りたかったんだ

 お前に希望を託して…」

「私に…

 希望を?」


「だから死のうとするなよ?」

「何も戦いに行くのでは…」

「そうだな

 女神様と話す為に行くんだからな」

「ああ」


しかしアーネストは、首を振って否定する。


「しかしな、エルリックの話では罠の可能性も高い」

「だろうな

 都合が良過ぎるだろう?

 そんな近場にあるなんて…」

「そうだな」


アーネストは頷くと、魔導書を取り出す。


「だから今回は、オレも出し惜しみはしないつもりだ」

「期待してるぞ」

「ああ」


「今まで試していなかった、強力な魔法も使うつもりだ」

「大丈夫か?」

「危険だろうな

 しかし出し惜しみは出来ない」

「そうだな」


ギルバートは頷くと、溜息を吐く。


「今回はセリアを、連れて行かないつもりだ」

「はあ?」

「危険だからな」

「何でだ?」


「女神様が罠を用意してるんだろう?」

「そりゃあそうだが…」

「だったら…」

「だけどこれだろ?」


アーネストは先程の、不遜な書類を指差す。


「こいつがセリアを狙っているんだぞ?」

「だからって…」

「邪魔なお前も居なくなり、王都の守りも手薄になる

 連れて行った方が良いぞ」

「しかし…」


ギルバート達が向かう際に、護衛に兵士も連れて行く。

そうすればその分、王都の守りも手薄になるだろう。

この様な書類を不遜にも、王太子宛てに送る相手だ。

その間に何をするか分からない。


「オレやエルリックも居るんだ

 連れて行った方が良い」

「しかし…

 話し合いに行くだけだぞ?」

「生きて戻れる保証があるのか?」

「ううむ…」


勿論、生きて帰るつもりではある。

しかし女神の待ち受ける場所に向かうのだ。

無事は保証されないだろう。


「危険なんだぞ?」

「だからこそお前が、オレが守ってやるとか言うべきだろう?」

「そうか?」


アーネストに言われて、ギルバートは恥ずかしそうに俯く。


「セリアの前で言ってやれ

 お前にメロメロになるぞ」

「揶揄うなよ…」

「はははは

 今夜も頑張れよ」

「くそっ!」


ギルバートは不貞腐れながら、手元の書類に不裁可を押す。

そしてその下に、王都の領民は手放さないと書き加える。


「こんな奴に、大事なセリアを渡せるか!」

「おお!」

「セリアは私の妻になるんだ」

「言う様になったな…」


ギルバートは書類を纏めると、それを文官に手渡す。


「これで溜まっていた書類は全部だな?」

「いえ

 まだ半分です」

「へ?」

「あはははは

 言っただろう?

 先に片付けるべき重要な書類だって」

「じゃあ…

 まだまだ?」

「残りは帰って来てからだ」

「うう…

 このままセリアと逃げ出したい…」


ギルバートは机に突っ伏すと、そのまま溜息を吐いていた。


「それは良い考えだな

 そのまま国外に逃げるか?」

「領民を捨ててか?」

「お前に出来るか?」

「無理だな」


二人が話している間にも、兵士達は支度をしていた。

向かうのは王都から1週間ほど掛かる、竜の背骨山脈の麓だ。

そこにあるという、女神様から神託を頂く端末という物に話し掛けるのだ。

そこまで向かう為の支度を、兵士達は進めていた。


「食料は十分か?」

「ええ

 殿下も馬に乗りますので、馬車で運びます」

「うむ

 後は我々の装備だな」

「ええ」


新しく兵士達には、クリサリスの鎌と剣が支給されていた。

今回の遠征の為に、それを慣らす為に訓練も行っている。

後は魔物が襲って来た時に、その成果を見せるだけだ。


「この装備なら、オーガにも負けません!」

「そうか?

 巨人はどうだ?」

「勘弁してくださいよ」

「はははは

 オレでも無理そうだからな

 出ない様に祈るか?」


兵士達は雑談をしながら、荷を馬に括り付ける。

野営の支度もして、すっかり準備は整っている。


「明日は朝が早い

 別れを惜しむのは構わんが、羽目を外さん様にな」

「隊長こそ

 エレンさんの所に行かないでくださいよ」

「馬鹿野郎!」


兵士達は、ここ数日で恋人が出来た者も居る。

そうした者達は、最後にならない様に願いながら、暫しの別れを惜しんでいた。

再び生きて会える様に、そう願いながら一夜を過ごす。

その為に隊長も、兵士達に早目に準備を済まさせていた。


「オレも…」


隊長はそう言いながら、酒場のドアを開ける。

そこには20代の半ばに達した女性が、兵士に囲まれながら料理を運んでいる。


「後はオレ達でやりますから」

「そうですよ

 エレンさんは早く隊長の…」

「何を馬鹿言ってるの

 私は別に…」

「あ!」

「あ…」


振り返ると、隊長が気まずそうに突っ立っていた。

その手には何処で買ったのか、花が握られていた。


「えっと…」

「さあ

 エレンさん」

「ちょ!

 もう…」


エレンは頬を赤く染めながら、兵士に押されて隊長の前に進む。


「そのう…」

「どうしたのさ?」

「それが…」

「ハッキリしなさいよ」

「は、はい!」


隊長は花を差し出すと、エレンに向かって頭を下げる。


「暫く旅に出るんだ」

「そうみたいだね」

「それで…そのう…」

「そのう?」

「今夜は付き合ってくれ」

「何を言ってるんだい」


エレンは呆れた様に、腰に手を当てて溜息を吐いていた。


「私はこんな年だよ?」

「そんなの関係ねえ!

 オレがお前を好きなんだ!」

「私の気持ちは関係無いの?」

「それは…」


エレンに覗き込まれて、隊長はドギマギして後退りする。


「そこだ、隊長」

「バッチリと決めろ!」


兵士達の声援を受けて、隊長は覚悟を決める。


「オレの女になれ!」

「はあ?」

「お前を必ず幸せにする

 だからオレと…」

「本気なの?」


エレンは困った様な顔をして、隊長の顔を見る。


「ほ、本気だ!」

「一夜だけとかじゃなくて?」

「そんな事!

 オレは本気なんだ!」

「そう…」


エレンはそう言うと、顔を赤くしながら隊長の手を取る。


「生きて…

 帰るのも難しいのよね?」

「な!」

「聞いたわよ?

 だから一夜だけでも良かったのに…」

「馬鹿な事を言うな!

 オレはお前を幸せにしたくて…」

「それは同情かしら?」

「ぐう…」


隊長とエレンが出会ったのは、廃墟になったこの宿屋だった。

エレンの父親は巨人に向かって行って、踏み潰されて亡くなっていた。

そして母親も、エレンを庇って瓦礫の下に埋もれていた。

そんなエレンを見て、隊長は母親の遺体を探した。

それは壊れた宿屋の、出口に埋もれて亡くなっていた。


「あんたは私に、幸せになるのを諦めるなと言ったわよね」

「ああ

 誰だって幸せになるべきだろう?

 それならお前だって…」

「だからあんたがなの?」

「それは…」


エレンは責める様に、隊長の顔をじっと見詰める。


「私の両親が死んだのは、あんたのせいじゃあ無いだろう?」

「そうじゃあ無い」

「それじゃあ?」

「オレがお前に…

 エレン、お前に惚れたからだ」

「な…」


隊長の言葉に、エレンは顔を赤くして一歩下がる。


「こんな所で何を…」

「本気だ!

 ここを立て直す為に、懸命に働くお前を見て来た

 そうしてオレは、いつしかお前を本気で好きになっていた」

「…」


隊長は真剣な顔をして、エレンの事を見詰めていた。


「私はこんな年よ?」

「構わない」

「ここだってまだ、借金が払えていないのよ?」

「そんなのオレが、帰って来て一緒に働く」

「生きて戻れるか分からないのに?」


隊長は大きく息を吸うと、ハッキリと宣言した。


「必ず生きて帰る

 こいつ等も無事に連れて、お前の下に帰って来る」

「本気なの?」

「ああ!

 お前を幸せにする為にな」

「馬鹿…」


エレンはそう言うと、そっと隊長の胸に抱き着く。

そうして溜息を吐くと、そっと呟いた。


「こんな公衆の面前で言ったんだから…

 責任取ってよね」

「ああ

 んぐう!」

「大好き…」


エレンは隊長の口を塞ぐと、そっと呟いた。


「おお!」

「やった!」

「隊長、おめでとうございます!」


「2階に連れて行って…

 部屋は取ってあるから」

「え?

 でも…んぐ!」

「ぷはっ

 言ったでしょう?

 責任を取ってよ」

「う…」


「隊長

 後はオレ等がやりますから」

「そうですよ」

「たっぷり楽しんでください」


「馬鹿野郎!」

「バカ!」


そう言いながら、隊長はエレンを抱っこする。

エレンは顔を赤らめながら、隊長に情熱的なキスを続ける。


「んふっ

 眠らせないんだから…」

「それは困るな

 明日も早いんだ」

「そのまま行けばいいでしょ?

 それまでは…」


二人は愛を囁き合いながら、2階に上がって行った。


「どうやら上手く行ったな」

「ああ

 失敗するかと思って冷や冷やしたぜ」

「そうだよ

 オレなんか花を買うのに、ミーシャちゃんに勘違いされたんだぜ

 成功してもらわないと割りに合わないぜ」

「はははは」


兵士達は笑いながら、二人を祝福して乾杯をする。

他の客達も、宿の看板女将の幸せを祈って、葡萄酒の注文をしていた。


「殿下の様にならなくて良かったぜ」

「ああ」

「殿下も今頃は…」

「ああ

 さすがに今夜は、ちゃんと別れを惜しんでるだろう」


兵士達はそう言いながら、グラスを打ち鳴らせて葡萄酒を飲み干した。

まだまだ続きます。

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