第460話
子爵達は強敵のオークの集団を倒して、野営地で喜んでいた
その死体は直ちにバラされて、死霊にならない様に処置される
折角倒したのに、ここで死霊になられては困るからだ
ただせさえ苦戦したのに、死霊に成られては敵わないだろう
兵士達はオークの死体をバラすと、魔石を回収していた
ギルバート達はその様子を、少し離れた森から眺めていた
実はこの訓練もオークも、ギルバートが仕込んだ事だった
しかし帝国の兵士達は、それを知らずに素直に喜んでいた
ゴブリンやワイルド・ボアだけでは無く、オークも倒せたからだ
「さて
これで後は、明日に無事帰還するだけだ」
「そうですね
このまま何も起こらなければ良いんですが」
「ああ
私は子爵に挨拶して来るよ」
「良いんですか?
今行ったら、オークの事をあれこれ言われますよ?」
「大丈夫だ」
ギルバートは片手を挙げて、森から出ようとする。
しかしその肩を、何者かがガッシリと掴んだ。
「はいはい
ちょっと待ってね」
「んな!
エルリック?」
それは王都で待機している筈の、フェイト・スピナーのエルリックだった。
「何でここに?」
「それは色々ありましてね…」
「色々?」
「ええ
良い事と悪い事があります
どっちから聞きたいですか?」
「そりゃあ悪い事の方だ」
ギルバートは不満そうにしながら、エルリックを横目に見る。
「そうですね
イーセリアがあなたに会いたがっています」
「はあ?
それのどこが悪い事だ」
「悪い事ですよ
実の兄を差し置いて、あなたの事ばっかり
キイイイ!」
エルリックはそう言って、悔しそうにハンカチを噛む。
そんな様子を見ながら、ギルバートは肩を竦める。
「セリアは私の事を愛してくれている
当然の事だ」
「それが許せないんですよ
大体何で、人間のあなたと…」
「それはお前がセリアの事を、妖精郷に放置したからだろ」
「放置などしていません
そりゃあ精霊達が怒っているから、妖精郷に立ち入れませんでしたが
私は心配して、何度も周囲の確認に向かっていたんですよ?」
「精霊達が怖くてって…
元はと言えばお前が原因だろ?」
エルリックはセリアを逃がす際に、妖精郷の入り口を魔法で爆破した。
入り口が塞がっていれば、誰も立ち入れないと考えたのだ。
しかし魔法が妖精郷にも影響して、中の森を破壊していたのだ。
それで精霊達は怒り、エルリックは出入り禁止となっていた。
今は森も元に戻り、精霊達も大分怒りを収めている。
しかしギルバートに、エルリックに妖精郷に来る様にと伝言を託していた。
どうやら説教は免れないだろう。
「しかし…
なんだって爆破なんかしたんだ?
他にやりようは無かったのか?」
「当時は魔導王国の生き残りと、帝国の軍が捜索していた
時間が無かったんだよ」
ちょうど魔導王国が攻められている時で、妖精狩りが行われていた。
魔導王国としては、強力なエルフの魔法を利用したかったのだろう。
しかし思わぬ反撃に遭い、軍は妖精の王国を滅ぼす事にする。
そこに帝国の前身である、遊牧民の軍も戦闘に加わる。
それで妖精の国は蹂躙されて、森ごと滅びる事になった。
エルリックはその時、妹であるセリアを救出していた。
しかし匿う場所も無く、妖精郷に送り込んだのだ。
「だからってな…
何も爆破だなんて」
「あんなに激しく爆発する魔法じゃ無いんだ
しかしあの時は魔力が充満していて…」
「へ?」
「森が焼かれていたんだ
それで周囲の魔力の均衡が崩れていたんだ
結果としてああなったんだ」
「ふうん…」
エルリックの主張は、魔導王国が全ての原因だと主張していた。
しかし一番の問題は、そんな場所で魔法を使った事だろう。
いくらセリアの安全の為とは言え、却って危険な状況にしていたのだ。
「呆れたな…
妖精郷にはちゃんと謝りに行けよ」
「分かっているって
しかし何で私が…」
「お前が爆破したからだろ!
セリアだって危険だったんだぞ」
「それは…」
「大体、何で王国が狙われたんだ?」
「それは強力な魔力と、魔導器具の核を求めてだろうな」
「強力な魔力は分かるが…
魔導…何だって?」
「魔導器具だ
詳しくはアーネストにでも聞いてくれ」
「ふうん」
ギルバートはよく分からないので、後でアーネストに聞く事にした。
「それで?
魔導王国はセリアも狙っていたと?」
「ああ
イーセリアを私に任せて、両親は最後の戦いに向かった
同胞の民を逃がす為にね」
「そうか…」
エルリックはエルリックで、悲しい別れをしていたのだ。
それでセリアを守る事に固執していたのだ。
「ん?
しかしセリアは連れ出されたって言ってたよな?」
「ああ
気が付いた時には、妖精郷の入り口が抉じ開けられた後だった」
「それってどうやったんだ?」
「え?」
「中には精霊達も居たんだろう?」
「ああ」
「しかし精霊達は気が付かなかったのか?」
「あ…」
「まあしかし、結局はセリアは連れ去られた訳だ
しかし何故?
それにあんな小さな集落に居た事も分からないよな」
「そうなんだよね
女神様が何を考えているのか?
結局のところ、会って確認するしかないんだよ」
「そうだな…」
ギルバートは一息着いてから、再びエルリックを見る。
「それで?
良い事って何だ?」
「それはイーセリアがね、大層ご立腹だって事だ」
「おいおい…」
エルリックは嬉しそうに、セリアが怒っていると告げる。
些か悪趣味ではあるが、兄としては留飲の下がる思いなのだろう。
「何だってそんな…」
「それはあなたが放置しているからですよ
構ってくれないって拗ねていましたよ」
「はあ…」
ギルバートは溜息を吐く。
城を出る前に、1週間で戻るからと散々宥めた。
しかし1週間の終わりに近づいて、我慢出来なくなったのだろう。
これは早く戻らないと、マズい事になりそうだと溜息を吐く。
「分かったよ
子爵には明日一番で、王都に帰還する様に話して来よう」
ギルバートが森を出ようとすると、今度は兵士が呼び止めた。
「殿下?」
「何だ?」
「オーガです
オーガがこちらに向かっています」
「おいおい
勘弁してくれよ…」
ギルバートは溜息を再び吐きながら、兵士に状況を確認する。
「距離と数は?」
「距離はこの森の向こう側で、もう数分で到着しそうです」
「数は3体との事です」
「3体か…
お前らでやれるな?」
「え?」
「殿下は?」
「私は子爵と観戦するよ
あそこの特等席でな」
ギルバートはそう言いながら、森をゆっくりと出て行く。
兵士達は剣を引き抜くと、直ちに迎撃に向かって駆け出す。
まごまごしていれば、オーガは森をすぐに抜けるだろう。
子爵の元に辿り着く前に、何としても倒さなければならないのだ。
「急げ!
この森を抜ける前に倒すぞ」
「おう!」
兵士達は剣を構えると、オーガの進む場所に向かった。
それは地響きを伴ない、すぐに近付いて来る。
2ⅿを優に超える人食い鬼は、森を突っ切って進んで来ていた。
「殿下?」
「やあ、子爵」
「王太子殿下?」
「何でここに?」
帝国兵達の戸惑いを他所に、ギルバートはゆっくりと野営地に近付く。
「すまないがオーガが迫っていてね
兵士達が対応している」
「オーガ?
あの人食い鬼ですか?」
「ああ
すぐそこに迫っている」
「何て事だ」
「すぐに逃げ…」
「慌てるな!」
ギルバートの一喝に、帝国兵達の動きは停まる。
「私の兵士達が戦う
ここには近付いて来れない」
「そんな…」
「いや、しかし前回も倒していたぞ」
「だが…
大丈夫なのか?」
動揺する兵士を見ながら、ギルバートは静かに語る。
「ここは安全だ
私も居るからな」
「そういえば…」
「殿下が居るんだもんな…」
「君達には兵士達と、オーガの戦いを見てもらう」
「ええ?」
「戦いって…」
「それはいずれ、君達にも行ってもらう戦いだ
参考にしてくれ」
ギルバートはそう言うと、子爵の横に並んで立つ。
そして自分が来た方向から少しズレた、森の一角を指差す。
「あそこから出て来ます
よく見ておいてください」
「あ、ああ…」
子爵が頷くと同時に、地面が微かに揺れ始める。
その地響きは次第に大きくなり、森の木を薙ぎ払って現れる。
木は蹴り飛ばされて、野営地に向けて飛来する。
それをギルバートは、背中の大剣を引き抜くなり切り飛ばす。
「ふん!」
キン!
ゴウッ!
ゴトゴトン!
木は真っ二つに分かれると、野営地を逸れて吹き飛ぶ。
そうして地面に落ちると、轟音を上げて転がった。
「あんな大木を…」
「凄い…」
「こんなの、身体強化を使えれば簡単さ」
「その身体強化を使えないので、ワシ等は…」
「なあに
その内出来るでしょう
今はそれよりも、兵士としての基礎訓練が大事です
それはこの1週間で身に染みたでしょう?」
「あ…
ううむ」
子爵は一瞬、オークの事を質問し掛けた。
しかしこの様子を見て、その質問を飲み込んでいた。
ウガアアア
「ひいっ」
「殿下も無茶を仰る」
オーガの攻撃を躱しながら、兵士達は懸命に剣を振るう。
本来の攻撃なら、森でオーガを倒す事も出来ただろう。
しかし子爵に見せる為に、こうして森のギリギリの場所まで引っ張ったのだ。
「そろそろ決めるか?」
「ああ
この攻撃にも飽きたところだ」
先ずは左のオーガの方から、兵士は切り掛かって行く。
オーガの左の足元に2人が回り込み、剣を振り被って切り付ける。
当然大振りの攻撃に、オーガは足を上げて躱そうとする。
しかしその間に、本命の右足の腱が切り裂かれる。
「もらいっと」
グゴッガアア
オーガは片足を上げたまま、バランスを崩して横に倒れる。
そこに止めとばかりに、兵士が一気に切り掛かる。
肩と肘を切り裂き、魔物が呻く間に首を切り落とす。
「いっちょ上がり」
「ずりいぞ
こっちも手伝えよ」
「はいよ!」
右のオーガを相手にする、兵士達が不満の声を上げる。
そうする間にも、オーガの後方から兵士が剣を振り翳して接近する。
「え?」
「あんなに簡単に?」
「ああ
勿論彼等は、身体強化で自身の能力を向上している
そうで無ければ、あんな攻撃では通らないからな」
ギルバートが指差す先で、兵士達は2体目のオーガを倒していた。
横になって倒れたオーガは、直ちに腕や首を切り落とされる。
残るオーガは、もう1体になっていた。
そのオーガにも、兵士達が切り付けていた。
「あんな簡単に倒せるなんて…」
「訓練も必要だよ?
冒険者達の腕前を見ただろう?」
「冒険者?」
「どうして殿下が?」
「あそこで見ていたからね」
ギルバートはそう言って、自分達が野営していた場所を指差す。
「え?」
「見ていた?」
「森の中に居たんですか?」
ギルバートの言葉に、帝国兵達は驚きを隠せない。
誰も居ないと思っていた森の中に、ギルバート達がずっと隠れていたのだ。
そして彼等の訓練する様を、そこから覗いていたのだ。
「そんな悪趣味な…」
「何だってそんな事を…」
「それは君達が訓練をするに当たって、周囲の警備が必要だからね」
「警備?」
「ああ
君達の訓練を見守る必要もあったが、何よりも安全の確保が大事だからね」
「まさか…」
「魔物が少なかったのって…」
帝国兵達は、ここで魔物が減らされていた事に気が付いた。
話しに聞いていたより安全だと、高を括って笑っていた。
しかし実は、王都の兵士達が魔物を倒していてくれたから、安全に訓練が出来ていたのだ。
「オレ達が安全だったのは…」
「守られていたって事か?」
ギルバートは静かに頷くと、オーガを倒した兵士達に手を振る。
兵士達は頭を下げると、さっそくオーガの解体を始めた。
馬車で運ぶ事になるが、それまでに死霊にならない様にする為だ。
序でに胸も切り裂いて、拳大の魔石も回収する。
「しかし…
それなら何でオークが?」
「ああ
それは反省の為さ」
「反省?」
「ああ
君達は安全だと判断して、些か気を抜いていたね?」
「う…」
「あ…」
ギルバートに油断していた事を突っ込まれて、兵士達は俯いて黙る。
確かに安全だと思い込んで、すっかり油断していたからだ。
「それではわざと?」
「ああ
わざわざ向こうから引き寄せたんだ
それでオーガも釣られて来てしまったんだが…」
ギルバートは溜息を吐くが、兵士達は顔を強張らせる。
「何を考えているんですか?」
「魔物をこっちに引き寄せた?」
「怪我した者も居るんですよ?」
「だが、死んだりしていない
だろ?」
ギルバートは静かに兵士達を睨み付ける。
「気を抜き過ぎだぞ?
私達が居なければ、君達はとっくに死んでいるぞ」
「う…」
「それは…」
「王都に戻ったら、覚悟しておきなさい
精神面から鍛え直しますから」
「え!」
「そんな!」
兵士達はギルバートの言葉に、悲しそうな顔をする。
ギルバートの訓練は厳しいと、王都の兵士達から聞いている。
その上でギルバートは、厳しくすると言っているのだ。
どんな訓練が待っているのか、兵士達は戦慄を覚えながら震えていた。
「そんなに怯えなくても良いよ
死ぬ様な訓練じゃ無いから」
そう言って笑うギルバートに、兵士達は却って恐怖を感じていた。
そんな兵士達の様子を見て、子爵も溜息を吐いていた。
自分が甘くしていたから…。
いや、自分自身も甘く考えていたからだ。
王都での訓練を想像して、子爵は憂鬱な気分になるのであった。
まだまだ続きます。
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