第46話
魔物の遺骸から得られた情報を基に、魔物の対策が練られた
ほとんどが使えない素材だが、魔石の有効活用も考えられる様になった
そうして魔物を狩る作業が冒険者主導で行われる事となった
アーネストは解体作業で得られた情報を持って、再度領主と会談していた
コボルトの皮と魔物が持つという魔石、この2つが主題だ
アーネストは、得られた魔石を机の上に出した
「これがオークから取れた魔石です」
「ふむ
こうして見ると、単なる小石だな」
「ええ」
領主は魔石を手にして、その外観を眺める。
色も見た目も普通の石だ。
違うのはほんのりと光を反射するぐらいだろう。
「これが、もっと強力な魔物の魔石なら、石自体が薄っすら輝くそうです」
「ふむ」
アーネストが魔力を放出する。
アルベルトの手にした魔石に吸い寄せられ、魔石が薄い輝きを放つ。
「こんな感じに輝きます」
「ほう」
「自然に魔力は満ちていますので、強い魔石は輝きます」
「なるほど」
「この魔石はほとんど力を持ってませんので、ボクの魔力を呼び水にして光らせました」
「そうなると、そこらで魔法を使ったら、光る石が見つかるかもしれないな」
「と、言いますと?」
「天然の魔石というものは無いのかね?」
「ああ、なるほど」
「確かに魔石が在れば光るでしょう
しかし、鉱山でも魔法を利用したランタンを使っていませんか?
光った報告を聞いた事が無いので、恐らく無いのでしょう」
「そうか…
残念だ」
「なんなら、魔術師ギルドに依頼しますか?
クエスト扱いで調査依頼を出しますが…」
「うーむ」
アルベルトは暫く考えて、依頼を出す事とした。
どこかで見つかれば、それだけで戦力の増強になる。
ここは出し惜しみは無しだろう。
「それでは、鉱山や採石場、その他考えられる場所で色々試してくれ」
「分かりました
こちらも探査の魔法の練習になりますし、魔力の鍛錬にも繋がります
クエストの報酬は領主宛てでよろしいですか?」
「そうしてくれ」
「見つけた魔石は、商工ギルドに集めますね」
「魔石の使い道は?」
「先ずは魔法触媒の増産ですね」
アーネストはマジックバックから杖を取り出し、領主の前へ置く。
「師匠の形見ですが、ここを見てください」
アーネストが指差す先には、親指大の丸い石が填まっていた。
石は宝石の様に光を反射する。
「これは魔石ですが、師匠もどこで手に入れたかは知りませんでした
ですが、恐らくは魔物ではなく、どこかの鉱山かと」
「そうだな
こいつでこんな大きさだ
こんな魔石を持った魔物など考えたくもない」
そう言ってオークの魔石と大きさを比べる。
オークが豆粒大だから、伝説の竜とか想像してしまう。
「鉱山では、昔は取れていたという記録があります
ただ…どこで取れていたのか?
どうやって取っていたのか等は分かりません」
「仕方が無い
そちらも調べるしか無いだろう」
アルベルトはクエスト依頼の書類を作成し、執事に各ギルドへ届ける様に指示する。
「それで、他に用意する物はあるかね?」
「そうですねえ
当面は付近の警戒を密にして、冒険者と協力して倒すしかないでしょう
兵士の人数にも限りがありますから」
「そうだな
これ以上の被害はマズいな」
「少しでも魔物を間引いて、数が増えるのを押さえるしかありません
でないと、このままでは大発生が起こって、街が襲撃されるでしょう」
「分かった
この事は領主からの布告として、街にも警告を出しておく
不用意に街の外へは出ない
腕に覚えのある者は、冒険者ギルドか兵士に登録して訓練を受ける
冒険者ギルド、兵士は協力して魔物の討伐に当たる
そんな物で良いかね?」
「後、魔法を使える者は魔術師ギルドか商工ギルドに登録して、魔道具やポーションの生産を手伝うというのもお願いします」
「ん?
そうか、分かった」
領主は書類を書き上げ、執事に指示を出した。
明日の夕刻には、領主の御触れとして街中に出されるだろう。
「周辺の町との情報交換はどうするかね?」
「そこは領主様にお任せします
ただ…情報の無償提供は止めた方が良いです」
「ほう
それは何故だい?」
「助けると思って無償で提供しても、感謝なぞしないでしょう
それに、何かあったらこちらの責任にされますよ?」
「そうか」
「情報を出すにしても、先ずはこちらで確認が取れてからです」
「分かった」
「それから、隊商や避難民の受け入れは、引き続き行いましょう
隊商との取引は必要ですし、避難民はこちらの力になります」
「そうそう上手く行くかね?」
「そこは住民の協力です
この街は住民も良い人が多いです
避難民に手厚く保護を出し、その後の協力は自主的にしてもらいます」
「自主的にねえ」
「ええ
協力を要請すれば反発されます
あくまで、進んで協力を提案された時だけ、参加を認めてください」
「分かった
その様に手配する」
粗方の対策案は出揃ったので、二人は休憩を取る事にした。
執事にお茶を頼み、雑談を始める。
「取り敢えずは、こんな物だろう」
「そうですね」
「後は魔物の大発生が起こらない様に祈るしかない」
「大発生ですか…」
「スタンピード、大発生の起こる原因は分かりませんからねえ」
「うむ」
「狼や野犬の大発生は、他の動物の移動や森の資源の増え方ですよね?
果物や木の実等が豊作になったり、逆に取れなくなって飢えたり」
「そうだな
森の様子を見て、予想を立てている」
「考えてみたら、魔物のが原因の年もあったのでは?
今までは森の外まで出て来なかったのが、今回は出て来たとか?」
「む?
それは考えていなかったな」
「過去の資料に、魔物が現れた記録は有りますか?」
「過去と言われてもな
ここが街として発展したのは30年ぐらい前からだ
それ以前の記録は、帝国との戦争で焼失している」
「そうですか」
執事の運んだお茶を飲みながら、アルベルトは36年前までの資料を探して、書類の束を集めて来る。
それを年代順に並べて、片っ端から調べ始めた。
「ここにある資料で、一番古いのがこれだ」
中身を検め、アーネストの前へ置いて行く。
「どれどれ…」
「本当は身内以外には見せれないんだがな
お前はこれからもギルバートの肩腕になるだろう、今から見せても問題なかろう」
「あ…」
アルベルトは事も無げに言ったが、アーネストにとっては責任重大な問題だった。
しかし、見てしまった物は仕様が無い。
アーネストは、諦めて書類の束に目を通した。
「ここの記載…
これなんか怪しいですね」
「どれどれ?
ふむ
飢饉でも無いのに狼が増えた年か」
幾つか怪しい記録は出てきたが、魔物を見たとかの決定的な記録は出て来なかった。
だが、確証は得られなかったが、これで魔物も増えていたかも知れないという仮説もあり得ると考えられた。
野生動物の大発生ではなく、大移動と思われる記録があったのだ。
「やはり、以前から魔物は居たと考えられます」
「うむ」
「魔物が出て来なかったのは、女神様の結界が効いていたのではないでしょうか?」
「だが、それならば何故?
今回は魔物が出て来たのか?
それが問題になるぞ」
「そこなんですよね
今回魔物が出て来れた理由
それが問題です」
「それが分からねば、今後も魔物が出て来るだろう」
「それと…
魔物が結界石を無効化した件も気になります」
「報告にあった件だな」
「はい
誰が魔物に入れ知恵をしたのか…
気になります」
「うーむ」
アルベルトは押し黙り、腕を組んで考え込んだ。
女神様の結界が効かなかった事。
それが今回の魔物の出現に大きく関与している。
しかし、そんな事を出来る者がいるのだろうか?
「一体誰が…」
「お困りの様ですね」
「ああ
分からないからな…って!」
不意に執務室の窓側、カーテンの陰から声が掛けられた。
アルベルトは咄嗟にドアの方へ跳び、アーネストは杖を構えた。
「誰だ!」
アルベルトは慎重に剣を壁から外し、眼前に構えた。
声の主はゆっくりとカーテンの陰から歩み出ると、艶然と礼をしてみせた。
「初めまして
わたくし、フェイト・スピナーが一人ベヘモットと申します」
ベヘモットと名乗る男は、優雅に礼をして歩いて来る。
「フェイト・スピナー…女神の使徒か!」
「はい」
アルベルトの言葉に、男は優しく答えた。
その姿は異様で、紫の派手なローブに身を包み、顔には怪しげなマスクを着けていた。
マスクは目元を覆い、顔は口元しか見えない。
頭は濃紺の髪を短く纏めて後ろに流し、金の髪留めで押さえている。
見てくれは怪しい魔術師か書記官といった出で立ちであった。
男はソファーに腰掛けると、魔法なのか、手にカップを取り出して優雅に飲み始めた。
「な!」
「魔法?」
「ええ
収納魔法ですよ
そちらの坊ちゃんの魔力なら、そろそろ習得出来るのでは?」
男はそう言うと、羊皮紙を1枚、机の上に置いた。
これまたどこから出したのか分からない。
「エルリックの奴め、キチンと仕事しないから
代わりにわたくしが、こんな小間使いを…おっと、失礼」
一瞬、苛ついた様に口走ったが、すぐに優雅な話し方に戻す。
そうしてソファーの向こう側を示すと、ゆっくりと囁く。
「どうぞ、お掛けになってくださいませ
あなた方も色々と知りたいでしょうから」
「フェイト・スピナーが何用だ!」
アルベルトは尚も警戒して身構える。
それに対して男は、敵意が無いと両手を広げて見せる。
「ですから、あなた方の質問に答えてあげようと思いましてね
わざわざ出向いたんですよ」
「質問?
フェイト・スピナーがか?」
アルベルトは敵意を剝き出しに、身構えたままだ。
アーネストは、何故に領主がこうも敵意を向けるのか不思議だった。
相手は怪しいとは言え、仮にも女神様の使徒である。
そう名乗っているだけかも知れないが、先ずは話を聞くべきだろう。
「アルベルト様、落ち着きましょう
先ずは話を聞きませんか?」
「ぬう…」
アルベルトはそう諌められ、不承不承剣を壁に戻した。
本来なら、領主が先に腰掛けるべきだが、警戒する領主を尻目に、アーネストは男の向かい側に腰掛けた。
「先ずは、お詫びとしてですが、こちらをどうぞ」
男は先ほどの紙をアーネストの前へ差し出した。
「これは?」
「空間拡張の魔術の基礎です」
「空間拡張?」
「マジックバックをお持ちですよね?
それの理論と実践用の呪文です」
アルベルトはアーネストの隣に座ると、訝し気に紙を覗き込む。
「分かります?」
「ワシが分かるわけ無かろう」
アルベルトは口をへの字に曲げる。
そんなアルベルトを横目に、アーネストは羊皮紙を読み進める。
「どうです?
読めそうですか?」
「ええ
何とか…」
「良かった
エルリックの役立たずめが、古代王国語をそのまま渡したと聞きましてね
そのままでは翻訳すら出来ないでしょう?
それで困っていたのですよ」
そう男は言うと、1冊の書物を取り出す。
「本来なら、これを渡せば事足りたのに
2度手間ですよ、まったく…」
『直訳:初級魔術書』
「これは…」
「どうぞ、お収めください
それが無くては大変でしょう?」
アーネストはパラパラと本を捲る。
幾つかこれまでに翻訳した魔法も載っているが、こちらは初歩的な魔法と攻撃魔法が載っている。
これがあれば魔物にも対抗出来そうだ。
「どうです?
使えそうですか?」
「はい!」
「それは良かった」
アーネストは大喜びだったが、アルベルトは憮然としていた。
「それで?
交換に何を要求する?」
「へ?」
アルベルトの一言に、アーネストは変な声を上げてしまった。
「何も」
「何もだと?
フェイト・スピナーの助力は交換条件があるだろう!
何故だ!!」
アルベルトは激しく言い放ち、立ち上がって男を睨みつけた。
「だって、これが無いと勝負にならないでしょ?」
「勝負?」
「そう、魔物と戦う為に必要でしょ?」
「その為にわざわざ?」
「そうよ
本当はエルリックの役目だったのに、あいつはいつも失敗ばかり」
男は嫌そうに、大きな身振りで両手を挙げた。
よほど二人の仲は悪い様だ。
「それで、今回の用はこれだけか?」
「んー
これからが本題なんだけどね」
男はそう言うと、カップにお茶を注いで、ゆっくりと飲み干す。
「ふー
美味しい」
「それで、何の用なんだ!」
男の様子に苛立ちながら、アルベルトは尋ねる。
「今日は宣戦布告」
「戦線…布告?」
「そう
あなた達人間に、天罰を下す為に来たの」
男はニコやかに笑って、そう告げた。
不意に現れた、第2の使徒
使徒の目的はダーナの街を攻める事です
その理由は女神に背いた為です




