第458話
王都の南に広がる平原、ここは隊商が通る公道からは外れている
しかし稀にだが、王都の住民が野草や木の実を集めに訪れる
子爵が訓練を始めてから3日目、護衛を連れた住民達が訪れていた
子爵はこれは好機だと判断して、彼等に話し掛けるのだった
そのまま話し掛ければ、作業の邪魔にしかならない
兵士を何人か回して、作業の手伝いや護衛の手伝いを申し出る
そうして手伝いをしながら、情報を聞き出そうと考えたのだ
その考えが功を奏して、兵士達は住民達と話をする事が出来た
「子爵様
色々聞けました」
「そうか
でかしたぞ」
兵士達も読み書きは出来ないので、現物を見ながらの説明になる。
しかし物を見ての説明なので、兵士達も理解が出来た。
「こっちがリンゴで、こっちが山葡萄だそうです」
「ふむ
山葡萄というのは?」
「葡萄酒を作るのとは別の葡萄です」
「主に食用ですが、ポーションの材料にも使われるとか」
「どれどれ」
子爵は山葡萄を一摘み手にすると、それを口に運ぶ。
少し酸味を感じるが、それは甘酸っぱい果実だった。
「これは良いな」
「しかし少量ですよ
灌木に生りますので、探すのも困難みたいで…」
「森の中か…」
「ええ
彼等も危険を冒してまでは、収穫しようとはしていません」
「では、何故森に?」
住民達は、ここで護衛と一夜を過ごすらしい。
そこで薪になる様な木を探して、森の中にも分け入っていたのだ。
「そうか!
そうすると野営の仕方も…」
「ええ
護衛の冒険者達が、これから天幕や焚火の支度を始めます」
「よし
そこで色々と教わるんだ」
「既に教わりに向かっています」
兵士達は冒険者達に、野営の仕方を教わっていた。
先ずは基礎となる、杭の立て方から教わっていた。
「こうやって一人が押さえて、もう一人が木槌で叩きます」
「木槌?」
「ええ
木で作った杭打ち用のハンマーですよ
お持ちでは無いのですか?」
「はい…
お恥ずかしながら…」
冒険者達は、兵士に木槌が無い際の方法も教える。
「こうして手頃な大きさの石か、太めの木でも良いんですよ
要は杭を傷つけずに、深く打ち込めれば良いんですから」
「なるほど…」
「ですから剣で叩き付けるなんてもっての外ですよ」
「はははは…」
兵士の手には、剣で無理矢理叩き込んで割れた杭が握られている。
ほとんどの兵士が、杭は剣の握りで叩き込んでいた。
しかし上手く出来ないので、こうして剣で叩き込んで壊す者もいたのだ。
冒険者が予備の杭も持っていたので、交換してもらっていた。
「それとですね、壊れた時はその辺の木でも代用出来ますよ」
「ええ?」
「そこの木の枝とか良さそうですね」
冒険者は剣を引き抜くと、軽々と枝を切り落として削りだす。
「こうしてある程度真っ直ぐな木を、先を削れば代用出来ます」
「なるほど…」
冒険者はそれから、焚火に使う木についても説明を始める。
「この木とあの木を見比べてください」
「え?」
「違いが分かりますか?」
「ううん…」
兵士は二つの木を手にして、散々と眺め回す。
しかし違いを見抜けず、困った顔をしていた。
「はははは
こうすれば分かりますよ」
冒険者は剣を引き抜くと、器用に木を叩き割る。
「せい!」
「ああ…
勿体ない」
「なあに
どうせ薪にくべるんです
それよりこれを見てください」
木の断面を見ると、それは一目で判別出来る。
片方はしっかりと乾いて色も変わっていた。
「これは?」
「こっちは乾いているんです
そのまま木から折り取らず、折れて枯れた木を拾ったんです」
「枯れた木ですか?」
「ええ
薪にするには、乾いた木でないと駄目です
そのまま切った木では、満足な薪にはなりませんよ」
そう言って冒険者は、枯れ木の拾い方も説明した。
「そうか…
凄いな、その冒険者というのは」
「ええ、そうでね
さすがに野営に慣れていますね」
「そうじゃない」
「え?」
子爵は顎に手をやって、低く唸る。
「ううむ
冒険者とは護衛や獣狩りが主な仕事なんだよな?」
「ええ
本来はそうらしいです」
「ああ
しかし今は、魔物の討伐もしているんだ」
「魔物のですか?」
「ああ
だからこうして護衛もしているんだろ?」
「へ?」
「魔物と戦えるから、ここの護衛に来ているんだ
違うか?」
「ああ!」
ここで兵士は、子爵の言っている意味が理解出来た。
あの人数で魔物が狩れるからこそ、護衛の仕事として出来るのだ。
「それに…
ちょっと来い」
「はい」
子爵は少し歩いて、森の外れの木に近付く。
「せい!」
バキン!
「え?」
「どうだ?
ワシでもこの様だ」
「はあ?」
「お前は切れるのか?」
兵士は子爵に言われて、剣を引き抜いて構える。
そうして剣を振るうと、力任せに叩き切った。
「えい!」
バキ!
枝は無様に垂れ下がり、兵士の腕を示していた。
「あ…」
「どうだ?
その冒険者の技量が分かったか?」
「はい…」
冒険者の男は、苦も無く剣で切り落としていたのだ。
それも力任せでは無く、鋭い一撃を軽々と放ったのだ。
「大した力量だな…
それでもただの冒険者だという…」
「はい」
「その冒険者達に、一手指南してもらいたいな」
「はあ?」
子爵はそう呟くと、冒険者の所へ自ら出向いた。
「すいません」
「はい」
「私はハルムートと申しまして…」
「ああ
あなたがあの子爵様ですか」
「え?」
「有名ですよ
殿下の扱きを希望されたとか…」
「はははは…」
子爵は苦笑いを浮かべて、冒険者の男を見る。
「有名ですか?」
「ええ
オレ達王都の民の為に、わざわざ砂漠を越えて手助けにいらした
それだけでも感謝しています」
「そんな大した物じゃあ…」
「はははは
ご謙遜を」
男はそう言うと、ニッコリと笑って見せた。
ここには魔物も出るというのに、男は恐れている様子も見せない。
その豪胆さに、子爵は興味を引かれる。
「冒険者というのは、みんなあなたみたいに豪胆なんですか?」
「え?」
「ここには魔物が出るんですよね?」
「ああ…
しかし今は、ゴブリン程度しか出ないんでしょう?」
「それはそうなんですが…」
実は冒険者達は、事前にゴブリンしか出ないと知っていたのだ。
だからこうして、安心していた。
それも出発する前に、警備兵達から訓練の事を聞いていたからだ。
「ゴブリン程度なら、余程の事でも無い限りは平気ですよ」
「そ、そうですか?」
「ええ?」
男は子爵の様子に、首を傾げながら頷く。
「だってゴブリンですよ?」
「そ、そうですね…」
「それで、どういったご用件ですか?」
「それなんですが…」
子爵は申し訳無さそうに、兵士と手合わせをする様にお願いする。
「なるほど…
私達の技量ですか」
「ええ
是非とも拝見したくて」
「しかし私達は、一介の冒険者ですよ?
街の兵士の方が、腕は確かですよ?」
「そうなんですが…」
男は少し考えてから頷く。
「分かりました
住民達が帰って来てから、少しだけお手合わせいたしましょう」
「はい
よろしくお願いします」
「はははは
こちらこそお願いします」
冒険者の男はそう言って、再び作業を再開する。
天幕は既に張り終わり、今度は夕食の準備を始めていた。
そこにも兵士は手伝いに入り、野菜の調理方法を教わる事になる。
今まではただ、持って来た食材をそのまま鍋に放り込んでいた。
しかしその様子を見て、冒険者に呆れられていた。
「いや…
それは確かに野菜をそのまま食べられるけど…」
「え?
駄目なんですか?」
「うーん
切るとかしないんですか?」
「え?
切るんですか?」
「こうして…」
冒険者は腰のナイフを火で炙って、消毒をする。
「先に水洗いや火で炙って、刃は綺麗にしておきます
血や汚れが着いていては駄目ですよ」
「はあ…」
冒険者は兵士達に、野菜の皮剥きや切り方を教える。
そうして野菜を任せると、香草を引き抜いて洗い始める。
洗った香草を刻んでいると、兵士達興味深そうに見ていた。
「え?
どうしたんですか?」
「いやあ…」
「草も入れるんですか?」
「草?
ああ、香草を知らないんですか」
冒険者はその辺に生えている、自生した薬草や香草の説明を始める。
「こっちが傷薬に使う薬草で…
こっちは焼くと鎮静作用のある煙を出す香草です」
「え?
この草が?」
「ええ
ですから集めに来ているんですよ
栽培するより手っ取り早いですから」
兵士達に幾つか紹介しながら、冒険者は香草を刻んで肉の上に乗せる。
それは兵士達が狩って来た、ワイルド・ボアの肉だった。
「今日狩った新鮮な肉なので、先ずは臭みを取り除かないと」
「臭みですか?」
「ええ
そのままでは血の臭いや嫌な臭いが残っていますからね」
「はあ…」
そうやって香草を刻みながら、冒険者は兵士達に尋ねる。
「普段はどうやって食べていたんです?」
「それは…」
「上手く調理する方法が分からなくて」
「ああ…」
「折角の肉も分からないので、そのまま焼いて塩を掛けていました」
「勿体ない…」
冒険者は肉に合う、香草をその辺から集めて見せる。
そうして説明しながら、刻んだ野菜を鍋に放り込む。
「え?
そのまま煮るだけなんですか?」
「そうですね
刻んでいれば、野菜によく火が通って柔らかくなります
それに肉や塩は後から加えるんですよ」
冒険者に教わりながら、兵士達も実際に塩を加えたりする。
「ああ!
それじゃあ多いです
もっと少し…
そうですね、指で摘まむぐらいで」
「こんなので良いんですか?」
「一度に入れると辛くなりますよ?
少し入れて混ぜてから…
足りなければもう少し足して」
「なるほど!」
兵士達が一緒に料理するのを、子爵はハラハラしながら見守る。
昨晩も塩辛い野菜の塊を、無理矢理齧っていたのだ。
「どうだ?
大丈夫そうか?」
「子爵様…」
「さすがに失敗はしませんよ」
「そうですよ
今は上手い人に教わっているんですから」
「上手いって…
オレはその辺の冒険者ですよ?
これぐらいは出来ないと…」
「え?」
「いやあ…
はははは…」
兵士達は視線を逸らして、誤魔化す様に笑う。
「子爵殿…
大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃ無いから、反省させる為に訓練をしておるんじゃ」
「はあ…
殿下の無茶振りか」
冒険者は溜息を吐いて、鍋の蓋を乗せる。
「それでは仲間に相談して来ます」
「頼むぞ」
「はははは」
冒険者が去って行った後に、兵士達は子爵に質問する。
「何を頼まれたんです?」
「お前らとの手合わせじゃ
一度冒険者という者がどれほどの腕なのか?
お前達に見せて欲しいとな」
「え?」
「戦うんですか」
「ああ
戦うと言っても、1対1の訓練形式じゃ」
冒険者少しして、仲間の冒険者を一人連れて来る。
「彼はまだ新人で、それほどの腕ではありません」
「そうか
それは好都合だな」
「子爵様
いくらなんでも新人とは…」
「そうですよ」
「良いから」
兵士達に新人と侮られて、その青年はむくれていた。
「確かに新人ですけど?
でもオークとも戦いましたよ」
「そうだな
手助けはあったが、無事に倒しているもんな」
「もう!
先輩も揶揄わないでください」
「はははは」
新人冒険者は剣を引き抜くと、少し離れた場所で地面に線を引く。
「ここからボクを下がらせたら…勝ちです」
「はあ?」
「舐めてんのか!」
「おい!
お前等!」
子爵は怒鳴り付けると、兵士達から1名を無作為に選ぶ。
「おい
先ずはお前から行け」
「え?
オレがですか?」
「ああ
ただし相手は強いぞ
油断はするなよ」
「強いって…
新人でしょう?」
兵士もまだ、訓練を始めて3週間ほどの新人だ。
しかし年齢差もあって、完全に相手を舐めていた。
「行くぞお、おら!」
「おお…
怖い怖い」
新人冒険者はそう言いながら、剣を正面に構える。
しかし結果はあっさりと決まった。
「せりゃあああ…」
「え?
これで?」
ガキン!
「痛っ…」
「勝負あり!」
兵士は正面から、力任せに叩き切りに行った。
しかし冒険者の方は、それを軽く剣を振り上げて弾く。
弾かれた剣は後方に飛び、兵士は腕を痛めて蹲る。
「え?」
「何がどうしたんだ?」
「どうしたも無いでしょう?
身体強化は?」
「身体強化?」
「あの殿下が仰っていた?」
ここで兵士達は、彼が苦も無く身体強化を使っている事に気が付く。
新人冒険者なのに、彼は身体強化を使い熟していたのだ。
「いやあ…
魔物と戦うなら基本でしょう?」
「子爵殿…
これはどういう…」
「お恥ずかしながら
彼等は身体強化どころか、碌に魔石も使えない始末で…」
「ええ!
それでここに来ているんですか?」
「何て無茶な…」
冒険者達は呆れて兵士達を見る。
「おい
次は身体強化無しでやってやれ」
「でも…」
「お前にも良い訓練になるだろう」
「はい」
青年は不服そうに答えると、再び剣を構える。
「それで?
次は誰が来るの?」
「オレだ
その生意気な鼻っ柱をへし折ってやる」
「ふうん…
折れるのはどっちかな?」
数分後にはそこに、蹲る兵士達の姿が見られた。
さすがに青年も息が上がっていたが、それでも1回も被弾していなかった。
「ふう、ふう…
おじさん達、戦いに向いて無いんじゃないの?」
「馬鹿
調子に乗り過ぎだ」
しかし青年の言う事も尤もだった。
中には数合打ち合う者も居たが、ほとんどが簡単に剣を弾かれていた。
これは単に、青年との努力差であろう。
「こんな…」
「相手は新人なんだろ?」
「新人と言っても、彼は少年の頃から訓練を重ねている」
「オレ達だって
何もしてない訳じゃあ無いんだ」
「ですが、訓練を的確に積んでいる訳では無いでしょう?
その結果がこれですよ」
冒険者達の言葉に、兵士達は深く打ちのめされていた。
「いやあ…
まさかこれほど差があるとは…」
「そうですね
オレ達も王都に住んでいますから
彼等の訓練は見た事がありますよ」
「そうそう
あんな程度の訓練じゃあな…」
青年の言葉に、兵士達は何も言い返せないでいた。
それほどまでに、彼との力量の差が見えたのだ。
まだまだ続きます。
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