第457話
野営地に夜が訪れて、子爵達は焚火の周りに集まる
本来は魔物を警戒して、周囲を見回る必要があった
しかしギルバート達が、周りの魔物を間引いていた
だから子爵達は、安心して野営地で過ごせていた
ギルバート達が周辺の魔物を狩っている間に、子爵達は安心して眠りに着いていた
しかしギルバート達は、そんな余裕は無かった
子爵達に気付かれない様に、事前に魔物を狩る必要があるからだ
今夜も少し離れた場所で、オーガが森を歩いていた
「こっちだ
このデカ物!」
「せりゃあああ」
ウゴガアア
「お前達だけで、オーガも楽勝になってきたな」
「楽勝じゃないですよ…」
「そうですよ
デイビットが殴られたんですよ?」
「でも盾で防いでいただろう?」
兵士の盾は、オーガの一撃で曲がっていた。
しかし受け流せていたので、軽い打撲で済んでいた。
「さすがに子爵には…」
「ああ
こいつは無理だろう
だから私達が居るんだ」
「オレ達です!」
「そうですよ
殿下は参加しては駄目ですよ」
「ちえっ
そんなに言うなよ…」
夕方の事があって、兵士は若干口煩くなっていた。
いくら王太子でも、我儘ばかりでは兵士達が困るからだ。
反省を促す為にも、兵士達は暫く厳しく接する事に決めていた。
「もう少しで夜が明けるな
交代して休もう」
「ええ」
「さすがにへとへとですよ」
ギルバート達は森の兵士達と合流して、見張りを交代する。
「子爵様達がもう少し警戒してればな…」
「いや
却って魔物に気付かない方が、今は安全なのかもな」
「そうだぜ
今の彼等では、コボルトも危険だろう」
ゴブリンやワイルド・ボアだからこそ、今のところは何とか戦えている。
これがコボルトでは、集団で襲い掛かられて危険だろう。
そんな魔物と戦わない様に、兵士達がこっそりと間引いているのだ。
それを悟らせる訳にはいかない。
やがて朝日が昇り、野営地にも日が差し込み始める。
子爵達も起きて、周囲の確認に入る。
帝国兵達が走り回り、周囲に魔物が居ないか見回り始めた。
「さすがに3日目となれば、辺りを警戒し始めるか」
「そうだな
この分なら、あそこのゴブリンは放置で良いかな?」
「ああ」
兵士達は、少し離れた場所に来たゴブリン達を見張っていた。
このまま進めば、子爵達の野営地にも気が付くだろう。
しかし子爵達も周囲を警戒しているので、不意討ちの心配は無そうだった。
兵士達はギルバートを起こさず、そのまま魔物の動向を見守る。
「お?
野営地の煙に気が付いたか?」
「そうだな
朝から肉を焼いていればな…」
子爵達は焚火の周りで、肉を串に刺して焼いていた。
シンプルに塩を掛けただけだが、昨晩の様な失敗はしていない。
下手に野菜と煮込むよりは、焼いた方が簡単だし、問題が無いと判断したのだろう。
しかし逆に、美味そうな匂いが辺りに漂っていた。
「魔物の数は22体」
「しかし野営地には全員集まっている
120名も居れば十分だろう」
子爵も魔物の接近に気付いて、兵士達に迎え撃つ様に指示を出す。
兵士達は武器を手にすると、野営地の先で迎え撃つ為に隊形を取る。
しかしそれは、あまり慣れていない為にバラバラな陣形だった。
「おい
大丈夫か?」
「さあな?
しかしこれで、彼等の手並みが拝見出来るな」
兵士達はギルバートを起こさないままで、帝国兵達の戦いを見守る。
帝国兵達は馬に乗らずに、歩いて魔物に近付く。
「大丈夫かな?」
「いや、却って歩きの方が良いだろう
慣れない馬で戦うよりは、低い歩きの方が戦い易い筈だ」
「そうなのか?」
兵士達が見守る中、戦いが始まる。
「うりゃあああ」
グギャ
帝国兵達は、バラバラにならない様に纏まってゴブリンに近付く。
そうして先頭の兵士が、魔物に的確に切り付ける。
後方の兵士達は、魔物に囲まれない様に慎重に後ろから近づく。
そうして魔物を牽制しながら、帝国兵達は魔物を倒していった。
「どうやら戦うのは、僅か24名みたいだな」
「そうだな
下手に人数を出すよりは、少ない数で戦う訓練もするつもりだろう」
「しかしそう上手く行くのか?」
「行ってもらわないと困るぞ」
兵士達が見守る中、帝国兵達は順調に魔物を倒して行く。
「どうやら無事に終わりそうだな」
「ああ
これなら安心だろう」
「ようしお前等、魔物が生き返らない様に手足を切断しておけ」
「はい」
子爵の指示に従って、帝国兵達はゴブリンの手足を切断する。
死霊として生き返らない様に、手足を切断しておく必要があるのだ。
帝国兵達は、血塗れになりながら作業を続ける。
「子爵様
こいつ等は魔石は持っていないんですか?」
「そうだな
ギルバート殿の話では、滅多に持っていないらしい
それに持っていても、小さくて使い物にならないらしい」
「そうなんですか?」
「それじゃあ探すだけ無駄ですね」
「そういう事だ」
魔物の処理を終わらせて、帝国兵達は水浴びを始める。
王都の兵士からすれば、この時期の水浴びは寒くて堪らない。
しかし帝国兵達は、楽し気に水を浴びて血の汚れを落とす。
「はははは
そうれ!」
「冷てえな、この野郎」
「おい、お前等
遊んでないでさっさと終わらせろ」
子爵は食事の準備をしながら、他の兵士達に周囲を見張らせる。
しかし魔物は、周囲には見当たらなかった。
それは王都の兵士達が、近寄る魔物を倒していたからだ。
「さすがにオークはな…」
「ああ
まだ無理だろう」
兵士達はそう話しながら、魔物の解体をしていた。
既に馬車の手配をして、こっそりと素材は回収させている。
今回集まった素材は、帝国の兵士達の食事代等に回される。
オークの素材ぐらいでは、大した額にはならないからだ。
「はあ…
これだけあれば酒代に回せるのに」
「お前のは娼館の代金の間違いだろ?」
「そんなんじゃあねえよ
アイリンちゃんはオレと酒を飲むのが楽しみなんだ」
「何がアイリンちゃんだ
あの娘はエイラって名前で、カインと飲んでいたぞ」
「はあ?」
言われた兵士は物凄い形相で、少し離れた場所で作業する兵士を睨む。
「はははは
アイリンって名乗っているのか
オレにはエイラって言ってたぞ」
「まさか…」
「間違い無いぞ
左の胸のこの辺りに黒子があるだろ?」
「いや、確かにあるが…
アイリンちゃんは…」
「諦めな」
ポンポン!
仲間の兵士達が、慰める様に肩を叩く。
兵士は膝から崩れて、激しく嗚咽する。
「うおおおお
そんな…」
「馬鹿
向こうに聞こえるだろ!」
仲間の兵士達が、素早く彼の口を塞ぐ。
帝国兵達には聞こえなかったのか、こちらに振り返る者は居なかった。
「ふう…」
「大声を出すなよ」
「むう!
むおむああ」
「良いから大人しくしとけ
見付かったら困るだろ」
「むう!
むむむ…」
「あ…
顔が紫に…」
「やばい!」
兵士達は慌てて手を離し、その兵士は必死に空気を吸い込む。
「はあはあ…」
「すまんすまん」
「殺す、気か…」
「はははは
お前が大声出すからだぞ」
兵士達は暢気に話しながら、それでも周囲を警戒している。
その証拠に次の瞬間、兵士は剣を引き抜いて構える。
「おしゃべりは終わりだ
お客さんだぞ」
「またか…」
「やはり数が増えているな」
兵士達は剣を構えると、近付く魔物に切り込んで行った。
王都の兵士達が間引いているので、帝国兵達の方へは魔物があまり向かわなかった。
それで子爵は、空いている時間で問題点の話し合いを始めていた。
今回の訓練を行っている間に、色々と問題が見えて来たからだ。
「先ずは野営の仕方だな」
「ええ
これでは出来ているとは言えませんものね」
昼の食事として出た、スープの様な何かを見ながら、兵士は呟く。
それは鍋に野菜を放り込み、そのまま煮込んだだけの物だった。
しかし野菜は煮崩れて、ドロドロの液体と化していた。
しかも味や匂いは野菜のそのままだった。
「味付けもだが…」
「そうですね
城で出ていたスープは、もっと薄くて水っぽかったですね」
「ああ
これはスープじゃない
野菜を煮ただけだ」
子爵は顔を顰めて、勿体ないからと口にする。
しかし塩辛くて苦く、とても食べられる物では無かった。
「ぬぐう…」
「子爵様
無理はしないでください」
「しかしこれでは、折角の野菜が勿体無いだろう?」
「ですがこれは…」
「そうですよ
とてもじゃありませんが、これは人間の食べ物じゃありませんよ」
兵士達はそう言って、謎の液体を川に向かって放り出した。
「あ!
ああ…」
「子爵様
諦めてください」
「ぬう…」
子爵は肩を震わせて、兵士達を睨み付ける。
「どうするんじゃ!
これでは貴重な食料が…」
「そうですね
このままでは昨日みたいに魔獣でも狩らないと、食料は足りませんね」
兵士達は魔獣に味をしめて、魔獣が来ないか周囲を見回していた。
彼等が急に見張りをしっかりしだしたのは、魔獣を狩って肉を食いたいからだった。
つまり食い意地が張って、警戒をしっかりとしていたのだ。
しかし同時に、料理が出来ないせいで食材を無駄にしていた。
先ほどのスープ擬きがいい例だろう。
上手く調理出来ない為に、野菜を無駄にしているのだ。
そのせいで野菜も少なくなり、兵士の一部は不安そうにしていた。
また砂漠に居た時の様に、食事も碌に出来ない状況になるのを恐れているのだ。
「どうされます?
これを探してみますか?」
「そうじゃなあ…
しかしどこにあるのやら?」
「そうですねえ…
先ずは森を調べましょうか」
兵士達は森に入って、木の上を探し始める。
しかしジャガイモやニンジン等が、木の上に生っている筈も無い。
他に食べれる木の実や果物が生っているのだが、子爵達はそれが食べれるとは知らなかった。
「ありませんね…」
「そうですね
あったのはこんな物ですが…」
「何だ?
これは?」
「さあ?
しかし甘い香りがしていましたんで、試しに持って来ました」
兵士が手にしているのは、この辺りに自生しているリンゴだった。
しかし兵士達は、赤くなったリンゴしか見た事が無かった。
緑の不格好なリンゴが、まさか同じリンゴだとは思っていなかったのだ。
「甘そうな?
ふうむ、確かに」
「ええ
何かの木の実でしょうか?」
「そうじゃな
果物とかいう木の実が生るらしい
これがそうじゃないのか?」
子爵はそう言って、リンゴに思いっ切り齧り付く。
「子爵様!
危険ですよ」
「ん!
こ、これは…」
「子爵様!」
「早く吐き出して!」
「う、美味い!」
「はあ?」
子爵は顔を綻ばせて、さらにリンゴに齧り付いた。
「これは美味いぞ」
「ええ?」
「本当ですか?」
「ああ
城で食べたリンゴ?
あれに似ているな」
「リンゴか…
そういえば似ていますね」
兵士達も齧り付くと、その甘さに顔を綻ばせる。
自生しているリンゴなので、栽培している物よりも少し酸っぱい。
しかしその酸味が却って、リンゴの甘味を強く感じさせていた。
そして疲れた身体に、リンゴの糖分が染み渡っていった。
「おい!
これは他にも生っているのか?」
「はい
その辺りに何本か木が生えています」
「よし
手の空いている者で集めて来い
それから似た様な物があれば、それも取って来るんだ」
「はい」
兵士達は人数を集めると、野菜の入っていた袋を持って森に向かう。
その様子を森の中から、王国の兵士達は見ていた。
「おい
あれは?」
「どうやらリンゴか?」
「なるほど
確かに美味いからな」
「って、そんな事言ってる場合か
こっちに来たらマズいぞ」
兵士達は隠れながら、帝国兵の様子を窺う。
幸い彼等が居た場所には、木の実が目立って生ってはいなかった。
それで帝国兵達も、そちらには向かう事は無かった。
彼等は青いリンゴを集めると、嬉しそうに袋に詰めて持ち帰った
「ふう…」
「どうやらリンゴを取りに来ただけだな」
「ああ
しかし…」
兵士達が隠れていた場所には、洋梨の木が生えていた。
そして低い場所には、山葡萄も自生していた。
しかし帝国兵達は、それらには目もくれなかった。
「あいつ等…
洋梨や山葡萄を知らないのか?」
「どうだろう?」
「しかしこれだけ生えているのに、見向きもしなかったぞ」
兵士達は山葡萄の灌木に隠れていたのだ。
帝国兵が近付いていたら、見付かった可能性が高かった。
しかし帝国兵達は、こちらに気が付かずに帰って行った。
それが気付かなかっただけなのか、兵士には判断出来なかった。
「一応殿下に相談するか?」
「そうだな
見付かる訳にはいかんからな」
兵士達はそう言うと、こそこそと森の奥に引き返して行った。
天幕を張っている場所は、森のもう少し奥になる。
しかし彼等がこれ以上分け入るのなら、いずれは見付かってしまう。
「すぐは大丈夫だろうが、移動した方が良さそうだな」
ギルバートはすぐに判断して、天幕をもう少し奥に移動させた。
そうする事で、帝国兵達の居る場所からより離れてしまう。
何かあった時には間に合わなくなるかも知れないが、見付かるよりはマシだろう。
ギルバートはそう考えて、森の奥に移動したのだ。
まだまだ続きます。
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