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聖王伝  作者: 竜人
第十四章 女神との邂逅
456/800

第456話

王都の南に向かって半日ほど、平原の開けた場所に兵士達は集まる

ハルムート子爵の率いる帝国の兵士達である

兵士とは言うものの、半数は剣もまともに握った事の無い若者達である

魔物を相手にするには、些か役不足ではある

しかしその装備は、王都で作られた最新の魔鉱石を使った装備だ

そこらの魔物に殺される事は無いだろう

子爵はその辺も考慮して、兵士達を魔物と戦わせていた

帝国の兵士達が立ち向かうのは、わずか15体のゴブリンの群れだ

こっちも12名の帝国兵だが、囲まれない様に警戒しながら戦っている

先ほど囲まれていた兵士も、さっきの仕返しと言わんばかりに奮闘する

しかし慣れない足元に、若干の戸惑いが見られていた


「ほらほら、どうした?

 魔物に対しては遠慮はいらんぞ」

「そうは申されましても…

 くっ!」

「こう足元が固くては」

アギャギャ

ギャヒヒヒ


「こんのくそっ!」

ギャヒイイイ


兵士は不慣れな足元に気を取られながらも、懸命に魔物に切り付ける。

少しずつではあるが、魔物は切り倒されて行く。


「どうやら戦いあぐねている様だな?」

「ええ

 やはり砂漠とは戦い方が違うんでしょう」

「しかし訓練はしていたぞ?」

「それはそうですが、実践はほとんど初めてでしょう?」


砂漠では足元が取られるので、逆にそれを有効に使える。

しかし平原では、足元がしっかりしている分動きが大きくなっているのだ。

砂漠で踏み込むつもりでいると、思ったよりも前に出てしまうのだ。


「こればっかりは慣れるしか…」

「そうだな

 お前達も苦戦していたしな」

「終わったみたいですよ」


森から隠れて見ているギルバート達も、戦闘が終わってホッとしていた。

帝国兵士は負傷者も居なくて、今回は圧勝で勝てていた。


「やったぜ

 魔物を倒せた」

「はしゃぐな

 魔物は最弱だし、数もそう多く無かった」

「それはそうですが…」


兵士達は口々に感想を述べて、戦闘に対する注意点を話し合う。


「あそこで踏み込んだ時に、前に出過ぎたんですよ」

「だからそれは、足元が砂じゃ無いからだ」

「そうだぞ

 いつまでも砂漠と一緒に考えるな

 ここは違う土地なんだぞ」


「しかし何で馬を使っては…」

「さっき学んだだろう?

 相手は小さな魔物だ

 馬では戦い難いだろう」

「それはそうですが…

 逆に馬で踏み潰せませんか?」

「馬で?」

「それは考えていなかったな…」


馬は砂竜と違って、元々四足歩行の生き物である。

砂竜の様に前足が小さく無いので、上手く扱えれば強力な武器にもなる。

この兵士は、その事に気が付いたのだ。


「オレがニンジンをあげるふりをしてたら、怒って踏み潰されそうになったんですよ」

「お前…」

「何やっているんだよ」


兵士の行動に、同僚の兵士達も冷たい視線を投げ掛ける。

彼としてはふざけて、馬の木を惹こうとしてやったのだ。

しかし馬は、人間とは考え方が違うのだ。

人間のおふざけが、そのまま通じる訳では無い。


「そんな事ばっかりしてたら、そのうち振り落とされるぞ」

「そんな事は…」

「後で機嫌を取っておけよ」

「え?

 マジで?」

「ああ

 砂竜よりもこの馬って生き物は、頭が賢いぞ

 お前がバカにしてると思っていたら、そりゃあ頭に来るだろう」

「え…っと…」


調子の良い兵士は、そう言われて仲間から注意される。

それで反省したのか、少し落ち込んでいた。


「とは言え、こいつの言う事は正しいな」

「ああ

 馬が戦いに加わってくれれば、これほど頼もしい事は無い」

「でしょ?」

「調子に乗るな!」


兵士達が自分達で、戦いの問題点を話し合う。

子爵はその姿を見て、外に訓練に出て良かったと感じていた。


初日こそ手間取って、ギルバートに不満を言いに行きそうになっていた。

しかし今朝は、兵士達は反省して行動している。

このまま自主的に行動出来れば、訓練にも身が入るだろう。

後の問題は、これから夜が無事に過ごせるかだ。


「子爵様

 薪はこれでどうでしょう?」

「ううむ

 どれどれ?」


火を点ける薪に関しては、兵士達では見分けが付かなかった。

子爵も教えられた範囲でなのだが、兵士よりは知識が有った。

そこで薪を手近な地面に置くと、剣を振り上げて叩き切る。


「ふん!」

「あ…」

「どうした?」

「いやあ…

 そんなに小さくして大丈夫なんでしょうか?」

「はあ…

 小さくした方が火が点き易いんだぞ」

「ええ!」


子爵は兵士に、焚火の付け方を説明する。

しかしメモする羊皮紙も無ければ、兵士には文字を書く能力も不足している。

そこで彼は、懸命に子爵の言葉に耳を傾ける。

そうして覚えた事を、反芻しながら仲間の元に走って戻る。


「ふう…

 文字の読み書きが出来ればなあ…」


子爵は今さらながら、アーネストの言葉を思い出していた。

確かに読み書きが出来ない事で、兵士達の作業は倍以上必要になる。

その都度説明して、教えてやらないとならないからだ。


「これは早急に、文字を学ばせんとな」


子爵は溜息を吐くと、自分も書類を取り出して、文字を読み直してみる。

かくいう子爵も、それほど読み書きが出来る訳では無いのだ。

幼い頃に住んでいた街で、ボロボロの羊皮紙の本を読んでいただけだ。

だから細かな言葉や難しい言葉は、当然覚えていなかった。


「水辺に天幕お貼り…

 しゅういの魔物に気を付けて…」


子爵はメモを見返して、書類を読み直しながら野営地を見る。

昨日の状況に比べれば、今日の野営地は良く出来たと思っている。

しかしそれでも、野営に慣れた王国の兵士からすればお粗末な物だった。

そんな事も知らずに、子爵はニヤニヤしながら野営地を見ていた。


「これなら殿下も、野営が出来ないとは言わんだろう」


しかし問題は、それ以前の事だった。


その後に2回魔物が現れたが、帝国兵は交代しながらそれに対応する。

特に2回目は、ワイルド・ボアを2体引き連れていた。

ワイルド・ボアの突進には梃子摺ったが、兵士達は何とかそれを倒す。

歓声が湧いて、兵士達は難敵を倒した事に喜び合っていた。


「やった!」

「倒したぞ!」

「強かったな…」

「ううむ…」


しかし子爵は、浮かない顔をしていた。


「子爵様?」

「ううむ

 これも最弱な魔獣なのだよ」

「これがですか?」


兵士達は驚いて、苦戦した魔獣を見詰める。

確かに大きさは、大人でも乗れそうな魔獣だった。

しかし突進しか出来ず、それさえ気を付ければ苦戦する魔獣では無かった。

要は兵士達が、この魔獣に慣れていない事が問題だった。


「あの突進を上手く躱せば…

 そんなに梃子摺らなかっただろう」

「そうですが…」

「しかし倒せたんですよ?」

「ああ

 しかし負傷者も出たがな」


兵士達の内2名が、突進を受けて負傷していた。

1名は打撲で済んだが、もう1名は腕を切り裂かれていた。

鋭く伸びた牙は、思ったよりも危険な物だった。


「ポーションを使ってやれ

 傷はすぐに塞がるだろう」

「はい」


負傷した兵士に、傷口にポーションが掛けられる。

それで傷を洗い流して、薬草を乗せてから包帯が巻かれる。

このまましっかりと巻いておけば、一晩で傷口は塞がるだろう。


「しかしよくやった

 これで今晩は肉が食えるぞ」

「やった!」

「肉が食えるぞ」

「しかし、どうやって料理するんだ?」


ここで子爵は、肝心の料理方法が分からない事に気が付く。

王都では魔獣の肉に、芳ばしい香りが加わっていた。

しかし肝心の、その香りの付け方が分からなかった。


「確か草が載せられていたよな?」

「草?」

「まさか…な?」


兵士達は辺りを見回すが、どれがその草か分からない。

試しに手近な草を引き抜くが、それが食べれるかも分からないのだ。


「あ…」

「どうした?」

「いえ

 ワイルド・ボアを引っ張って来たのは良いですが…

 どうやって料理するんです?」

「そりゃあ香草を引き抜いて、肉と一緒に煮込めば…」

「その香草が分かるんでしょうか?」

「…」


ギルバート達は、心配そうに森から見守る。

しかし案の定、兵士達は手近な草を毟っている。


「あ!

 あれは焼いたら強烈な臭いが…」

「ああ…

 言わんこっちゃない」


帝国兵達は、その草を試しに焼いてみる。

たちまち黒い煙が上がり、兵士達はその場から逃げ出す。


「ああ…

 あれは希少な虫下しの薬草なのに…」

「そんなの分かる訳が無いだろう」

「そうだな

 問題は香草を見分けられるか…」


しかし帝国兵達は、結局香草の発見は出来なかった。


「ううむ…

 こんな事なら、もっと聞いておけば良かった」

「仕方が無いですよ」

「そうですよ

 まさか急に外で訓練になるとは…」


帝国兵達も、美味しく調理する事は諦めた。

そのまま皮を剥ぎ取ると、肉だけを切り分けて行く。

そうして鍋に放り込むと、持って来た木の実や野菜をそのままぶち込んだ。


「あ!」

「ああ…

 野菜をそのまま突っ込んだぞ!」

「せめて皮は剥こうよ」


帝国兵士に、料理の腕を期待する方が無理なのだ。

野菜すらまともに見た事が無くて、調理方法なども知らないのだ。

だから洗って持たせた野菜も、そのまま切らずに放り込んでいた。


「ううむ…

 肉自体は美味いんだがな…」

「あ!

 塩をそんなに…」

「大丈夫か?」


適量が分からないので、塩も適当に放り込む。

ギルバート達は段々、料理がどうなるか不安になって来る。


「殿下…」

「ああ

 失敗だったかもな」


実はワイルド・ボアは、少し離れた場所から誘き寄せたのだ。

斥候に頼んで、弓で刺激して誘導させたのだ。

それも旨い肉を食べさせて、魔物と戦う気力を持たせようという配慮だった。

しかし肝心の、美味い食べ方を知らないのは誤算だった。


帝国兵達は、早い時間から焚火を点け始めていた。

昨日の失敗から、明るい内に点けておこうと考えたのだろう。

まだソルスは沈んんでいなかったが、彼等は焚火で肉を煮込み始めた。


「腹が減ったな…」

「殿下

 こっちも狩っています」

「ああ

 手持ちの香草で足りそうか?」

「ええ

 これを入れれば…

 あ!」

「どうした?」

「よく考えたら、彼等も薬草として持っているんですよね?」


兵士の一人が、てに持った薬草を指差す。


「ん?」

「いやあ、香草の大半が薬草でしょう?」

「ああ

 薬草が食事を美味しくするだなんて、魔導王国の偉大な発見の一つだよな」


アーネストが魔導王国の魔導書から、薬草の事も調べていた。

そこから薬草が、魔導王国では料理にも使われていた事を発見した。

それで王都の料理も、大幅に美味い物に変わっていた。


「だから、彼等も持っているでしょう?」

「そりゃあ訓練に出るから…あ!」

「でしょう?」

「そうだったな…」


持たせる時に、一言説明しておけば良かったと、ギルバートは今さらながら悔やむ。


「まさか傷を治す為の薬草が、料理を美味くするなんて思わないだろうな…」

「ええ

 オレ達だって、初めて聞いた時はアーネスト様の正気を疑いましたからね」


ここは平原なので、探せば同じ薬草も自生している。

王国の兵士達は、任務柄薬草の収集も行っている。

だから薬草の知識も、自然と身に着いていた。


「こりゃあ帰ったら、教える事が沢山あるな」

「ええ

 まあ、彼等が素直に聞けばですがね」

「聞くだろう?

 あれだけ苦労してたら」


ギルバートの視線の先で、兵士達の口論する様子が見える。

どうやらやはり、塩加減が多過ぎた様子だった。

兵士はその鍋の汁を捨てて、水を新たに加えている。


「ああ!

 勿体ない」

「他の鍋に入れれば良いのに…」

「料理に慣れていないんだろう?

 あれでソースとか出来ただろうが…」


ギルバート達は溜息を吐きながら、その様子を見守っていた。


「ああ!

 こりゃあ駄目だ」

「何だ?

 どうした?」

「どうしたじゃあない

 飲んでみろ!」

「うげはっ!

 か、辛い…」

「勿体ねえ…」

「あ!

 何で捨てるんだ!」


実際の野営地では、そんな怒号が飛び交っている。

子爵はその様子を、頭を抱えて眺めていた。

子爵自身も料理には関心が無く、今まで食べれる事に感謝していた。

しかしこの状況を見て、もっと関心を持っておくべきだったと後悔していた。


「帰ったら…

 殿下にでも聞いてみるか」


アーネストに話せば、必要以上に色々教えられそうだった。

そうすれば覚える事が多過ぎて、とても覚え切れないだろう。

先ずはギルバートに聞いてみて、最低限の事から学ぼうと子爵は考えていた。


「ほら!

 料理も大事だが、天幕や焚火は大丈夫か?」

「はい」

「天幕の数は十分です」

「強度は?」

「え?」


子爵は試しに、手近な天幕を押してみる。


カラン!

「あ…」

「ああ!」


野営地に静寂が訪れる。


「やり直しじゃ!

 しかりと杭を打ち込まんか!」

「しかしこれで今までは…」

「それは砂漠での事じゃ!

 ここは平原だ!」

「はい!」


兵士は振り返ると、焚火の番をする兵士を見る。


「そっちは大丈夫か?」

「ええ

 さすがにあんな失敗は…

 はははは」

「それで足りるのか?」

「え?」


子爵は兵士の足元に積まれた、薪の山を指差す。


「その数で一晩もつのか?」

「えっと…」

「足りないだろう

 もっと集めておかんか!」

「はい!」


子爵は一喝すると、頭を抱えて溜息を吐く。


「はあ…

 しっかりしてくれよ」


子爵の様子を見て、ギルバート達は苦笑いを浮かべる。


「ああ…」

「子爵様

 頭を抱えていますね」

「そうだな

 上は苦労するんだよな」

「へ?」

「はあ?」

「ん?」


「殿下の場合は、オレ達が苦労してるんです」

「そうですよ」

「世間知らずだし」

「後先考えて無いし」

「今回だって思い付きで行動してるし」

「え?

 ええ?」


兵士達に駄目だしされて、ギルバートは困惑する。


「私はみなにそんなに…」

「ええ」

「毎回苦労してますよ」

「本当」

「反省してくださいね」

「うう…」


ギルバートは思わぬ事で、兵士達に説教される羽目に陥っていた。

しかし兵士からすれば、偶には良い薬だと思われていた。

王太子とは言え、ギルバートは世間知らず過ぎるからだ。

これで反省して、もう少し周りを見て欲しい。

兵士達はそう思っていた。

まだまだ続きます。

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