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聖王伝  作者: 竜人
第十四章 女神との邂逅
453/800

第453話

帝国兵が訓練を始めてから、2週間が経とうとしていた

最初は帝国兵士達も、懸命に訓練に着いて来ていた

しかし訓練は、思わぬ事で進まなくなっていた

帝国の兵士達は、魔石を満足に使えていなかったのだ

帝国でも特に、地方では魔石は枯渇していた

子爵の治めるオアシスでも、魔石は希少な物となっていた

魔石を落とす魔物が少なく、昔から使っていた魔石を大事に使っていたのだ

だからこそ、帝国兵達は魔石の使用に慣れていなかった


「え?

 魔石が希少なんですか?」

「ええ

 サンドワームはほとんど落としませんし…

 主にサンドリザードからなんですが、それすら滅多に…」

「え?」

「それでは普段は?」

「暖も焚火で取っていたでしょう?」


改めて思い出せば、確かにオアシスでは魔石の使用はほとんど見られなかった。

子爵の天幕に灯りとして、2個の魔石が使われていた。

しかし後は、何人かが焚火に火を点けるのに使っていたぐらいだ。

それ以外では、魔石の使用は見られていない。


「どうしてそんな?」

「帝国では元々、大量の魔石があった筈ですが?」

「ええ

 確かにありました

 しかしそれも、年々少なくなっていって…」


魔導王国が保有していた魔石の、多くは焼失していた。

しかし帝国の街には、当時は魔石は貯め込まれていた筈だ。

その魔石も無くなっているという事なのだ。


「どうして?

 大量にあったんでしょう?」

「ええ

 あった筈なんです

 しかし食料やその他の物と交換して行って…」

「あ…」

「そういう事か…」


年々作物が育たなくなり、食料の確保も難しくなっていった。

そうしてあちこちを彷徨い、少ない水源で暮らしていたのだ。

そうなってくると、旅の商人からの食料は貴重だった。

それで保存の効く干し肉や、固い黒パンと交換していたのだ。


「何と勿体無い…」

「ええ

 しかし領民とは替えられません

 ですから僅かな資源である魔石は、商人との交換に使っておりました」


滅多に手に出来ない魔石でも、商人からすれば大した物では無かった。

特にここ数年は、再び魔物が増えて来ていた。

だからこそ商人は、赤字でもその交換を認めていた。

それ以外に交換する物が無かったからだ。


「まあ

 その商人も少なくなっていたんですが…」

「そりゃあそうでしょう

 今では魔石の価値も下がっていますから」


少ない商人が、長年の付き合いで食料を運んでくれていた。

しかしそれすらも、大した量では無かった。

それでも領民が飢えない様に、子爵は魔石を放出していたのだ。

ギルバート達が訪れたのは、そんな時だったのだ。


「それでは移民が実現していなければ…」

「ええ

 もう2、3回で魔石は無くなっていたでしょう」

「そんな…」

「はははは

 その時はサボテンでも集めて、飢えを凌いでいたでしょうな」


子爵は笑っていたが、それはシャレにならない状況だ。

大人なら堪えられるだろうが、子供にとって危険だろう。

なんせサボテンは、味も栄養もほとんど無いのだ。

そんな物を食べても、飢えや水不足を堪える事しか出来ないだろう。


「それでは魔石は…」

「ええ

 ワシ等ぐらいの世代なら、子供の頃に使っておりました

 しかし彼等では…」

「そうですか…」


子爵は若いと言っても、既に30代になっている。

それよりも若い者達は、街での暮らしの事も知らない。

だから当然、魔石の使い方も知らなかったのだ。


「え?

 でも、風呂や灯りはどうやって?」

「そうですよね

 王都では魔石が普及していますから…」

「ああ

 それは年寄りが回っているんですよ

 それを専属の仕事として…」


年を取った移民は、大した仕事が出来ないでいた。

そこで各家を回って、灯りや風呂の魔石を起動していたのだ。


「いや、それじゃあ訓練に…」

「そうなんですよね

 ですからあいつ等には、自分でどうにかする様に指導しています

 しかしもう暫くは…」


数人は使える様になっていたが、そもそもが使った事がないのだ。

口で説明しても、なかなか使える様にはならなかった。

それで身体強化に関しても、使える者がほとんど居ないのだ。


「これは困ったな…」

「ああ

 まさか魔石すら使った事が無いなんて…」


王国の兵士達も、身体強化の訓練には苦戦していた。

しかし魔石の使い方の応用で、何とか身に着けていたのだ。

それが魔石すら使えないとなると、魔力に関しては絶望的だった。


「ワシ等は元々は、遊牧民でしたから」

「しかし帝国になってからは、魔石を使った暮らしはしていたんでしょう?」

「そうでしょうが…

 それも父母の世代ですよ?

 ワシ等は魔石すら珍しい物でしたから」

「どうしてそんな…

 帝国も魔物は討伐していた筈ですよ?」


アーネストの疑問も尤もだった。

帝国でも魔物は問題で、しばしば討伐に向かっていた筈なのだ。

実際に記録も残っているし、それで英雄と名乗る剣士なども現れている。


「そうですなあ

 実際にそんな者達も居た様です

 そうした者達の血もまた、皇家の発展に寄与していますから」

「ん?」

「英雄達は皇族と結婚している

 その血は皇家に組み込まれている訳だ」

「そうなのか?」

「ああ

 待っていた村の娘と結ばれたなんて、詩人が作った物語だ」

「そうですぞ

 皇族がそんな力を、黙って放って置く訳が無いでしょう」


力を持つ者は、周りには畏れられる。

魔物が多い時は良いだろうが、そうで無ければ恐怖の対象でしか無い。

だからこそ皇族は、そういった者達も取り込んで来た。

それで今では、ギルバートの様な者が生まれて来ているのだ。


「恐らく過去の英雄とやらも、ギルみたいに力を持って産まれたんだろう

 だからこそ皇族は、そんな者達を身内に取り込んだんだ」

「私みたいに?」

「ああ

 ギルはガーディアンの素質があると言われていただろう?

 英雄ってのはそういう者達なんだろう」

「ガーディアン…」


ギルバートは呟きながら、じっと自分の手を見詰める。


「そのガーディアンってのは何なんです?」

「さあ?

 詳しくはオレも分からない

 しかし精霊達も気にしていたから…」

「精霊様がですか?」


子爵は精霊と聞いて、驚いた顔をする。

帝国にとっては、精霊は恐れるべき存在である。

彼等の意思一つで、帝国はここまで衰退したからだ。

そんな精霊達が気にする、ガーディアンとは如何なる存在なのか?

子爵は畏れを抱きながら、ギルバートを見詰めていた。


「しかし、そんな英雄?

 そんな者達が居たのなら、何で魔石が枯渇したんだ?」

「それは魔物が減っていったからです」

「ギル

 魔物を減らしたからこそ、彼等は英雄なんだ

 そう考えたら、魔物が居なくなるのは当然だろ?」

「そうか…

 魔物が居なくなって…

 ん?」


ギルバートはここで、ふとした疑問を抱く。


「魔物は居なくなったのか?」

「ああ

 少なくとも、帝国の衰退時期には少なくなっていた筈だ」

「どうして?

 女神様は帝国に思う所があったんだろう?」

「そうだろうな

 しかしその女神様も、眠りに着いていたって話じゃないか」

「あ!

 そうだった」


女神が眠りに着いた事で、魔物の発生は少なくなっていた。

魔物が少なくなった事で、魔物の討伐を行った者が英雄となっていた。

そしてそういう偉業があったからこそ、帝国は他の国への侵攻に踏み切った。

魔物が少なくなったから、帝国は他国を攻めて大きくなっていった。

それは女神が眠りに着いて、魔物が少なくなった事なのは皮肉な事であった。


女神が眠りに着いた頃と、フランシス聖王国に結界石が持ち込まれた頃が同じ時期なのだろう。

そうで無ければ、魔物が減って行った事の説明が付かない。

女神は眠りに着く時に、魔物を封印した事にしたのだ。

それで結界石などという物を、御大層にあちこちに配置したのだ。

魔物が人間の住む場所に、入って来ない理由とする為に。


しかしアーネストは、その可能性を黙っていた。

それを発言すれば、フランシス聖王国の正当性が失われるからだ。

フランシス聖王国が、女神様の神託で結界石を配っていた。

それで魔物は人間達の住む場所に近付けなくなっていた。

その実績があったからこそ、フランシス聖王国は国として認められている。

このアーネストの考えは、その王国の歴史を否定する事になる。

仮に事実だとしても、迂闊に話せる内容では無いのだ。


「女神が眠りに着いた…

 だから魔物は少なくなったのか」

「ああ

 それと結界石だな

 あれで魔物の脅威は一気に下がった筈だ」

「結界石?

 そういえばそういう物もあったな」


ギルバートは結界石の事を、すっかり忘れていた。

それはそうだろう。

彼がまだ少年だった頃に、結界石はその効果を失っていたからだ。


「結界石ですか

 西方諸国では使われていましたよね」

「ええ

 魔物が復活するまでは、あれは効果があると思っていました」


実際にアーネストも、結界石が有効的な物だと信じていた。

しかしその効果は、あくまでも低ランクの魔物に嫌悪感を抱かせる程度だったのだ。

アーネストが魔法を使った時も、ゴブリンの一部が嫌がる程度でしか無かった。

つまりは結界石とは名ばかりの物だったのだ。


しかしアーネストは、慎重に言葉を選んでその事を伏せる。


「まあ、魔物は思ったよりも強力で、結界も効果を発揮出来なかったみたいですけどね」

「そうなんですか?」

「ええ

 結局は女神様の仕業だったんでしょう

 事実魔物の数は増えて、結界石は今では効果もありません」

「そうだよな

 それに紅き月の影響で、魔物は狂暴化しているしな」


今では魔物は狂暴化して、ゴブリンですら危険な存在になっていた。

兵士が鍛えているからこそ、何とか討伐は行われている。

しかし鍛えられていない者では、ゴブリンですら敵わないだろう。


「女神様が目覚めたからこそ、魔物も活性化された

 そう考えるのが妥当でしょうね」

「うむ

 ワシもそう思うな」

「魔物が増え続けている今、我々も強くならなければ」

「そうじゃなあ…」


子爵は帝国の兵士達を見る。

しかし彼等は、確かに体力は着いて来ていた。

だが魔力は上がっておらず、身体強化は身に着いていない。


「当面の問題は、魔力と識字率だな」

「ええ

 文字も読めませんでは…」

「それに魔力も…

 早く慣れてもらわないと」


しかし兵士達は、訓練の熱も冷めて来ていた。

城壁で守られている事から、安心して気が抜けていたのだ。

それから1週間が過ぎる頃には、兵士達の士気は下がっていた。


「はあはあ…

 もう駄目」

「お前等!

 恥ずかしく無いのか?」

「そうは仰られましても…」


子爵が様子を見に来て、檄を飛ばしても無駄だった。

兵士達はだらしなく座り込み、訓練に音を上げていた。


「これはまた…」

「お恥ずかしい限りです」


ギルバートは子爵に相談されて、訓練の様子を見に来ていた。

今日はアーネストは、バルトフェルドと政務に励んでいる。

だからギルバートは、自身の考えでこの問題を片付けなければならない。


「兵士達がだらしが無いのは、いつもの事なんですか?」

「ええ

 ここ数日はこんな感じで…」

「ふうむ…」


ギルバートはこの状況を、兵士達の危機感の無さから来ると考えていた。


「よし

 こうしましょう

 明日から1週間ほど、外で実地の訓練をしましょう」

「はあ?」


「兵士達がだらしなくなったのは、魔物の脅威を感じていないからです」

「それはそうでしょうな

 今までは外の天幕で、いつ襲われるか分からなくてビクビクしていましたからね」


子爵もその点は、認めざるを得なかった。

子爵自身も、魔物に襲われない毎日に安堵していたからだ。

いや、子爵だからこそ、彼は夜中に急に飛び起きる事もあった。

領民達が再び、魔物に襲われる悪夢を見る事があるからだ。


「ですから彼等を、魔物がもう一度恐ろしいと認識させます」

「しかし危険では…」

「大丈夫ですよ

 私や兵士も同行しますから」

「それなら…」


「ただし、私達は危険な事が起きない限り、一切手を貸しません」

「え?

 それはどういう…」

「森で薪を集めるのも、焚火を点ける事もです」

「ですがそれでは…」

「ええ

 誰かが必死になって、火を点けるしか無いでしょう

 勿論子爵が手伝うのは無しですよ」

「ううむ…」


ギルバートが言う事も一理ある。

全てを自分達で行わなければならない。

そういう状況では、彼等が自身で頑張るしか無いのだ。


「それはちと…

 厳しくはありませんか?」

「そうですか?

 私は優しいと思いますが?」


危険が無いようにと、兵士も同行するのだ。

安全な事には変わりは無い。


「兵士が近くに居るんですから

 むしろ本来なら、訓練期間を終えたらそのまま出されますよ?」

「ううむ

 そう聞けば確かにそうだな」


子爵は頷くと、帝国兵達の近くに向かう。


「おい!

 お前達」

「はい」

「明日から外に出るぞ」

「へ?」

「はあ?」


帝国兵達は、何を言われたのか理解出来ないで、暫く首を捻っていた。


「明日から街の外に出て訓練をする」

「ええ!」

「そんな危険な!」

「そうですよ

 外には魔物が…」


「うるさい!

 ここの兵士達は、そんな所でも平気で旅しているんだぞ」

「それは魔物と戦える力を持っているから…」

「お前らも持っているだろ?」

「無理ですよ」

「何でだ?」

「何でって言われても」


帝国兵達は口籠って、何かもごもごと言い訳をする。


「やる気が無いからだろう

 違うか?」

「しかし…」

「明日から外に出るからな

 これはワシからの命令じゃ!」

「そんな…」


帝国兵達は不満を漏らすが、子爵の命令とあっては逆らえない。

その後も訓練は、身が入らないままで終わりを迎えた。

まだまだ続きます。

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