第452話
翌日になり、ギルバートはベットで背伸びをする
隣にはセリアが、静かな寝息を立てている
その姿を見詰めながら、ギルバートは優しく微笑む
そうして頭を優しく撫でてから、ベッドから降りるのだった
ギルバートは早朝から、王都の中央の訓練場に来ていた
そこではギルバートの護衛をしていた、バルトフェルドの私兵が集まっている
それを見まわしてから、ギルバートは大剣を引き抜く
兵士達の前で、今使えるスキルや剣術を披露するのだ
「すえりゃあああ」
ブオン!
「おお!」
「これは…」
「あんな大剣を軽々と」
ギルバートは大剣を振り下ろすと、それを切り返しながら振り上げる。
続く一撃で袈裟懸けに振り抜き、そのまま逆袈裟懸けに切り上げてみせる。
そうした一連の動きを見るだけでも、ギルバートの身体能力の高さが窺える。
「あれは何も、ギル自身の力だけじゃあ無いぞ」
「と、言いますと?」
「身体強化も使っている
お前達もあそこまでは出来なくとも、ショートソードなら出来る筈だ」
「そうでしょうか?」
アーネストは兵士から剣を受け取ると、軽くそれを振ってみせる。
「ほら
オレでもこれぐらい出来る」
「え?」
「アーネスト様では重たいのでは?」
「しかし軽々と振っているぞ?」
さすがに本気で振り回せないが、上下に振るぐらいは出来る。
アーネストは身体強化の力を、兵士達に十分に見せ付けた。
「身体強化を使っている間は、魔力を当然消耗する
だから基礎魔力を高める必要はある」
「ふむふむ」
「なるほど…」
「それで魔力に関する訓練もするんですね」
「ああ
魔力を使えば使うほど、基礎魔力は向上する
それに魔力感知は魔物の発見にも役立つ」
「なるほど…」
「魔力を上手く使える様になって来れば、魔力操作なども覚えられるだろう
そうすれば魔法も使える様になる」
「本当ですか?」
「ああ
簡単な魔法にはなるがな」
「おお!」
「懐かしいな…
ダーナでもこうして、兵士達を鍛えていたな」
「これは?」
兵士達に説明していると、子爵達も男達を連れて現れる。
「ああ
ちょうど兵士達の訓練をしているところだ
アーネスト」
「ん?
ああ、子爵達も来られたか」
アーネストは振り返ると、子爵達に挨拶をする。
「それで何を?」
「ああ
それなんだが、先ずは魔法による身体強化で…」
「ほうほう…」
アーネストは子爵達の前で、身体強化の魔法の説明を始める。
基礎に関しては、旅の途中に説明してある。
子爵は細かな方法や影響を考えて、アーネストに色々と質問をしていた。
アーネストも兵士達に実演をさせて、熱心に解説を交える。
それを子爵が連れた男達は、熱心に聞いていた。
「鎧や剣は足りた様だな」
「え?
ええ…
こんな素晴らしい装備をいただいて…」
子爵達が遅れたのは、この装備を受け取っていたからだ。
元々は王都の兵士に充てがっていた、一般兵士用の装備である。
その予備を倉庫から引っ張り出して、彼等に配給したのだ。
バルトフェルドは危険だと反対したが、ギルバートは子爵達を信用していた。
それに兵士達の方が、同じ装備でも勝る技量を備えている。
だからギルバートは、安心してこの装備を支給していた。
訓練も重要だが、先ずは装備に慣れる事も重要だからだ。
「ああ
あくまでも一般兵士用だけどな」
「一般の兵士にこの装備ですか?」
子爵は驚いていたが、なるほどよく見ると、兵士達も同じ装備をしていた。
「基本になるのはワイルド・ボアの毛皮です
それにオーガの魔鉱石で作ったプレートを装着してます」
「ワイルド・ボア?
それは何ですか?」
「昨晩食べた魔獣の事ですよ
そいつの皮は丈夫でして…」
「魔獣?
あれは魔獣の肉だったんですか?」
「ええ
美味かったでしょう?」
「そうですが…」
子爵は装備にも驚いていたが、何よりも魔獣の肉に驚いていた。
それはそうだろう、砂漠の魔獣はとても不味かった。
それがこの地の魔獣の肉は、とても美味に感じていた。
「同じ魔獣なのに、何でこんなに違うんでしょう?」
「それは生活環境とかじゃないかな?
ワイルド・ボアは猪の魔獣で、この辺りの木の実や草を食べてるし」
「猪…
毛むくじゃらの物凄い速さで走るっていう…」
「そう、それです」
「オーガの魔鉱石は軽いわりに頑丈で…」
「そうですな」
二人は装備に関して話し、武器の扱い方などを話す。
その横で兵士達は、アーネストに訓練の基礎を教わる。
こうして初日の訓練は、午前中のほとんどを説明で締め括る事となる。
そして午後からは、実戦形式で兵士達の訓練を見守る。
「そこだ!」
「行け!
右から回り込め!」
「お前らな!
うるさいぞ」
「そうだぞ
そんな事言ったら、オレの作戦がバレるだろ」
「作戦だって」
「あんなバレバレのフェイントなんて」
「そうだぞ
真っ直ぐぶつかれ」
兵士達の野次の混じった声援が聞こえる。
その中で二人の兵士が、真剣で激しく切り付け合う。
最初は子爵も、危険だと反対していた。
しかし兵士達の本当の技量を見るのは、やはり真剣が重要だった。
「せりゃあああ」
「ふん
甘い」
ガコン!
「ああ…」
「惜しい!」
「本当に凄いですな」
「そうですか?」
「ええ
真剣で切り合っているのに、お互い負傷もせずに…」
「ああ
その事なら…」
ギルバートは視線を右に向けて、兵士達の向こうにある木箱を指差す。
「あそこの木箱にポーションがあります」
「ポーション?」
「ええ
傷を塞いだり、体力を回復させる効果があります」
「傷を塞いだり体力を回復…」
「ああ
薬草や飲み薬みたいな物だな」
「うりゃああ」
「ぐうっ」
「ああ…」
「勝負あり」
「ああ…」
「終わったな」
「くっ
痛え…」
「大丈夫か?
あそこにポーションがあるぞ」
どうやら兵士は、最後の攻撃を受け損ねたらしい。
それで腕を捻ったらしくて、兵士は顔を顰めて腕を押さえる。
「お?
さっそくポーションを使うみたいだぞ」
「え?」
兵士がポーションを取りに行くのを見て、ギルバートもその後を追う。
「ふう…」
「飲んでも効くんですか?」
「ああ
今回は腕を捻ったみたいだから
それで飲んでいるんですよ」
「うう…」
「ん?」
「味は最悪ですけどね」
「は、はあ…」
兵士の苦そうな顔を見て、子爵も思わず顔を顰める。
「どんな物が使われているんです?」
「それは薬草をですね…」
ギルバートはアーネストから聞いた、ポーションの作り方を説明する。
「へえ…
あんな野草にあんな効果が…」
「ええ
私もアーネストから聞いた話なんですが、野草のままでは駄目みたいですね」
「それはどうしてですか?」
「何でも魔力が必要らしくて…
詳しくはポーション造りの職人の秘密らしいです」
「なるほど
バラしたら儲けが無くなりますもんね」
子爵は頷きながら、ポーションの瓶を持って眺める。
「しかし高いんでしょう?」
「そうでも無いですよ
誰でも手軽に買えないと、薬としての意味もありませんし」
「そうなんですか?」
「ええ
尤も兵士達には無料ですがね」
「無料ですか?」
「ええ」
「ポーションや兵装は領主が買い揃えますから」
「ああ
そう言えばそうですね
え?
そうすると…」
「ああ
今回は王都の兵士にですから、王国が支払ってますよ」
「ほっ」
子爵は自分が支払うのでは無いと聞いて安心する。
さすがに今の子爵では、大した金になる物は持っていない。
砂漠の民が使う珍しい生活用品はあるが、それでは大した金額にはならないだろう。
「はははは
子爵から金は取りませんよ
でも価値は知っておかないといけませんね」
「そうですな
市場に卸すのと同じ価格なんですか?」
「そうですね
王都の場合はもう少し割り引かれる筈ですが…
その辺はバルトフェルド様にでも聞かないと」
「そうですか…
それもそうですね」
子爵は納得して頷くと、それも後で確認する必要があると思った。
王国の暮らしでは覚える事が沢山ある。
メモを取りながら、苦笑いを浮かべる。
先ずは共通語である帝国文字の書きからだろう。
子爵達砂漠の民は、暮らしの事情上文字を書く機会が少なかった。
紙の様な希少品は勿論、羊皮紙ですら手に入らなかったからだ。
地面に書く事はあっても、滅多に文字を書く機会は無かった。
だから殆どの文字を、忘れかけていた。
「子爵?」
「いやあ…はははは」
「ん?」
「先ずは文字を覚え直さんといかんと思いましてな」
「え?」
「使う機会が少なくてな
教わったのも子供の頃じゃし」
「あ…」
ギルバートはそれを予想していなくて、慌てて確認する。
「それじゃあ彼等も?」
「ええ」
「読む事は?」
「それは各人で違うでしょう
ですがほとんど読めない者もいますでしょうな」
「そうですか…」
それでは書類を用意しても、読めない可能性が高い。
ギルバートは頷くと、こっそりとアーネストに近付く。
「こうやって魔力を集中させる事で…」
「アーネスト」
「ん?
どうした?」
「ちょっと話がある」
ギルバートは男達から離れて、アーネストに小声で説明する。
「それはまた…」
「ああ
だから書類にして手渡しても、誰か読める者が居なければ分からないんだ」
「そうか…
だから理解に時間が掛かるのか」
アーネストは男達が、なかなか理解しないのに苦心していた。
しかしまさか、文字が読めないとは思っていなかったのだ。
「正直に話してくれれば…」
「言えないだろう?
まさか読めないなんて」
「それもそうか…
しかし弱ったな」
兵士達の訓練に、新たな課題が生まれていた。
文字を教える必要もあるのだ。
「会話には問題は無さそうだな」
「ああ
さすがにそれは無いだろう
しかし子爵ですら、子供の頃に学んでいただけだ」
「子供の頃にか…」
「ああ
その頃はまだ、町は残されていたみたいだな」
子爵の話で、子供の頃の話も聞いていた。
しかしそれが、あの湖の町だとは二人は知らなかった。
知っていれば、町の由来や滅んだ理由も聞けただろう。
しかし今は、先ずは文字を覚える事からだ。
「分かった
子供用の本を手配しよう」
「頼む」
「ああ
折角何か書いて渡しても、読めないんじゃあ意味が無いからな」
アーネストは頷いてから、再び男達の元へ戻る。
しかし今度は、書類では無く口頭での説明に切り替えていた。
書類の事を言っても、彼等が理解に苦しむと気付いたからだ。
「これで一先ずは良いかな」
「はい
ありがとうございます」
「いや、こっちも気付けなくてすみませんでした」
ギルバートも軽く頭を下げて、書類で分からない事が無いか確認する。
読めると言っても多少は忘れている。
分からない言葉や表現が、子爵に無いか確認の必要があった。
「ここの文字が分からなくて…」
「これは納品ですね」
「これが納品ですか?
そうするとこっちは…
武器の納品数って事でよろしいですか?」
「ええ
数字は?」
「はい
何とか分かります」
それから午後は、兵士の実戦訓練を見ながら、文字の説明となった。
子爵は忘れていると言っていたが、ある程度の文字は読めている。
それでギルバートも、子爵に尋ねられるまでは訓練に集中していた。
兵士達もギルバートに見られて、気合を入れて訓練に励んでいた。
「どうした?
そんなんじゃあオレから一本は取れないぞ?」
「くそっ!
お前、また腕を上げたな」
片方の兵士は、ギルバートの横によく並んでいた兵士だ。
度胸もあってリーダー格らしく、仲間達を引っ張っている兵士だ。
一方の兵士は、同じく旅に同行していた兵士だ。
しかし彼は、そこまで積極的では無かった。
二人の立場の違いが、振られる剣の重さにも現れている。
「これは…
向こうの兵士の勝ちですかな」
「ええ
戦った経験の差ですね」
「うりゃあああ」
「ふん
甘い」
「くそっ」
片方の兵士は、我武者羅に剣を振り回していた。
しかしもう一方の兵士は、それを軽く受け流していた。
彼の攻撃はオークやコボルトに比べると、若干見劣っていたのだ。
「筋は悪く無いんですがね…」
「ええ
しかし完全に子供扱いですね」
「はははは
これは次の隊長は、彼に決まりそうですね」
ギルバートはそう言いながら、腕の良い兵士を頼もしそうに見ていた。
それから夕刻まで、ギルバート達は兵士達の訓練を見ていた。
そうして十分に訓練の意義を感じさせて、男達に訓練の意味を理解させた。
特に兵士達の技量を見て、移民の男達は改めて驚いていた。
魔物と戦う姿も見ていたが、兵士同士の技量の比べ合いは見応えがあったのだ。
「凄かったな」
「ああ
あんなに剣を振れるんだ」
「それだけじゃあ無いぞ
どうやら今日の訓練は、スキルって力は使って無いらしい」
「スキル?」
「ああ
詳しくはまだ教えられないって話だったけど…」
兵士達にはスキルを封印して、個人の技量のみで戦わせていた。
スキルを使う事が出来れば、彼等の戦いもまた違っていただろう。
しかしスキルを使えば、当たった時に怪我だけでは済まない。
そういう事もあって、訓練ではスキルを封印していた。
「オレ達にも出来るのかな?」
「どうだろう?」
「でもオレは…
やってみたいと思ったぞ」
「あ、ズルいぞ
オレだってやってみたいさ」
兵士達は盛り上がっていて、明日からの訓練を楽しみにしている者も居た。
「頼もしいですね」
「はははは
明日にでもへばらなければ良いのだが…」
「そうですね」
子爵は訓練の内容を知っていたので、苦笑いを浮かべる。
しかしやってみない事には、どうなるか分からない。
子爵も楽しみに思いながら、兵士達を見詰めていた。
まだまだ続きます。
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